第百十四節 始まったね~……
ナイフを刺しながら残り半周を歩いてきたが、
結局の所それらしき道は見つけられずに疑問を抱いたまま戻ってきてしまった。
私達に気付いて、皆は笑顔で手を振っている。
それに答えるように私達も振り返そうと手を上げるが、微妙に上がりきっていない。
さすがに長い距離を歩いてきたので、知らずのうちに疲れているようだ……
ふと横を見ると、最初に刺したナイフの前に
キャンプファイヤーのように木を組んで囲いが作ってある。
何かに使うのだろうか?
皆の所に到着すると、そのまま二人で座り込んだ。
そんな私達にノア婆さんが言った。
「お疲れじゃったの。では、後はワシ等に任せておきなされ」
それに僅かな笑みを浮かべて頷くと、ノア婆さんは地面に刺さったナイフの前に座った。
「さぁ、まずは確認じゃ」
ナイフの周りに円を描くように粉を巻いて何かの印を結ぶと、それが光り始める。
その印を結び代えると、そのナイフから突然に青いレーザーのような光りが走った。
それは私達が歩いたルートを辿るように物凄い勢いで駆け抜けて、
あっと言う間に反対側から戻って来てナイフにぶつかった。
その様子に頷きながら結んだ印を解くと、光りは静かに消えて行く。
「ほう……かなり正確に刺さっておるようじゃの、大したもんじゃ。ご苦労じゃったな」
ノア婆さんは私達に優しい笑みを浮かべた。
「いや、安が居なかったら無理でしたよ」
私が視線を横に向けると、安は照れ臭そうに頭を掻いていた。
ノア婆さんはそのナイフの周りに描いた円の中に数種類の違う粉で、
新しく魔法陣のような模様と梵字のような文字を書き足していく。
そこにロウソクを8本立てて、綺麗な小石のような物をその側にいくつか置いた。
「では純や、セイジを使わせてもらってええかの?」
その言葉に慌てた様子で、鞄から小瓶を取り出した。
「どうぞ……」
小さな小瓶を受け取ると、ポンと音を立ててコルク栓のような蓋を開ける。
そして小瓶を逆さに向けて中身を指で摘むように取り上げると、
小石を置いた付近の数箇所にセイジを置いた。
それを見て納得したように頷くと、おもむろに立ち上がる。
何をするのかと見ていると、キャンプファイヤーのような囲いの中に手を入れた。
「オンバラサンマンダ~、はっ!」
その掛け声と共に、突然に炎が勢い良く燃え上がった。
何だ? 今のは魔法か?
「では、始めるぞ」
ノア婆さんの視線に、純と魔法三人組が揃って頷く。
「勇者殿達は下がっていなされ」
それに頷いて私と安と伊代が3歩ほど下がった。
念の為に剣に手を掛けるとノア婆さんがこちらに視線を向けて笑みを見せた。
「心配せんでも大丈夫じゃよ。まぁ良く見ておきなされ」
そう言うと、またヤツハ・カムラの地に視線を戻して元の位置にゆっくりと腰を下ろした。
突然に、印を切り始める
「ノウマクサンマンダ~バザラタンセンダンマカ……」
その呪文を唱え始めた瞬間に突然ロウソクの火が付いたかと思うと、
魔法陣が怪しく青い光を放ち始める。
どうやら始まったようだ。
唱える呪文が激しさを増していくと、大きな数珠のような物を取り出した。
それを天に掲げると刺さった剣から青いレーザーが走る。
どうやら先程よりもその光りは強く太い。
何か脈打っているようにも見える。
それを真剣に見つめて、印を結び代えながら唱え始めた。
「アン・ドゥ・トロア・キャトル・サンク・シス・セット・ユイット・ヌフ・
ディス・オンズ・ドゥーズ・トレーズ・キャトルズ・カンズ・セーズ・ディセット・
ディジュイット・ディズヌフ・ヴァン……」
もう一度数珠を掲げて一喝した。
「カァーー!!」
その大きな声を共に、青いレーザーは光の幕となりドーム状に競り上がっていく。
やがてそれは、ヤツハ・カムラの地全体を包み込んだ。
その時、ノア婆さんは大きな声で叫んだ。
「純や! 今じゃ!」
「はい!」
元気良く返事をすると、ノア婆さんの横でいきなり踊り出した。
景気良く踊っているのだが……
純は、踊りながら尻上がりの声で合いの手を入れている。
「フウ! フウ!」
何故か知らないが、いわゆるパラパラのような踊りを全力で踊っている。
それはいったい、何なのだろうか?
私が状況を理解できずにいると、光の幕の中に変化があった。
何かがボンヤリと見えて来ている。
あれが、そうなのか?
