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手紙、お金、約束

 「ここに飾って置くわね」

 あれから三日程で優さんから写真が届いた。それをカオルさんがベッドの近くの棚に飾ってくれる。みんながキョトンとしている写真と笑っている写真。と、もう一つ……

「か、カオルさん……それは何の冗談です?」

 三つ目に置かれた写真になんか見なければ良かった気がするものが置かれていた。

「あら、いらない?」

 カオルさんがとぼける。

「いりません!」

 香坂さんの本家のゴスロリ写真だった。

「あーあ、由香に言っちゃおう」

 あれ以来カオルさんともなんとなく親しくなった気がする。良い意味でも悪い意味でも。

「写真はお断りしますけど、服ありがとうございましたって伝えといてください」

 私はやんわりかわす。

「あ、そういえばこんなのもあるわよ。じゃあお仕事して来まーす」

 そう言ってCDと封筒を置いてカオルさんは行ってしまった。私の事は仕事じゃないのか……。

「ねぇねぇ、死神さん」

 私は久しぶりにここに戻ってきた気がする。あの後は、川崎先生の指示による謹慎期間があったので大人しくしていなければならなかったからだ。

「報告遅くなっちゃったね」

 相変わらず何の反応も無い。死神さんは相変わらず死神さんのままだ、でもこれが良い。私はお気に入りの日傘をゆっくり開いて死神さんに影を作ってあげる。

「紙芝居、上手くいったよ。みんな拍手くれて、わあーーーって言ってくれて。何か、すごかった。上手く言えないけど、すごかったよ」

 私は死神さんに向き直る。

「ありがとね、死神さんにも沢山お世話になったよね」

 ただそこに在ってくれる。それだけで救いになることもある。私はきっとこの黒猫に沢山救われている。そして私の作った物語のカギにもなった。だからお礼を言う。これは独り言では無い。ちゃんとした『お礼』だ。

「本当にありがとうございました」

 敬意を払って、姿勢を正して、丁寧に頭を下げる。不吉の象徴の黒い猫に。サナトリウムに住み着いた死神に。誰も触れない不思議な猫に。

「あ、後ね、こんなのもらっちゃったんだ」

 さっきカオルさんが置いて行った封筒とCDを死神さんに見せる。

「優さんて言う歌手なんだけどすごく良い歌を歌ってくれていてね。絶対、CD買いますって言ったらその前に送られてきちゃった」

 えへっと、笑ってみせる。

「それに手紙も!」

 可愛らしい四葉のクローバーのシールで留められた封筒を、丁寧に開ける。

 中からまた、可愛い黒猫の絵が所々にあしらわれた手紙が出てきた。それだけで私の物語を覚えていてくれているんだって思えて、嬉しくなる。

 中にはデパートのファンシーショップでこの便箋とシールを見つけた事。CDを早く聞いて欲しくて送ってしまった事。私の物語に感動して『諦めない事』について詩を書いてみたいと思っている事。こうしてたまに手紙を送りたいと思っている事が書かれていた。

「なんか……すごいね……」

 死神さんに読んで聞かせる様に、声に出してゆっくり読んでいたのに、気持ちの方が後から追いついてくる。文に釘付けになり、遅れて胸から何かが込み上げてくる。まるで稲光を見た後に音が来るように、ワンテンポ遅れてやってくる。

「ねぇねぇ、死神さん」

 私はもう一度隣に問いかける。

「返事……書かないとね」

 胸がいっぱいで今になって涙が溢れてきた。

 私は待ちきれずに、お母さんに買い物のお願いの電話をした。とびっきり可愛い便箋とシールを買ってきて欲しいと。

 

