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産子は日傘に包まれて

 「ぅー」

 低いうなり声を上げる。

「頭が重いよー」

 あれから私は、熱を出した。いつかの時の様に。でも今回は、熱を出しても別れたりしない。めそめそ泣いたりもしない。ただ正直、体は辛い。

「はいはい、あんな無茶するからですよー。九月さん」

 事務的な言い方をする看護師さん。私の友達の、小鳥遊舞子さん。何故こんな事務的な言い方をするのかと言うと。

「どうして屋上なんて行ったりしたのですか? しかもあんな風の冷たい時間に」

 このメガネが知的で、いかにもデキる感じの女性。私を担当してくれている先生。川崎(カワサキ) (レイ)さんの前だからだ。

「えーと、それは夕日が綺麗だったから……つい……」

 本当の事は言えない。舞子さんの為に行った、なんて言ったら、舞子さんならクビになりかねないし、昨日、私に舞子さんの事を教えてくれたカオルさん(後で舞子さんに聞いた)にも責任を負わせてしまう。だから私はテキトウに嘘を吐いた。

「もう、あなたの体の事は前から言っている様に……」

「まぁまぁ川崎先生、今は体が辛そうなので、お説教は後にしてあげてください」

 舞子さんが強引に割り込んでかばってくれる。

「……っ。もう、こんな無茶はしないでくださいね」

 何か言いたげな川崎先生も言葉を飲み込んで、急に冷静を装って、簡潔に済ませる。

「はい。ごめんなさい先生」

 シュンとしてしおらしく……。私はずるい。病気を利用して、同情を買って怒られない様にする術を知っている。

「とにかく、これからはこういう事の無いようにしてくださいね」

 そう言って病室を出て行った。不機嫌そうだったけれど。私は、不謹慎かもしれないけれど、少し嬉しい気持ちになっていた。こんな風に叱られて、誰かをかばって、かばわれて。秘密を共有して。今まで、外の世界から見ていた別の世界に急に溶け込めたような不思議な感じ。先生が怒っているのも、私の事を想ってだと思うと、それも少し嬉しく思える。こんな風に考え方が変わったのは、紛れも無く舞子さんのおかげだ。

「さっきのは貸しね。美羽ちゃん」

 なにを思ったのか舞子さんが変なことを言い出す。

「貸しって? 私何かしてもらったっけ?」

「ほら、川崎先生のお説教から救ってあげたじゃない」

「えー、元はと言えば舞子さんが、あんな所でたそがれる趣味があるからじゃない」

「あれは! ええと一応、私なりに亡くなった患者さんへの弔いの儀式と言うか、けじめをつけていると言うか……、まぁ色々! 私にも考えがあるの!」

 舞子さんが恥ずかしそうにしているのが、何だか新鮮だった。

「とりあえずカオルには、今度何かご馳走でもしてもらうとして、美羽ちゃんには何をしてもらうかなー」

 と、鼻歌交じりにテキパキと仕事をこなしている。この人はこれで仕事が早く、ほとんどミスもしないので、私は誰にでも取り得ってあるものだな、と思っていた。

「まあ、お礼よりも、まずは美羽ちゃんに元気になってもらわないとね」

「元気が無いんじゃ、何も頼めやしないものね」

 そう言いながらご機嫌な様子で、病室を出て行った。

「というか、昨日の舞子さんってなんだったのだろう……」

 思わずそんな事を呟いてしまったが、頭の重さと体の気だるさ、寒気に布団に潜り込み。そのまま寝てしまった。

 

