悩み多き若者達~一輪の向日葵~
数日後……
私達は、カオルさんの紹介で美羽お姉ちゃんのご両親に会いに来た。
『すみませんでした!』
開口一番、私達は二人で謝罪の言葉を口にする。
言羽さんは美羽さんの物語を盗作してしまった事。私はあの紙芝居を青埼十字孤児院にあげてしまった 事をそれぞれに話した。
「そんな、顔を上げてください」
美羽お姉ちゃんのお母さん、九月 亜美さんが申し訳無さそうに私達の隣に来て背中に手を当ててくれる。
それでも私達はまだ顔を上げられない。私達は持てる全ての誠意を持ってこの人達にお願いをしなければならないからだ。
「大体の経緯は田崎さんから聞いていますから」
美羽お姉ちゃんのお父さん、九月 羽衣さんがさらに私達に顔をあげて欲しいと言う。
そうして私達はやっと顔を上げる。
「あの時の子がこんなに大きくなっているなんて時間を感じるわね」
亜美さんがそう言って私の顔をマジマジと見つめている。
「見た目だけじゃない。二人ともすごく出来た人間だ」
羽衣さんがそうやって私達を褒める。出来て無いからこうやって謝っているんだけどなぁ。
「大丈夫。二人の事を美羽は責めたりしないですよ。もちろん私達も」
亜美さんが優しく私達を許す。
『ありがとうございます!』
どちらからともなく出た声が、最初と同じ様に重なる。
それを二人は顔を見合わせて笑った。そして美羽お姉ちゃんの仏壇へ案内してくれる。
仏壇に飾られている写真はそこには不釣合いな黒いヘッドドレスにゴスロリ風のフリルの写真だった。
「この時の笑顔が一番綺麗だったから……少し変ですけどね」
そう言って亜美さんは線香をあげてやってくださいと勧めてくれる。私達は順番に美羽お姉ちゃんに線香をあげる。
私は仏壇に手を合わせ美羽お姉ちゃんに沢山の事を報告し、謝り、お礼を言う。
そして、私達は今日ここに訪れた本当の理由を話す。
「あの、実はお願いがあって、お二人に会いに来たんです!」
そう、美羽お姉ちゃんの人生を本にしたいと言うお願い。いや、わがままだ。どんなに否定されても引くわけには行かない。
「なんでしょう? 私達に出来る事なら協力は惜しまないつもりですが……」
羽衣さんがそんな風に言ってくれる。
「美羽お姉ちゃん……いえ、美羽さんの人生を本にしたいんです」
二人は少し困惑する。
「俺からもお願いします。俺に……美羽さんの物語を勝手に奪った俺にそんな資格があるかわからないけれど、もし俺の言葉で美羽さんの人生を飾れるのなら……俺の力で世に出せるなら……俺みたいなどうしようも無い人間も、もっと救えると思うんです」
言羽さんも願いを言葉に込める。今までと違って声に出す言葉にもすごく力がある様に感じられた。やっぱり私には敵わない。
「その……美羽の事を売り物にする気ですか?」
羽衣さんの容赦の無い言葉。だけど事実だ……・売り物にならなければ会社は本を出してくれない。
「はい、その通りです。だけど! お金を稼ぎたい訳では無いんです。私達は純粋に……彼女の生き方や強さに惹かれました。それが繋がって今ここに居ます。だから……美羽さんの物語はもっと多くの人に繋がりや、優しさ、そういう物をくれると思うんです。だから!」
「なるほど……」
羽衣さんは考え込む。
「少し二人で相談する時間をくれませんか? お二人の決意や思いは良くわかりました。ただ父として、娘の事を書かれそれを世の中の人に読んでもらうと言うのは少し不安があるもので……だから少し時間を下さい」
当たり前だ。羽衣さんの言う事は何も間違っていない。どこの馬の骨とも言えない他人が自分の娘の事を勝手に書こうと言うのだ。しかも本人は亡くなっている。だから美羽さんの考えや思いは想像で書くしかない。それを売り物にしようと言うのだから困ってしまうのも無理は無い。
「あの、よろしかったらその間。美羽のお墓参りに行かれてはいかがです?」
亜美さんがそう提案してくれる。
「え、でも……良いんですか?」
私達二人だけでなんて良いのだろうか……
「構いません。美羽も喜ぶと思いますし。後出来ればお花も交換していただきたいので……」
