全員が攻撃職を選ぶVR大会で散歩したくて『タンク』を選んだ130キロの俺~ログアウト不能で俺を笑った剣士達が3日で飢えて倒れる中、4日目に魔王を倒して全員の命を救った英雄譚~
スタート地点となる城の石造りの大広間。
俺たちの目の前には、3つの光のアイコンだけが浮かんでいた。
最新フルダイブ型VRゲーム『アイアン・クラウン』の開幕記念大会。
優勝賞金1億円をかけたこの大会のルールは、驚くほどシンプルだった。
参加者は100名。勝者はただ一人。
このゲームに「レベル」という概念は存在しない。
モンスターが蠢く広大な中世大陸を抜け、最初に『黒の居城』の魔王を討伐した者がすべてを手にする。
そのためにプレイヤーが選べるクラス(職業)は、以下の3つだけだった。
・【戦士】:移動速度・最大/近接攻撃力・強/防御力・弱
・【魔法使い】:移動速度・中/遠距離攻撃力・強/防御力・中
・【タンク(重装盾役)】:移動速度・遅/防御力・極大/攻撃力・極小
俺の名前はゲンタ。現実世界での体重は130キロある。
なぜこんな鈍重な俺が大会にいるのかといえば、理由は単純だ。商店街の福引きでたまたま参加パスが当たり、日曜日の午後にすることがなかったから「暇つぶし」にログインしただけだった。
自分のような運動音痴が勝てるわけがないことは、最初から分かっていた。
ただ、最新技術の美しい中世の森や城をゆっくり散歩して、景色を楽しんだらすぐにログアウトして夕飯を食べるつもりだったのだ。
だから、他の全員が前のめりで上の2つのアイコンに群がる中、俺は迷わず3つ目のアイコン――『タンク』に触れた。
次の瞬間、俺の巨体は分厚い鋼鉄の重鎧に包まれ、扉のように巨大な大盾と、おもちゃのように短い小剣が装備された。
だが、クラスの詳細データと、城壁の外を徘徊するモンスターの凶暴な姿を見て、俺はすぐに気がついた。
敵の攻撃力があまりにも高すぎるのだ。
勝者は一人と謳われてはいるものの、このゲームのバランスはどう見ても「パーティーでの協力プレイ」を前提に作られていた。
俺はおずおずと一歩前に出て、愛想笑いを浮かべながら手を挙げた。
「あ、あの、みんな! ちょっと聞いてくれないか! クラスの性能を見たんだけど、戦士は防御が低いし、魔法使いは接近されたら危ないみたいだ。……だから、みんなで協力してパーティーを組まないか? 俺が『タンク』で前に出て盾になるから、みんなは後ろから安全に攻撃してくれ! 助け合えば、全員で無事に最後まで行けるよ!」
大広間がシンと静まり返った。
そして次の瞬間、耳をつんざくような爆笑が巻き起こった。
「協力だと!? おいおい、聞いたかこのデブの寝言を!」
前に進み出てきたのは、今大会の優勝候補筆頭、元プロアスリートで完璧な肉体を持つ青年・シドウだった。
彼は【戦士】の双剣を軽やかに回しながら、心底バカにしたように俺を指差した。
「勝者は一人だけなんだよ、マヌケ! それに、なんで俺たちが130キロの豚と組まなきゃいけないんだ!? お前が選んだ『タンク』はな、走ることすらできない上に攻撃力もゴミという一番のハズレ職だ! 俺たち【戦士】には最高のスピードがある。敵に殴られる前に斬り伏せれば、盾なんて一生必要ないんだよ!」
「そうだそうだ! お荷物と組むやつなんていねーよ!」
「一人でノロノロ歩いて、最初の森でモンスターのエサにでもなってろ!」
【魔法使い】を選んだプレイヤーたちも一緒になって笑い飛ばした。
99人の参加者全員が【戦士】か【魔法使い】を選び、俺に冷たい背を向けた。
俺は兜の中で寂しく苦笑いするしかなかった。ただみんなの役に立ちたかっただけなのに、彼らの目には滑稽なピエロにしか映っていなかったのだ。
――ジジジッ!!
