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9/19

終わりは始まり

「ねぇ、まだダメなの? 川崎先生?」

 私は診察を受けながら聞いてみる。

「ダメです。まったく、あんな無茶して……。小鳥遊さんが慌ててコールしてきた時は本当に驚いたんだから!」

 私はどうやら小児病棟で熱を出して倒れたらしい。カオルさんによると子供達は沢山泣き出すし、お母さんとお父さんは心配して駆けつけるし。いろいろ大変だったらしい。

 私が異変を申し出ずに、自分すらも騙して、紙芝居を読みに行った結果は散々な物だった。

 そんな中、子供達を落ち着かせ、迅速に対応してくれたのは舞子さんだったそうだ。

「笑顔を作りに行って、泣かせてどうすんだっつーの」

 ぼそぼそ悪態を吐く。

「こら! 言葉が悪いわよ。九月さん」

 川崎先生に頭を小突かれる。

「あはは、ごめんなさい」

 独り言のつもりが、聞こえてしまった恥ずかしさで顔が火照っていく。

「もう! あなたはもっと自分の事を自覚してください」

 流石に今回は返す言葉も無い。私は知らないうちにきっと諦めかけていた。だから焦ってこんな事態を引き起こした。全部自分の弱さが招いた結果だ。

「私、焦っていたんです。足に力が入らなくなって、もうすぐ紙芝居聞かせてあげられなくなるんじゃないかって。今までこんな事無かったから……」

「足に力がって……いつから!?」

 川崎先生が驚きの顔で、私の言葉に噛み付いてくる。

「え、えっと、最初は舞台で紙芝居を読んだ後で……でもあれは腰が抜けただけって思って……。優さんも初舞台の後そう言う事が合ったって言っていたし……」

 ズルイ自分がまた出て来た。

「その後は、死神さんに首輪を渡した時と、小児病棟の方で紙芝居を読んだ後だったから、緊張がいけなかったのかなって思って……」

 本当はもっと異変に気付いていたはずなのに……。

「ごめんなさい」

 こうやって謝るのはズルイ。相手が許さなければいけないように私は誘導している。

「……………………」

 だけど川崎先生からは返事が無かった。

「あの、先生?」

 許されない事が恐くて先を急かす。喋る度に自分が汚い人間に思えてくる。

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事していて……」

 うう、謝っているのはこっちの方なのだけれど……。

 でも、すぐに違う不安が襲ってきた。私の異変を聞いて、川崎先生の様子が変わったという事実が圧し掛かる。

「あの! 私ちゃんとしますから、生きたいって思っているから、だからこれからはちゃんと言います」

 夢の中で誓った決意を、現実にするために言葉にする。

 単純だけど一番効果的に思えた。

「生きたい……か……」

 川崎先生の反応が恐い。今にも絶望を告げる白い少女に変わってしまいそうで私は眼を閉じた。

「美羽ちゃん」

 突然川崎先生に名前で呼ばれて驚いてしまう。

「私は医者失格かもしれない……」

 躊躇うように、不安を顕にする川崎先生が自分と重なって見える。だけど彼女は絶望を告げる白い少女なんかじゃ無かった。川崎先生の瞳から涙が零れる。

「私は……あなたを治す術を今は持っていない」

 なんとなく気付いていたけれど言葉にされると重い。だけど沢山の死を見てきたはずのお医者さんが、泣いてくれる。絶望を告げているんじゃない。これは川崎先生の優しさだ。

「だけどあなたに生きて欲しいわ。だから私も諦めない。根性論なんて信じないけれど、生きたいと願っている人達を救う為に、私達医者はいるのだから」

「川崎先生……。いや、玲先生……。ありがとうございます!」

 『ごめんなさい』より言わなきゃいけない言葉が私にはあったのだ。こうやって出会っていく人達に学んでいける私はきっと、やっぱり、幸福なのかもしれない。

 そして玲先生は精密検査の後。私に時間が残されていない事を告げた。

 

 