そう言って、近くのお花屋さんで、向日葵を買って行って欲しいと頼まれ。地図を描いてもらい、私達はお墓へ向かう事になった。
「優しい人達で良かったですね」
言羽さんの車の中でナビと地図を交互に見ながら話す。
「本当に、美羽さんの関係者は優しい人ばかりだ」
「えー、そうですか?」
私はとぼける。
「そうだろ? みんな優しいじゃないか?」
言羽さんは当然の様に言う。
「いや、私は一人例外が居ると思うんですけどね……」
私の隣にね……。
「誰だよ?」
「わからないなら良いです。あ、そこ左です」
私は、はぐらかす。まあ本当は言羽さんも優しい人だとは思うけれど。
「なんなんだよ……まったく……」
言羽さんは納得いってない様だった。
しばらく行くと花屋さんが見えて来た。
色とりどりの花が並び心に彩りを与えてくれる。だけど私達はお供えのお花を買うのだ。浮かれている場合じゃない。
「ええと、お供え用にお花が欲しいんですけど……」
近くで花の手入れをしていた店員さんに話しかける。
「お供えですか。白あがりで良いですか?」
「え、あ……白あがりってなんですか? とりあえず向日葵は入れたいんですけど……」
「白あがりって言うのは白いお花だけで飾ったお花で一般的には四十九日まではこちらを選ばれる方が多いですね。今では故人様が好きだった花を飾ってあげたいと言う方も多いので、特別な思い入れがあるようでしたら向日葵でも大丈夫だと思いますよ?」
そう言って丁寧に店員さんが教えてくれる。
「じゃあ、向日葵でお願いします」
そう言われて始めて気付いた。なぜ、向日葵なのだろうか……美羽お姉ちゃんが好きだったのだろうか?
そうして包んでもらった向日葵を抱え車に戻る。
「綺麗だな」
ちょっとだけこちらに視線を走らせ言羽さんが呟く。
「…………言羽さんにもそういう感情あったんですね?」
「な、悪いかよ?」
「いや、悪くないですけど何て言うか、あの日以来キャラ変わり過ぎて付いて行けていないと言うかなんと言うか……」
あれから、ずいぶん変わった気がする。カーナビだって気付いたら付けていたし。積極的にコンタクト取ってくれるし、守ちゃんに手紙も書いているみたいだし……。何よりご飯に『いただきます』と『ごちそうさま』を言う様になったし……。
「まぁ、良い方向に変わっているから良いんですけどね……」
わざと窓の外の過ぎて行く風景に目をやる。言羽さんはきっと耳まで真っ赤だろうから。
「あ、今の道、右でした……」
そんな事を考えていたらナビを忘れてしまった。
「いやー、結構時間かかっちゃいましたね」
あれからUターンする場所が見つからずここに来るまで随分かかってしまった。
「お前のせいだろ!」
「返す言葉もございません」
私は向日葵の花束を抱えながら頭を下げる。
「でも、一応お墓なのでもうちょっと荘厳な雰囲気で居たほうが良いと思うと言うか……そんなに全力で突っ込まなくても良いんじゃないかなーと思うと言うか……」
「お前もな」
「ご、ごめんなさい」
あまりこういうのに慣れていないので何だか緊張してしまっている。
「えーと、九月さんのお墓は一つしか無いって言っていましたよね? どこにあるんでしょう?」
「名前見て行くしか無いだろう」
「う……でも人のお墓眺めながら行くのって何か違いません?」
「じゃあ場所まで聞いておけば良かったじゃないか」
「なんでそんな冷たい言い方するんですか。自分はずっと黙っていたクセに!」
なんだか他人まかせな、この人がすごくむかついて来た。
「ほら、行くぞ」
「え、ちょ……待ってくださいよ」
すたすたと行ってしまう言羽さんに、早足で着いていく。お墓で走るのは躊躇われた。
「ほら、あったぞ」
言羽さんは一つの墓石の前で立ち止まる。
九月さんと言う苗字は珍しくわかりやすかった。
簡素な作りの墓石、周りとほとんど違わない。似たような造りの墓石がなんだか物悲しかった。
「あれ? 向日葵、既にありますね」
その墓石には不釣合いな黄色い大輪の向日葵が一輪墓前に寝かされていた。
「美羽さんの両親が飾ったんじゃないか?」
言羽さんはそう言って、私の持つ向日葵の花束から一輪抜いて墓前に同じように添える。
「何か、あるな……」
