第5話 シャンデリアの下で肉を食う
初依頼の朝、ガルドがメーディアに乗り込んできた。
理由は「出発前に打ち合わせがしたい」とのことだったが、本音は別にあると俺は睨んでいる。酒場で「シャンデリアの下で食う飯」と言った時の、あの一瞬の目の輝きを俺は見逃していない。
ハッチを開けて招き入れる。ガルドがメーディアの内部に一歩踏み入れた。
赤絨毯。
その先に広がるステンドグラスの光。
天井から降り注ぐシャンデリアの輝き。
廊下の壁面に飾られた金縁の装飾パネル。
そして、廊下の隅で黙々と床を磨いている整備ロボ。
ガルドが止まった。
「…………」
「どうした」
「いや」
「入れよ」
「…………これ、船か?」
「船だが」
「宮殿じゃなくて?」
「船だ」
「教会の間違いとかじゃなく?」
「船だっつってんだろ」
ガルドが恐る恐る赤絨毯の上を歩き始めた。革のブーツが絨毯に沈む感触に慣れないのか、足取りがぎこちない。
整備ロボが1体、ガルドの足元に寄ってきた。ブーツについた泥を検知したのだろう。小さなアームでブーツの裏をサッと拭き、何事もなかったように去っていった。
ピッ。
「……今の何」
「掃除。こいつら、汚れに厳しいんだ」
「靴拭かれたの初めてだぞ俺」
「慣れろ。シャンデリアの下に埃が落ちてると3秒で飛んでくるから」
* * *
艦橋に案内すると、ガルドの表情がさらに死んだ。
玉座を見た瞬間だった。
「……あの金ピカの椅子は何だ」
「玉座」
「なんで船に玉座がある」
「この船の設計者に聞いてくれ」
「座るのか?」
「座らない。尻が痛い」
「じゃあ何のためにある」
「装飾。積載の41.7パーセントを食ってる装飾の1つだ」
ガルドが天井を仰いだ。信じられないものを見る目で、シャンデリアを見上げている。
「……お前、これで宇宙飛んでるのか」
「飛んでる」
「正気か?」
「たぶん」
ガルドが両手で顔を覆った。
「もういい。依頼の話をしよう。じゃないと帰りたくなる」
* * *
依頼の内容は単純だ。
レグルスから第12中継点まで、機械部品のコンテナを運ぶ。Dランクの物資運搬。報酬200クレド。折半で100ずつ。
「100クレドか。肉串50本分だな」
「……なんで肉串が基準なんだ」
「他に基準がない」
ガルドが何か言いたそうな顔をしたが、黙った。賢明な判断だ。
航路を確認する。レグルスから第12中継点までは通常速度で約4時間。途中、赤牙の活動域をかすめるが、哨戒ルートを避ければ遭遇確率は低い。
「万が一ぶつかったら?」
「俺が逃げて、あんたが殴る」
「シンプルだな」
「複雑な作戦はこの船に似合わない。見ろ、このシャンデリア。繊細なんだ。揺れると大変なことになる」
「戦闘中にシャンデリアの心配する艦長は初めて見た」
「こいつの修理費、知ってるか? あのクリスタル1個で肉串30本分だぞ」
「だから肉串で数えるな」
* * *
2隻編隊で出発した。
先頭にガルドの『ヴァナルガンド』。全長160メートルの重装戦艦。黒鉄色の装甲に、大口径の主砲が4門。見るからに「殴るために生まれてきました」という船だ。
その後ろに、プリンセス・メーディア。全長98メートル。純白と金の船体がキラキラ光り、金色の粒子を撒き散らしながら航行する。
並ぶと、落差がすごい。
葬式と結婚式が同じ道を歩いているような絵面だ。
航行開始から30分。通信が入った。
「ケイト」
「なんだ」
「なんか……調子がいい」
「何が」
「船が。いつもより反応が鋭い。火力も……出力が上がってる気がする」
プリンセス・オーラだ。
半径50キロ以内の味方艦に攻撃力プラス15パーセント。ガルドのヴァナルガンドがバフの範囲に入っている。
「ああ、それ、こいつのスキルだ。近くにいると味方の攻撃力が上がる」
「……は?」
「プリンセス・オーラ。こいつの固有スキル」
沈黙。5秒。
「待て。お前の船、味方を強化するのか」
「そうだ」
「自分は強くならないのに?」
「そうだ」
「……何の嫌がらせだそれ」
「設計者に聞いてくれ」
「お前その台詞好きだな」
ガルドが通信越しに笑っていた。さっきまでの困惑が、だんだん「面白いやつ」方向にシフトしつつある気がする。
「つまり俺は今、15パーセント増しで殴れるのか」
