第4話 はじめての港町、キラキラお断り
ステーション・レグルスが見えたとき、俺はちょっとだけ泣きそうになった。
嘘だ。ちょっとじゃない。わりと本気で目頭が熱くなった。
転生してから何時間経ったのか正確には分からないが、体感では丸一日くらい。その間、話し相手は無言のロボだけ。宙賊に追われ、小惑星帯に逃げ込み、薄い紅茶を飲んで、ひたすら孤独と空腹に耐えた。
そして今、モニターの向こうに巨大な人工構造物が浮かんでいる。
ステーション・レグルス。中立宙域に位置する交易拠点。ゲームでは序盤の補給ポイントとしてお世話になった場所だ。外観も記憶通り。円柱型のメインブロックに、放射状にドッキングアームが伸びている。周囲には大小様々な船が行き交い、貨物コンテナが浮かび、作業用のドローンが飛び回っている。
生きている場所だ。人がいる場所だ。
「よし、入港する」
通信を開いて入港許可を申請する。手続きはゲームとほぼ同じだったが、1つだけ違った。
管制官の声が、やたら困惑していた。
「……えーと、そちらの船は、式典用の観光船ですか?」
「違う。運送屋だ」
「運送……。いや、失礼しました。ドッキングベイ17に誘導します。ただ、その……」
「何だ?」
「入港の際、もう少し光量を抑えていただくことは可能でしょうか。近隣の船舶から『眩しすぎる』との苦情が入っておりまして」
プリンセス・オーラ。視認性300パーセント。
消せない。消す方法がない。
「……すいません、停泊さえしたら何とかなるので…」
「左様ですか……」
管制官の溜息が通信越しに聞こえた。
* * *
ドッキングベイに入ったメーディアは、案の定、大変な注目を浴びた。
純白と金の船体が、無機質なベイの照明を反射してキラキラ輝いている。隣のベイに停泊している武骨な貨物船の乗組員たちが、作業の手を止めてこっちを見ている。
「なんだあれ……」
「どっかの貴族のヨットか?」
「小型艦にティアラついてんぞ。正気か?」
ひそひそ声が聞こえる。聞こえるというか、全然ひそひそになっていない。
メーディアのハッチを開けて外に出る。白い軍服に金のライン。デフォルトコスチューム。着替えがないのだ。
視線が集中する。
あの船から降りてきたのがこいつか、という目だ。
「…………」
堂々と歩く。堂々と。背筋を伸ばして。目立つことには慣れている。メーディアに乗っている時点で、目立たない選択肢は人生から消えている。
ステーションの内部は、ゲームの記憶よりも雑然としていた。金属の壁面にケーブルがむき出しで這い、天井の照明はところどころ切れている。通路には屋台のような店が並び、雑多な匂いが漂っている。
油の匂い。金属の匂い。焼いた肉の匂い。
肉。
腹が鳴った。
そうだ、まだ飯を食っていない。紅茶は飲んだが、固形物は転生してから一切口にしていない。
屋台の1つに吸い寄せられるように近づく。串に刺した肉を炙っている。何の肉かは知らないし、この際どうでもいい。
「これ、1本くれ」
「2クレドだ」
クレド。この世界の通貨単位。ゲームと同じだ。
財布を探る。軍服のポケットに、カード状のものが入っていた。電子マネーのようなもので、残高を確認する。
――437クレド。
多いのか少ないのか分からない。とりあえず肉は買えた。
かぶりつく。
「っ……!」
美味い。
脂が多くて、塩気が強くて、焼き加減は大雑把。だが、美味い。生きている味がする。温かくて、しょっぱくて、肉の繊維を歯が噛み切る感触がある。
紅茶の時は「味が薄い」とか文句を言っていた自分が恥ずかしい。腹が減っている時に食う肉は、何だって美味い。
2本目を買った。残高433クレド。
* * *
腹を満たしてから、運送ギルドに向かった。
ステーション内の案内板を頼りに歩くこと10分。『レグルス運送ギルド支部』と書かれた看板を見つけた。
中に入る。カウンターの向こうに、眼鏡をかけた中年の女性職員がいた。事務的な表情でこちらを見る。
「登録ですか?」
「ああ。フリーの運送屋として登録したい」
「船の情報をお願いします」
メーディアのデータを提出する。職員がモニターで確認し始めた。
3秒で眉が上がった。
