第33話 おとぼけ3隻組
ノヴァ・セレーネ便の帰路。客を降ろした後の空荷航行――と言いたいところだが、今回は復路にも荷物がある。ノヴァ・セレーネの商社から預かった精密部品。レグルスの工場に届ける輸送依頼だ。
報酬35000クレド。往復で稼げるなら効率がいい。メーディアのカーゴに積んで、積載率は82パーセント。ちょっと重い。
航行5時間目。
「センサー反応。方位190。2隻。宙賊」
リーネの報告。いつもの流れだ。ノヴァ・セレーネ方面にはまだ小規模な宙賊がちらほらいる。
「2隻か。ガルド」
「見えてる」
メーディアが前に出て囮。オーラ全開。光って逃げる。宙賊2隻が食いつく。
ガルドがバフ圏内から全砲門斉射。1隻目のシールドを一撃で消し飛ばし、2射目でエンジンを潰した。行動不能。
2隻目が慌てて反転。逃げようとしたが、リーネの偽通信で一瞬動きが止まった。その隙にガルドが追いつき、主砲1発。シールド粉砕。もう1発。エンジン停止。
開始から終了まで、1分半。
「終わり」
「終わりだな」
もはや作業だ。小規模宙賊2隻程度では、ガルドのウォーミングアップにもならない。
* * *
戦闘後。リーネがいつも通り残骸のスキャンを行っていた。
宙賊の残骸からは、たまに使える部品が見つかることがある。だが、普段は大したものは出ない。壊れた装甲板と焼けた配線がほとんどだ。
だが、今日は違った。
「ケイト。ちょっと待って」
リーネの声が変わった。いつもの淡々としたトーンから、ほんの少しだけ上ずっている。リーネが上ずるのは珍しい。
「あの残骸の中に、面白い反応がある」
「面白い反応?」
「エルドリウム合金」
エルドリウム。
ゲーム知識が反応した。宇宙船の超伝導回路に使われる超貴重素材。ゲーム内では最高レアの素材カテゴリだった。
「エルドリウム? あの宙賊が積んでたのか」
「積んでたというか、船体の構造材に組み込まれてるわ。あの宙賊の船、元々は軍の払い下げ品みたいね。超伝導回路にエルドリウムが使われてるんだけど、構造材と一体化してるから、構造材ごと切り出して精錬所に持ち込むしかない」
リーネが端末で計算した。
「エルドリウムが船体の構造材に組み込まれてるから、宇宙空間で純素材だけ抜くのは無理。構造材ごと切り出して精錬所に持ち込む必要がある。2隻分の構造材で合計約80トン。精錬後のエルドリウムの売却想定で、220000クレド以上」
220000。
「……回収しないと損だろ、それ」
ガルドが通信越しに言った。
「同感。あれを放置するのは、お金を宇宙に捨てるのと同じよ」
リーネも珍しく強い口調だ。220000クレド分のエルドリウムが、目の前の残骸の中に眠っている。回収すれば、こいつの維持費が数ヶ月分まかなえる。
* * *
回収したい。したいが。
「メーディアの積載、今いくつだ」
「82パーセント。ノヴァ・セレーネの精密部品が入ってる」
82パーセント。構造材は2隻分で合計80トン。輸送依頼の荷物で積載が埋まってる今、80トンの余裕なんてない。物理的に無理だ。
「80トンか。こいつじゃ積めないな。ガルド、お前のとこは」
「無理だな。弾薬と装甲で余剰スペースがない。80トンなんて論外だ」
ヴァナルガンドは重装戦艦だ。火力と装甲に全振りしている。カーゴスペースは最小限。自分の弾薬と消耗品で精一杯。
「リーネは」
「ヘルメティカはセンサーと通信機器でいっぱい。80トンどころか10トンですら厳しいわ」
ヘルメティカは電子戦艦だ。艦内がデータ処理装置と高感度センサーで埋まっている。
3隻。全部ダメ。
「……そろいもそろって、積載がポンコツなのかよ。今に始まった話じゃないけどさ」
「ポンコツじゃねえ。特化だ」
「特化=ポンコツね」
「リーネ、否定してくれよ」
「事実だから否定できないわ。うちの3隻は火力と電子戦と……あんたは、装飾に特化してる。積載は全員ゴミ」
俺が一番ゴミのようだ。
だが事実だ。俺たちのチームには「荷物を積む」能力が致命的に欠けている。戦闘はできる。情報収集はできる。客室サービスはできる。だが、余剰の荷物が積めない。
