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新しい生活、新しい自分、新しい課題

「はーい、今日も体調は大丈夫みたいですね九月さん」

 舞子さんと入れ替わりで、私の担当をしてくれる事になったのは、なんとカオルさんだった。

 私はまだ他の人と上手く話せないけど、カオルさんとは出来るだけ仲良くなろうと努力していた。いつまでもあの人に心配されないように。

「カオルさん、舞子さんは元気?」

 私も結局舞子さんの事が心配なわけだけど……。

「もう、あなたたちって本当仲良しね。週に一回は顔合わせているくせに、毎日の様に私に元気? って、あれからもう一月も経つのだからいい加減もう良いでしょう」

 あう、そんなに何度も聞いていただろうか。思い返すと、毎日の様に聞いている気がしてきた。

「ごめんなさい、つい……」

「反応まで似ているわよ。あなた達、舞子もごめん、ごめん。つい……ってまあ、その通り元気よ。舞子は。しかもあの子供達相手に、良くがんばっているわ」

 小児科は大変だと思う。そう言う私も、沢山看護師さんや先生に迷惑をかけてきた。

「その上舞子は、前の担当の患者さんのとこも非番の日とかに回っているからね。よく倒れないと思うわ」

「私より、よっぽど舞子さんの方が危ないかもしれませんね」

「ないない、舞子はあれで何故か病気知らずだからね。それじゃ、私は行くから、何かあったら呼んでくださいね」

 カオルさんは、舞子さんほど親しくは無いけれど、舞子さんと言う共通の友人を持っているせいか、少しだけ私の事をひいきにしてくれている気がする。

 

「ねぇねぇ、死神さん」

「舞子さん相変わらずだって」

 最近は夏も近付いて気温も高くなって来ているので、午前中に死神さんの隣に来る事にしている。

「ふふ、死神さんも相変わらずだね」

 隣で寝ている死神さんを日傘の影に入れてあげる。舞子さんと慌しく過ごしていた毎日が、懐かしく思えるほど、すごく穏やかで、優しい朝だった。その優しさに、私は優お姉ちゃんのお話を思い出して一人でニヤニヤしていた。

「日傘の影になっているから誰にも見られてないよね? ありがとう。舞子さん」

 そっと呟くと死神さんの耳がピクピクと動いた。それが可笑しくて私はまた笑ってしまった。

 

「美羽ちゃん、お父さんと来たわよ」

 今日はお父さんとお母さんが一緒に来る日。舞子さんが居なくなってからは始めてだ。

「はい、これお土産」

 また流行のCDや本、雑誌などを手当たり次第買ってきた。

「お母さん、あのね、これは嬉しいんだけどね。無理しなくて良いんだよ?私は本があれば大丈夫だから」

「そんな、無理なんて……」

 お母さんが申し訳無さそうな顔になる。

「お父さんも!この絵!高かったんでしょ?」

 以前買って来てくれた絵を指差す。

「そんな事は……」

 お父さんも渋い顔をしている。

「とにかく! 二人とも、私の事、想ってくれているのは痛いほどわかっているから!だからお願い。無茶しないでもっと自分達の事も大事にして!」

 二人ともすごく驚いた顔をしている。無理も無いだろうけど、ちゃんとしないと。少しでも舞子さんに胸を張って会えるように。

「あのね。私、いつも二人に甘えてばっかりだったの。お父さんもお母さんも一所懸命働いてくれているの、知っているよ。」

「だけどね、やっぱり私にとってはお父さんも、お母さんも、大事な家族なの。私がしてあげられる事はまだ無いけど、私まだまだ子供かもしれないけどね、ちゃんと家族として自分の家の事に関わりたいの。だから贅沢言わない。退屈だってちゃんと我慢する。だから、お父さんもお母さんも無理しないで! 私に縛られないで! もっと自分達の好きな事にお金使っても良いし、私に協力出来る事があったら遠慮なく言って!」

 ひとしきり言い終えて二人の顔を見る。お母さんは泣きだしてしまった。お父さんも心無しか、目を潤ませている。

「あのね、あとね」

 少し照れくさい。でも恥ずかしいけどちゃんと伝えておかないと。

「今まで本当にありがとう」

 私は小さな体で二人に抱きついた。お母さんは泣きそうだと思っていたけど、お父さんまで声をあげて泣いたのにはびっくりした。それほど私は二人に衝撃的な事をしたのだろう。

 でも後悔はしない。私は少しずつ成長して行くのだ。あの人に追いつけなくても、横に並べなくても、友達としていられるように。

 