「ふぅ……」

 まだ体が重たい。自然とため息が漏れる。ふと窓の外を見ると、いつものベンチにいつもの死神さんが、お昼寝をしていた。

「いいなぁ……」

 いつもの様に呟く。

「何が良いの?」

「うひゃあ!」

 突然独り言に反応されて驚く。

「こらこら、まだ熱あるでしょう? あんまりはしゃいじゃダメよ。美羽ちゃん」

 舞子さんが、何食わぬ顔で、マイペースに告げる。

「舞子さんが、急に声かけるからでしょ!」

 まだ心臓がバクバクしている。本当にこの人は良くわからない。

「あら、寝ているのを邪魔しちゃ悪いと思って、静かにしていたのに、起きてすぐ親友の顔に気付かずに、外を見ている美羽ちゃんが悪いのよ」

 のほほんとした感じで、近くにあった蜜柑を剥き始める。

「その親友が熱を出しているのに、なんでそんなにマイペースなのさ」

 思わず突っ込んでしまう。本当は舞子さんの為に……とか言いかけたけど、そんな事は無粋な気がして止めておいた。

「私が慌てても、美羽ちゃんの熱は下がらないからね。はい、蜜柑。ビタミン補給は大事よ?」

 綺麗に白皮まで剥いて渡してくれる。一口、口に運ぶと甘酸っぱい味が広がって、まるで今の心境のようだった。

 つい、昨日はあんなに熱くなっちゃったけれど。今思うとずいぶん恥ずかしい事を、色々言ったような気がする。

「で、何が羨ましいの?」

「へ?」

 蜜柑の味で恥ずかしい回想に浸っていた所で、急に問いかけられて困惑する。

「さっき、窓の外を見ながら良いなぁって呟いていたでしょ?」

 ああ、その事か。

「死神さん。あそこのベンチで、気持ち良さそうに寝ているから」

 いつも私が居た場所を、もう一度ぼんやりと眺める。

「あそこ、美羽ちゃんも好きだものね。でも、もう少しすると日当たりが良すぎて、暑くなっちゃうかもよ?」

「そんな身も蓋も無い事を……」

 まあ実際気温の高い日は、少し暑さを感じる事もあるけれど……。

「あ、でも、死神さんは夏でもあそこに居た気がするわね」

「そうなんだ。私もまたあそこで本を読みたいなぁ」

「また読めるわよ。熱が冷めたらね。だから今は、ゆっくり休んで体を治さないとね」

 なんの根拠も無いのに、何故だか信じられる気がした。

「さ、もう少し横になって、ゆっくり眠りましょう」

 そう言って私の体をゆっくり倒す。舞子さんの言葉が、まるで魔法の様に染み込んで、私の瞼を重くする。瞳を閉じるその瞬間、私は薄れていく意識の中で思った。

 

 ………………舞子さん私服だ………………

 

 

「そろそろ良いですね。体も動かさなさ過ぎるのも、良くないですしね」

「でも! 前みたいな無茶は、絶対にしてはダメですよ」

 川崎先生が念を押すように言う。

「はい。川崎先生!」

「……九月さん、何か変わった?」

「へ? 何か変なところありますか?」

 特に変わったような事は、無いはずだけれど。

「いえ、何だか表情が柔らかくなったような気がしたから」

 その言葉にドキッとした。そういう事なら心辺りが無くも無いから……。

 

 鏡で顔を覗いてみる。そんなに人から見て変わったのだろうか。

「前髪伸びたなぁ」

 つい独り言を言ってしまいハッとする。また舞子さんが居たら……と、辺りを見回してみてもその気配は無い。

「そうそういつも、居ないよね。」

 コンコン

「ひゃあ!」

 安心した所にノックの音が響き、驚きの声が漏れてしまう。

「ん? 美羽ちゃん。入るわよー」

 舞子さん……。あなたは人を驚かす天才です。

 そして、もう独り言は言わないようにしよう。と、三度目位の誓いを立てた。

 返事を待たず舞子さんが入ってくる。

「ねぇねぇ、美羽ちゃん」

 舞子さんが、不敵な笑みを浮かべている。

「な、なんですか? 舞子さん」

 恐る恐る、聞いてみる。

「今日、お外出ても良いって、言われたんだってね」

「うん、そうだけど……。なんで舞子さんが、そんなにニコニコしているの?」

「あら、そういう美羽ちゃんは何で、そんなに顔が強張っているの?」

 こんな無邪気な顔をされたら、警戒してしまう。この人のこの顔は、二~三歳の子供の様に、凶悪だ。

「そ、そうかな? 私は嬉しいはずなんだけどなぁ」

 嬉しいのは本当。だけど……。

「じゃあもっと素直に嬉しそうな顔するの!」

「だって舞子さんの顔が不審なんだもの」

 率直な感想を述べる。

「あー、失礼な。じゃあこのプレゼントは止めにしようかな」

「プ、プレゼント!?」

 この人は、こういう方向でも驚かせてくるのか。

「じゃーん!」

 待っていました。と、言わんばかりに、後ろ手に隠していた物を見せる。

 それを見て私はさらに驚いた。

「傘だ……」

 白い、真っ白な傘、フリルとリボンの付いた、大よそ雨を凌ぐには適さない。でも可愛らしく、それでいてどこか大人びた、日傘。

「プレゼントってそれを私に?」

「そうよ、気に入らない?」

「そ、そう言う訳じゃないけど!」

 違う、すごく嬉しい。だけど、だけど!

