第一節 美の探究
ある日曜の昼下がり、隣町の映画館。
その脇に備えられた静かなベンチの前にて
彼は、その時熱く語っていた――
――
「ここに公言しよう。私は美少女が大好きだ!
こら、そこ! 変態言うな!
良く見てみたまえ、あの完成された美しさを!
つぶらな瞳、カモシカのような足。そして、キメ細やかなる美しき素肌!
どれをとっても完璧ではないか! あれこそ究極の美だ!」
両手を広げて熱弁している私に、呆れたような視線を向けているのが若干一名。
「それ、ただ幼いだけじゃない。大体、女性の前でロリを熱く語ること自体がおかしいのよ。この変態!」
「何を言う! 私は決して変態ではないぞ。万人よりストライクゾーンが広いだけだ!」
そう断言する私に、冷たい視線を送りながら言った。
「へぇ……じゃ、オバサンでも良い訳?」
その言葉に、私は大きく溜め息をついた。
「君は何も判っていないな。最近の御姉様方をしっかりと見たまえ、10歳は軽くサバ読める美しき淑女が何と多い事か! これこそ日本の美学が発展している証だ! 十分にストライクではないか」
「あんた、どんだけゾーンが広いのよ……」
完全に呆れ顔で目をそむけている。
「大は小を兼ねると良く言うではないか。そもそも美を鑑賞していた私に蹴りを入れてきたのはお前ではないか!」
ビッと人差し指を向けた。
「そりゃ、デート中に小学生の女の子をガン見してれば誰だって怒るわよ!」
「あれは、私のライフワークだ。偉大なるロマンだ。それを阻害される気持ちがわかるか?」
「わからないわよ……」
私は崩れるように、頭に手を当てた。
「あぁ、なんと嘆かわしい……これでは、まるでゴルフに行かせてもらえない父の様ではないか」
「そんなの普通じゃない……」
私はもう一度、ビッと人差し指を向けた。
「なんと! 君にはルネッサンスの心意気は無いのか! これは美の探究であり文化なのだ!」
「また適当な話で誤魔化す気ね……」
ここまで来たら、解らせなければ私の気が済まない。おもむろに両手を広げる。
「では、簡単に説明しようではないか。全ては時代なのだ。昭和のワカメちゃんルックは、すでに終わりを告げた! もはや女子高生が偉かった時代は、ルーズソックスと共に過ぎ去ったのだ! これは新しい時代の到来なのだよ! これからは小学女子が史上最強の霊長類となり、全世界を駆け巡る! 時代は、そう告げているのだぁ! ふははははははは!!」
「キモイからやめて! あんたと居ると、いつもそんな話ばかりじゃない! 後は何? ゲーム? いいかげんにしてよ! あたし帰る!」
彼女はベンチを立つと、そのまま歩き出した。
どうにも、理解してくれないらしい……
仕方なく、私もその後を付いて行った。
怒ったまま振り向きもせずに歩いて行く彼女は、どうやら駅へ向かっているようだ。
機嫌が直らないようなので、ある程度の距離を置いてスゴスゴと付いて行くしかない。
途中にある、かなり大きな橋を渡っていると突然の突風が襲った。
それは、何処の台風かと思うほどに強く身体ごと横に押し流された。
気が付けば、目の前に誰も居ない……
ん?
いったい何処に行った?
橋の影にスカートの裾が見えた。
ような気がした……
だが、考えているヒマは無い。
間髪居れずに私は走った。
危なかった……
あわやと言う所で、その腕を掴む事が出来た。
これは……高い……
下を見れば、自動車やトラックがオマケのミニカーより小さく見える。
でも、なんで?
この橋って、こんなに高かったっけ?
それに、下が歪んで見えるのは気のせいだろうか?
メッチャ嫌な予感がする……
こりゃ、落ちたら只じゃ済まないな……
その時、ふと目が合った。
あまりの恐怖で、彼女は悲鳴さえ出せない状態のようだ。
何とかして助けなければ。
だが、慌てて周囲を見回しても助けてくれそうな人影は無い。
参ったな……
だけど何で、ここだけ手すりが無いんだよ。
そう、手すりがあれば落ちるはずなど無い。
だが、何故か私達の居る位置だけ綺麗に掴まる物が無かった。
これって、犯罪行為だろ……
うっ……ちょっと待て……これは、マズイぞ……
私も、橋から身を乗り出して片手で支えている状態だ。
そしてその柱は意外に太く、指に力を込める事が出来ない。
徐々に滑っていく……
やばい……このままでは二人とも落ちる……
腕力だけで粘っているが、そろそろ限界だ。
仕方が無い……最後の手段だ。
私は残りの力を振り絞り、振り子のように彼女を振った。
い~ち、に~い、さん!
渾身の力で彼女を引き付けると、勢いよく橋の上に跳ね上がった。
「お前だけでも生きろ!」
力尽きた私が落下する瞬間、全てがスローモーションのように遅くなった。
あぁ、本当にヤバい時はこうなるって聞いた事があるな。
そうか、これで終わりなのか……あっけないものだな……
ん? 私を見ているのか?
今まで、あんな表情で見られた事なんてあったかな?
おや? もしかして今すげ~カッコイイ?
せめて最後の瞬間だけでも、彼女にカッコ良い所を見せられただけでも良かった。
先立つ不孝は許されないだろうが、これはこれで良い人生だった。
うん、もはや私に悔いは無い。
笑顔で見送る私に、彼女は叫んだ。
「出来る訳ないじゃないバカー!」
落ち行く私に向かって、彼女も一緒に飛び込んできた。
「うわ! 意味ね~……」