「ねぇねぇ、死神さん」

 私は窓の外に目をやる。いつものベンチにいつもの様に黒猫が眠っている。その隣にそっと日傘が置かれている。カオルさんにお願いして、風の無い日や晴れて日差しの強い日はあそこに置いてもらっている。

 だけど私はあの風景がとても遠い世界になった気がしまっていた。

 『これからは外も暑くなるから、外出は控えるように』

 玲先生に告げられた言葉が頭の中で響く。もう外は夏だ。近くで向日葵が咲いているのが見える。日傘、日向、向日葵、どれもが今の私には眩しかった。

「死神さん……」

 死神さんの隣に自分を当てはめる。それをそっと迎えに来る舞子さん。どれも過ぎた思い出だけれど自然と笑みがこぼれた。

 

 

「まったくもう、勝手に倒れるなんて私の監督責任が問われちゃうじゃない」

 カオルさんがぼやく。

「うう、返す言葉もございません……」

 本当に見つからなかった。だってもう三回目だし……。

「ま、いいんだけどさ。本当心配したんだから」

 実の所私が倒れていたのは二日程でカオルさんは、ほぼ付きっきりで側に居てくれたそうだ。

 心配で来てしまったお父さんと、お母さんをなだめてくれたのもカオルさんだったらしい。

「慧ちゃんも、わんわん泣いちゃって大変だったみたいよ?」

 そうだ、私はあの子の前で倒れてしまったんだ。すごく不安にさせちゃっただろうなぁ。

「慧ちゃんに紙芝居読んであげたいなぁ」

 そう呟くとカオルさんがじっとりした目で私を睨んでいた。

「まずは自分の病気治してからね!」

 そう言いながら白い封筒で頭をペシッと叩かれてしまった。

「あ、これ……」

 四葉のクローバーのシールが見えてその封筒が何なのかすぐにわかった。

「はい、あなたに幸運が届きますように」

 カオルさんがそう言って封筒を渡してくれた。

「あ、ありがとう」

 私はあっけにとられて普通にお礼を言うだけしか出来なかった。

「ありゃ? もっと喜ぶと思ったんだけどな……」

 カオルさんがポカンとしている私を見て不思議そうにしている。

「い、いや、嬉しいけど……。何だかカオルさんに、舞子さんが一瞬重なって見えて……」

「なに? それー! やっぱり私より舞子を取るのね? 美羽ちゃんは!」

 わざとらしく腰に手を当てて、カオルさんは怒っているポーズを取る。

「そういうつもりじゃ無いんだけど。なんだかカオルさんって、もっとドライなイメージだったから」

 その言葉に少し驚いた表情を見せた後、カオルさんはそっと呟いた。

「きっと、美羽ちゃんの影響ね」

「私の影響? 私、何か、したっけ?」

「まあ自分では気付かないのよね、この手の子って……」

 やれやれと、カオルさんは大げさに手を広げ、首を振る。

「最初から言ってあげようか? 美羽ちゃんの武勇伝を……」

 う……何だか嫌な予感がしてきた。

「まずは舞子の事を心配してナースステーションに来た時だったかな?」

「わーーーーー」

 私は大声を上げて続きを遮った。今思うとこのサナトリウム来てから私は恥ずかしい事ばかりしている気がしてきた。そしてそのほとんどをカオルさんに目撃されている……。

「こら!倒れた人間がそんなはしゃがないの!」

 おでこにデコピンをされる。

「いたっ。でも私のその武勇伝でカオルさんが丸くなるってどういうこと?」

「まあ、一所懸命さに負けたと言うか、大体看護師とか医者って患者さんと距離を置くものなのよ。それなのに、あなたは自然と人を惹きつけているの」

「それはきっと舞子さんのせいだと思うんだけどなぁ」

「あら、舞子だってあなたに出会って変わっているわよ?」

 舞子さんが変わっている!? あの舞子さんが!? 一体何が変わったのだろう? 私には検討もつかなかった。