「そ、そんなの受け取れないよ!」

「どうして?」

 どうしてって、いくら友達の約束をしたとはいえ、私と舞子さんは、患者さんと、看護師さん。

 それに、いくら友達とはいえ、何でも無いのにこんな高価そうなもの、受け取れない。

「だって……」

 でも、言葉が続けられない。まるで友情を否定してしまうようで。

「だって、私と舞子さんは患者さんと看護師さんでーとか、こんな高価そうなものーとか、考えているでしょ?」

「!?」

 考えている事がピタリと言い当てられて、胸がドキンと高鳴る。

「もう、美羽ちゃんはそういうとこ真面目なのよねー」

「な、だって!」

 文句を言いかけて、今度は舞子さんの指に、遮られる。

「残念ながら、私は今日、看護師の小鳥遊舞子じゃないのよねー。美羽ちゃんのお友達としてお見舞いに来たの。お友達のお見舞いに手ぶらじゃなんだからなーと思って。お花でも持って来ようかと思ったのだけど、お花は毎回美羽ちゃんのお母さんがいろいろ買ってきてくれるでしょう?だから、何か無いかなー、とデパートをふらふらして、たまたま見かけたこの日傘に一目ぼれして、買ってみたのだけれど。残念、差してみたら私みたいなスラッと背の高い美人にはちょっと、ほんのちょっとだけ可愛らし過ぎたのよねー。そうして友達で似合いそうな子を探したら丁度、美羽ちゃんの顔が浮かんだわけ」

 わざとらしい設定を、舞子さんは、身振り手振りで説明する。なんでこの人はいつもこうなのだろう。

「どう? 受け取ってくれる?」

「もし、受け取らなかったら?」

「大丈夫。受け取ってくれるから」

 そう言って、舞子さんは笑った。私は負けた。嬉しくて、嬉しくてたまらない敗北だったけれど、同時にやっぱり自分はずるいと思ってしまった。だって私には他の人にしてあげられる事は何も無いから。そう思うと、たまらなく悔しい思いが込み上げて、涙が溢れてきた。

「み、美羽ちゃん?」

 さすがの舞子さんも、こんな反応されるとは思っていなかったのだろう。困惑の表情で、私を見ている。早く、早く何か言わないと……。そう思う程、涙が溢れて、上手く喋れない。

「ちが、違うの……嬉しいの……に…………うぅ……わた……ひ……」

 何を告げて良いのかわからない。言葉が続かない。色んな感情が渦巻いてぐるぐる回っている。ただ、ただ涙が溢れる。

「美羽ちゃん、泣きたい時は泣いても良いと言ってくれたのはあなたよ」

 そう言って舞子さんがそっと抱きしめてくれる。私は声をあげて泣いた。それはきっと産声。この時はまだ気付かなかったけれど、私はこの時に生まれたのだと思う。

 

 その後、少しして落ち着いた私は、顔を洗って、舞子さんの誘いで、あのベンチへ向かった。

「んー」

 舞子さんが伸びをする。

「ここに座ったのは始めてだけど、気持ち良いわねー」

 舞子さんはさっきの涙について、何も聴こうとしなかった。その優しさが羨ましい。私もこの人のようになりたい。強くて優しい人間に。そう思うようになっていた。

「ほら、ここに立てかけてっと」

 そっと日傘を開いて、丁度良い影を作ってくれる。影なのに暖かく感じる。不思議な感覚。

「ねぇねぇ、死神さん。今日は私のお友達を紹介するね」

「私ねここに来ると、いつもこうやって死神さんに話しかけているんだ」

 舞子さんに、私の秘密を話す。少しでも本物の友達になりたいと、急いでいたのかもしれない。こんな事をしなくても、きっと舞子さんは友達で居てくれるのに、私は焦っていた。

「ねぇ、死神さんも知っているでしょ?小鳥遊舞子さん、ここの看護師さんだよ。」

 舞子さんを紹介する。こうやって確かめないと、不安だったのかもしれない。この頃の自分は、とても不安定だった気がする。でも私は、この時はまだ生まれたての子供だった。確かめながらしか、前に進めなかった。

