液体窒素と突っ走れ!
いよいよ一般公開開始です。
はっじまぁるよ~!
放送から5分後。
一般公開が始まった。
「谷津!客引き行けぇい!」
仁が言った。
「イエッサー!文雄!芳春!行くぜ!」
谷津は文雄と芳春を連れて化学室から飛び出した。
未だうろたえている吹奏楽部員の前を通り過ぎ、一般客の入口となっている二階昇降口でビラを配る。
片菜高校は男子校であるがため、女子高生も数多く来る。
しかし…。
「年下は全て俺に任せろ!文雄は女子高生、芳春は年上を狙え!」
谷津が指示を出した。
「おー、さすが。ロリは渡さないと。そういうことだな?」
「芳春うるさいよ~」
「俺女子高生?何で?谷津やれよ」
働かない気でいる文雄。
「あ~…どうも女子高生って苦手で…。昔からさ~…何となくね~…」
「年下には強いのに?」
「別に強いわけでは…」
「…というか…このビラ嫌なんだけど…」
ビラにも文句付けてきた文雄。
「え?いいじゃん別に。いや、わからんでもないけど」
ここに来てビラの魔力が発揮され始めた。(主に悪い方向に)
書いてあるのは萌キャラ。
明らかに女子高生対象にするには辛い。
「こっちまで変なやつだと思われるじゃん…」
「文雄はもともと変だから問題ない!」
「…アニメとかには興味無いんだけど…」
「知るか!今期何見てんの?」
「え?いや、だから…」
そんな会話をしてると携帯がなった。
「谷津!戻ってきて。人手が足りん!」
仁からだった。
「じゃあ海で取ってくるかいな?磯ならいるんじゃない?ヒトデ」
「??何言ってんだ?いいから戻ってきて!」
三人で化学室に戻った。
予想以上に人は来ているようだ。
現在全ての椅子が埋まっている。
とりあえず待ち時間に結晶やケミカルガーデンの展示を見てもらう。
谷津はダイラタンシーの解説に尽力中。
芳春はスライム、文雄は綿菓子。
しかし、忙しいのも最初のうち。暫くすると客足も減ってきた。
「谷津~!」
仁が呼んだ。
「何で……」
「あ?」
「何で女の子が来ないんだー!?」
嘆く仁。
仕事もしないくせに!
「ん~…。多分科学部って言うからじゃない?理系の女子は少ないしさ。綿菓子とカルメ焼きを全面に出して科学部のイメージを変えれば来ると思う」
「そこまでわかってて何で女子呼ばないの…?」
「まあ、一番のミスは客引きに俺が出たことだな。女子高生って苦手なもので…」
「お前が苦手でも関係ない!女子呼べ!女子!」
「さっき小学生行かなかった?」
「来たけど…何か違う…」
「まあわかったから。女子高生にもビラ配るようにするからさ!」
「今までスルーしてたのか…」
女子高生にもビラ配る。
ビラのイラストがもうちょっと違ければ効率は上がったかも…。
ビラが牙を向いた瞬間だった。
「でさ~谷津。吹奏楽部のアレで廊下の前でストップする人が多いからアーチの前で客引きして」
仁からの指示。
谷津とて、もう昇降口でビラ配りする気は無かった。
むしろ言われなくても吹奏楽部前でやっただろう。
「え~、科学部です。こちらの廊下の奥、吹奏楽部を通り過ぎたところで実験を行っています。数多くの化学実験を用意してます。綿菓子やカルメ焼きなど食べれるコーナーもありますので是非どうぞ!」
人が多い時を狙って叫ぶ谷津。
しかしみんな素通り。
「おい!文雄!芳春!お前らも呼びかけてくれ!」
ずっと二人で雑談してた文雄と芳春。
何言っても手伝ってくれない。
「え~、科学部です。実験やってます!ダイラタンシーや液体窒素など…」
谷津が呼びかけてた時だった。
「ねえ、行くとこなければ科学部こない?」
それは、芳春だった。
今まで何もしなかったと思ったら、ビラも持たずに女子高生にアタックした。
谷津はそれを笑いを堪えるのに必死になりながら見ていた。
「ねえ!科学部どう?」
「いや…あの…」
「いいじゃん!まず科学部見ていこうよ!時間あるでしょ?」
「あの…後で見に来ます…」
何とか芳春から逃げた女子高生。
ホントに後で来るのだろうか…?
