13 - バカ
「バカって言った方がバカなんだよ!」
「はー? あんたが先に言ったんでしょ? バーカ!」
「俺はそんなこと言ってねーし! おまえが先に言ったんだろバーカ!」
「自分で言ったことも覚えてないとかほんとにバカじゃないの? バーカ! ほんとのバーカ!」
子どもたちが公園で喧嘩をしている。
ここは大人として穏便に解決させてやらねば。
「こらこら、ダメだぞ。『バカ』じゃなくて『パパ』って言わなきゃ」
「…えっ…えっ? おじさんだぁれ?」
女の子が喧嘩をしていたことも忘れたような様子で、
私の方をぽかんとした表情で見つめてきている。
しかし私はそのことを気にせず続けた。
「ほら、どっちがパパなんだい? 『パパ』って言った方がパパだよ」
「あ、パ…パパ?」
「そうだね、男の子が君がパパだ。よく分かってるじゃないか。ということは女の子の君は…?」
「え…? ま、ママ…?」
「そーうそう! 君がママだ。結婚おめでとう。君たちは仲良し夫婦になれたんだ」
男の子と女の子が目を丸くして、私を見た後、
もう一度子どもたち同士で視線を合わせると、またキッとにらみ合った。
「はぁー? こんなやつとけっこんなんかするかよ!」
「わたしだって嫌だよ! あんたみたいなバカなヤツとなんか!」
「まったく仕方がないね。『喧嘩するほど仲が良い』って聞いたことがあるかい?」
「はぁ? いや、あるけど、ぜってーうそだよそんなの! 俺、コイツにムカついてんだもん!」
「本当に仲が悪い子っていうのはさ、相手のことを無視してしまうんだ。でも、君たちはそうやって言葉で喧嘩している分だけ、自分のことを相手に分かって欲しいと思っているし、喧嘩を通じて、相手のことを分かってあげようとしているんだ。だから、君たちは本当はとっても仲が良いし、偉いんだよ」
「…え? 私えらいの? バカって言ってるのに?」
「そう。よく思い返してごらん。喧嘩の原因はちょっとしたことだったんじゃないか? それに、喧嘩するより、一緒に楽しく遊んでいる方が幸せになれるだろう? ほら、実は仲直りって簡単なんだよ? お互いに握手して、相手のことを許してあげる。そうすれば、君たちはもっと仲良くなれるし、明日からも楽しく遊べるんだ」
私は男の子の右手と女の子の右手を持ち、
握手をさせるように近づけた。
「ね、握手してあげて。君たちは、相手のことをちゃんと考えてあげられる、優しくていい子たちなんだから」
男の子も女の子も、納得していない顔で相手のことをちらちらと見ながらいたが、
お互いの手が触れると、しっかりと握手をして、恥ずかしそうに顔を合わせた。
それを見届けると、私は二人から手を離した。
「…あの、ごめん。悪かったよ」
「私も…ごめんなさい」
私はそれをうんうんと頷きながら、にこにこと見守っていた。
やはり子どもたちは仲良くなければな。
「うん、偉いね。二人とも。…さて、パパとママも仲直りしたことだし、私のお願いを一つ聞いてもらいたいんだが、いいかな?」
「…ばっ、ちげーし! 俺はパパじゃねぇよ!」
「私もママじゃ…え、えっと、お願いってなぁに?」
「パパとママが二人そろうと、どうなるか分かるかな? おままごとって…やったことある?」
「え、俺はないけど」
「…あっ、こどもができる?」
「その通り! だからおじさんを、君たちの子どもにしてくれないか? ここにミルクを温めておいた哺乳瓶があるんだが、これをおじさんに飲ませてくれないかな?」
私は哺乳瓶をママに手渡そうとした。
ママは困惑した表情をして、両手を出したり引っ込めたりしながら、
受け取ろうかどうかと、私の顔とミルクの入った哺乳瓶を見比べている。
パパはそれを見て、ママに近寄ってこそこそと耳打ちをした。
「(お、おい。この人やばい人だよ。早くにげるぞ、ほら)」
「(えっ、あ、うん)」
パパはママの手を掴むと、緊張した様子でこちらをチラチラと見つつ、
ママの手を引いて、公園から二人一緒に走り去って行ってしまった。
私はその小さくなっていく二つの後ろ姿を見つめながら、
哺乳瓶を片手に、きっと世界を憂うような、悲哀を帯びた表情をしていた。
「ママ…パパ…」
私はぼそりとつぶやくと、哺乳瓶の乳首部分をそっと咥えた。
そして、公園でぽつんと独りになってしまった自分を抱きしめるような気持ちで、
すっかりぬるくなってしまったミルクを舌で転がすようにちゅぱちゅぱと吸った。