「小鳥遊舞子です。よろしくね。死神さん」

 舞子さんが私に合わせて、お辞儀をしてくれる。そんな些細な事が嬉しい。

 でも死神さんは、いつもどおりお昼寝の真最中。私たちの事なんて、気にする様子も無く、すやすやと眠っている。

「あらあら、こないだの美羽ちゃんみたい」

「へ?」

 私は不意に自分の名前を出されて間抜けな返事を返す。

「ほら、屋上に来てくれた次の日、熱を出して寝込んでいたでしょう? あの時の美羽ちゃんてば、お昼持って行っても起きなかったんだから」

 う、そう言えばその後も、食欲出なくて、点滴のお世話になったっけ。

「それにね、眠っている間も、舞子さん! とか、情熱的に私の名前呼んでくれて、私はその間ずっと手を握ってあげていたのよ?」

「舞子さん……。どこから嘘で、どこから本当?」

 私は疑いの眼差しで舞子さんを見上げた。

「あら、全部本当よ。私の妄想ではね」

「ずるい! 教えてよー」

「良いじゃない。本当でも嘘でも、あの時、私は美羽ちゃんに救われた。それだけは事実よ」

 時々この人の言う事は難しい。真意を計るのはもっと難しい。

「何……それ……ずるいよ」

「うふふ、ありがとう。最高の褒め言葉だわ」

 ずるい! ずるい! ずるい! なんでこの人は、こんなに眩しく笑えるのだろう。そして、なんでこんなに、私の顔を熱くさせるのが上手いのだろう。

「いいなぁ、舞子さんは」

 ぽろっと、そんな事を言ってしまう。

「あら? 私の抜群のプロポーションがそんなに羨ましい?」

 急に舞子さんは体をくねらせてセクシーなポーズを取る。確かに絵にはなっているけれど。

「自分で言う? 普通」

「言っておけば、そうなるように生きないといけないでしょ? 私、嘘は苦手なの」

「嘘ばっかり」

 二人で笑いあった。

 そうして、しばらく談笑していると舞子さんが異変に気付いた。

「あら、死神さんってば……」

 そう言われて死神さんの方を向く。いつもの日の当たっている所には居ない。

「ほら、美羽ちゃんそこ」

 舞子さんに指差された場所に目をやる。

「あ……」

 死神さんは、私に触れるか触れないかの距離。ギリギリ日傘の影の中に入り込んでいた。

「さすが猫ちゃんね、一番気持ち良い場所がどこか、知っているのね」

 確かに、日差しがポカポカして気持ち良い時もあれば、刺すように熱い日もある。日向がいつでも気持ち良いとは限らない。

「日陰も在って良いんだね」

 私は少しだけ、自分の存在が在っても良いんだと思えた気がした。

 

「美羽ちゃん! 熱を出したんだって? 大丈夫?」

 今日はお母さんとお父さんが、お見舞いに来てくれる日。お母さんは毎週。お父さんは月に一度は顔を出してくれる。

「うん、大丈夫。すぐ元気になったよ」

「そうそう、夕日が見たかったから屋上に行ったんですって? それを聞いてお父さんがこんなの買って来てくれたのよ」

 そう言って大きな風呂敷から額縁に入った立派な夕日の絵をどーんと見せる。

 ああ、あの嘘がこんな結果になるなんて……。

「あ、ありがとう。こんな立派な絵……高く無かった?」

「美羽はお金の事なんて気にするな」

 素っ気無いお父さん。口下手であんまりおしゃべりはしないけど、私が欲しがったりしたものを、さりげなく嗅ぎつけては買ってくる。

 人には人の優しさがあるのだろうけれど……。無茶だけはしないで欲しい。

 それは、お父さんも、お母さんも、一緒だろうけれど。やっぱり心配だ。

 お母さんはお母さんで、都会で流行っている物や、本、CDなどを買ってきてくれるけれど、正直、私はあまり流行の賑やかで華やかな音楽は、好きでは無いので、大体は読書になってしまう。

「お母さん」

「お父さん」

「ありがとう」

 なんだか無性に伝えなきゃいけ無い気がして口から勝手に言葉が出た。私はいつもこうだ、出したい時に出せなくて、出さなくて良い時に出してしまう。

 この言葉でお母さんを泣かせてしまった。

「ごめんね、ごめんね、こんな弱い体に産んでしまってごめんね」

 この言葉が頭の中でループする。お母さんが顔をぐしゃぐしゃにして泣いている顔が、フラッシュバックする。お父さんが気まずそうに、顔を逸らしている姿がリフレインする。

 そして最後に思い浮かぶ顔がある。最初に見せてもらった眩しいほどの笑顔。舞子さんの顔が、今でも鮮明に思い出せる。そしてあの日傘の下の語らいを、あの日、密かに死神さんに誓った事を。本当に「生きる」誰かの為に何かしようと。私は足りない頭で必死に考えたが、いまひとつ答えに辿り着けずに居た。

 

「ねぇねぇ、死神さん」

「私に出来る事ってなんなのかなぁ?」

 私の日課、死神さんに話しかける。儀式。舞子さんにもらった日傘のおかげか前より距離が縮まった気がする。と言うか物理的には近付いたんだけど……なんだか、もう少しだけ死神さんが歩み寄ってくれたような。そんな、予感に近い感覚。もしくは希望なのかもしれない。