「あははは!なかなかやるね~芳春~」
「谷津…。ダメだったぜ…」
何か疲れた表情の芳春。
「いいんじゃん?芳春ナンパとかするのか~」
「そりゃ男子校で出会いがあるとしたら文化祭だけだからな」
「…見てて面白かった!」
「うるせぇ!だったらお前やってみろ!」
「え~…女子高生はちょっと…。小学生ならいいけど今日は近場の小学校は運動会だからな~」
「お前…詳しいな…」
「朝見ただけ!」
一旦化学室に戻った三人。
「あの…昼飯休憩入っていい…?」
谷津が仁にきいた。
「あ?じゃあ俺の昼飯買って来てよ!」
仁が言った。
「え?俺今日はコンビニで…」
「いいからいいから!学食の…そうだな、焼きそばとカレーパンだな!」
結局買いに行かされた。
ここは3階。
食堂1階。
面倒だった…。混んでたし…。
「買ってきたぞ!俺は昼飯コンビニで買ってきたんだけどな~…」
「まあいいじゃないか!」
「ありがとうくらい言えよ…」
「…ザラメ食う?」
「それは使いパシリのお駄賃か!?いらんわ!第一それ綿菓子に使うやつ!」
「谷津!暇だったら…忙しくても呼び込み行ってきて!」
黒岩からの指示。
遠退く昼飯。
「うあ~…。昼飯~…」
「いいから行って来い!」
「じゃあ代わりに何か持たせてよ!向こうで実験できる何か!」
「ん~…。10分後から液体窒素の実演やるから液体窒素持ってく?」
「おー!いいね~!」
谷津は液体窒素の入ったビーカーを手に化学室を飛び出した!
液体窒素の温度は-196度。
冷たい。
窒素の沸点が-196度であるから液体窒素をその温度になる…ってことはどうでもいい。
ビーカーからは常に大量の煙がモクモクと出ている。
これが気化した窒素であることもどうでもいい。
この状態で廊下を叫びながら走り回るのである。
科学部でも谷津にしかできない超荒技である。
谷津曰わく「Mー1出場者は精神的に最強!」。
「こちら科学部でございます!只今より時間限定の液体窒素の実演を行います!是非!化学室へおこしください!こちら科学部…」
とにかく叫ぶ。
無限ループ。
液体窒素の持続時間は約5分。(500ミリビーカーに半分程度で)
どんどん蒸発していく。
残り少し。
ここで谷津の取って置きの最終客引き必殺技。
「これから液体窒素の実演を行います!これが液体窒素です!そりゃあ!」
床に液体窒素をぶちまけた。
床と液体窒素の間に気体窒素の層ができるためなかなか面白い動きをする。
「化学室はこちら最も奥です!液体窒素で凍らせた食材も配布します。めったに無い機会なので是非!どうぞ!」
液体窒素も底をついたので化学室に凱旋。
化学室にはスゴい人。
ざっと狭い化学室に100人弱はいる。
「谷津!お前…何したんだよ?なんでこんなに人来た?」
黒岩が聞いてきた。
「ふっふっふっ!Mー1常連客を侮るなかれ!プライドと引き換えに人を呼ぶことなど簡単なのだよ!まあ、煙出るのは派手で人目を引くからな!」
何故だ…涙が…。
「なかなかやるな!この調子でどんどんプライドを削ってくれよ!」
「…嫌だ~…」
「じゃあ…聖の液体窒素実演の補佐やってよ!」
「…昼飯…。仁は?」
「ずっとあの調子」
黒岩が指差した先には仁が座って女子高生二人の相手をしている姿があった。
「もう2時間だぜ…」
「あの暇野郎!ナンパにもなってねぇし!」
芳春といい仁といい…男だねぇ。
しみじみ感じる谷津だった。
しかし谷津には何故か休憩時間が与えられない。
客引きから戻ってきたらすぐに聖の補助。
何故後輩の補助なんざしなきゃならんのだ…?
