第7話 シャンデリアを死守する奴ら
3艦編隊が完成した日、俺は少しだけ感動していた。
少しだけ、だ。
なぜなら、並んで航行する3隻の絵面が酷かったからだ。
先頭、ガルドの『ヴァナルガンド』。全長160メートルの重装戦艦。黒鉄色の装甲。大口径砲4門。無骨。威圧的。葬儀場。
中央、俺の『プリンセス・メーディア』。全長98メートル。純白と金。キラキラ。シャンデリア搭載。宮殿。
後方、リーネの『ヘルメティカ』。全長65メートルの小型電子戦艦。灰色の船体にアンテナがびっしり。地味。地味すぎる。通信基地局。
葬儀場と宮殿と通信基地局が並んで宇宙を飛んでいる。
「統一感ゼロね」
リーネが通信越しに言った。
「うるせえ」
ガルドが即座に返した。
「俺は好きだけどな、この感じ。個性があるだろ」
「個性っていうか、事故だろこの編成」
「事故ではないわ。災害よ」
リーネの毒舌に、ガルドまで同意しかけている。初任務の前から先行き不安だ。
* * *
今回の依頼はこうだ。
【運送ギルド レグルス支部 輸送依頼 Cランク】
依頼主:カリスト・コロニー食品調達局
内容:高級食材コンテナ3基をレグルス→カリスト・コロニーまで輸送
条件:鮮度管理必須。艦内に冷蔵保管設備があること
報酬:1500クレド
1500クレド。肉串750本分。悪くない。
問題は「冷蔵保管設備」の条件だ。普通の貨物艦ならコンテナごと冷蔵ユニットを積めばいいが、メーディアは積載の41.7パーセントが装飾に食われている。余剰スペースが少ない。
だが、メーディアには秘密兵器があった。
というか、俺が知らなかった設備がまた見つかった。
「ケイト、この艦の第3デッキに大型冷蔵庫があるの、知ってる?」
リーネが乗艦して2日目に発見した。
「知らない。何それ」
「式典用のケータリング保管庫よ。大量の料理を鮮度を保ったまま保管するための設備。業務用冷蔵庫が4台と、温度管理システムが丸ごと入ってる」
見に行った。
第3デッキの奥、廊下を3回曲がった先に、確かにあった。銀色の扉の向こうに、ひんやりとした空間。業務用冷蔵庫4台が行儀よく並んでいる。壁には温度・湿度のモニターパネル。天井にはダクトが走り、冷気が静かに循環している。
「……すげえ。レストランの厨房かよ」
「式典で何100人分の料理を出す想定で設計されてるのよ。コンテナ3基分の食材なんて余裕で入るわ」
こいつ、まだ俺の知らない部屋を隠してやがった。
積載の41.7パーセントが装飾なら、残りの58.3パーセントには何が詰まっているのか。俺はこの艦のことを全然分かっていない。
整備ロボが2体、冷蔵庫の扉を開けて中を清掃し始めた。客の食材を預かるのだ。清潔でなければならない。
こいつらは仕事が早い。
* * *
食材コンテナを積み込み、出発した。
カリスト・コロニーまで通常速度で約6時間。富裕層が多く住む高級コロニーで、食にうるさい住人が多い。鮮度が命の食材を、鮮度を落とさず届ける。それが今回の仕事だ。
積み込みの際、ロボたちの仕事ぶりが異常だった。
コンテナの中身を1つ1つ確認し、温度帯ごとに仕分け、冷蔵庫の適切な棚に格納していく。まるで高級レストランの仕入れ担当だ。
あるロボに至っては、食材の配置を何度もやり直していた。同じ棚の中で位置を微調整している。何がしたいのか分からなかったが、よく見ると、食材が美しく見える並びに整えているようだった。
「おい。食材の見た目にこだわるな。誰も見ないぞ」
ロボは無視して配置を続けた。
ピッ。
完了の電子音。満足したらしい。冷蔵庫の中は、まるで食品カタログの写真みたいに美しく整列していた。
「……お前らの美意識、食材にまで及ぶのか」
* * *
航行3時間目。順調だった。
過去形だ。
「前方にイオンストーム。規模は中。通常ルートの航路ポイント5から8が影響圏内」
リーネの声が通信に流れた。いつもの淡々とした口調だが、語尾にわずかな緊張が混じっている。
「イオンストームか。ゲーム……いや、聞いたことはある。通信とセンサーが乱れるやつだろ」
「それだけじゃないわ。強い電磁パルスがシールドを浸食する。小型艦は特に影響を受けやすい。メーディアとヘルメティカ、どちらも小型よ」
モニターに映し出されたストームの予測範囲。通常ルートの半分以上が、ぐるりと嵐の影響圏に覆われている。
「迂回は?」
「可能。ただし、12時間の追加航行になる」
「12時間……」
冷蔵庫の食材。鮮度管理はメーディアの設備で万全だが、12時間追加となると話が変わる。一部の生鮮食品は保管限界ギリギリだ。依頼の条件は「鮮度を保ったまま届けること」。到着時に鮮度が落ちていたら、評価は下がる。最悪、依頼失敗だ。
「ストームの中を突っ切る場合は?」