「そうなる」
「……悪くないな」
脳筋が火力上昇に食いついた。分かりやすい男だ。
* * *
航行は順調だった。2時間ほど経過し、航路の半分を消化したあたりで、俺は予告通りの行動に出た。
飯を作る。
メーディアにはキッチンがある。「艦内食堂」と呼ぶべきか。ゲームでは背景の一部でしかなかったが、現実には完全に機能する厨房設備が揃っていた。
冷蔵庫にはレグルスで仕入れた食材が入っている。肉、野菜のようなもの、パンのようなもの。この世界の食材はゲームの知識では分からないものも多いが、見た目と匂いで大体の見当はつく。
焼く。煮る。盛り付ける。
と、ここで問題が発生した。
整備ロボが寄ってきたのだ。
1体が皿を持ってきた。白磁の、金縁の皿。
別の1体がナイフとフォークを持ってきた。銀製の、妙に装飾が凝ったやつ。
さらにもう1体がナプキンを運んできた。白いリネンに金の刺繍入り。
「いやいやいやいや」
俺は普通の皿で良かったのだが、ロボたちはこちらの意思など知ったことではない。彼らの中では「食事=フルセッティング」がデフォルトらしい。
気づけば食堂のテーブルには、白いテーブルクロスが敷かれ、銀の食器が整然と並び、中央にはどこから持ってきたのか一輪挿しの花まで飾られていた。
「お前ら、どこに花があったんだ……?」
ロボは答えない。キュルキュルと去っていった。
出来上がったのは、焼いた肉の塊とパンと野菜スープ。
料理としては実にシンプルだ。
だが、それが白磁の金縁皿に盛られ、銀のナイフとフォークが添えられ、シャンデリアの下で白いテーブルクロスの上に鎮座している。
場違い感がすごい。
焼肉定食がフレンチレストランに迷い込んだみたいだ。
* * *
通信でガルドを呼んだ。
「飯できたぞ。食いに来い」
「は? 航行中だぞ」
「オートパイロットにしろ。こっちもそうしてる。航路は安全圏だ。30分くらい問題ない」
ガルドが渋々ヴァナルガンドから小型シャトルでメーディアに乗り移ってきた。
食堂に入った瞬間、固まった。
「…………」
「座れよ」
「ケイト」
「何だ」
「何だじゃない。なんでシャンデリアの下に焼き肉が並んでるんだ」
「言っただろ。シャンデリアの下で食う飯だって」
「比喩だと思ってた」
「ガチだ」
ガルドが席に着いた。銀のナイフとフォークを手に取り、困惑した顔で肉を見ている。
「……これ、ナイフとフォークで食うやつか?」
「ロボがセッティングした。俺のせいじゃない」
「手で食っていいか」
「好きにしろ」
ガルドが肉を手で掴み、かぶりついた。
数秒の沈黙。
「…………美味いな」
「だろ」
「悔しいが美味い。味付けは雑だが、素材がいい」
「レグルスの市場で一番高い肉を買った。所持金の3分の1が飛んだ」
「……アホか」
「投資だ。腕のいい護衛の胃袋を掴むのは、立派な経営戦略だろ」
ガルドが肉を噛みながら、じろりとこちらを見た。
「お前、見た目のわりに計算高いな」
「見た目は関係ないだろ」
「関係ある。シャンデリアの下で経営戦略を語る人間を初めて見た」
整備ロボが音もなく近づいてきて、ガルドの手元に温かいおしぼりを差し出した。肉の脂で手が汚れたのを検知したのだろう。
ガルドが無言でおしぼりを受け取り、手を拭いた。
「……こいつら、気が利くな」
「喋らないけどな」
* * *
食事を終えてそれぞれの船に戻り、航行を再開して1時間。
順調な旅路は、やはり長く続かなかった。
センサーが反応した。前方、斜め右。接近する2つの反応。
IFF照合――敵性。
船体のシルエットを確認する。赤牙のマークが見えた。哨戒艦だ。ゲーム知識では、赤牙の哨戒艦はヴォルフ級より小型で弱いが、足が速い。逃げる獲物を追い詰めるための船だ。
「ガルド、前方に赤牙の哨戒艦が2隻。逃げるぞ」
通信を飛ばす。
返事は予想通りだった。
「逃げる? 2隻だろ? 俺がやる」
「おい待て。依頼の荷物が――」
「3分で終わらせる」
通信が切れた。
ヴァナルガンドが急加速し、海賊に向かって突っ込んでいく。
「おい! おい! 打ち合わせ! 作戦! 何もしてない!」
叫んでも無駄だった。ガルドの船は真っ直ぐ海賊に向かっている。
見ているしかない。
ヴァナルガンドの主砲が火を噴いた。