目の前に220000クレドが浮かんでいるのに、手が届かない。
* * *
諦めるか。
いや、諦めたくない。220000クレドだ。こいつのシャンデリアが何回直せると思ってるんだ。
「リーネ、この辺りを航行中の船はいないか」
「探すわ」
リーネがセンサーを広域スキャンに切り替えた。30秒後。
「1隻いる。中型の輸送船。方位045、距離120キロ。こちらに向かってきてる。航路が近いだけかもしれないけど」
「通信を繋いでくれ」
通信が繋がった。
「こちらは運送ギルド所属、プリンセス・メーディアのケイトです。お近くを航行中の輸送船に、お話があるんですが」
「こちらはフリーの輸送船ゼーベック。船長のゴルツです。何でしょう」
ゴルツ。太い声。ぶっきらぼう。商売人の声だ。
「デブリの回収を手伝っていただきたい。宙賊の残骸に貴重な素材が含まれています。回収して売却すれば、かなりの金額になります。報酬は折半でどうですか」
5秒の間。
「折半ねえ」
ゴルツの声のトーンが変わった。値踏みの声だ。
「話は分かった。で、あんたらは回収できないんだろう? 積載が足りなくて」
「……そうです」
「つまり、うちがいなきゃ回収できない。あんたらだけじゃどうにもならない」
足元を見てきた。分かっている。こっちが「積めない」と言った時点で、交渉の主導権は向こうにある。
「いやあ、回収作業ってのは危険ですからね。残骸に近づくのはリスクがある。それに、うちの積載スペースを使うわけでしょう。うちが7で、そちらが3でどうです」
3対7。
220000クレドの3割は66000。7割は154000。
こっちが宙賊を倒して、リーネがスキャンして、エルドリウムを発見した。それなのに取り分が3割。
舐められている。
* * *
「それは受けられない」
俺は即座に言った。
「宙賊を倒したのは俺たちだ。残骸を発見したのも俺たちだ。あんたは積むだけだろ。5対5。これ以上は下げない」
「5対5ねえ。だけどね、あんた。積めなきゃゼロだろう? 3割でもゼロよりマシじゃないか」
正論だ。クソ正論だ。積めなければ220000クレドは宇宙のゴミになる。3割でも66000が手に入る。ゼロよりマシ。
だが、66000で妥協するのは気に食わない。
「リーネ」
「何」
「残骸のスキャンデータ、こいつに送れるか」
「送れるけど。なんで」
「いいから」
リーネがスキャンデータの一部をゴルツの船に送信した。エルドリウムの含有量と位置を示すデータ。だが、全部ではない。一部だけ。
「ゴルツさん。今送ったデータ、見てくれ」
「……ほう。こりゃ確かに、いい反応だな」
「今送ったのは残骸1隻分のデータだ。もう1隻にもエルドリウムがある。だが、どこにあるかはうちのスキャンデータにしか出てない」
ブラフではない。事実だ。リーネのヘルメティカのセンサーは軍用レベルだ。ゴルツの輸送船のセンサーでは、エルドリウムの正確な位置は特定できない。闇雲に解体しても見つけられない。
「それに、5対5は譲歩さ。交渉決裂ならさ、うちの火力馬鹿がせっかくのお宝、消し炭にしちゃうかもよ?棚ぼた逃すには惜しくないかい?」
ガルドがエネルギーチャージを始める。
—―10秒の間。
「……やるねえ、あんた」
ゴルツの声が変わった。感心した声。商売人は駆け引きが分かる人間を認める。
「分かった。5対5だ。データをよこしな」
「成立だ。リーネ、残りのデータを送ってくれ」
「了解」
* * *
ゴルツのゼーベックが残骸に接近し、回収作業を行った。
エルドリウムを含む構造材を残骸から切り出し、ゼーベックのカーゴに積み込む。作業は2時間かかった。
その間、ガルドが周囲を警戒し、リーネが回収箇所を指示し、俺はメーディアの操縦席でぼんやり待っていた。
ぼんやり。
220000クレドが目の前で他人の船に積まれていく。半分は俺たちの取り分。でも、もう半分は他人のもの。
こいつに積載スペースがあれば。
