第十六節 冒険者の視線4 翔子の場合
見つからない……
「どこだ! どこへいったんだ?」
私達は必死に伊代を探しているが、一向に見当たらない。
確かこの噴水で待ち合わせたはずだ。
だが噴水に交差する三本の道を、どの方向に行っても誰も見ていないとはどう言う事だ?
後は、向こうの森へ行く道しか……
まさか……すでに? そんな!
私が森へ走ろうとしたその時、低い声が聞こえて来た。
「お前等が、伊代の仲間だな。探す手間が省けた。付いて来てくれ」
「え? いったい伊代は何処に……」
いや……ちょっと待てよ……
私は、魔法の発動を準備する。
「貴様! 何者だ! 今すぐに答えないと只じゃ済まないぞ!」
私が叫ぶと、目の前の男性は大きな溜め息をついてから僅かに笑顔を浮かべた。
「なかなか良い警戒心だ。だが、残念な事に私は魔物ではない。伊代ってのはお前達の仲間だろ?」
「そうだが……何故判った!」
私が問うと、男性は突然に大笑いを始めた。
「何が可笑しい!」
男性は半端に片手を上げて、笑いを堪えながら言った。
「いや、悪い。だが、あんな大声で名前を叫びながら汗だくで走り回っていたら誰だって判るだろうよ」
あ……確かに……
気が付けば、周りの人々に思いっきり注目されている。
凄く、恥ずかしい……
私がどうして良いか判らずに居ると、男性が話し始めた。
「ところでお探しの伊代ちゃんだが、怪我をしてあの先の医者に居る。会わせたいから、私に付いて来て欲しい。どうだ? まだ疑うか?」
「まだ、信用はしていないぞ……」
そう言って睨む私に、男性は笑みを浮かべた。
「あぁ、構わんよ」
無防備に振り返ると、ゆっくりと歩き始めた。
その場所は、凄く近い所だった。
こんな近くに……
建物の中に入ってみると、ずいぶんと暗い……
それに入り口の扉が壊れてるぞ?
どういう事だ?
医者だと言っていたが、本当なのか?
確かに壁や椅子は綺麗だし、医者のような雰囲気ではあるのだが……
あまりに静か過ぎるぞ……
「お~い、見つかったぞ~」
男性がドアを開けると、向こうから女性の声が聞こえてきた。
「あら、早かったわね」
手招きされて中に入ると、伊代がベッドの上に寝て居る。
私達は駆け寄った。
「大丈夫なのか!」
その時、大きな手に背中を掴まれた。
「怪我人に、いきなり突っ込むな! 今は絶対安静だ」
そうか……怪我をしていたのか。だが、その掴まれた手にムカついた。
「私は子供じゃない! その手を離せ!」
急に離された私達は、その場に座り込んでしまった。
「元気が良いのね」
そこに視線を向けると、とても綺麗な女性が優しそうに微笑んでいた。
「彼女が心配してたわよ。ほら、こっちに来なさい」
私達はベッドの横に呼ばれると、改めて伊代を見る。
「大丈夫か?」
それに、かすれて消えてしまいそうな声で答える
「あぁ、お前達こそ無事で良かった」
私と蓮は、医者の待合室で渾身の土下座をしていた。
「いいから頭を上げてくれ……」
「いえ、この度はとんでもない失礼を! 申し訳ございません!」
まさか伊代の、命の恩人だったなんて……
私はあの後、お互いに自己紹介を終えると
伊代に何が起こったのか聞かされた。
そして私達と同じく、ヨウジョ国から来た冒険者だと言う事には本当に驚いた。
さらにもっと驚いたのは、彼等がこの世界の人では無いと言う事だ。
もう、何を言っているのか良く判らなかった程だ。
今は何とか理解しているが、それでも信じがたい話であるのは確かである。
遥子さんから聞かされた話によると、
あの時たまたま見かけた麗佳と言う友人の様子がおかしかったので、
気付かれないように後を付けて行ったそうだ。
すると噴水で待っていた伊代と合流して、森へと向かって行ったと言う。
勇太さんが、これは危険だろうと判断して、森まで追いかけて行ったそうだ。
そして案の定、麗佳が魔物になってしまったと……
しかし、まさか突然刺して来るとは思って居なかったので、
ナイフの一撃を阻止する事が出来なかったそうだ。
「私達が、もっと早く動いていれば……」と勇太さんに謝られてしまった。
私達はそれに思い切り首を振った。
しかし、そうなると私が森で魔物を焼き殺した時には
伊代はすでに怪我をしてここに居たと言う事だ。
そんな時に私は、何も知らずにのん気に買い物をしていたとは……
だが今、伊代は生きている。
医者に運んでくれたのも早かったので、命に関わるような大事には至っていない。
それだけでも、本当にありがたい事だ。
だが運んできた時にどうやらここの医者は休みだったらしく、ここの入り口で断られたらしい。
それに怒って、扉をブチ破って強引に医者を引っ張ってきて治療させたそうだ。
「治療を終えたら、あのクソ医者は部屋にこもっちゃったわよ」と遥子さんは軽く言っていた。
ここが妙に静かだったのも今では頷ける。
それなのに私は、その恩人を攻撃しようなどと……
見る目が無いとは、まさにこの事だ……
私が悔やんで困り果てていると、勇太さんが言った。
「いや、あのくらい警戒して当然の町だ。お前達は間違ってはいない。忘れろ……」
「そう言われましても……」
どうしても罪悪感を拭いきれない私に、勇太さんは頭を抱えたまま私に言った。
「それよりも、お前達も見たんだよな?」
ん? あぁ、あの魔物の事か……
「はい! それは気持ちの悪い魔物でした。あのヌルヌルとした、それはもう色といい艶といい……」
蓮が、突然に大きな悲鳴を上げる。
「思いだしちゃったじゃないバカ~!」
私は思いっきり叩かれた。
それに勇太さんは少しだけ笑顔を見せると、またすぐに真顔に戻って続けた。
「問題は、我々が見た魔物が全て違うと言う事だ。この町は、すでに侵略されていると言っても過言では無い」
確かにそうだ。話を総合すれば、すでに3体の魔物と遭遇している。
もはや、何体いるかなんて想像も付かない。
「ところでお前達、魔物と人間の区別は付くか?」
私達は首を振った。
「そうか……」
勇太さんは腕を組んで考え込んだ。
しばらくすると、また静かに話し始めた。
「私は見えるんだ、魔物が」
え? マジですか?
「何故、見えるのかは判らない。だが、今はこれしか奴等を見分ける手段が無い」
改めて魔物が町に居ると聞いても、全く判らないほど上手く化けたその正体を見破るとは凄い事だ。しかし、いったいどうやって?
「お前達、何か心当たりは無いか?」
私に聞かれても、そんな話聞いた事が無い。
「いや、そのような話は今まで聞いた事がありません」
「そうか……」
勇太さんは、また考え込んでしまった。