「聞いたわよ、美羽ちゃん」

 舞子さんの一週間ぶりの声が響く。

「私の病院勤務の中でも、一番の美談を作ってくれたみたいね」

 あの日の出来事をどうやらカオルさんが言いふらして回っているようだ。

「あの時、家族だけで空気作っちゃって、私の居場所無くて辛かったんだから」

 と、ごねていたけれど、その報復がこれとは。カオルさんにも担当降りてもらおうかな……。

「もー、からかわないでよー」

 私は顔を真っ赤にして抗議する。

「それにしてもまた爽快にやったわねー」

 あの後、沢山合った本やCDを家族で整理した。自分の好きな物を話したり、お父さんの趣味悪いーとか。お母さんに似合う服を、私向けに買ってきてくれた雑誌から選んだり、今までの時間を取り戻すように、この部屋を整理した。

「あ、でもこの絵は残したんだ」

 お父さんが買ってきてくれた、夕日の絵。

「だって、私の夢だもの」

 舞子さんが驚きの表情で私を見る。

「私ね、病気が治ったら一所懸命働いて舞子さんと世界を旅したい。そしてこの絵の場所を見つけて。今度はお父さんとお母さんを連れて、ここに行くんだ」

「良い夢ね、それまで私もお金、貯めておかないと」

「ま、舞子さんは良いの! 付いて来てくれるだけで!」

「そうは行かないわ、だって最初に夢をみせたのは私だもの」

 やっぱり舞子さんはずっと先に居た。でも私は焦らない。

「そういえば、いっぱい仕事してって言うけれど、美羽ちゃんはどんな仕事してみたいの?」

「へ?」

「へ?って、そう言うのも夢を持った方が良いじゃない?」

「う……そこは考えた事無かった」

「ふふ、じゃあアルバイトしてみない?お仕事の経験してみるのも、悪くないと思うけれど」

 そんな事言われても私に出来る事なんて、たかが知れているはずなのだけれど……。表情を曇らせると、舞子さんは私の考えている事を読んだのか

「大丈夫よ。ちゃんとあなたに出来る事だから。ちょっと待っていてね」

 そう言って舞子さんは沢山の画用紙と色鉛筆を持って来た。

 

「んー、紙芝居って言われてもなぁ」

 私は早速、思い悩んでいた。

「実はね二週間後の日曜日に小児科で大きなイベントがあるの。そこでね、そこそこ、有名なアーティストの人とか、芸人さんとかが来て、色々やってくれるのだけどね。看護師達も何かやった方が良いんじゃないかって話になってね……。紙芝居って案が出たのだけど、実際子供達の相手とかお仕事とかでみんな手一杯だし。それで色々本を読んでいる美羽ちゃんなんて適任じゃないかなーなんて思って声をかけてみたわけ」

 なんて気軽に言われたけれどもちろん私は

「そんなプロの人とかが来る舞台で出来る紙芝居なんて作れないよ!」

 と断ろうとしたのだけど……。

「まあそんなにプレッシャーに思わないで気軽にね。ダメだったらテキトウな絵本とかで済ませるから。」

 何て言いながら、私の抗議を無視してこの画用紙と色鉛筆を置いていった。

「はぁ、やっぱり断ろうかな」

「あら、ダメよ」

「わぁっ!?」

 不意に独り言に突っ込まれて驚きの声をあげる。前にもこんな事無かったっけ?

 でも、今回は舞子さんでは無く、カオルさんだった。

「あら、驚かせちゃった? ごめんなさい。でも九月さんてば、よく一人で喋っているんだもの、つい話しかけて欲しいのかと思っちゃうのよね」

 どうやら独り言のクセは私の知らないところでも目撃されているようだった。ものすごく恥ずかしい。

「で、どうして断ったらダメなんですか?」

 恥ずかしさを紛らわすために話題を逸らす。

「んー、舞子と賭けをしたの。私は嫌がりながらしぶしぶ引き受ける方に賭けたのよ」

「なんですか? そのやけに具体的な賭けは。ちなみに舞子さんはなんて?」

「喜んで、小躍りしながら、鼻歌交じりに引き受ける方に賭けていたわ」

「それ、賭けになってないですよ、カオルさん」

 と言うかなんで私が引き受けないって選択肢は無いのだろう。

「ふふ、まぁ賭けを成立させるために、あなたには作ってもらわなきゃいけないのよ、紙芝居」

 何だか二人に上手くはめられている気がする。全部が舞子さんの掌の上な様な気さえしてきた。

 

 

「ねぇねぇ、死神さん」

「私に物語なんて書けるのかな」

 死神さんの隣で私は白紙の画用紙を見つめていた。いっそ真っ黒に塗りつぶしてしまおうか……。死神さんを見ているとそう思ってしまうほど画用紙は白い。しばらく死神さんの隣で悩んでいるとふわりと優しい風が吹いた。

「物語かぁ……優お姉ちゃんのお話……。面白かったなぁ」

 私にあんな物語が書けるだろうか、いや、そうじゃない。優お姉ちゃんのモノマネじゃない。他のどんな物語の真似でも無い、私だけの物語を書かなければ。そう思ってしまったから、私はまた思い悩む事になってしまった。