「え~これから液体窒素の実演を始めます。まずはバナナを凍らせて釘を打ちたいと思います。先輩、バナナ取ってください」
聖が実演を始めた。
谷津がバナナを手渡した。
「はい。では、これを液体窒素にいれます。液体窒素の沸騰が落ち着いたら中まで凍った証拠なのでそれまで待ちます………はい。出来ました」
当たりを見回す聖。
「先輩、釘と木の板を取ってください」
谷津は聖に釘と木の板を手渡した。
「ほら!打てました!」
すると観客の子供が「どれくらい堅いの?」と疑問を投げかけた。
「これくらいだよ!先輩、ちょっとここに立ってください」
聖に言われるままに、聖の横に立った。
「それ!」
「いってーー!!」
バナナで頭を叩かれた。
「痛いくらい堅いよ!触ってみる?」
「うん!」
聖が冷凍バナナを子供に手渡した。
「…あのさ、痛かったんだけど!」
抗議!
「実験のためですよ先輩!」
「明日絶対こぶできてる!」
「はい、次はクッキーを…」
無視かよっ!
「水分のあまり含まれないクッキーは入れても変化は無いです。先輩、食べてください」
「おー!たまにはまともな役が回ってくるね~!いただきます!ふぁっ!」
「どうしました?」
笑いながら聖が谷津にきいた。
「……騙された。スゴい舌にくっ付いて痛かった」
「わかってて食べさせました。皆さんは危ないので少し置いてから食べて下さい!」
ちくしょう…。
「次はゴムを凍らせてみたいと思います!ほら!先輩!ゴム!」
「ふえ?私まだそんなものが必要な行為には手を出してないよ?従ってゴムなど持っていない!持ってても提供しない!」
「…バナナで殴りますよ?一般の方がいる前で何言ってるんですか!ピペットの頭あるじゃないですか!あれ持ってきてください!」
「はい…」
「失礼しました。それではこれを液体窒素にいれるとどうなるか!試してみたいと思います!」
そう言ってピペットのゴムを液体窒素に入れた聖。
暫くしてから取り出す。
そして…。
ハンマーで叩いた。
すると、見事に砕けた。
「溶けたら触ってみてください。普通のゴムに戻ってますから!」
「以上で、液体窒素実演を終わりにします。ありがとうございました。この他にも実験を用意してあるので是非ご覧になっていってください!」
こうして液体窒素実演は一応終わった。
「先輩面白いですね!」
聖が言った。
「そうかい。そう言ってもらえると俺も体張った甲斐があるような気が一瞬したけどやっぱあれいらないと思うよ!」
「次は2時半からですので、よろしくお願いします」
「まだあんのかよ~…」
「先輩、暇ならスライム担当やってくださいよ。飯食いたいんで」
達也が言った。
「俺まだ食ってないんだけど…」
「知りませんそんなこと」
平然と昼飯休憩に入る達也。
谷津はスライムの実験を教えた。
正直、自分の担当以外は自信が無いが…。
30分程で達也復帰。
またしても谷津は客引きへ。
いい加減ダイラタンシーブースでのんびり解説したい。
しかし全くビラが減らない。
もうダイラタンシーは放置である。
時刻は2時。
一般公開は4時まで。
まだ2時間…。
「え~科学部です。化学室でやってます」
谷津も薄々感じていた。
全体への呼び掛けはほぼ無意味。
個人へ直々に誘いに行かなくてはならない!