「あなたが倒れた後も舞子はしっかり仕事をこなしていたわ。あなたに出会う前の舞子なら三日は使い物にならなかったと思うんだけどね」

「舞子さんの事だからどうせ私なら大丈夫。とか思っていたんじゃないの?」

 私は少しむくれて言う。

「あら、ちゃんと心配していたわよ? だけど、『もし、私がここで立ち止まったら美羽ちゃんに笑われてしまうから、自分に出来る事をするんだ』って意気込んでいたわね」

 あの人は本当に……。いつも私より先に行ってしまう。悔しさと嬉しさの入り混じった複雑な思いが溢れ出す。

「まぁとにかく、舞子とあなたはとても素敵な関係だと思うわ。私、少し妬けちゃうもの」

 笑いながらそんな事を言って、カオルさんは病室を後にした。

 私はカオルさんがくれた封筒に目をやる。消印は私が倒れた日付になっていた。

「優さん、すぐに返事くれたんだ……」

 返事がずいぶん遅れてしまった事になる。こういう思いをすると自分の体を呪いたくなる。

 嫌な考えが溢れ出す前に優さんの手紙を読む事にした。

 中の手紙は前と同じ黒猫の便箋。そこに優さんらしい丁寧な字で沢山の事が書かれていた。

「あの黒猫に触ったなんてすごいですね! 私は始めてのお給料なんて、自分の為に使っちゃったのに、美羽ちゃんはやっぱりすごいなぁ」

 そんな風に言ってくれる優さんはもっとすごいです。

「最近は美羽ちゃんの影響で創作意欲がどんどん沸いてお仕事がんばっています。新しいアルバムが出せそうなので、完成したらすぐに美羽ちゃんに送るから感想聞かせてくださいね!」

 優さんって本当に優しいなぁ。私なんかが、優さんに影響与えて悪い方に行かなければ良いけど……。

「でも、実は、ちょっと作詞の方で煮詰まっています。美羽ちゃんの言葉がまるで魔法の様に渦巻いていて。私より美羽ちゃんが詩を書いたほうが上手く出来るんじゃないかって考えてしまって……」

 魔法か……。その言葉で私は忘れ去っていた夢を思い出した。

「私、そういえば魔法使いになりたかったんだっけ……」

 もちろん小さい頃の話。お母さんに読んでもらった『シンデレラ』の魔法使いに憧れていたのだった。

「私が魔法使いになったらお母さんにキレイなドレス着させてあげるね!」

 そう言った私の前で、お母さんは急に泣いてしまった。それからその夢はお母さんを泣かせる悪い夢に変わってしまった。だから口にしなくなり、成長するにつれて魔法など無いと、現実を知ったフリをして忘れてしまっていた。

「舞子さんの言葉も魔法みたいだったなぁ」

 でも実際は魔法でも何でも無い。ただの言葉だ。

「あ、そっか、舞子さんは言葉の使い方が上手いんだ」

 あるべき場所にあるべき言葉を埋める。理屈は簡単だけどそれはとても難しい事だ。それは歴史を紐解けばわかってしまう。言葉で分かり合えないから……。あるべき場所にあるべき言葉を置けなかったから。人は間違え、同族同士で殺し合い、戦ってきた。

 だけどもし、あらゆる言葉を、あるべき場所に置ける人が居るとしたら……。そうすればきっと。色々な人の助けになるんじゃないだろうか、時には傷つけ、時には癒し、時には見守る。私は言葉にはそういう力があると思う。

「言の葉使い……」

 私は新しい夢を手に入れた。

 言葉を操る者になろう。それは小説でも、絵本でも、詩でも、単語でも、あらゆる言葉をあるべき場所に置ける人に。

 時には間違える事もあるかもしれないけれど、自信を持って言葉を使える人になりたい。

「とりあえず……」

 優さんの手紙に返事を書くべく私は便箋を手に取った。

 

 

「ねぇねぇ、死神さん」

 窓の外、遠くなってしまった景色に問いかける。

「私、夢が出来たんだ。言の葉使いになるの!」

 独り言のクセはまだまだ抜けないみたいだ。

 ちょっと子供っぽいけど良いよね?こんな夢も。

 

 