「嵐の密度にムラがある。薄い部分を選んで通過すれば、約30分で抜けられる。ただし、電磁パルスでシールドが削られるから、ダメージは覚悟して」
「ガルド、聞こえてるか」
「聞こえてる。突っ切るんだろ?」
「分かるのか」
「お前のことは何となく分かってきた。安全策は取らない。面白いほうを選ぶ」
「面白いから選ぶんじゃない。食材のためだ」
「食材のために嵐に突っ込むやつ初めて見た」
リーネが溜息をついた。通信越しに聞こえた。
「……仕方ないわね。私がリアルタイムで嵐の密度を解析する。薄い部分を指示するから、そこを通って。ガルド、あなたは先行してメーディアの風除けになれる?」
「風除け?」
「ヴァナルガンドは重装甲。電磁パルスへの耐性がメーディアより高い。先行して嵐の衝撃を分散させれば、後続のメーディアへの負荷が減る」
「要するに、俺が盾になれってことか」
「そうよ」
「……まあいい。得意分野だ」
役割が決まった。ガルドが先行して壁になる。リーネがデータ解析でルートを指示する。俺が食材を守りながら後を追う。
3艦の役割が、初めて完全に噛み合う。
* * *
イオンストームに突入した。
視界が紫と白に染まる。
宇宙空間に稲妻が走り、電磁パルスの波がメーディアの船体を叩く。シールドが反応して青白い光を放つ。計器がチカチカと明滅する。
「方位220、仰角マイナス5。そこが一番薄い。15秒後に密度が上がるから、それまでに通過して」
リーネの指示が的確に飛ぶ。俺は操縦桿を握り、指示通りのルートをなぞる。
前方にヴァナルガンドの黒い背中が見える。嵐の中で岩のように揺るがない。電磁パルスが黒鉄の装甲に当たって火花を散らしているが、ガルドの艦はびくともしない。
「ガルド、大丈夫か」
「問題ねえ。くすぐったいくらいだ」
この男のシールドと装甲は何でできてるんだ。
メーディアが揺れた。
大きく揺れた。
電磁パルスの直撃ではない。嵐の中の乱流だ。艦が左右に振られ、上下に跳ね、操縦桿を握る手に衝撃が走る。
そして――
ガラガラガラ。
シャンデリアが鳴った。
「やべえ!」
モニターから目を離して天井を見上げる。シャンデリアが大きく揺れている。クリスタルのパーツがぶつかり合って、ガラスの悲鳴のような音を立てている。
次の揺れで、クリスタルが1つ外れた。
落下。
キラキラと回転しながら、赤絨毯に向かって落ちていく。
――キャッチ。
整備ロボだった。
どこから現れたのか、1体のロボが艦橋の中央に陣取り、アームを伸ばしてクリスタルを空中で受け止めた。
「ナイスキャッチ!」
だが、1体では足りなかった。
次の揺れで、さらに2個のクリスタルが外れた。ロボが1体では対応しきれない。
廊下からキュルキュルキュルキュル。
整備ロボが来た。2体、3体、4体。次々と艦橋に集結し、シャンデリアの下に展開した。アームを上に伸ばし、揺れるシャンデリアを下から支えている。
まるで、シャンデリアを守る衛兵だ。
「お前ら……!」
感動している場合じゃない。操縦に集中しろ。
だが、チラッとモニターの隅に映った光景がこうだ。冷蔵庫の前にもロボが1体いたはずだが、そいつはいない。冷蔵庫の扉は閉まっている。食材のそばにロボはいない。
全員、シャンデリアに来ている。
食材を守るロボは、ゼロ。
「お前ら! 食材! 冷蔵庫! 荷物が先だろ!」
ロボたちは聞こえていないのか、あるいは聞いた上で無視しているのか。シャンデリアを支えるアームは微動だにしない。
ピッ。
その電子音は「知ったことか」と言っているように聞こえた。
* * *
「リーネ! あとどのくらいだ!」
「嵐の境界まで残り90秒。方位200、このまま直進。密度は下がってきてる」
操縦桿を握り締める。メーディアの機動性Bが唸りを上げる。乱流の中で艦を安定させ、揺れを最小限に抑える。
シャンデリアをロボが支え、俺が操縦で揺れを殺す。
荷物は――神に祈るしかない。
60秒。
40秒。
20秒。
――抜けた。
紫と白の嵐が後方に去り、静かな宇宙空間が戻ってきた。
計器が安定する。シールドの残量は40パーセント。削られたが、致命的ではない。
シャンデリアを見上げる。
ロボたちがアームを引っ込めた。クリスタルを元の位置に戻し、パーツの緩みを点検している。手際がいい。
そして、冷蔵庫。
走って確認しに行った。第3デッキ。銀色の扉を開ける。
食材は――無事だった。
冷蔵庫の温度管理システムが優秀だったのだ。多少揺れても、庫内の温度は一定に保たれていた。食材もロボが最初に美しく配置したおかげか、棚の中でほとんど動いていない。あの謎の配置へのこだわりは、見た目じゃなくて安定性のためだったのか。
いや、たぶん見た目だ。結果的に安定しただけだろう。