「うう……こうしちゃうと宮沢賢治っぽいし。これだとシャーロック・ホームズだし……」

 今まで読んだ物語たちが一斉に私の邪魔をする。

「これじゃ……優お姉ちゃんのだ……」

 舞子さん……本をいっぱい読んでいる私の方が、ダメかも知れないよ。

 思いつく事は今まで読んだ好きだった本の話ばかり、私には絶対的に足りない物が合った。経験だ。

「どお? 進んでる?」

「うひゃあ!」

 つい、今書いていた画用紙をぐしゃぐしゃにしてしまう。

「あーあ、ちょっと! 画用紙だってタダじゃないんだから、あんまり無駄にしないでよね」

 舞子さんが頬を膨らませて言う。

「じゃあ、驚かさないでよ」

「あら、私は驚かしているんじゃ無くて美羽ちゃんが勝手に驚いているのよ?」

 悪びれずに、そんな風に言う。

「だって美羽ちゃんっていつも独りの世界に入り込んじゃっているんだもの」

 あぁ、そうだったのか。私が悪いのか。でもクセなんだもん、自分でもわからないんだもん。心の中で悪態をつく。

「んー、なかなか悩んでいるみたいねー」

 舞子さんは、ぐしゃぐしゃにした画用紙を拾って、丁寧に伸ばし、乱雑に書かれた文を愛おしそうに撫でる。

「お、ここなんて面白そうじゃない」

 それは優お姉ちゃんのお話とそっくりの部分だった。

「あの、それは昔、仲の良かったお姉ちゃんのお話で……私のオリジナルじゃないから……」

「あら、そう言うのも良いんじゃない?」

 この人はまた訳の分からない事を……。

「それじゃ盗作だよ!」

「何もこのまま使えなんて言ってないわ。ただ、好きな人に影響されたり、好きな物に似てしまったりする事を恐れたら新しい物は出来ないと思うの」

「……なんで?」

 私にはそんな発想は無かった。私自身の、私だけの物語を書かなければいけないと、そう思っていた。

「だって、人は何かと出会って、何かと触れ合って、始めて知識を得られるのだから。だから、必ずその人は、どこかで得た物を使っている。そして知らず、知らず自分の好きな物、嫌いな物を、自分の好みの形に変えて物語にしているんじゃないかしら?」

「まあ、どこまで妥協出来るかは、本人のサジ加減次第なのだけどね」

「そこまで言うなら、舞子さんが作れば良いのに」

「あら、私はまだお仕事があるから」

 そう言って、パタパタと走っていってしまった。

「おせっかい」

「くわーっ」

 隣で死神さんがあくびをしていた。

 私はペンを動かし始めた。一言ずつ確かめるように。

 

 

「ダメだぁ……全然進まない」

 断片的に、漠然と出来てきてはいるものの、やっぱり一つの物語とすると難しい。しかも紙芝居。小児科の子供達にも伝わるようにしなければならない。

 考えれば考えるほど、難しくなっていく。

「優お姉ちゃん、やっぱりすごかったんだなぁ」

 何度もめげそうになる。だけど、私はやる気になっていた。

「私にも出来る事がある……」

 私にも出来る事が!そう思うと何だか悪くない気もしてきた。

「みなさんの言葉を、お借りしますね」

 お気に入りの本達に話かける。

「それから、優お姉ちゃんも」

 病室の見慣れた天井をちょっと仰ぐ。

 私は毎日の様に紙芝居作りに没頭した。病室で、死神さんの隣で、あっという間に一週間が過ぎてしまった。

 

 

「美羽ちゃんが紙芝居!?」

 お母さんは信じられない物を見る表情で私を見ている。私は話しながらずっと画用紙と向き合っていた。

「美羽ちゃん、体は大丈夫なの?」

 お母さんが心配の声をあげる。

「大丈夫だよ、このくらい。ちゃんと休みながらやっているし、作り終わる前に倒れちゃったら、やっている意味が無いもの」

 私はちょっと嘘を吐いた。実は夜もこそこそメモ帳に思いついた言葉や話をメモしたりしている。だけど急がなきゃならなかった。まだまだこれに、絵も描かなければならないのだ。

「そうなの? でも無理だけはしないでね」

 うう、心配してくれるのは嬉しいけどちょっと過保護じゃないかなぁ……。

「大丈夫! 私、最近調子良いし、このまま病気なんて治っちゃうかも!」

 私は笑ってみせた。これは昔の作り笑いとは違う。私には希望と夢があるから。こんな風に言っていれば本当に治ってしまうかもしれない。今はそう思える。全て舞子さんのおかげだ。

「そう、美羽ちゃんがそう言うのなら構わないけれど。お母さんに手伝える事とかあったら言ってね?」

 お母さんは、まだあまり納得のいってない顔で言う。それでも紙芝居作りは応援してくれるようだ。

「あ、じゃあお母さん、これに色を塗って」

 私は鉛筆で何度も書き直した線だけの絵を渡す。

「モデルはあそこのベンチと、隣の木、そしてあそこの……」

 私はお気に入りの場所を指差した。


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