「早く来ないかなー」

 私はそわそわしながら本を読んだり、優さんのCDを聴きながら過ごしていた。

「ねぇねぇ、死神さん」

 鼻歌交じりに窓の外の死神さんに問いかける。猫は耳が良いと言うけれど、私の声は届いているのだろうか。

 届いていようと、いまいと、死神さんはいつもどおり日傘の下でのんびりお昼寝をしていた。

 赤い首輪が映えて日陰に居るのに少し眩しい。

 そうして感傷に浸っていると部屋をノックする音が聞こえた。

「美羽ちゃん? 入るわね?」

 お母さんの声だ。

「はーい」

 大きな声で扉の向こうに聞こえるように伝える。

 お母さんは大きな紙袋を抱えてやってきた。

「うわ、重くない? ごめんね。こんなにいっぱいなんて思わなくて……」

 私は死神さんの首輪の後、残ったお金の使い方を色々決めた。

「ううん、良いのよ。後、お父さんも、プレゼント喜んでいたわよ」

 お父さんにはネクタイを買ってあげた。

 『ごめんね。お母さんには買い物ばかり頼んで』と言おうとして私は踏みとどまった。

 こんな事言ったらまた泣かせちゃうかな……。

「それにしても、その荷物すごいねー」

 言葉に詰まって話を逸らす。『言の葉使い』になるにはまだまだ修行が必要な様だ。あれから私は本以外に辞書も、眺める様になった。色々な言葉を知っていれば使うべき所で使うべき言葉を持っていなかったら意味が無いから。