また、ノア婆さんは大きな声で叫ぶ。
「さぁ、お嬢さん達! 封印の準備じゃ!」
「はい!」
魔法三人組はノア婆さんの後ろに来ると、少し距離を取るように離れて並んだ。
三人が同じタイミングで詠唱を始める。
やがてボンヤリと見えていたものがハッキリしてきた。
どうやら兵士のようだ。
だが、良く見ている甲冑のような騎士の鎧とは明らかに違う。
何かの革で作ったような鎧を纏った男達が現れ始めた。
それはドンドン増えて行く。
なんじゃこりゃ……
その兵士達は、すでに数え切れない。
広大な土地を埋め尽くすほどに、大量の兵士が現れた。
これって、本当に大丈夫か?
心配に思いながら様子を伺っていると、魔法三人組が動いた。
三人が同じ動きで、左手を斜め下に真っ直ぐに伸ばした。
そして、大きな声を揃えて言った。
「エフ!」
ん? 何がエフ?
私が首を傾げていると、左手を上に伸ばして違うポーズを取る。
「ユー!」
ユー? となるとエフとユーで、フ?
何が起きるのか良く判らずに見ていると、三人は揃ってチアガールのような動きを始めた。
「ユー! アイ! エヌ! エヌ! フ・ウ・イン!」
ローマ字入力かい!
しばらくそのチアガールのような踊りを続けていたが、
突然にピタっと踊りが止まると三人は動作を合わせて両手を前に差し出した。
少し水色がかった白い光の球が、それぞれに手の中に現れる。
それが30センチほどの大きさまで膨らむと、遥子が大きな声で叫んだ。
「超絶封印術!」
三人はスッと腰を落とすと、その光を右腰の辺りに溜める。
そして、それは一斉に放たれた。
「破~!!」
青白い三本の閃光は拡散するように広がり、一気にヤツハ・カムラの地を包み込んでいく。
そのあまりの眩しさに、おもわず腕を翳した。
やがてその閃光が消えていくと、私は腕の隙間から様子を伺った。
いったい、どうなった?
「うむ、封印は成功じゃ」
ノア婆さんは大きく溜め息をついている。
終わったのか……
これで、ひとまず解決か。
あとは帰る準備を……
……
ん?
今の気配は何だ?
私はヤツハ・カムラの地へ歩み寄った。
「ん? どうなされた?」
ノア婆さんが不思議そうに聞いてくる。
それに私は答えた。
「妙な気配がします。これは……」
その時、嫌な予感が全身を駆け巡った。
「何か来る!」
私が叫ぶと、少し先の方に光の粒子が集中するように集まってきた。
それは何かをかたどるように瞬時に実体化して行く。
やがて大トカゲのような化け物がそこに現れた。
「なんじゃと? 封印は確かに成功したはずじゃ! 一体どういう事じゃ……」
ノア婆さんは何が起きているのか良く判らないと言った表情で驚いているが、
何かが起きてしまっている事は間違いない。
突然に現れた大トカゲも混乱しているようで辺り構わず威嚇しまくっているが、
いずれはこちらに敵意を向けてくるはず。このまま放置は出来ないだろう。
ふと遥子達を見ると、その表情からかなり疲労の色が伺える。
先ほどの封印術で、予想以上に体力を持っていかれているようだ。
少なくとも、これ以上は無理をさせる訳にいかない。
だが魔法が使えないとなると今すぐに動けるのは私達、物理攻撃3人組だ。
私は、また大トカゲに視線を移す。
しかし、それにしてもデカイな。
前に真っ二つにしたトカゲ野郎は2メートルくらいだったが、
そこでシャーシャー言ってる大トカゲは全体的に一回り以上は大きい。
まだ10メートル以上は離れた所に居るので正確には判らないが、
高さだけでも2.5メートルはあるのではないだろうか?
トカゲ野郎の時は不意打ちに近い状況で一撃を食らわせる事が出来たが、
今回は真っ向から勝負を挑まなければならないだろう。
どう見ても、厄介そうな相手だ……
牙はかなり鋭そうだし、爪はやたらに頑丈そうときている。
表面の黒光りした鱗みたいな感じが妙に気持ち悪い。
そして向きを変える度に周囲の草木をなぎ倒している、
あの異様に太い尻尾にも相当な攻撃力があるだろう。
十分に気をつけなければなるまい。
あんな恐竜みたいな危なっかしい奴に接近戦を挑みたくはないが、ここはやるしかない。
私は声を大にして言った。
「あれは魔物です! ここは、私達に任せてください! 安! 伊代! 行くぞ!」
二人が頷くのを確認すると、それに向かってダッシュした。