 私は悩んでばっかりだ。たまには少し本を読もう。そうして死神さんの隣。日傘の下で、久しぶりの読書を始めた。

「ふぅ」

 読んでいる本が一段落したので、本をぱたんと閉じて少し伸びをする。

「私に出来る事、何か無いかなぁ……」

 本を読んでいても、その事ばかりを考えていた。物語の登場人物ですら、その物語を作るために役割を与えられ、みんな「生きている」気がした。

「ねぇねぇ、死神さん」

 ふと隣の死神さんに話しかけると、そこには死神さんの姿が無かった。

「薄情だなぁ」

 音も立てずに、どこかへ行ってしまった死神さんに、恨み言を呟く。

「美羽ちゃーん」

 聞きなれた声が聞こえて、胸が高鳴る。この声が聞こえるだけで、私は嬉しくなってしまう。

 振り向かなくてもわかってしまう。舞子さんだ。

「日傘、さっそく使ってくれているのね。」

 舞子さんがベンチに立てかけてある日傘を取って、クルッと一回転する。

「全然似合わないね」

 私は、くすくす、笑ってしまう。

「そうね、だから美羽ちゃんにあげて良かったと思うわ」

 この人は……。なんでこんな恥ずかしい事を、簡単に言えてしまうのだろう。

「さ、そろそろベッドに戻りましょう」

 私にとって悲しい宣告をされる。今日は、お父さんとお母さんに会った後なのでいつもよりも短く感じて、余計に寂しかった。

「あら、死神さんは?」

 舞子さんも、私の隣の異変に気付いたようだ。

「わかんない。本に夢中になっていて、気付いたら居なくなっていて」

 死神さんのいつも居る場所を見つめ、少し遠くの、緑溢れる木々を見つめる。

「あ、蝶だ」

 羽の色が鮮やかな、大きめのアゲハ蝶がひらひらと飛んで居た。

「本当。綺麗ね」

 舞子さんが、そっと日傘の影に入れてくれる。しばらく二人で蝶を見つめていると、突然、黒いアーチが掛かった。そう、それはまるで死神が振るう鎌の様な曲線。私は一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 そしてまた一閃。ひらひらと揺れる蝶に、黒い曲線が振り下ろされる。私は蝶に自分の姿を重ねていた。ギリギリの所で振り下ろされる鎌を避け、ギリギリの所で命を繋ぎとめる。まさにあそこに居るのは「死神」だった。

「ふふ、死神さんてば、面白い」

 何を思ったのか舞子さんはそんな事を言い出した。

「面白いって、なんで!?」

 私は今まで恐怖しか感じて無かったのに突然横から面白いと言われ。つい声を荒げてしまった。

「だって、死神さんってばダンスしているみたいなんだもの」

「ダンス!?」

 私とはまるで違う発想に、舞子さんの穏やかな笑顔を見た後、再び蝶と「死神」に目を向ける。そこにはひらりひらりと、リズム良く揺れる蝶と、それに合わせて跳躍する黒猫が居た。

「あ、死神さん……」

 私はやっと通常の世界に帰って来た。まるで今まで一人だけ違う世界に放り込まれ、あの蝶と、死神と、私。まるで狩られる順番を待っているかのような。そんな恐怖。いや、絶望感だった。

 だけどこの人は違った。この絶望を、ダンスの一言で塗り替えた。舞子さんはやっぱりすごい。まるで言葉一つで、私にかかっている呪いを一つ一つ取り払って行くようだ。

「ダンスかぁ、ふふ、死神さんも、あの蝶にかかると形無しだね」

 今までの処刑場が、急に可笑しな光景に変わって、私も自然と笑みがこぼれる。

「そうだ、お姫様。私めとも踊って頂けませんか?」

 舞子さんがキザっぽい王子様のような動作で、私に手を差し出す。

「私、ダンスなんて踊れませんわ」

 私も調子を合わせて、お姫様口調で返す。

「では、ここは賑やか過ぎます。私と共に静かな所へ参りましょう」

 舞子さんは私の手を取り立ち上がらせる。いつもの様にベッドまで手を繋いでエスコートしてくれた。

「あら、もう十二時の鐘が!」

 そう言って、舞子さんは去っていった。

「それは女の子の方でしょうが。しかもまだ四時十分を回った頃だし」

 思わず突っ込んでしまう。でも、魔法から解けたのは私の方だった。


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