城門が開こうとしたその時、人工の青空が激しくノイズを走らせた。
視界の隅にあったメニューアイコンが消滅し、全員の目の前に真っ赤なシステム警告が浮かび上がった。
『【中央サーバー・重大エラー発生】
予期せぬシステム障害により、プレイヤーの脳神経保護のため手動ログアウト機能が一時凍結されました。
このロックは、ゲームのクリア条件(最終ボス・魔王の討伐)が達成された瞬間にのみ、自動的に解除されます』
ざわめきが広がったが、パニックになる者はいなかった。
「チッ、開幕早々サーバーのバグかよ」
シドウは鼻で笑い、双剣を構えた。
「まあいいさ! どうせ3、4時間もあれば俺が魔王の首を取ってゲームをクリアしてやる! ほら、置いていかれたくないやつは全力で走れ!」
ゴォォォッ!
開いた城門から、99人の【戦士】と【魔法使い】が弾丸のような猛スピードで飛び出していった。誰も彼もが自分一人で賞金を独占しようと、我先にと森の奥へ消えていく。
「……ふぅ。行っちゃったな」
俺は重い足を踏み出した。
ガシャン……ガシャン……ガシャン……。
【タンク】の移動速度ペナルティは想像以上だった。どんなに急ごうとしても、システム的に「ゆっくり歩くこと」しかできないのだ。
わずか2分で、俺は森の中で完全にひとりぼっちになった。
グルルルッ!
茂みから3匹の『黒狼』が飛び出し、俺の喉元へ牙を剥いた。
俺はただ、目の前に大盾を構えた。
ガキィィン!!
すさまじい衝撃音が響いたが、俺のHPバーは1ミリも減っていなかった。【タンク】の極大防御力の前では、狼の牙など小枝も同じだった。
俺は盾の隙間から小剣を突き出し、チク、チク、と狼を突き始めた。攻撃力が低すぎて3匹を倒すのに10分近くかかったが、息ひとつ上がらなかった。
「後ろに戦士か魔法使いが一人でもいてくれたら、5秒で終わったのになぁ……」
俺はぽつりと呟き、再びノロノロと歩き始めた。
どうせ夜になる頃には、シドウたちがクリアして現実世界に戻れるだろう。そう思っていた。
だが、夜が来ても、ゲームは終わらなかった。
◇
【2日目】
異変に気づいたのは、2日目の昼過ぎだった。
VRヘルメットは意識を仮想空間へ飛ばしているが、脳は地球のベッドに横たわっている「現実の肉体」と繋がっている。
喉が焼けつくように渇き、胃袋がキリキリと痛んだ。
俺は道端の小川に膝をつき、水をすくおうとした。だが、俺の籠手はホログラムのように水面をすり抜けた。木から落ちている果実も、ただの背景オブジェクトで掴むことすらできない。
『このゲームには、水も食料もプログラムされていない』
数時間で終わるはずだった短期決戦用の大会マップには、飲食のシステム自体が存在しなかったのだ。
しかも、いつ外部から復旧されるかも分からない。
本当に誰かが魔王を倒さない限り、俺たちの現実の肉体は、部屋のベッドの上で脱水と飢餓に晒され続けることになる。
森を抜けた先の広場で、俺は数人の【魔法使い】が言い争っているのを見かけた。
彼らは恐怖から、協力するどころかさらに疑心暗鬼になり、体力を削りながら必死に先を急いでいた。
「お、おい、みんな! 俺の盾の後ろに隠れて一緒に歩こう! 体力を温存しないと危ないぞ!」
俺が声をかけると、唇を乾かせた魔法使いが血走った目で怒鳴り返してきた。
「うるせぇ、どけよデブ! お前みたいなノロマと歩いてたら、クリアする前に現実の体が干からびて死ぬだろうが!」
彼らは再び全力疾走で走り去っていった。
◇
【3日目】
飲まず食わずで72時間が経過した3日目。
このゲームの「本当の姿」が、残酷な形で牙を剥き始めた。