「……プリンセス・メーディア。艦種、特殊支援型。武装、小型レーザー砲2門。Eランク。積載のうち41.7パーセントが装飾」
声に出して読むな。
「シャンデリア……玉座……ステンドグラス」
装飾リストを読み上げるのもやめてくれ。
「これで運送を?」
「できる。やる」
職員がこちらを見た。眼鏡の奥の目が、哀れみなのか呆れなのか判断しかねる光を帯びている。
「……登録自体は可能です。ただ、積載可能な貨物量は、通常の同サイズ艦の6割程度になりますが」
「知ってる」
「実績がゼロですので、受けられる依頼はDランク以下になります」
「構わない」
「護衛なしの単独航行は推奨しません。この宙域は海賊の活動が確認されていますので」
「知ってる。さっき追いかけられた」
職員が一瞬、ペンを止めた。
「……無事だったんですか」
「見ての通り」
「それは……運が良かったですね」
運じゃない。プレイヤースキルだ。とは言えないので、黙って頷いた。
登録完了。フリーの運送屋、ケイト。ランクD。実績ゼロ。信用ゼロ。
スタートラインとしてはこんなもんだろう。
* * *
ギルドの掲示板を眺める。
依頼はそこそこ出ている。物資運搬、旅客輸送、資材回収、緊急配達。ランクによって受けられる依頼が制限されている。
Dランクで受けられるのは、近距離の物資運搬がほとんどだ。報酬は50から200クレド。
「50クレド……肉25本分か」
計算の基準が肉串になっている自分に気づいて苦笑する。
旅客輸送の依頼もあるが、こちらはCランク以上が条件だ。「乗客の安全を保証できる実績が必要」とのこと。まあ、そりゃそうだ。実績ゼロの船に客は乗せられない。
掲示板を見ながら考える。メーディアの強みは何か。
積載量は少ない。武装はゴミ。だが、見た目は豪華で、機動性は高い。
つまり、少量の荷物を速く、安全に運ぶ仕事なら向いている。いわゆる急行便だ。
あとは旅客。メーディアの内装はこの世界でもトップクラスに豪華なはず。ランクさえ上がれば、高級旅客輸送の依頼を狙える。VIP向けのクルーズとか。
「まずは実績を積むしかないか」
Dランクの物資運搬を何件かこなして信用を作る。地道だが、それが一番確実だ。
だが、1つ問題がある。
護衛がいない。
さっきの海賊の件で痛感した。この宙域は安全じゃない。メーディア単艦での航行は、生き残れはするかもしれないが、荷物の安全は保証できない。依頼を受ける以上、荷物を無事に届ける義務がある。
「誰か護衛を雇うにしても、金がない。433クレドじゃ……」
肉216本分。護衛は雇えない。
* * *
とりあえず酒場に行くことにした。
情報収集だ。ゲームでも、酒場はNPCから情報を聞き出す定番スポットだった。この世界でもそれは変わらないだろう。
ステーションの下層にある酒場『メルトダウン』。名前が不穏だが、中に入ると意外と普通だった。カウンターがあり、テーブルがあり、薄暗い照明と酒の匂い。ゲームのグラフィックよりもずっと汚いが、活気はある。
カウンターに座って、一番安い酒を頼む。5クレド。残高428クレド。
酒は不味かった。だが、それより気になったのは周囲の視線だ。
「あいつだろ、あのキラキラした船の」
「式典用の船で運送やるとか言ってるらしいぜ」
「頭おかしいんじゃねえの」
噂の広がりが早い。小さいステーションだ。あんなド派手な船で入港すれば、そりゃ一瞬で知れ渡る。
無視して酒を飲む。情報は耳に入ってくるのを待つ。
この宙域の海賊は「赤牙」と呼ばれる集団が仕切っていること。最近、活動が活発化していて、単独航行の運送屋が何隻か襲われていること。中立ステーション周辺は比較的安全だが、星系間の航路に出ると危険度が跳ね上がること。
ゲームの知識と照らし合わせる。大筋は合っている。「赤牙」はゲームでも序盤の敵として出てきた海賊勢力だ。
「赤牙か……。ゲームだとこのあたりのイベントで掃討されるんだが」
小声で呟く。だが、この世界でゲームのイベントが起きる保証はない。
もう1口飲んだところで、酒場の空気が変わった。
* * *
「てめえ、もう1回言ってみろ」