向日葵の下に白い封筒が置かれていた。
「何でしょう?手紙……みたいですけど……」
少し気になったが、墓前に添えられている物を勝手に見るのもどうかと思うので止めて私は花束を墓前に置こうとする。
「おい、それ全部置く気かよ」
それを言羽さんに静止される。
「一輪にしておけ、何だかその方が良い気がするんだ」
「なんですか?それ……何かのおまじないですか?」
私は意味がわからなかった。
「そんなにどっさり飾ったら目立つだろう?ただでさえ墓場では目立つ色なんだ、一本で十分だろ」
そういうものだろうか?いっぱいあった方が綺麗な気もするし何よりもったいない気がする。だけど言羽さんの言う様に一本だけ飾る事にした。
三本の向日葵が美羽お姉ちゃんの墓前に飾られる。
言羽さんと二人、手を合わせ、目を閉じる。
美羽お姉ちゃんは今の私達をどう思っているのだろうか? あれだけ信頼を寄せて居た人なのに私は彼女と余り顔を合わせていない。言葉もあまり交わしたわけではない。実は美羽お姉ちゃんの事をあまり知らないのだ。
こんな私に美羽お姉ちゃんの人生を本にする資格なんてあるのだろうか? 作家になると誇らしげに語ったくせに、言羽さんに劣るからと、人任せにしている私を、美羽お姉ちゃんはどう思うのだろうか?
今までは、行き当たりばったりでなんとかなっていたが、いつまでもそう言う訳にはいかない。
「慧! 慧!」
急に言羽さんに肩を揺すられる。
「なんですか?」
考え事をしていて言羽さんの声を聞いていなかった。
「青い顔して、ずっと目を開けないから心配したんだよ!」
そんなに長い間目を瞑って居ただろうか?
「ちょっと自信無くなっちゃって……」
あはは、とカラ笑い。
肩を揺すっていた手が私に差し出される。
「俺もだ」
そう言って手を取り立ち上がらせてくれる。
「俺達は美羽さんみたいにはなれないかもしれない」
彼の言葉は対極的に、私を地の底へ引き擦り込む。
「だけど……俺達は一人じゃないから、二人でがんばれば、一人分位にはなれるんじゃないか?」
「だから、何て言うか……これからも、その……よろしく頼む。」
まったく、この人は素直じゃないと言うか、なんと言うか……だけど私は多分、この時彼に、恋をした。
お墓の前で不謹慎かもしれないけれど、まるで地の底まで私を助けに来た王子様の様にすら思えた。
「もう、仕方ないですね、ご主人様」
私も大概、素直じゃない。だけど、これが私達なのだろう。
「な、ご主人様は、止めろって、言ったろ!」
「そうでしたね。ご主人様」
「もういい!」
そう言って手を振り解かれる。少し名残惜しいけれど、私は甘えている訳にはいかない。二人で一人分くらいに……そう言って励ましてくれた言羽さんに負けない様にがんばらなければ。
そうして美羽お姉ちゃんの墓前に向き合い。今度は誓いを立てる。何があってもあの人を支えよう。例え想いが遂げられなくても。あの人の力になりたい。そしてもう一度ここに来よう、あの人と作った本を持って、今度は二人で一輪の向日葵を持って……。
「ほら、置いて行くぞ!」
言羽さんはそう言いながら一足先に歩き出していた。私は慌てず、急がず、ゆっくり立ち上がり、追いかける。
「おかえりなさい。あら、そんなに沢山、向日葵を抱えてどうしたんですか?」
私達は、九月さんの家に戻って来た。
「これは……ちょっと買い過ぎてしまいまして。既に一輪、お供えしてあったので、私達も一輪ずつにしたんです」
「あら、それは悪い事をしましたね。ちゃんと最初に言っておけば良かったかしら」
「いえ、気にしないで下さい。それでこれは良かったら美羽お姉ちゃんの仏壇の方に……」
「あら、ありがとう。それにしても一輪と言う事は一緒に手紙が置いてありませんでした?」
やっぱり、あれは手紙だった様だ。
「えと、白い封筒みたいな物が、向日葵の下にありました」
「やっぱり……。あの人が来たんですね。そうですね、やっぱりあなた達は美羽に導かれているのかも知れないですね」
亜美さんはそう言って微笑んだ。美羽さんに導かれている……。確かに偶然にしては出来すぎている気もするけれど、本当にそんな事があるのだろうか?