実はこの大会は、運営側が仕掛けた『協調性のテスト』だったのだ。
マップの後半に進むほど道は狭くなり、モンスターの配置は「前衛のタンクが攻撃を受け止めなければ、後衛が全滅する」構造になっていた。
険しい渓谷の道すがら、俺は何十人もの【戦士】が地面に倒れ伏しているのを目にした。
【戦士】はスピードと攻撃力こそ最高だが、防御力は紙のように薄い。攻撃をすべて回避し続けなければ生き残れないクラスだ。
だが、現実の肉体が3日間の絶食と脱水に陥り、低血糖による激しいめまいに襲われた彼らは、モンスターの前でたった1秒、足がもつれただけで致命傷を受けて倒れていた。
さらにその先では、【魔法使い】たちが岩陰でうずくまっていた。
前衛で壁になってくれる【タンク】がいないため、モンスターに距離を詰められ、渇きによる視界の霞みで魔法を外し、なすすべもなく蹴散らされていたのだ。
そして、俺はというと――。
「ぐぅぅっ……お腹が減った……水が飲みたい……」
胃袋が雑巾のように絞られる激痛と、砂を噛むような渇きで、涙がにじんだ。
それでも、俺の足は止まらなかった。
理由は2つあった。
1つは、最初から【タンク】の仕様で「ゆっくり歩くこと」しかできなかったおかげで、初日から無駄な体力や水分を一切消耗していなかったこと。
そしてもう1つは、俺の現実の肉体に蓄えられた「130キロの巨体(膨大な脂肪)」だった。
体脂肪率数パーセントの鍛え抜かれたアスリートたちが最初の2日でエネルギーを完全に使い果たして低血糖で倒れる中、俺の体は、蓄えられた分厚い脂肪を少しずつ燃焼させ、脳へエネルギーを送り続けていたのだ。
空腹のめまいで反応が遅れ、巨大なトロールの棍棒にまともに殴られても、【タンク】の圧倒的な防御力がダメージをすべて無効化してくれた。
俺は重たい大盾を支えにしながら、一歩、また一歩と、倒れたプレイヤーたちの横を通り過ぎていった。
「もう少しだからな……今、俺が終わらせてくるからな……」
現実で意識を失い、ピクリとも動かなくなった彼らのアバターに声をかけながら、俺はひとり、灰色の荒野を歩き続けた。
◇
【4日目】
4日目の朝、辺りから戦闘音は完全に消えていた。
99人のプレイヤーのほぼ全員が、エネルギー切れで脱落していた。
ガシャン……ガシャン……。
俺はついに、最終目的地である『黒の居城』の砕け散った大扉の前に辿り着いた。
玉座の間の床には、ここまで辿り着いた十数人の上位プレイヤーたちが、力尽きて倒れていた。
そして、広間の中央。
全身を漆黒の鎧に包んだ巨大な最終ボス『魔王』――その頭上のHPバーは、これまでのプレイヤーたちの奮闘によって残り10%まで削られていた。
だが、魔王の足元でただ一人、まだ意識を保っていた最後のプレイヤーは、すでに限界を迎えていた。
シドウだった。
優勝候補だった誇り高き【戦士】は、床に両膝をつき、幽霊のように痩せこけて震えていた。
4日間、一滴の水も飲まず、誰にも頼らずに一人で走り、戦い続けた彼の肉体は、完全に枯渇していた。双剣を握る指にはもう力が入らず、立ち上がることすらできない。
「く、そ……あと、少しなのに……体が、動かねぇ……!」
魔王が咆哮を上げ、炎を纏った巨大な大剣を振り上げた。
防御力の低い【戦士】であるシドウが、あの必殺の一撃をまともに食らえば即死する。最後の一人である彼が死ねば、もう誰も魔王を倒すことはできず、俺たち100人は現実のベッドの上で本当に命を落とすことになる。
大剣が振り下ろされた。
シドウは絶望に顔を歪め、固く目を閉じた。
――ドガァァァァァァァン!!
