第百節 盗賊の視線
それにしても、醸造所って奴はスゲェな~。
建物がデカイのはもちろんだが、酒樽が数え切れねぇほど置いてありやがる。
いくら飲んでも、飲みきれねぇってもんだ。
しかしよぉ……まったく騎士団なんざ、チョロイもんだぜ!
そもそもあんな重装備で、この俺達に追い付こうってのが間違ってるってんだ!
まぁそのお陰で、こうして毎日美味い酒にあり付けるんだがな!
「おう! おめぇら~飲んでるか~?」
「うぃ~」
俺が杯を上げると、皆も上げてくるってか!
ん~、今何人居るんだっけか?
あぁ~、良く見えねぇ! なんか船にでも乗ってるみてぇだな~……
極楽極楽~。
「親分! 大変です! 騎士団が来ましたぜ!」
「あぁ? 騎士団だ~? どうせ、モタモタしてるんだろ~? まったく、邪魔しやがってよ~……」
ん~? 何だか、誰かがユラユラさせやがるな~……
「親分! 早く逃げないと、ヤバイですって!」
「おぉ……おめぇか……しょうがねぇな~。行きます! 今、行きますよ~だ!」
ったく……面倒臭ぇなぁ……
「本当に酒癖が悪いんだから……」
「あ? 何か言ったか?」
「いや、何でもないっす! それより親分、早く行きましょう!」
何かカッタルイんだが、しょうがねぇや! ズラかるとするか!
俺達が外へ出ると、地響きと共に大声が聞こえてきた。
「うお~~……」
おいおい……こりゃ~、いったい何事だ?
これまで、そんなに威勢良く攻めてきた事なんてねぇぞ?
さすがに、ちょっとマズイな……
「おう! おめぇら! とっととズラかるぞ~!」
俺達は森に囲まれた山道を、川に向かって一斉に走った。
まったく……すっかり、酔いが冷めちまったぜ……
しかし、今日に限っていったい何だ?
まぁ逃げちまえば、こっちのもんだ!
その時、前方で叫び声がした。
「痛ぇ~!」
「ぬぁ~! なんじゃこりゃ~!」
何だ? おい! あいつ等、何をブッ倒れてやがる?
「おめぇら! どうした!」
「親分……あ……足が……」
ん? 何だ、こりゃ……
こ……これは……
その時、後ろから声が響いてきた。
「うぉ~~……」
ヤベぇ……
このままじゃ、捕まっちまう。
その時、耳元で大きな声が響いた。
「お前等、すまん!」
その声を共に、何かを踏み潰したような声がした。
「ぐおっ!」
「うぎゃ!」
おい! あいつ、マジか?
部下を足場にして、走って行きやがる……
……
だが、背に腹は代えられねぇ。
「おめぇ等、悪い!」
俺も部下を踏み潰して先を急いだ。
後ろから、数人が付いてくる。
って事は、奴等も?
だよな……
まったく……クソったれ野郎ばかりだぜ。
ようやく橋が見えてきた。
これで何とか、騎士団を振り切れるぜ……
その時、後ろから走ってきた部下達がどんどん俺を追い抜いて行く。
そして我先にと、狭い縄橋を渡って行った。
「おい! おめぇ等! 誰の先に行ってやがる!」
だが、奴等聞きやしねぇ……
あの馬鹿野郎共が! 後で覚えてろよ?
息を切らせながら、縄橋の手前まで辿り着くと
先を走って行った奴等が騒ぎ出した。
「おい! やめろ! それだけは、やめろ~!」
「切るな~! 切っちゃダメだ~!」
何だ?
橋の先を良く見ると、誰かが居る……
そして、縄橋を剣で切ろうとしていた。
おいおい……それじゃ、死んじまうだろうよ。
何やってるんだ? あの野郎は……
いや……女か?
ここは崖になっていて、下の川まではメッチャ高い。
それに川には無数の岩が飛び出ていて、あんな所に落ちちまったら絶対に助からねぇ。
縄橋の上に居る奴等は必死にこっちに戻ろうとしているが、
剣で叩きつける様に切ってるもんだから
振り回されちまって全く動きがとれねぇようだ。
その時、奴等の叫び声も虚しく縄橋は切断された。
「うわ~! 助けてくれ~……」
奴等は、遥か下に流れる川に向かって綺麗に落下して行った。
俺は、向こうに居る二人の女を睨みつけた。
ちくしょう! 覚えていやがれ!
そのまま俺は、右の森の中に紛れて獣道を目指して走った。