第6話 初めての客は姫ではないようです
ランクCに上がった日、俺は肉串を3本食った。祝いだ。
レグルスを拠点にして、ガルドと2人で物資運搬を繰り返すこと十数件。小さな依頼をコツコツこなし、納期遅れゼロ、荷物損傷ゼロ、宙賊遭遇時の対応評価も上々。地道に積み上げた信用が、ようやくランクアップという形になった。
ランクCになると、受けられる依頼の幅が広がる。
特に、旅客輸送が解禁された。
これを待っていた。
メーディアの内装は、この宙域のどの艦よりも豪華だ。シャンデリア、赤絨毯、ステンドグラス、金縁の装飾パネル。積載の41.7パーセントを装飾に注ぎ込んだ異常な設計が、旅客輸送においてはそのまま「最高級の居住空間」に化ける。
攻撃力ゼロの産廃が、宇宙のリムジンになる瞬間だ。
「来い。仕事を選ぶぞ」
ギルドの掲示板に直行した。
* * *
掲示板に、1つだけ目を引く依頼があった。
【旅客輸送依頼 Cランク以上】
依頼主:匿名
内容:VIP1名をレグルス→ノヴァ・セレーネまで輸送
条件:快適かつ安全な船内環境を保証できること
補足:公式定期便の使用不可。理由は非開示
報酬:2000クレド
2000クレド。
肉串1000本分。
桁が違う。普段のDランク物資運搬が200クレド前後だから、10倍だ。
「怪しいな」
ガルドが横から覗き込んで言った。
「匿名の依頼主。公式便を使えない理由は非開示。VIPで2000クレド。どう見ても裏がある」
「だろうな」
「受けるのか」
「受ける」
「即答かよ」
「2000クレドだぞ。こいつの内装なら『快適な船内環境』の条件はクリアできる。むしろメーディア以外にこの条件を満たせる艦がこのステーションにあるか?」
ガルドが周囲を見回した。ドッキングベイに停泊している艦は、武骨な貨物船か、くたびれた中古の巡洋艦ばかりだ。VIPを乗せて快適な旅を提供できるような艦は1隻もない。
「……確かに、お前の船しかないな」
「だろ」
ギルドの窓口で依頼を受諾した。職員がメーディアの内装データを確認し、やや引きつった笑顔で言った。
「シャンデリア……玉座……ステンドグラス……。はい、条件は十分に満たしています。むしろ過剰です」
「褒め言葉として受け取っておく」
* * *
翌日。ドッキングベイ17。
VIPの到着を待つ。メーディアのハッチを開けて、出迎えの態勢。整備ロボたちが艦内を最終チェックしている。絨毯のシワを伸ばし、シャンデリアを磨き、ステンドグラスの埃を払っている。
こいつら、客が来ると分かった途端に仕事量が3倍になった。普段から全力だと思っていたが、まだ余力があったらしい。
ガルドはヴァナルガンドで待機中。護衛は別艦で随伴する手筈だ。
時間通りに、1人の女が現れた。
小柄だった。
身長は俺の肩くらい。銀色のショートカットに、細いフレームの眼鏡。白いコートを着て、肩に大きなバッグを提げている。バッグの中身がやたら重そうで、片方の肩が下がっている。
表情は――無。
無感情ではなく、こちらを値踏みしている目だ。観察。分析。評価。3秒で全部やっている。
「依頼主の方ですか。ケイトです。メーディアの艦長で、今回の輸送を担当します」
「リーネ」
名前だけ。それ以上の自己紹介はなかった。
「じゃあ案内する。中へどうぞ」
リーネがメーディアの艦内に足を踏み入れた。
赤絨毯を見た。シャンデリアを見た。ステンドグラスを見た。玉座を見た。
俺は内心、少しだけ期待していた。ガルドの時は「宮殿か?」だった。今度はどんなリアクションが来るか。
リーネが口を開いた。
「……趣味が悪いわね」
刺さった。
ガルドの「宮殿」はまだ驚きが入っていた。リーネのは純粋な評価だ。冷静に査定した上での「趣味が悪い」。容赦がない。
「いや、これは俺の趣味じゃなくて、こいつの設計が……」
「船に趣味はないわ。乗っている人間の趣味よ」
正論で殴ってきた。反論できない。
整備ロボが1体、リーネの足元に寄ってきた。バッグが重そうなのを検知したのだろう。アームを伸ばしてバッグを受け取ろうとしている。
「……何、これ」
「整備ロボ。荷物を運んでくれる。喋らないけど気は利く」
リーネがバッグを渡した。ロボが両アームで受け取り、重さにアームが少したわんだ。相当重い。中身は何だ。
