第十八節 彼女からの視線 遥子の場合、その2
あたし達は、治癒魔法を試みている。
でも、ただの魔法ではないわ。これは新しい実験よ。
名付けて、ダブル魔法!
う~ん、あたしってネーミングセンス悪いかしら……
そんな事は、どうでもいいの!
今は集中しなきゃ……
あたし達は、伊代のベッドの左右にそれぞれ立っている。
「いい? 行くわよ?」
あたしが言うと、蓮は頷いた。
あたしの回復魔法はマニ・キュア。
あ……あたしが付けたんじゃないからね! 勘違いしないでよね!
ちゃんと、コジュウ塔の試練で覚えたんだから!
まぁ、そんな話はどうでもいいわ!
私達は意識を集中すると、それぞれに詠唱を始める。
「貸し物借り物の恵みをこの者に与えし、かしこみかしこみ乞い奉らん。
ほれゆらゆらとふるべ、ほれゆらゆらとふるべ……」
手を左右に振る度に、白い光が溢れ出して来る。
何か祝詞みたいで恥ずかしいんだけど、
こうしなきゃダメって言うんだから仕方が無いの……
どうせなら、もっとカッコ良くして欲しいもんだわ……
発動のタイミングはしっかり打ち合わせたわ。
準備が出来たらお互いを見る。目が合ったら一緒に頷くの。
その、三回目に発動よ。
え? ラフすぎ? そんな事ないわよ!
良し、準備が出来た。
蓮を見ると、手から光が溢れ始めている。
もうすぐね……
その時、蓮と目が合った。
お互いを見つめ合いながら、静かに頷き始めた。
1……2……3!
伊代の腹部に、目一杯の魔力を注ぎこむ。
その光は蓮のそれを重なり合い、まるでプリズムのように七色に輝き出した。
何かが振動するような重低音が凄い。
空気を波立たせるような威圧感がビリビリと伝わって来る。
まさか、爆発なんてしないわよね……
光が突然弾ける様に飛び散って、キラキラと舞い降りて来る。
スターダストのような光が静かに消えて行くと、辺りに静寂が戻った。
そのあまりに幻想的な光景に、しばし呆然としてしまった。
その時、伊代が少し唸り声を上げた。
はっ……どうなったの?
慌てて傷口を確認する。
……
どこ?
いくら探しても、傷口が見当たらない。
もしかして、これって……成功?
目の前で起きた事を確信出来ずに居ると、伊代は目を覚ました。
何度か激しい瞬きをして、周囲を確認する。
そして、おもむろに起き上がった。
……
こういう時の沈黙は、本当に重い……
「ねぇ? どうなの?」
その重さに耐え切れなかったのは、あたしだけでは無かったようで
蓮が先に口を開いた。
「うん、どこも痛くない……」
伊代はしきりに、傷があった付近を捜している。
「無い……何も無い……」
伊代は、驚きを隠せない表情をしていた。
これは、とんでもない成功よ……
随分と調べたけれど、これまで完全治癒の魔法は存在していないの。
治癒魔法を使っても、傷口や痛みが残ったりするのは当たり前。
酷い時は、効いているのかもわからない事があるそうだわ。
今、目の前に起きた現実は、この世界の常識を覆したのよ。
「蓮! 伊代! やったわ!」
私達は三人で抱き合って、大いに喜んだ。
その時、ドアが少し開いた。
「あのぅ……ユリの世界にお邪魔だったかな?」
勇太が、申し訳無さそうに隙間から覗いている。
「えぇ、邪魔よ!」
冷たく言い放つと、二人はギョッとしてあたしを見た。
「あぁ、ごめんね。いつもの会話だから気にしないで……」
何だかあたしの方が、バツが悪くなっちゃったじゃない……