バフ込みの火力。攻撃力プラス15パーセント。元々が火力特化型の重装戦艦だ。そこにバフが乗ると何が起きるか。
1隻目の哨戒艦が、主砲の直撃を受けて爆散した。
1発で。
「……は?」
声が出た。ゲームの感覚でも、ヴォルフ級より弱いとはいえ1発は異常だ。バフの効果がこの世界ではゲーム以上に大きいのか、あるいはガルドの腕が化け物なのか。たぶん両方だ。
2隻目の哨戒艦がパニックを起こしている。僚艦が一瞬で消し飛んだのだ。無理もない。急旋回して逃げようとしている。
ヴァナルガンドの2射目。
直撃。爆散。
2隻合計、40秒。
「3分で終わらせる」じゃなかった。40秒で終わった。
俺は何をしていたかというと、メーディアの小型レーザー砲を一応撃っていた。
1隻目の哨戒艦に向けて、律儀に撃った。
当たった。
確かに当たった。光学カメラの映像で確認した。ビームが哨戒艦の装甲に着弾するのを、はっきり見た。
傷ひとつついていなかった。
着弾地点が一瞬チカッと光って、それで終わり。まるで懐中電灯を当てたみたいだった。
「…………」
知ってた。知ってたけど、実際に見ると心に来るものがある。
通信が入る。
「終わったぞ」
「……お疲れ。あと、お前の船に当てちゃったかもしれない」
「は?」
「嘘。海賊のほうに当てた。当たったけど効いてなかった」
「それは当てたと言わない」
正論だった。
* * *
第12中継点に到着。荷物を無事に引き渡し、依頼完了。
運送ギルドから通知が届いた。
【運送ギルド レグルス支部 依頼完了通知】
対象:ケイト/プリンセス・メーディア
依頼内容:物資運搬(レグルス→第12中継点)
輸送評価:A(時間内到着・荷物損傷なし)
特記事項:航路上で海賊と遭遇。護衛艦により排除。荷物への被害なし
報酬:200クレド
初の実績だ。
評価A。上々のスタートだろう。
200クレドを折半して、100クレドずつ。肉串50本分。
「……まあ、初回にしちゃ悪くない」
* * *
帰りの航路で、再びガルドをメーディアの食堂に招いた。
ロボたちが即座にテーブルをセッティングする。白いクロス、銀の食器、一輪挿し。今度は蝋燭まで立てやがった。
「おいケイト」
「俺じゃない。こいつらが勝手にやる」
「キャンドルディナーみたいになってるぞ」
「気にするな」
「気になる。男2人でこれは気になる」
蝋燭は撤去させた。ロボが不満そうに――いや、無言で去っていった。不満かどうかは分からない。分からないが、去り際のキュルキュルがいつもよりゆっくりだった気がする。
残り物のスープを温め直して、パンと一緒に出す。
ガルドが黙々と食べている。
「なあ、ガルド」
「あ?」
「今日の戦闘、40秒だったな」
「あいつらが弱かっただけだ。赤牙の哨戒艦なんざ、正面からやりゃ大したことねえ」
「バフの効果はどうだった」
ガルドがスプーンを止めた。
「……正直に言うと、でかい。15パーセントって数字以上に体感が違う。火力だけじゃなくて、船全体の反応が良くなる感じだ。あれは何なんだ」
「こいつのスキルだよ。こいつ自身は強くならないけど、周りを強くする。そういう船なんだ」
「変な船だ」
「知ってる」
ガルドがスープを飲み干した。
パンを千切りながら、ぼそりと言った。
「次の依頼も、受けてやる」
俺はスープの皿に顔を落として、にやけるのを隠した。
「そうか。じゃあ、次はもう少しいい肉を仕入れる」
「…………肉で釣られてるわけじゃねえからな」
「分かってる分かってる」
「分かってねえだろ絶対」
シャンデリアの下で、2人の男が不味いパンを食っている。
片方は戦闘力ゼロの運送屋で、もう片方はどこにも所属できない暴力野郎だ。
凸凹にもほどがある。
だが、今日、初めての依頼を完遂した。
肉串50本分の稼ぎと、「次も」の約束。
優雅な生活には程遠いが、1歩目としちゃ上出来だろう。
整備ロボが食器を片付けに来た。ガルドの使った皿を丁寧にアームで持ち上げ、パンくずを1粒残さず拾い集めている。
「……あいつら、パンくずにまで本気だな」
「この船のロボは、汚れに関しては宇宙最強だ」
「唯一の宇宙最強がそれかよ」
ガルドが笑った。俺も笑った。
メーディアのシャンデリアが、静かに2人を照らしていた。