ロボはたわみながらも黙々と客室へ向かった。キュルキュル。いつもよりピッチが遅い。頑張れ。
* * *
客室にリーネを案内する。
メーディアの客室は、艦橋に負けず劣らず豪華だ。ゲームでは存在すら知らなかった部屋だが、この世界では実際に使える。天蓋付きのベッド、大きな窓(もちろんステンドグラス風の装飾つき)、専用のバスルーム。
リーネが客室を一瞥した。
「……悪くないわ」
さっき「趣味が悪い」と言ったのに。
「快適かどうかで言えば、快適よ。趣味が悪いのと快適なのは別の話」
「厳しいな」
「正直なだけ」
リーネがバッグを開けた。中から出てきたのは、端末が3台、携帯型のアンテナユニット、ケーブルの束、そして意味不明な計測機器。
通信機器だ。しかも、民生用じゃない。軍用か、それに近いグレードの。
「……何それ」
「仕事道具」
それ以上は聞くなという空気だった。
――匿名の依頼。公式便が使えない。軍用グレードの通信機器を持ち歩く女。
ワケあり、というのは分かっていたが、想像以上だ。
だが、2000クレドだ。詮索はしない。運ぶのが仕事だ。
* * *
出航した。メーディアが先行し、ガルドのヴァナルガンドが後方に随伴する2艦編隊。
航路はレグルスからノヴァ・セレーネまで。通常速度で約8時間。長丁場だ。
出航して1時間。リーネが艦橋にやってきた。
「少し見せてもらっていい?」
「艦橋を? 構わないが」
リーネは玉座を華麗にスルーし、操作コンソールの前に立った。モニターに映るメーディアの各種データを、食い入るように見つめている。
「……ねえ」
「何だ」
「この艦のセンサー周り、妙に高性能じゃない?」
「え?」
リーネがモニターを指差した。メーディアのセンサーアレイの仕様が表示されている。
「広域走査の分解能が、この艦のサイズにしては異常に高い。通常、支援型の小型艦にこのクラスのセンサーは積まないわ。重装巡洋艦クラスの走査能力がある」
「……マジで?」
俺は知らなかった。ゲームではセンサー性能なんて気にしたことがなかった。敵が近づけばアラートが鳴る、それだけだ。
「たぶん、元々の設計目的が戦闘じゃないからよ。式典や要人の護送を想定して、広域の脅威を早期に検知できるようにセンサーだけは高性能にした。装飾に金をかけたのと同じ発想で、安全にも金をかけた、ということでしょうね」
「……こいつ、まだ俺の知らないスペックがあるのか」
「艦長が自分の艦のスペックを知らないの?」
「いや、まあ、その……」
ゲームでは見なかった部分だ、とは言えない。
「面白い艦ね」
リーネの声に、初めて興味の色が混じった。
「趣味が悪いけど」
撤回はしないらしい。
* * *
航行4時間目。リーネが自分の端末を操作しながら、唐突に言った。
「航路を変えたほうがいい」
「は?」
「この先の航路ポイント3地点に、不審な電波反応がある。微弱だけど、パターンが哨戒中の艦艇のそれと一致してる」
リーネが端末の画面を見せてきた。波形のグラフが並んでいる。俺には何が何だかさっぱりだ。
「これ、何で分かるんだ。メーディアのセンサーでも拾えてないぞ」
「メーディアのセンサーを使わせてもらったわ。さっき艦橋で走査範囲を広げた。あなたの艦のセンサーは優秀よ。拾ったデータを私の解析ソフトに通したら、パターンが見えた」
「……勝手にセンサーいじったのか」
「ええ」
悪びれない。
「で、あの反応は何なんだ」
「赤牙の待ち伏せ、でしょうね。航路ポイントに先回りして、通過する艦を狙い撃ちにするタイプの。この宙域ではよくある手口」
ガルドに通信を入れる。
「ガルド、聞こえるか。航路変更だ。客の情報で、前方に赤牙の待ち伏せの可能性がある」
「客が? 何者だよ、その客」
「知らない。だが情報は確かっぽい」
「……お前、本当に何でも拾ってくるな」
リーネが提案した迂回ルートに切り替える。2時間ほど遠回りになるが、安全には代えられない。
* * *
迂回ルートは平穏だった。
赤牙との遭遇はなし。ビーム1発も飛んでこない、静かな宇宙空間をメーディアとヴァナルガンドが並んで航行する。
そして、航行から10時間後。ノヴァ・セレーネの灯りが見えた。
到着直前、リーネが自分の端末で何か確認していた。
「……やっぱり、いたわね」
「何が」