玉座の間の柱を揺らすほどの、すさまじい金属音が轟いた。
「……え?」
シドウがハッと目を見開いた。
彼の顔面からわずか10センチのところで、魔王の炎の大剣がピタリと止まっていた。
傷だらけの、巨大な鋼鉄の大盾によって。
俺の盾だった。
空腹のけいれんで震える両足を必死に踏ん張りながら、俺はシドウの前に立ちはだかり、魔王の最大火力の一撃を正面から受け止めていた。
それだけの衝撃を受けてなお、俺の【タンク】のHPバーは2割しか減っていなかった。
「お、お前……!? なんでここにいる……!?」
俺の広い背中を見上げ、シドウの声が裏返った。
「4日目だぞ……!? 水も食料もなしで、なんでまだ立てるんだ……! それに、なんで……あんなにバカにした俺なんかを、庇うんだよ……!?」
「お前まで倒れたら、みんなここから出られなくなるだろ」
俺はカラカラに乾いた喉から、かすれた声を絞り出した。
大盾に体重を乗せて魔王の剣を押し返しながら、俺は肩越しにシドウを振り返った。
「初日に言ったじゃないか。……俺が前で盾になるから、後ろから攻撃してくれって」
シドウは息を呑み、言葉を失った。
自分を見捨てずに守り抜いている分厚い盾と、ボロボロになりながらも一歩も引かない俺の背中。
次の瞬間、シドウの窪んだ瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「……すまないっ……!」
シドウは涙で声を詰まらせながら、俺の鎧の背中に震える手を添えて、必死に立ち上がった。
「俺が……俺が間違ってた……! お前を笑って、本当に悪かった……ごめん、ゲンタ……! お前の言う通りだったよ……俺は、なんて愚かだったんだ……!」
「謝るのは、生きて帰ってからでいいよ!」
俺は兜の中で、力強く笑った。
「俺がこいつの攻撃を全部止める! 隙ができたら、お前の最高のスピードで決めてくれ!」
「……ああ! 任せろ!!」
魔王が怒りの咆哮を上げ、嵐のような連撃を叩き込んできた。
ガキィン! ドゴォン! ズガァァァン!!
1発でもかすれば【戦士】や【魔法使い】なら吹き飛ぶ暴風のような斬撃。
だが、俺は1ミリも退かなかった。【タンク】の極大防御力を信じ、両足を床に縫い付けるようにして、すべての攻撃を大盾ひとつで受け止めきった。
そして、魔王が大振りの一撃を放ち、俺の盾に弾かれて大きく体勢を崩した、その瞬間――!
「今だ、シドウ!! 一緒に行くぞ!!」
俺が渾身の力で小さな小剣を魔王の脚に突き刺し、その動きを止めた。
同時に、俺の背中から飛び出したシドウが、肉体に残された最後の1滴の力を振り絞り、無防備になった魔王の胸のコアへと、閃光のような十字斬りを叩き込んだ!
――ズバァァァァァァン!!
魔王の残り10%のHPバーが、完全に砕け散った。
漆黒の巨体が断末魔の叫びを上げ、やがて眩い黄金の光の粒子となって、玉座の間いっぱいに弾け飛んだ。
その瞬間、赤い空が割れ、優しい青空の光とともにシステムメッセージが全員の視界を照らし出した。
『【CONGRATULATIONS!】
4日目、最終ボス・魔王の討伐を確認!
特別協力試練がクリアされました! これより全100名のプレイヤーの緊急ログアウト、および医療サポートへの自動接続を開始します!』
「……はぁ……っ、終わったぁ……」
俺は大盾を手放し、ドサリと床に尻餅をついた。
周囲では、意識を失って倒れていたプレイヤーたちの体が次々と青い光に包まれ、現実世界へと無事に戻り始めていた。誰も死なずに済んだのだ。
隣で膝をついたシドウが、床に額が擦りつくほど深く、俺に向かって頭を下げた。
「お前が……俺たち99人全員の命を救ったんだ」
光となって透けていく体で、シドウは涙を拭いながら言った。
「この大会の本当の勝者は、お前だ。……ありがとう、俺たちの英雄」
やがて俺の体も、温かい帰還の光に包まれていった。
休日の暇つぶしに、ただ散歩したくて選んだ一番遅い『タンク』。
けれどその歩みは、どんな勇者の剣よりも強く、全員の命を繋ぎ止めたのだった。
(……さて、目が覚めたら、まずは水道水をバケツいっぱい飲むぞ……!)
俺は鳴り止まないお腹を押さえながら、誇らしい気持ちでゆっくりと目を閉じた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
本作はいかがでしたでしょうか?
もし少しでも「面白かった」「熱い展開だった」と思っていただけましたら、ページ下部より【ブックマーク登録】や【評価】で応援していただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。
また、物語の感想やご意見なども、ぜひお気軽にお寄せください。皆様からの声が何よりの原動力になります。すべて大切に読ませていただきます!




