第三話 有り得ない敵
黒澤明人は、西暦2080年4月16日をもって准尉に昇格した。そして翌日4月17日。エリーズ空軍基地横の陸軍簡易施設において陸軍・空軍の士官のほぼ全員が揃い。広い会場でブリーフィングが行われた。7日前地球から最新鋭の軍艦26隻、空母7隻、巡洋艦107隻、駆逐艦248隻からなるさして大きくは無いが強力な制圧力がある艦隊である第43地球艦隊が到着し、またたく間に火星周辺の宙域を完全に制圧した後、火星軍の支配する北半球の広域に渡って、バンカーバスターと呼ばれる地下施設を破壊する爆弾142000発が成層圏外からばら撒かれそれぞれ的確に目標へ落ち、火星軍施設に致命的ダメージを与えた後、空母7隻からそれぞれ24隻、計168隻の強襲揚陸艦がパージされ火星の大気圏に突入し、大地に強制着陸した。戦車8400輌、装甲車42000輌、フル装備の歩兵80万人余、他兵站装備等々、を火星大地へ送り届けた。合わせて陸軍戦車1951輌、装甲車4215輌、歩兵48万人余も戦線を整え、一斉攻勢へのカウントダウンが始まっていた。
一連の確認の為の報告の後、関連兵団毎に別れ個々の作戦が説明された。
黒沢明人達は、明日0600時、最新ヘリにより敵本部があると報告されたE405エリアへ運ばれ、計340名での特殊強襲部隊で敵施設の制圧を指示された。
航空写真を拡大し、それぞれの担当位置を確認しあい、黒沢明人は、エリーズ空軍基地でいつでも出発できるように待機していた。
つい先ほど、地球軍が火星全土の制空権を確保したとの報告が入った。我々の出番も間近だろう。
黒沢明人の予想通り、間もなく出陣の命令が下った。陸軍最精鋭である特殊強襲部隊340名が29機のヘリに分乗し、次々と規則正しく離陸し、低空飛行で目的地へと向かった。黒沢明人を含む第12歩兵師団所属前衛第211部隊所属1番隊フォックストロット1、12人編成の乗るヘリは、12番目に離陸した。
目的地までは何の支障も無く到着した。現場は、混乱を極めていた。敵兵は100人もいない、その上、負傷していない兵は殆どいなかった。宇宙からの大規模爆撃により本部は崩壊したようだった。突入するハズだった入口も破壊されていた。他の部隊からも次々と同じような報告が入った。1隊を除いては…。
『こちらフォックストロット9、敵からの激しい攻撃を受けている!未知の武器を使用しているようだ。位置を知られると消される!退避もできない、応援を求む!』
その無線を聞いたリオ・カールネンは、どうにも嫌な予感を払拭できなかった。精神及び肉体を極限まで鍛えられている上に最新鋭の装備をしている最精鋭特殊強襲部隊の1部隊が危機的恐怖を受けている。有り得ない事態だ。
『こちらフォックストロット5、今から合流の為に現場へ向かう。それまで耐えろ!』
次に近い位置にいる部隊は、リオ・カールネンの部隊だった。決して仲間は見捨てない。それが特殊強襲部隊の不文律だった。
リオ・カールネンは、無線に叫んだ。
『こちらフォックストロット1、今より現場へ急行する。我が班にはA1がいる。とにかく耐えろ!』
『1及び5、早くしてくれ全滅しそうだ!』
現場までの距離は、およそ3km、普通に走って向かっては間に合わない可能性が高い。そう判断したリオ・カールネンは、黒沢明人を見た。黒沢明人もリオ・カールネンの目を見ていた。
「俺が先行しよう」
黒沢明人は迷いの無い返事を返した。リオ・カールネンは悩まなかった。この危機を乗り切るには明人以外に適任者はいない。
「いいか、無理はするな、今までとは何か違うようだ」
「まあ、なんとかなるでしょう」
そういうと明人は、部隊から離れ、自分の質量を下げ、軽くステップ、すると宙に浮き上がった、次に慣性を操作して一気に時速500km近くで移動した。そして、およそ24秒で目的地へと到着した。
まだ、地上では激しい銃撃戦が行われていえる。だが、24名いた筈の部隊は8人に減っていた。
黒沢明人は、近くの一人の仲間の側に降りた。
「うお!」
彼は突然現れた黒沢明人にびっくりして思わず銃口を向けるところだった。
「フォックストロット1の黒沢明人准尉だ。宜しく」
「サー、ランナス・デヴァート軍曹です、こちらこそ宜しく頼みます。ひょっとして貴方がA1ですか?」
「そうだ。それより状況はどうなっている」
ランナス・デヴァートは、再びスコープ越しに銃を撃ちながら答えた。
「隊長が消されました。今は私が指揮をとっています」
「隊長が消された?」
「そうです。敵は謎の装備を持っているとしか考えられません」
「どのような武器だ?」
「解りません。ただ、相手に時間を与えるのはダメだす。位置がばれるとその瞬間にやられるんです。いや、消されるというか、兎も角我々もそろそろ位置を変えなければなりません」
「想像のつかない事態だな」
「そうですね、想像もつかないです、球状の黒い闇に包まれたとおもったら、地面ごと仲間が消えているんです。勘ですが、彼らの背後に能力者がいる可能性があります。銃撃がやんだ瞬間だけ、前へ出て何かを行使しているようです」