だが、結果オーライだ。
「食材無事。シャンデリアも無事。全員生きてる」
「シャンデリアの報告を人命と同列にするな」
ガルドのツッコミが、嵐の後の宇宙に響いた。
* * *
カリスト・コロニーに到着した。
高級コロニーというだけあって、ドッキングベイの設備もレグルスとは段違いだ。照明が明るく、床が綺麗で、作業員の制服にシワがない。
そして、メーディアが入港した瞬間の反応も違った。
レグルスでは「なんだあのキラキラした船」と怪訝な目で見られた。
カリスト・コロニーでは「まあ、素敵な船」と歓声が上がった。
客層が違う。
メーディアのデザインは、貧乏人には成金趣味に見えるが、金持ちには「品のある豪華さ」に見えるらしい。世の中、見る人が変われば評価が変わる。
「……なんか、ここだとこいつが正しい気がしてくるな」
呟いていると、リーネが通信で返した。
「趣味が悪いのは変わらないわよ」
評価は変わらないらしい。
食材の引き渡し。依頼主であるコロニーの食品調達局の担当者が、冷蔵庫を確認しに来た。
扉を開けた瞬間、担当者の目が丸くなった。
「これは……温度管理が完璧ですね。それに、この配置。食材同士の匂い移りまで計算された並べ方だ」
ロボの仕事だ。匂い移りまで計算していたのか。
「御社の設備は素晴らしい。正直、この宙域でここまでの管理体制は見たことがありません」
「ありがとうございます」
礼を言いながら内心で思う。あの設備は式典のケータリング用で、ロボの配置は見た目のこだわりで、嵐の時は全員シャンデリアを守りに行って食材は放置していた。
言わない。絶対に言わない。
そして、担当者がメーディアの艦内を少し見学したいと言い出した。断る理由もないので案内する。
赤絨毯。シャンデリア。ステンドグラス。玉座。
「素晴らしい……! こんな内装の輸送艦は初めてです。次回もぜひ御社にお願いしたい」
リピーター獲得だ。
高級コロニーの依頼主に気に入られた。メーディアの内装が、初めて純粋にプラスの評価を受けた瞬間だった。
【運送ギルド レグルス支部 依頼完了通知】
対象:ケイト/プリンセス・メーディア
依頼内容:高級食材輸送(レグルス→カリスト・コロニー)
輸送評価:S(鮮度完璧・納期遵守・顧客満足度最高)
特記事項:イオンストームを突破しての定時到着を評価。顧客から継続依頼の要望あり
報酬:1500クレド
S評価。2回連続。
1500クレド。3人で分けて500ずつ。肉串250本分。
まだまだ優雅には程遠いが、リピーターがついた。高級コロニーの仕事が定期的に来るようになれば、収入は安定する。
* * *
帰りの航路。メーディアの食堂。
整備ロボがフルセッティングを敷いた。白いクロス、銀の食器、一輪挿し。
そして蝋燭。
今回は3人もいるので撤去しなかった。男2人にはキャンドルディナーは気まずいが、女性が1人いるなら成立する……のか?
「気持ち悪いからやめて」
リーネに即却下された。蝋燭は撤去された。ロボのキュルキュルがゆっくりだった。3回目だ。学習しろ。
カリスト・コロニーの市場で仕入れた食材で飯を作った。さすが高級コロニーだけあって、食材のレベルが違う。レグルスの肉串とは比べものにならない。
焼いた肉。ちゃんとした野菜のサラダ。まともなパン。スープ。
ガルドが食べた。
「美味い。今までで一番美味い」
「素材がいいからな」
「お前の腕も上がってるだろ。最初の頃より確実に美味い」
「……そうか?」
悪い気はしない。
リーネが食べている。いつもの冷静な表情で、フォークを動かしている。
普段なら「普通ね」と言う。毎回そうだ。何を出しても「普通ね」。ガルドが「悔しいが美味い」と言い、俺が感想を求めると、リーネは「普通」で済ませる。
だから、今日もそうだろうと思っていた。
リーネがスープを一口飲んだ。
スプーンを置いた。
「……美味しい」
ガルドと目が合った。
ガルドの目が「今、聞いたか?」と言っている。俺の目も「聞いた」と答えている。
「リーネ、今なんて?」
「美味しいって言ったの。聞こえなかった?」
「いや、聞こえた。聞こえたけど」
「何よ」
「初めてだから。お前が美味しいって言ったの」
リーネが眼鏡の位置を直した。わずかに頬が赤い。
「……素材がいいだけよ。あなたの腕じゃないわ」
「はいはい」
ガルドが鼻を鳴らして笑った。俺も笑った。リーネは眼鏡を拭くふりをして顔を隠した。
シャンデリアの下で、3人が笑っている。
紅茶の茶葉は相変わらず安いが、スープは美味い。
葬儀場と宮殿と通信基地局が、1つのチームになった日の夕飯だ。
整備ロボがデザートを運んできた。カリスト・コロニーで買った焼き菓子だ。
3つの皿に、同じ数だけ。均等に。