低い、地鳴りのような声が酒場に響いた。
振り向く。奥のテーブルで、大柄な男が立ち上がっていた。
でかい。俺の頭1つ分は高い。肩幅も広い。革のジャケットの下に筋肉が盛り上がっているのが分かる。短く刈り込んだ赤毛に、顎に無精髭。目つきが完全に「殴る5秒前」だ。
対面に座っている3人組が、明らかにビビっている。
「い、いや、だから。うちの傭兵団に入りたいなら、審査があるって言ってるだけで……」
「審査に落ちたって言いたいのか? 俺が?」
「だ、だって、あんたの経歴に『上官殴打による除隊処分』って……」
「あいつは殴られて当然の野郎だった」
理屈になっていない。だが、声の迫力だけで3人組がテーブルごと後ずさりしている。
酒場の他の客は、慣れた様子で見て見ぬふりをしている。よくある光景なのだろう。
だが、俺の目は別のところを見ていた。
赤毛の男のジャケットの袖に縫い付けられたワッペン。船のシルエットが描かれている。ゲーム知識が反応した。
あの形。重装戦艦。しかも、かなり大型の。
――この男、船乗りだ。それも、火力型の。
3人組が退散した後、赤毛の男は乱暴にテーブルに座り直し、酒を一気に煽った。グラスをカウンターに叩きつける。
「もう1杯」
「ガルドさん、今日はもう4杯目ですよ……」
「うるせえ。注げ」
ガルド。
名前が聞こえた。
……ゲームには、その名前のNPCはいなかった。この世界のオリジナルだ。
酒場のマスターが苦笑しながら酒を注いでいる。
「また傭兵団の面接で揉めたんですか」
「揉めてねえ。向こうが喧嘩売ってきたんだ」
「審査に落ちたのは3回目ですよね」
「……4回目だ」
ガルドが不機嫌そうに酒を飲む。マスターが肩をすくめる。
俺はカウンターの端から、ちらちらとガルドを観察していた。
腕はいい。それは立ち居振る舞いで分かる。体の動かし方に無駄がない。酒場で立ち上がった時の重心移動も、訓練を受けた人間のそれだった。
だが、素行に問題がある。上官殴打で除隊。傭兵団の審査に4回落ちている。どこにも所属できない腕利き。
つまり、俺と同じだ。
スペックは持っているのに、居場所がない。
* * *
考えた。
3秒で結論が出た。
「なあ、あんた」
声をかけた。ガルドがこちらを向く。目つきが鋭い。「何だ」と口より先に目が言っている。
「仕事、探してるんだろ」
「……あ?」
「俺は運送屋だ。登録したばっかりで実績ゼロ。船はあるが護衛がいない。あんたは腕があるが所属がない。利害は一致してると思うが」
ガルドの目が細まった。品定めだ。
「お前、さっきからちらちらこっち見てたやつか」
バレてた。
「お前の船は?」
「ドッキングベイ17にいる」
「……ああ。あのキラキラしたやつか」
知ってるのか。まあ、このステーションで知らないほうが難しいか。
「あれで運送? 正気か?」
「よく言われる」
「武装は?」
「Eランクのレーザー砲が2門」
「……ゴミだな」
「知ってる。だから護衛が要る」
ガルドが酒を飲んだ。考えている。
「報酬は」
「依頼報酬の折半。対等だ」
「お前、俺の腕も知らねえのに雇うのか」
「さっき見た。あんたの動き、訓練受けてるだろ。それに、あのワッペン。重装戦艦乗りだ」
ガルドの眉が上がった。
「……目はいいな」
「目と操縦の腕だけが取り柄だ」
沈黙。5秒。10秒。
ガルドがグラスを空にした。カウンターに置く。
「1回だけだ。1回仕事してみて、話にならなかったら降りる」
「十分だ」
「あと、折半じゃなく6対4だ。護衛のほうがリスクが高い」
「5対5。飯は俺の船で出す」
「……飯?」
「シャンデリアの下で食う飯だぞ。その辺の酒場より雰囲気はいい」
ガルドが、初めて笑った。呆れたような、だが不快ではない笑い方だった。
「お前、変なやつだな」
「よく言われる」
こうして、俺は転生後初の仲間を得た。
火力バカの脳筋、ガルド。
乗る船は別々だが、次の依頼からは2隻で動ける。護衛つきの運送屋。信用ゼロのキラキラ船と、素行不良の腕利き。
凸凹にもほどがある。
だが、1人じゃなくなった。
それだけで、このステーションの不味い酒が少しだけ美味くなった気がした。