そういうのは苦手なんだがな~…。
…。
谷津は芳春を呼んできた。
「ほら!ナンパしろ!芳春!」
「はっ?何で俺?」
「さっきやってたじゃん!あれは客引きには良いんだよ!」
「…え~…。さっき失敗したからな…」
「ほら!ビラ持って!」
「これない方が成功する気がする」
「いいからいいから!」
すると電話が鳴った。
仁からだった。
「あ~谷津?そろそろ液体窒素やるから戻って来て」
ブチッ…ツー…ツー…ツー…。
反論の余地を与えない。
流石は仁。
化学室。
「…おめー俺が客引きやってる間何してた?」
谷津が仁に聞いた。
「…いや、ずっと女の子と一緒に…。いろんなとこ行ったりさ~。最近の女の子は下ネタが直球なんだな…。なんか…用語とかスゴい使って…」
「いや聞いてないから!おめーも仕事しろー!働けニート!」
「あ~…。お客様のお相手をするのも立派なお仕事なんですよ谷津君!」
「黙れタンパク尿…。その仕事!わいが引き受けたるよ!」
「それ言うな…。何故関西弁…?いいから液体窒素持って走り回って来いよ!」
不利な話題が出ると話題をすり替える仁。
それに気付かない谷津。
3年間全く変わらない二人のやりとり。
「おっしゃ!液体窒素を渡せー!」
気合い充分!
本日最後の大仕事!
液体窒素入りのビーカーを手に化学室から飛び出した!
実際、谷津の集客力には吹奏楽部やその向こうでドーナツ売ってるクラスからも恐れられるくらい。
「科学部でーす!これから本日最後の液体窒素実演を行いまーす!場所は化学室!この廊下の一番奥です!本日最後!本日最後です!是非お見逃し無くです!」
より熱の入る客引き。
液体窒素から煙が出ているため注目度は高い。
今度は一階生物実験室の前でも叫んだ。
「こちら科学部でーす!只今より化学…声が裏返りましたが科学部です!液体窒素実演です!本日最後なのです!お見逃し無くです!」
黒岩曰わく、「谷津の声、二階で呼び込みしてるのに四階まで聞こえた」。
約10分間の客引き。
谷津は既に喉の痛みを感じていた。
液体窒素もなくなってきたので、化学室に戻った。
「お疲れ~」
化学室に入るなり仁が言った。
「もうね…喉が痛いぜ…」
「月1でカラオケ行ってるのに?」
「あんまり関係ない…」
「今回は少ないね~」
化学室には、50人程度の来場者。
「…ま、いいんじゃん?」
「だな」
何となく、谷津と仁は笑った。
「ではこれから液体窒素の実演を…」
聖の液体窒素実験が始まった。
内容は一回目と同じ。
また谷津が体を張った。
これ以後客引きはしないで谷津はダイラタンシーの説明役に回った。
そして4時。
「只今の時間を持ちまして、一般公開を終了します。引き続き、中夜祭をお楽しみいただけますので、是非参加してください」
生徒会からのアナウンスが流れた。
一般公開終了…。
やっと谷津は一息つけた。
ダイラタンシーを水道に流し、帰る準備をする。
「谷津~!後夜祭でる?」
文雄が聞いてきた。
「いや、出ない。帰ろうぜ!芳春も!」
今日は谷津と文雄と芳春の三人で帰宅することになった。
しかしこれはこの後三人の男たちのいろんな意味で素晴らしき雑談が始まる前兆だった…。
今回は実話だけじゃないよ!
聖はそんなに悪い人じゃないんだぜ!
達也のモデルは悪いやつだ!
次は男三人の下らない会話が永遠と繰り広げられるだけのつまらないものなので読まなくてもいいです。むしろ読まない方が…。
どうなってもしりまへんどぅえ!