「やほー」

 私服の舞子さんが夜になってやってきた。

「あの、面会時間は過ぎているんですけど」

 読んでいた本にしおりを挟んで近くに置く。

「つれないなー、せっかく素敵な話を持ってきたのに」

「こんな時間に舞子さんがにこにこしながら入ってきたら怪しすぎるもの」

 私は素敵な話と聞いて余計に怪しむ。

「あら、失礼ねー。ま、これを見てもそんな事言えるかしら?」

 そう言って茶封筒をふらふらさせる。余計に怪しい……。

「何が入っているの?」

 堪らず聞いてしまう。

「開けてみるといいわ」

 そう言って茶封筒を手渡された。私はゆっくり封を切る。中を見て驚愕した。

「な……な……な…………」

「あら、驚きで声もでない? それとも感動かしら?」

 驚きで声が出ないんです。と言うか理解出来ないんです。茶封筒の中には一万円札が三枚も入っていた。

「なんでお金!?」

 やっとの思いで声にする。

「あら、私言わなかったっけ? 『アルバイトしてみない?』って」

 完全に思考が停止した。

 沈黙………………

「あ……あれって例えじゃなかったの?」

 私はてっきり仕事みたいな事を『経験』するだけだと思っていたのにまさかお金をもらう事になるなんて……。

「いいえ、完全に依頼したわよ」

 いや、ダメだ、流されて、もらっちゃいけない。あんな素人の紙芝居でこんな大金をもらうなんて出来ない。

「こんな……もらえないよ……」

 おずおずと茶封筒を返そうとする。

「はぁ……言うと思った」

 舞子さんはやれやれ、と大げさな仕草で応えるも茶封筒を受け取ろうとしない。

「どうせ美羽ちゃんの事だから、『あんな素人の紙芝居でお金なんて貰えないよ。』とか思っているんでしょ?」

「う……」

 今思っていた事をズバリと言い当てられ言葉に詰まる。

「私は前も言ったようにそんな素人の美羽ちゃんに正式に依頼したの。だからこれはあなたがもらって当然の物だわ。」

 舞子さんは当然のように言うけれど、私にはまだ納得が出来なかった。

「そんな事言われても……こんな大金……」

 私の紙芝居に三万円の価値があるのか? ……そう考えただけで現実に引き戻された。三万円の価値があるのか。三万円の価値しかないのか。私は心の奥で混乱する。

「まぁ、そう言わずに受け取りなさいなって。それにあなたの紙芝居の話はこれで終わりじゃないのよ?」

 混乱している私にさらに舞子さんは続ける。

「子供達に大好評でね。またあのお話が聞きたいって子が続出しちゃって、あそこに居なかった子まで聞いてみたいってなっちゃってさ。私勝手にあの紙芝居使っちゃったのよね」

 それは嬉しいけれどこのお金となんの関係があるのだろう?

「要するに、美羽ちゃんが持っている著作権を侵害しちゃったわけ。訴えればもっとお金ふんだくれるかもよ?」

 なんて笑いながら言う。

「別にそんなの気にしないのに」

 私はむくれて言う。

「じゃあ著作物の使用料としてでも良いし示談金としてでも良いし。なんだったら個人的にあの紙芝居を買っても良いわ。とりあえず、何を言ってもあなたの元にその三万は渡るから……後の使い道はどう使っても構わないわ」

 そう言って『じゃあ由香とカオルと食事に行く約束があるから』って呆けている私と三万を置いて出て行った。

「うーん、私本当にこれ貰っちゃって良いのかな?」

 次の朝、部屋に来たカオルさんに聞いてみる。

「良いんじゃない? と言うか聞いてよ。舞子ってば最初、それを私に渡せって言ってきたのよ?」

「カオルさんは何で断ったの?」

「だって美羽ちゃん絶対断るでしょ? だったら舞子に説得させた方が確実に美羽ちゃんの元に渡ると思ったの。ほら、現にそこにあるでしょ、それ」

 そう言って茶封筒を指差す。この人に相談したのが間違いだったようだ。


「ねぇねぇ、死神さん」

 私はまたココに来ていた。

「三万円だって……」

 私には重い。でも、少し悔しい。私はなんなのだろう。卑屈になってみたり勝手に自信家になってみたり、自分の事がよくわからない。

「何に使うかは自由……かぁ」

 試しに使い道を考えてみる。と言っても三万の使い道はそんなに思いつかなかった。両親に渡してしまうのも手かもしれない、そう考えていると自然と自分が三万を受け取ってしまっているような気がして考えるのを止める。

 そういえば優さんはあの時の報酬はどうしているのだろう?それを聞いてからこの三万をどうするか考えよう。そう思って手紙の下書きを始め、ペンが止まると本を読んで過ごした。


「うーん、これって書き過ぎだよね?」

 手紙の下書きをカオルさんに見せる。始めての経験なので不安で仕方なかったから。

「書き過ぎって言うかこれ、何ページあるの?」

 メモ帳をめくる手が止まらない。

「私そんなに書いたかな?」

「ざっと三十七ページ半ってとこかな。とりあえず私は読むだけで三日はかかるわね」

 数えていたんだ……。

「うー、でも話したい事だらけでどんどん出てきちゃって……」

「まぁ、わからないでも無いけどね、その話したいことだらけって言うのを書いて電話番号とオフの日を聞いてみるとかどうかしら?」

「で、電話!? そんないきなり失礼じゃないかな?」

「私の見た限りでは、そんな些細な事気にする人じゃないと思うけどなぁ」

「でも、仮にも優さんは芸能人だし……」

「芸能人に『こないだのお給料はどうしていますか?』なんて聞くのも失礼じゃない?」

 う……それは確かに考えると失礼かも。

「そもそも前回のイベントはみんなボランティアよ」

 その言葉に心臓を止められた気がした。

「そう……なんだ……」

 私バカみたいだ。そんな事も気付かないなんて。一人で始めて仕事した気になって、もらって良いものかどうか迷って、私はバカだ。

「はぁ、舞子が上手くやっているのかと思ったけれど、あの三万円の事で悩んでいるのね?」

 カオルさんに見透かされて驚いてしまう。

「あのね、あの人達はみんなそれなりに稼ぎもあって仕事もある人達なの。あなたは病人、しかも仕事の経験も無い。ボランティア何ていうのは余裕のある人が善意で余裕の無い人にしてあげる事なの。受け取る側によっては偽善にもなるような事よ」