「お父さん、優さんがまた、美羽にお手紙をくれたみたいですよ」
客間に通され、亜美さんはお茶を煎れてくれる。どうやら『優さん』と言う人があの向日葵と手紙を置いて行った様だ。『優さん』も、美羽お姉ちゃんの関係者なのだろうか?
「優さんが来ていたのか、やっぱり運命なのかも知れないな」
運命、偶然、奇跡、必然、どれであっても私達は諦めるわけには行かない。そう覚悟する。
「さて、私達の考えの前に一つ、二人に聞いて置きたい事があります」
亜美さんが私と言羽さんを見据える。
「あなた達は、美羽の事をどう思っていますか?」
どう思っているのか……。やばい、すごく難しい。二人はどんな答えを期待しているのだろう?
「天使……。俺は天使だと思っていました」
思案する私を他所に言羽さんが口を開く。
「そうして、自分の届かない存在だと思い込み、彼女を絶対と思っていました」
言葉が出ない。私は今もそう思っている。
「でも、違いました。田崎さんと、川崎さんが教えてくれた、美羽さんは俺達と変わらない人間でした。強いけど、天使や神様じゃない。人間でした。俺はここに居る慧に、変わるきっかけを貰いました。そして、田崎さんに弱い自分を変える機会を貰いました」
私は……まだ曇っている。いつの間にか言羽さんはずっと先に居る。
「そして、美羽さんにそんな人達との出会いを貰いました。直接話した事は無いけれど、それだけの人を惹き付けた人に興味が沸きました。どんな人だろう? どんな風に過ごしていたのだろう? と。そして俺は、美羽さんは、もっと沢山の人を幸せに出来ると思うんです。彼女はそういう力を持っている。そういう人だと思います。」
言羽さんはそう言ってのけた。私にはこれだけの事を言えるだろうか? いや、違う。私の今の答えを言えば良いんだ。
「私は、天使の様な人だと思います。今も彼女に導かれている様な、不思議な力によって操られている様な、そんな気分です。だけど、私は美羽お姉ちゃんの物語を書きたいと思いました。でも、私には残念ながら言羽さんの様な言葉の使い方が出来ません。だから私は彼にお願いしました。言羽さんなら美羽さんの物語を最高に輝かせてくれると思います」
言羽さんに比べ、なんと頼りない言葉だろう。だけど今の私にはこれしかない。
「ふふ、ごめんなさいね。変な事を聞いてしまって」
そう言って亜美さんは真剣な顔を崩した。
「実は、私達は最初から答えを決めていたんだよ。君達なら大丈夫だと思っていてね」
羽衣さんもそう言って微笑んだ。
「田崎さんにお願いされちゃってね。『若者をちょっと悩ませてやってください』ですって、もう、私達の意思がばれない様に、緊張しっぱなしでしたよ」
……カオルさん。人が悪過ぎます。
こうして私達は、美羽お姉ちゃんの物語を綴り始めた。
美羽お姉ちゃんの両親、カオルさん、川崎先生、そして優さん何週間、何ヶ月と細かく連絡を取り合い一言一句洩らさず言葉を拾って行く。それを言羽さんに渡し、綺麗に飾り付けてもらう。
その間に言羽さんは正式に名前を変えた。本当に小鳥遊 言羽になってしまった。
私は忙しなく駆けずり回った。自分に出来る事。今はコレしか無いから……。
何度も取材に通い、会社にも掛け合う。伝説の『白詰草』の作者。傘丘 日向は名前を変え九月 美羽と言う無名の少女の人生を書く。口に出した時は笑われたが、私は諦めなかった。読者に対するインパクトは絶大な事。彼女はどこか神秘的ですごい影響力がある事。を熱弁する。
でも、結局は言羽さんが会社にこれしか二作目は無いと断言した事が決め手で、出版が決定した。
言羽さんは、『慧のおかげで……』と良く言ってくれるが、私はいまいち自信が持てなかった。話を聞けば聞くほど美羽お姉ちゃんは大きく膨れ上がり、また、周りに居た人達のすごさも思い知らされる。
そうして半年程経った頃、舞子さんが戻ると言う知らせが届いた。