「通常ルートの航路ポイント3地点。通過する頃の時間帯に、赤牙の小艦隊が展開していた記録がある。ノヴァ・セレーネの管制が公開している航行警報に載ってる」
画面を見せてもらった。確かに、赤牙の活動が報告されている。時間帯も航路も、リーネの予測と完全に一致していた。
もし迂回していなかったら。
VIPを乗せたキラキラの小型艦が、赤牙の艦隊の真ん中に突っ込んでいたことになる。
「……お前のおかげで助かった」
「お礼は報酬に含まれてるわ」
クールだ。だが、目の奥がわずかに笑っている気がした。
* * *
ノヴァ・セレーネに入港。VIP輸送依頼、完了。
【運送ギルド レグルス支部 依頼完了通知】
対象:ケイト/プリンセス・メーディア
依頼内容:VIP旅客輸送(レグルス→ノヴァ・セレーネ)
輸送評価:S(安全・快適・定時到着)
特記事項:航路変更により宙賊遭遇を回避。判断を評価
報酬:2000クレド
評価S。初のS評価だ。
2000クレド。肉串1000本分。
ガルドとの護衛報酬を6対4で分けても、俺の取り分は1200クレド。過去最高の収入だ。
優雅な生活に、ほんの少しだけ近づいた気がする。
* * *
入港後、リーネが下艦する前に。
メーディアの食堂で、ささやかな「お疲れ様」の席を設けた。
整備ロボが張り切ってセッティングした結果、テーブルには白いクロス、銀の食器、一輪挿し、そして前回ガルドの時に撤去した蝋燭がまた出てきた。
学習しないのかこいつら。
蝋燭は今回も撤去した。ロボのキュルキュルが、やはりいつもよりゆっくりだった。不満だろうか。不満なのかもしれない。
リーネが紅茶のカップを受け取った。ロボが淹れたやつだ。
一口飲んで、少し眉を上げた。
「……味は普通ね」
「ロボが淹れるとそうなる。温度と分量は完璧だが、味気ない」
「淹れ方の問題じゃないわ。茶葉が安いのよ」
金の問題だった。
ガルドが肉を食いながら、リーネをちらちら見ている。
「で、何者なんだ。あんた」
「客よ」
「客があそこまで的確な情報分析をするか? 軍用グレードの通信機器を持ち歩くか?」
「鋭いわね。見た目に反して」
「『見た目に反して』は余計だ」
リーネが紅茶を飲みながら、少し考えるように間を置いた。
「……電子戦の専門家、とだけ言っておく。以前は軍にいた。今はフリー。公式ルートを使えない理由は、聞かないで」
ガルドが俺を見た。「どうする」という目だ。
俺はリーネを見た。
この女は、今日1日で俺たちを2回救っている。メーディアの知らなかったスペックを教えてくれた。赤牙の待ち伏せを事前に察知してくれた。
しかも、メーディアのセンサーを「優秀」と言った。趣味が悪いとは言ったが、艦の性能は正当に評価している。
「リーネ」
「何?」
「次の仕事、予定は?」
「……特にないわ。だから困ってるの」
フリーの電子戦専門家。腕は確か。だが公式ルートが使えない。つまりガルドと同じだ。腕はあるのに、居場所がない。
「うちに来ないか。情報屋として。報酬は依頼ごとの交渉制。飯はシャンデリアの下で出る。紅茶は味気ないが温かい」
リーネが眼鏡の位置を直した。
「条件は」
「俺とガルドの行動に同行する。航路分析と電子戦支援を担当。自分の艦があるなら3艦編隊、ないなら……」
「あるわ。小型の電子戦艦が1隻。ノヴァ・セレーネのドックに預けてある」
「じゃあ3艦編隊だ」
「報酬の取り分は」
「3人で分ける。比率は仕事の内容ごとに相談」
リーネが紅茶を飲み干した。カップをソーサーに置く。銀の食器がかちりと鳴った。
「……いいわ。しばらく、乗ってみる」
ガルドが鼻を鳴らした。
「また増えたのか。変なやつが」
「お前が言うな」
こうして、3人目の仲間が加わった。
火力バカのガルド。データの鬼のリーネ。そしてネタ艦に乗る変態艦長ケイト。
凸凹トリオの結成だ。
メーディアのシャンデリアの下で、3つのカップが並んでいる。紅茶は味気ない。肉は雑に焼いただけ。銀の食器は場違い。
だが、テーブルに3人分の席がある。
1人だった艦橋が、少しだけ賑やかになった。
整備ロボが3つ目のカップを片付けに来た。3人分の食器を、いつもと同じ丁寧さでアームに載せていく。
ピッ。
何の意味もない電子音。だが、なんとなく嬉しそうに聞こえたのは、俺の気のせいだろう。
たぶん。




