第百四十八節 掴み所が無いね~……
エラクナさんの話によると、総左遷丈が騎士団長になる前の彼等は
覚えの無い責任を背負わされ窮地に立たされていた。
魔の大陸に派遣した調査チームが幾度も消えてしまった事で、
彼等が矢面に立たされてしまったのだ。
だが、調査チームを指揮していたのは彼等では無い。
彼等にしてみれば完全に濡れ衣だ。
しかし、その主張を聞く者は誰も居なかった。
そして軍に全ての責任を押し付けられて、彼等の信用は完全に失墜してしまった。
挙句は、主である王族達にも見放されていたと言う。
つまり、彼等は切り捨てられたのだ。
どうにもならない状況の中で、彼等は自害を考えていたと言う。
そんな時、彼等に声を掛けてきたのが総左遷丈らしい。
途方に暮れていた彼等を纏め上げ、あらゆる伝手を使って重要人物達を取り込んでいった。
時には相手の弱みを握り、脅しをかける事もあったそうだ。
そして、あっと言う間に軍を総括する騎士団としての地位を確立すると
次は政治をターゲットにした。
結局の所、王族さえも黙らせるほどの影響力を持つ事が出来たのは
総左遷丈の手腕に他ならない。
その事で皆は、総左遷丈に感謝していると言う。
確かに話を聞く限りは、相当に頭の切れる人物のようだ。
まぁ多少は権力者を脅す事もあったろうが、そこは蛇の道は蛇だ。
そうでもしなければ成り上がれない世界は確かにある。
しかし、そのカードの切り方が相当に人間臭い。
そこが、どうしても腑に落ちない。
エラクナさんの話からは、魔物と言った雰囲気は全く感じられないのは確かだった。
だが……ネンコウジョ・レツの一件からしても、一概に魔物だからと判断してはいけない。
奴等にも、我々と同じように感情があるのは良く判った。
そうなれば当然、魔物の中には戦略家も居れば義理人情に厚い奴も居るという事になる。
いずれにしても、今は材料があまりに少ない。
結論付けるには、早過ぎるだろう。
ならば一体、総左遷丈とはどんな人物なのだろうか?
試しに、エラクナさんに聞いてみた。
「騎士団長に、会う事は出来ませんか?」
「う~ん……それは、ちょっと無理だろうな~。この俺ですら、しばらく会って無いからな」
何気に困った様子で答えているエラクナさんに、更に聞いてみる。
「それは、どう言う訳で?」
「あぁ、何でもメチャ忙しいらしくてよ。会おうにも、全然会えねぇんだ。いつも俺の机に、指示を纏めた手紙が置いてあるんだけどよ。それも、いつ置いてるんだかサッパリわからねぇくらいさ」
なるほど……それは、なかなか厄介だな。
ふと、エラクナさんが呟いた。
「でもよ、おかしくねぇか?」
「と申しますと?」
おもわず聞き返した私に、難しい表情を浮かべながら言った。
「確かによ……丈さんが魔物じゃねぇかって噂は、俺の耳にも届いてるさ。どうせ、あんた等が疑う根拠はその辺りだろ?」
私は一度頷いて答える。
「えぇ、そうですね。後は、港の戒厳令です。あれを出したのは騎士団長ですよね?」
「あぁ、そうだ。確かに、その辺りは俺も疑問なんだよ。あんなに貿易船を止めちまったら悪影響しか及ぼさねぇからな」
それに、大きく息を付いて答えた。
「そうなんです。なので出来る限り早急に真相を調べなければなりません」
おもわず腕を組む私に、エラクナさんはふと人差し指を立てた。
「だが、もしそうだとしてよ? 何で、こんな面倒な事をしなきゃならねぇんだ? 俺は、そこが腑に落ちねぇんだよ」
そう言うと、エラクナさんも腕を組んで考え込んでしまった。
だが、確かにそうだ。
冷静に考えて戦略の為に魔物が仕掛けるとするならば、
そこまで回りくどい事をする必要は無い。
それに、ここまで部下の信用を得ているのも不自然極まりない。
どう考えても総左遷丈と言う人物からは人間臭さが漂ってくる。
だとすると、以前のように本人と入れ替わっているのか?
いや、それとも……
おもわず、人差し指を立てて聞いてみる。
「もう1つ宜しいですか?」
「あぁ、何だ?」
「ある時から、急に性格が変わったとか言う事はありませんか?」
「丈さんの性格がか? う~ん、これと言って思い当たらねぇな~。何でだ?」
不思議そうな表情で聞いてきたので、素直に答えた。
「旅の途中で、娘さんを人質に取られて協力させたれていた人も居ました。その可能性も否定できないかと」
私の言葉に、笑みを浮かべながら片手を振った。
「あぁ、それなら無いわ! 丈さんには、家族が居ねぇからな」
「え? 一人もです?」
「そうだ。詳しい理由は聞いてねぇが、一人も居ねぇぜ?」
なるほど……そうすると、無理にやらされている路線は無しか……
まったく掴み所の無い話だ。
これと言った打開策を見出せずに悩んでいると、エラクナさんが聞いてきた。
「ところで、話は変わるがよ。あんた等、これからどうするんだ?」
「私達は、これからオバ傘下のチハラに向かわなければなりません」
「そうか……向こうも厄介な事になってるようだからな」
何やら難しい表情を浮かべているので、聞いてみた。
「何かご存知なんですか?」
その問いにしばらく間を置いてから言った。
「つい先日の事なんだかな。向こうの騎士団から一人、ここまで早馬で来たんだよ。だが、すぐに死んじまったけどな……」
その言葉に驚いた。
「死んだ?」
「あぁ……何者かに攻め込まれたらしくてよ。救援を求めに来たんだが、あまりに傷が深くてな。もう、どうする事も出来なかった。それでこっちからもすぐに先発隊を出したんだが、それっきり音沙汰無しだ。だがそんな簡単に、やられる奴等じゃねぇんだよ! まったく、どうなってやがるんだ!」
エラクナさんは、怒りに任せて机を叩いた。
そして私に視線を向ける。
「実際、俺達も手をこまねいてるんだ。この一件、かなりヤバイぞ」
私は黙って一度だけ頷くと、静かに続けた。
「これだけは言っておく、死ぬなよ」
その真剣な眼差しに、もう一度黙って頷いた。
ふと思いだした。
「あの、エラクナさん。チハラ方面が詳しく書かれた地図なんてあります?」
その問いに頷きながら、遠くの大きな木の箱を指差した。
「あぁ、チハラと言わず地図ならあの箱にいくらでもあるぜ。誰でも使えるように、纏めてぶち込んであるんだ。好きなだけ持って行ってイイぞ」
「それは、助かります。ありがとうございます」