「残ったお金で出来るだけって言っていたから。出来るだけ数が欲しいって事だったし、安いお店をいっぱい回ったの」

 お母さんも忙しいはずなのに。私は申し訳ない気持ちからまた『ごめんね』って言いそうになる。でもそうじゃない、ちゃんと言葉を選ぼう。

「お母さん、ちょっとこっち来て」

 私は招き猫の様においでおいでをしてお母さんを呼ぶ。

「ちょっと目瞑って」

 お母さんは言われるとおりに目を閉じた。

「えい!」

 お母さんのおでこにデコピンをする。

「いた!」

 お母さんが声を上げて驚く。

「もう、私に気を使ってくれるのは嬉しいけど、お母さんが無茶しちゃダメでしょ?」

「む、無茶なんて……」

 お母さんは突然の出来事に頭が追いついてないみたいだ。よし、これなら泣かせないでいける。

「お母さん」

 一声かけて今度は頭を撫でる。

「今度は目の下のクマ治してきてね! それと……本当にありがとう!」

 満面の笑みで言う。

「クマ、そんなにすごい?」

 お母さんが目の下を触りながら私に聞いてくる。

「すごいよ? パンダみたい!」

「そ、そんなにー?」

 そうやって二人で笑いあった。

 しばらく、お母さんと話していると、またノックの音がする。

「美羽ちゃーん? いるー?」

 ガラッと返事も待たずに入ってくる。舞子さんだ。

「あら、こんにちは」

「こんにちは」

 お母さんと舞子さんが挨拶を交わす。舞子さんの後ろにもう一人影が見えた。

「ほら!」

 舞子さんがその子の背中を押す。

「美羽お姉ちゃん……大丈夫?」

 慧ちゃんだった。心配していたって言っていたもんなぁ。

「うん、平気。こないだは驚かせちゃってごめんね」

 そう言ってベッドの近くまで来てくれた慧ちゃんの頭を撫でる。

「はい、美羽ちゃん」

 舞子さんが私に紙袋を渡してくれる。

「あ、ありがとう。舞子さん!」

 お母さんはそのやりとりを不思議そうに見ていた。

「さて、ちょっと早いけど始めちゃおうかな」

 私は枕の後ろに隠しておいた筒状の箱にリボンの付いたモノを取り出す。

「はい、これはお母さんへのプレゼント。カオルさんに頼んで買って来て貰ったんだ」

 お母さんへのプレゼントはネックレス。カオルさんはセンスが良いから、安くて良い物を簡単に見つけてきてくれた。

「そんなに高い物じゃないんだけどね。お母さんもたまにはお洒落してね!」

 お母さんがお洒落出来ないのは私のせいなのだけれど、私にはそうやって言うしか無かった。

「それで……、舞子さんには……」

 お母さんが抱えてきた紙袋の中を漁る。

「あった、これ! マグカップ」

 四葉のクローバーが小さくあしらわれたマグカップ。

 二人はプレゼントを受け取り、お母さんは丁寧に、舞子さんは乱暴に、包みを開いた。

「まあ、綺麗」

「わ、可愛い」

 お母さんがネックレスを首に当てて見せてくれる。

「良かった、似合っているよ!」

 さすがカオルさんだった。安物なのに全然子供っぽく無く、それでいておばさん臭く無い。絶妙なバランスの物で、お母さんにぴったりだった。

「あ、後ね、慧ちゃんにもあるんだ」

 はい、とお母さんが抱えてきた紙袋の中を見せる。中身は四葉のクローバーの小物で溢れていた。

「ここから好きなのを取って良いよ。慧ちゃんは一番先に選べてラッキーだね!」

 私は小児科病棟の子供達にと、残ったお金を全部。四葉のクローバーの小物を買って来てもらったのだ。

「私これにするー」

 慧ちゃんは四葉のクローバーが中に入っているキーホルダーを手にしていた。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 にっこり笑った慧ちゃんはあの日傘と、黒猫と、向日葵の景色の様に少し眩しかった。

「後は、これ、小児科の子達に舞子さんが配ってあげて」

 大きな紙袋を舞子さんに渡す。

「こんなに沢山……良いの?」

「沢山無いとみんなにあげられないでしょ?」

 そう言って笑う私を慧ちゃんは伏し目がちに見上げていた。

「どうしたの? 慧ちゃん」

「わ、私もう退院しちゃったから、これ貰えないよ」

 正直で真っ直ぐな子なんだな。そう思うと胸がズキリと痛んだ。約束守ってあげないと。

「ねぇ、慧ちゃん。じゃあそれは私からの退院祝いって事でどうかな? 後ね、そろそろ来るはずなんだけど……」

 時計に目をやる。そろそろ約束の時間のはずだ。

 私は慧ちゃんに向き直って真っ直ぐ目を見た。

「もうちょっとだけ待ってね。玲先生とカオルさんが来てくれるはずだから、そしたらまたあの紙芝居読んであげるから」

 慧ちゃんが来る事は知らなかった。今日は玲先生に読んであげるつもりだったのだ。でも、なんとか約束守れそうで良かった。

「それにしても退院したのに良く来てくれたね?」

 慧ちゃんはそんなに私の紙芝居を楽しみにしてくれていたのだろうか? この真直ぐな少女が私は羨ましかった。

「あのね、舞お姉ちゃんがね、約束はお互いが守ろうと努力するものだって教えてくれたの。例え守れなくても守ろうとがんばる事が約束なんだって」

 ああ、またこの人なのか……。舞子さんは私の理想だ。理想の『言の葉使い』だ。時々訳のわからない事も言うけれど、本当に、何と言うかタイミングが上手なのだ。あるべき場所にあるべき言葉を……。私も早く使いこなしたいな。