ガルドの船に余裕があれば。
リーネの船に空きがあれば。
どれか1つでも「積める船」があれば、220000クレドは丸ごとうちのものだった。
回収完了。
「査定は精錬所に持ち込んでからだが、概算で220000前後。5対5で110000ずつ」
「110000か。悪くねえ」
ゴルツが満足そうに言った。2時間の作業で11000クレド。ゴルツにとっては最高の臨時収入だろう。
「あんた、メーディアの艦長だろ。噂は聞いてるよ。キラキラのお姫様専用機だって」
「……まあ」
「宮殿みたいな船で運送やってるのも大概だが、宙賊を倒してデブリ回収できないのも大概だな。あんたの船、荷物積めないだろ」
「分かってるよ」
「輸送艇の1隻でもチームにいたら、こんな損はしないのにな。もったいない」
もったいない。ブルクハルト氏に言われた言葉と同じだ。あの時は「接客体制がもったいない」。今度は「積載がもったいない」。
もったいない、ばかりだ。
「じゃあ、これで。縁があったらまた」
「ああ。ありがとう」
ゴルツのゼーベックが去っていった。220000クレド分のエルドリウムを積んで。うちの取り分は110000。
110000。悪くない額だ。だが、220000だったはずだ。
* * *
レグルスへの帰路。メーディアの食堂。3人。
ロボが3人分のセッティング。花が3つ。紅茶が3杯。
エルドリウムの売却は、レグルスの素材商に持ち込む予定だ。ゴルツとの分配は、素材商の査定が出た後に振り込む形で合意している。
ガルドが肉を噛みながら言った。
「110000は入るけどよ。220000だったはずなんだよな」
「言うなよ。分かってる」
「肉串で言うと」
「言うな」
「55000本分損してる」
「言うなって言っただろ!」
リーネが紅茶を飲みながら、淡々と言った。
「今回の件で分かったことが1つあるわ」
「何だ」
「うちのチームは、戦闘力と情報力はAランク。でも積載力はEランク。穴があるのよ。大きな穴が」
「Eって最低じゃないか」
「最低よ。3隻いて80トンの余裕がないんだから。Eでも甘いくらい」
ガルドが腕を組んだ。
「俺の船は火力に全振りしてるからな。積載スペースは犠牲にした」
「わたしの船もセンサーに全振り。カーゴなんて50キロ分もない」
「こいつは装飾に40パーセント超食われてる。カーゴに回せる分が少ない」
3隻とも、それぞれの理由で積載がゴミ。火力特化、電子戦特化、宮殿特化。
「特化3隻。聞こえはいいが、荷物が積めないずっこけ3隻組」
「積載に特化した船が1隻いれば、解決するのにね」
リーネがさらっと言った。
さらっと。何気なく。
……意図的かどうかは分からない。リーネは事実を述べただけだ。チームに輸送特化の船がいれば、積載問題は解決する。論理的に正しい。
「分かってるよ」
俺はそれだけ答えた。
分かっている。チームに足りないのは積載力だ。輸送ができる船が1隻いれば、デブリ回収もできるし、輸送依頼の幅も広がる。
だが、今はいない。見つかっていない。
* * *
夜。メーディアの艦橋。
シャンデリアの光を見上げる。
今日、110000クレド稼いだ。だが、220000だったはずの案件だ。差額の110000は、積載がなかったせいで他人に持っていかれた。
ゴルツに言われた。「輸送艇の1隻でもチームにいたら」。
リーネに言われた。「積載に特化した船が1隻いれば」。
分かっている。分かっているが、今すぐどうにかなる問題じゃない。
こいつのカーゴは装飾に食われている。ガルドの船は弾薬に食われている。リーネの船はセンサーに食われている。
3隻とも、自分の得意なものに積載を捧げている。
だから強い。だから稼げる。だから生き残ってきた。
だが、積めない。
今日の損失、110000クレド。肉串55000本。
痛い。地味に痛い。
だが、まあ。110000は入ったんだ。ゼロじゃない。
ゼロよりマシ。ゴルツの正論だ。気に食わないが、正論だ。
「……積める船、いたらなあ」
呟いた。
誰にも聞こえていない。