「銃で撃たれるのを回避しているのか?大きく姿を晒す何らかの兵器の可能性もあるな」
「解りません」
それらの情報は、エリーズ空軍基地作戦本部にいる将兵にも聞こえていた。この本部には、戦場のありとあらゆる情報が集まってくる。
グラード・M・パステウル大佐は、日下部雅之へ視線を寄越した。日下部雅之は迷わず「生きて確保しよう」と提言した。
「恐らく空間を切り取る能力(遺産)だろう。我々も把握していない遺産だ。しかし、どうやってそんなものを…火星には衛星と除いて遺産は無い筈だ、それに衛星は生きている」
だが今は事態が事態だ。頭の片隅に置き、現実へと思考を戻す。
グラード・M・パステウル大佐は無線のスイッチを入れ、命令した。
「黒沢明人准尉、こちらグラード・M・パステウル大佐だ。これは命令だ。敵の能力者を殺さずに確保しろ」
黒沢明人は悩まず答えた。
「サー、了解しました」
ランナス・デヴァートが黒沢明人に訪ねた。
「サー、どうかしましたか?」
「敵の能力者を殺さずに確保しろ、だそうだ」
ランナス・デヴァートは、目を見開いた
「不可能です!ここから目標まで700m以上あります」
確かに常識通りに考えればそうだが、黒沢明人にとっては一瞬の距離でしかない。
「大丈夫だ。ここからの距離的には問題無い、しかし未知の攻撃が気になる」
ラプラス・カリキュレーターが働くか?回避可能だろうか?
「命令だしな。未知の攻撃が何か解らない以上、悩むより行動あるのみか…。5秒で出る」
そういって酸素マスクを外し、バックパックを落とした。
「イエス・サー。ご武運を!。全兵士に告げる4秒後に一斉乱しろ」
「4・3・2・1、0!」
ランナス・デヴァートと生き残っている兵員全てが身を乗り出して銃を乱射した。
黒沢明人は敵塹壕まで5秒と掛からず移動した。あまりの速さに敵の目は黒沢明人を捉えることができなかった。
気がついたら目の前に立っていたという感じだろうか。
しかし流石、本部を守る部隊の兵である。それなりの訓練を積んでいるようだ。黒沢明人の目の前の敵兵は、すぐさま行動に移った。
迷い無く、アサルトライフルを投げ捨て、長さ30cmはあるかというナイフを鞘から引き抜き、塹壕の上に立っている黒沢明人の足に切りつけた。が黒沢明人はひらりと背後にステップして躱した。
そして対して他の敵は拳銃を乱射した。しかしどの弾もひらりひらりと交わす。
黒沢明人は、敵兵の攻撃を受けながらも、誰が能力者(若しくは遺産内蔵するもの)なのか、見極めようとしていた。
そして一人の少女兵が候補に上がった。明らかに守られている。そして銃すら持っていない。
黒沢明人は、少女以外の敵兵をロックし、2038の遺産の衛星にパルス状に超高熱のレーザーを発射させた。
敵兵がバタバタと倒れる。頭に穴が空いているが焦げて血すらも流れない。
「よくも!」
そう叫んで、少女兵は、目の前で死んだ兵士からアサルトライフルをとり、後退しながら黒沢明人に向けて連射した。
黒沢明人は、敢えて避けなかった。しかし、黒沢明人に当たったかと思われる弾は、全て地面に転がった。少女兵は目を見張った。だが絶望の目では無い。黒沢明人は、それを見逃さなかった。
女性兵士が言葉を紡いだ。「原理は不明、距離感の扱いが難しい。でもね、今の貴方は最高の位置にいるわ。消えて!」
黒沢明人のラプラス・カリキュレーターが反応し、未来を見せる。よけられる。強烈に足をはねあげ、バックステップした。一瞬後、黒い球体が目の前に広がり、大きな球となって最後に消滅した。地面には丸い凹みができていた。
「恐ろしい能力だな」、黒沢明人は微かに緊張を覚えた。こんな緊張は初めてだ。最大直径3mといったところだな。厄介だな。
黒沢明人は、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「名前と君みたいなうら若き女性が軍人になった理由は?」
「名は、ダナ・ハーグマン。軍隊に入ったのは、姉の結婚式の時に地球軍の爆撃を受けて、姉も旦那になる人も死んだわ。生き残ったのは、私を含めてわずか数名。…許せない!だから軍隊に入った!」
黒沢明人は、答えた。
「不運だったな。だが、火星政府はもう終わりだ。火星軍はもはや戦略的に動かせないだろう」
「そうね…、ところで貴方は一般兵ではなさそうね。士官?」
「准尉だ」
「そう、能力持ちの准尉…まあ、私なりに上等なもんね」
そう言った瞬間、ダナが視界から消えた。
しまった。能力は1つだけではなかったのか!黒沢明人は珍しく驚いた。
ラプラス・カリキュレータが働かなかった!?
背中に手のひらを感じ、首だけ後を向く。
「一緒に死にましょう」
ダナ・ハーグマンが呟いた。
そして、黒沢明人とダナ・ハーグマンはこの世から消えた。
ようやく異世界トリップです。
楽しんで頂けたら幸です。