「そっか、次はお姉ちゃんが頑張る番だね」

 そんな話をしているとカオルさんが玲先生を連れて入ってきた。

「ごめんなさい。川崎先生お休みなのに、患者さん達に囲まれちゃって」

 カオルさんが慌てて弁護する。

「大丈夫。今日は何か体調良いし、あ、カオルさんお仕事中で大変かもしれないけど、これ……」

 舞子さんから受け取った紙袋を渡す。お洒落なカオルさんは服飾物をいっぱい持っているだろうと香水を買ってあげた。

「それから、玲先生にも」

 玲先生にはヘアピンだ。髪の長い玲先生には良いかなと、こちらもカオルさんに頼んでおいた。

「へ? 私も!?」

 玲先生は予想もしていなかったのか、すごく驚いている。

「もちろんですよ!名前で呼び合う仲じゃないですか」

 悪戯っぽい笑みを浮かべてそんな事を言う。

「みはっ……あ……えと……その…………ありがとう」

 玲先生は周りを見渡して、顔を真っ赤にする。やっぱりこれはクセになる。

「じゃ、私はお仕事あるから。美羽ちゃん! これ、ありがとね!」

 カオルさんはパタパタと出て行ってしまった。

「じゃあそろそろ始めますね」

 ベッドの上で紙芝居を整える。今日は不思議と緊張は無かった。

「これは不思議な世界で迷子になった女の子のお話。それはそう、不思議の国のアリスの様に……」

 私はもう一度。一言、一言を噛みしめる様に言葉にしていった。

 慧ちゃんも、玲先生も、舞子さんも、お母さんも、静かに私の言葉を聞いてくれている。

 これを読んでいる間は不思議と色々な事を忘れていられる。自分が病気な事。お父さんとお母さんが一所懸命働いて苦労している事。もう、私の時間が余り残されていない事……。

 

 

「おしまい」

 パチパチパチ……あの大舞台とは違う小さな拍手。だけどとても心地よい。玲先生とお母さんは少し涙で瞳が潤んでいた。慧ちゃんはまるで世紀の大発見をしたかのような驚きと喜びの入り混じった表情で私を見ている。舞子さんは涼しい顔で拍手してくれている。

「噂には聞いていたけれど、素敵なお話ね」

 玲先生が褒めてくれる。

「ありがとうございます」

 私は紙芝居を整え直す。そして慧ちゃんを見た。

「ねぇ、慧ちゃん?」

 そっと囁く様に声にする。ある決意が揺らがぬ様に。

「この物語好き?」

 慧ちゃんの目、綺麗だなぁ。

「うん、大好き!」

 そう言って何度もうなずいてくれる。

「じゃあさ、これ、あげるよ」

 束ねた紙芝居を慧ちゃんに差し出す。

「え!? ダメだよ! これはお姉ちゃんの……」

 慧ちゃんは差し出された紙芝居を受け取ろうとはしなかった。

「いいの、私はまた描けばいいのだから。」

 ミウの言葉。『私は、名前を、苗字を、希望を、諦めない心を手に入れたから。それがまた欲しくなったら自分で探しに行くわ』私はこれを持っているから……。これで良い。これで……。

「慧ちゃん。良かったらこれ、私の変わりに色々な人に読んで聞かせてあげて欲しいな。いや、色々な人じゃなくても、慧ちゃんが大人になってお母さんになった時でも、子供に聞かせてあげて。」

 さらに慧ちゃんの手元に紙芝居を近づける。

「あ、あの……」

 慧ちゃんは畏まってしまっていた。

「ほら……」

 その背中をそっと舞子さんが押した。玲先生は優しい眼差しで見ている。

「良かったら、もらってあげて」

 お母さんが一声かけてあげてくれる。

「うん! ありがとう! 私ね、お姉ちゃんみたいな物語書けるようになるのが夢なの! だから……すごく嬉しい! これ宝物にするね!」

 慧ちゃんの顔には向日葵の様な笑顔が広がった。それは星が生まれる時の輝きの様で、やっぱり私には少し眩しい。だけど眩しい位が丁度良いのだ。

「ね、死神さん」

 私は窓の外の死神さんに向かって呟く。きっとあそこにはもう戻れない。でもこれは諦めじゃない。前へ向かって歩き出したと、そう信じたい。

「ねぇ、慧ちゃん。私の夢何だと思う?」

 夢を語ってくれた慧ちゃんには私の夢を打ち明けよう。

「んー……絵本作家とか?」

 慧ちゃんは少し悩んでそう答えた。

「近いけど、はずれ」

 私は慧ちゃんの頭を撫でる。

「んー、じゃあ小説家?」

 慧ちゃんはまた悩んで新しい答えを出す。

「それも……近いかな。でも違うの」

 私の答えはきっとこの場に居る誰にも理解されないだろう。でも恥ずべき事では無い。これは私の誇れる夢だ。

「私はね、言の葉使いになるの!」

 

 


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