 厳しい言葉に私はさらに驚いてしまう。優さんの優しさを偽善なんて言って欲しくない。

「あなたは偽善って言われても、人気取りって言われても、点数稼ぎって言われても、それでも誰かの為に無償でしてあげたいって覚悟であの紙芝居を書いたの?」

 そもそもそんな風に考えたことが無かった。

「そ、それは……」

「私は舞子や優さんみたいに優しく無いからはっきり言うわ。その覚悟も無しに舞子にそのお金を返すなら私が許さないから」

 ああ、そうか、このお金の出所もわかってしまった。私はどこまでバカなのだろう。

「カオルさん。お願いがあるんだけど……」

 私はこのお金の優しさと思いに応えられる人になりたいと思った。

「舞子は美羽ちゃんの笑った顔が良いって言っていたけれど、私はその顔の方が好きよ」

「へ? 私どんな顔しているの?」

「それは私だけの秘密」

 そんな事を言うカオルさんはいつものカオルさんに戻っていた。

「ところでカオルさん。お願いの前に一つ良いですか?」

 カオルさんはキョトンとしている。

「今度の賭けは三万円の使い道ですか?」

「な、なんの事でしょう?」

 明らかに動揺している。とりあえず二人の賭けは台無しにしよう。そう心に誓った。

 

「本当に? ほんとーに良いの?」

 カオルさんが執拗に聞いてくる。

「良いんです。最初はそれにします」

 キッパリと答えた。

「うう、わかったわよー。赤いやつね」

 私はカオルさんにあるお願いをした。これは私の『賭け』であり『挑戦』である。

 決戦は次の日曜日。優さんに手紙を書きたいから、舞子さんにも、カオルさんにも、川崎先生にも、お母さんにも、お父さんにも居てもらいたいから。それら全ての条件が次の日曜日は揃う。

「ねぇねぇ、死神さん」

 私は死神さんの隣でにやにやしている。

「ふふ、なんでもなーい」

 そんな態度にも動じず死神さんはくーくー眠っている。

 いつものように読書をして過ごしていると思わぬ訪問者がやってきた。

「わー、猫さんだー」

 数人の子供達と舞子さんだ。みんなパジャマ姿な所を見ると小児病棟の入院患者だろうか。

「あ、ダメよ!」

 こちらに今にも走り出しそうな子供たちを舞子さんが制止する。

「あの、猫さんは触られたりするのが嫌いだから触ろうとすると逃げちゃうのよ。それより!あそこのお姉ちゃんがそうよ」

 舞子さんがそう教えて子供達を抑える。子供の一人が駆け寄ってくる。栗毛のふんわりした、黒目のパッチリした少女だ。

「ねぇ、お姉ちゃん。またお姉ちゃんの声であのお話聞きたいな!」

 驚いて舞子さんの顔をうかがう。

「その子、(ケイ)ちゃんって言うんだけどね。美羽ちゃんのファンなのよ」

 そんな、ファンだなんて……。嬉しいけど申し訳ない複雑な気持ち。

「お姉ちゃん。慧ね、明日手術なの」

 そして衝撃の告白。

「だからね、明日。慧がんばるから、諦めないで病気治すから、そしたらまたあのお話、聞かせてくれる?」

 昔の自分がフラッシュバックする。まるで優お姉ちゃんと約束したあの時の様で私は戸惑ってしまう。

「うん、良いよ。また読んであげる」

 私は笑顔で答えてしまった。優お姉ちゃんもこんな気持ちだったのだろうか。

 それから少し子供達と普通の話をしてすぐにみんな日常に戻って行った。

 舞子さんは帰り際に私にあの紙芝居を渡してこう言った。

「また、練習しとかないとね」

 カオルさん……そういうのも黙っていて欲しいな。

 そんな事を思いながら紙芝居をゆっくりめくって確かめる。私の産んだ物語。世界は物語で溢れている。きっと似たような話もいくつもあるだろう。でも私は此処に辿り着いた。いくつもの物語や言葉に。大切な人に。囲まれて紡がれて私は此処に来た。だけど私はまだ先へ歩いていく。いや、歩きたい。だからやってみたい。まだ誰も為し得ていない事を。

 私の、私にしか出来ないであろう事を。それを思ってまた顔がにやにやしてしまう。ふと隣に目をやると死神さんはいつの間にか居なくなっていた。

「ふふ、みてなさいよー」

 私はまだまだこのクセを治せないみたいだ。

 

「でも、本当にこれで良かったの?」

 カオルさんが私に丁寧に包装された紙袋を渡してくれる。

 私はリボンを解き中の物を確かめる。

「うわぁ……。やっぱカオルさんセンスあるよね!ありがとう。これで大丈夫だよ」

 準備は整った決戦はもう明日だ。カオルさんは納得いかない顔で私を見つめていた。

 大丈夫、覚悟は出来ている。

 


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