第27話 昨日の紳士は、明日の友?
姫プレ」
ハンスの件から1週間。
2000クレドの授業料は高かった。だが、学んだことは多い。傭兵は実績の数字だけで選ぶな。戦場で逃げるやつは事前に見抜け。そして何より――信用できる相手を、ちゃんと信用しろ。
ヴェルナーに借りがある。紅茶1杯分、と彼は言った。だが、戦場で命を助けてもらっておいて「紅茶1杯分」で済ませるのは俺の気が済まない。
次は正式に金を払って頼む。プロにはプロの対価を。
* * *
ギルドにノヴァ・セレーネ便の依頼が入った。
今回はちょっと特殊だ。
【VIP輸送依頼 Aランク】
依頼主:ノヴァ・セレーネ商工会議所
内容:商工会議所の幹部夫妻の往復輸送(レグルス⇔ノヴァ・セレーネ)
報酬:10000クレド(往復)
備考:最高品質の船旅を希望。護衛必須。
10000クレド。往復で。過去最高額だ。
商工会議所の幹部。ノヴァ・セレーネの経済界の重鎮だ。この依頼を成功させれば、ノヴァ・セレーネでの評判がさらに上がる。
「護衛必須、か」
ノヴァ・セレーネ方面にはまだ小規模な宙賊がいる。VIPを乗せての航行だ。万全を期したい。
ガルドだけでも足りる。前回の宙賊3隻程度なら、ガルドの火力で十分だ。
だが、VIPが乗っている。「万が一」は許されない。
もう1隻、護衛が欲しい。
そして今回は、ハズレを引くわけにはいかない。
* * *
ヴェルナーに連絡を入れた。
前回カリストで交換した連絡先。使うのは初めてだ。
通信が繋がった。
「ケイトさん。お久しぶりです」
「久しぶり。仕事の話なんだが、今いいか」
「もちろんです」
「護衛を依頼したい。正式に。金を払う」
3秒の間。
「……正式に、ですか」
「前回のサービスはありがたかったが、タダで借りを作ったままは性に合わない。今回はプロとして依頼する。報酬は相場で」
ヴェルナーが微かに笑ったのが、声で分かった。
「お受けします。料金は……そうですね、Aランク随伴の相場で3000クレドでいかがですか」
「ハンスが2000だったから、安すぎないか」
「お気遣いありがとうございます。ですが、初回のお取引ですので。信頼関係ができてから、改めて調整しましょう」
「それもそうだな。3000で頼む」
「ありがとうございます。詳細をお聞かせください」
淡々と、プロの会話が進む。航路、日程、想定される脅威、VIPの情報。ヴェルナーは必要な情報だけを聞き、余計な質問をしない。仕事ができる人間の聞き方だ。
ハンスの「任せてくださいよ」との差が、通信越しでも歴然だった。
* * *
出航前日。レグルスのドッキングベイで準備をしていた。
食材を積み込み、客室のセッティングを確認し、ロボにフルサービスモードの最終チェックをさせる。商工会議所の幹部だ。接客の質を最高にしておかなければ。
シャルロッテがいてくれたら楽なんだが――と、一瞬思って、やめた。彼女は自分の船でやると決めたのだ。
ドッキングベイの端で、見覚えのある金髪が見えた。
シャルロッテだ。自分のボロ船――いや、修理が終わって「ボロ」は失礼か。小さな輸送艇の前で、荷物を積み込んでいた。
「お、シャルロッテ。元気そうだな」
「あ、ケイトさん。ご無沙汰しております」
顔色が前より良かった。目の下の隈が薄くなっている。食べてるな。ちゃんと食べてる。
「仕事はどうだ」
「少しずつですけれど、取れるようになりましたわ。レグルス内の近距離輸送が多いですけれど」
「近距離でいいんだよ。まずは実績を積むのが大事だ」
「はい。ケイトさんのおかげです。ギルドの窓口でケイトさんの名前を出したら、態度が変わりまして」
「俺の名前っていうか、こいつの名前だろ」
「プリンセス・メーディアのバイトでした、と言ったら『あのキラキラの!?』って」
こいつの知名度が、こんなところでも効いている。
「あと、リーネさんがセンサーの調整をしてくださって。おかげで航行がずいぶん楽になりましたわ」
リーネ、いつの間に。言ってなかったぞ。
「ケイトさんも、お仕事ですか」
「ああ。VIP輸送。ノヴァ・セレーネまで」
「まあ、素敵ですわね。お気をつけて」
「ありがとう。お前もな」
軽く手を上げて別れた。
小さな輸送艇の前で、まっすぐな背筋のシャルロッテが手を振っていた。作業着はまだくたびれているが、表情が明るい。
大丈夫そうだ。なんとかしてる。彼女が言った通り。
* * *
出航日。
ドッキングベイにグラオザームが入ってきた。
灰青色の装甲。オレンジのライン。砲塔6基。前に見た時は敵として、その次は救援者として。今日は、味方として。
ヴェルナーが通信に入った。
「ヴェルナー、定刻通りです。本日はよろしくお願いします」
「よろしく。編隊のポジションは」
「後方左翼。ガルドの反対側だ」
「了解しました」
了解しました。「了解っす」じゃない。それだけで安心する。ハンスのトラウマだ。
ガルドの通信が入った。
「……ヴェルナーか」
「ああ。今回の護衛だ。問題あるか」
「ねえよ。ただ、隣に並ぶのは変な気分だ」
「殴り合った相手だからな」
「殴り合った相手だからこそ、動きは分かる。やりにくくはない。やりにくくはないが、変な気分だ」
正直な男だ。こういうところがガルドらしい。
VIPの客が乗艦した。商工会議所の幹部、ミュラー夫妻。50代。品のいい夫婦だ。
メーディアの艦内に入った瞬間、目を見開いた。
「おお……これは見事だ」
「噂には聞いていたけれど、想像以上ね」
いつもの反応。だが、VIPの反応だ。この反応が10000クレドに繋がる。大事にする。
整備ロボがフルサービスモードで出迎え。荷物を運び、客室に案内し、紅茶を出す。完璧な一連の流れ。
シャルロッテがいない分、接客は俺がカバーする。彼女のような優雅さはないが、丁寧にやる。
「ごゆっくりどうぞ。紅茶のお代わりはいつでも」
「ありがとう。素晴らしい船だ、ケイトさん」
素晴らしい船。こいつが褒められるのは慣れた。慣れたが、悪い気はしない。
* * *
4艦編隊で出航。
メーディア、ヴァナルガンド、ヘルメティカ、グラオザーム。
宮殿、葬儀場、通信基地局、そして灰青の傭兵艦。
統一感は相変わらずない。だが、戦力としては今までで最強の編隊だ。
航行が始まると、すぐに分かった。
ヴェルナーの位置取りが完璧だった。
後方左翼。ガルドの反対側。指示通りの位置に、微動だにせず留まっている。編隊の形を崩さない。加速も減速も、こちらに合わせて滑らかに調整する。
ハンスは位置取りがズレまくっていた。ヴェルナーは1ミリもズレない。
そして、ガルドとヴェルナーの関係が、航行中に少しずつ見えてきた。
2人は会話をしなかった。
通信は必要最低限。位置確認の報告だけ。雑談ゼロ。
だが、動きが噛み合っている。
ガルドが少し前に出ると、ヴェルナーが自然に後ろを絞める。ヴェルナーが外側に広がると、ガルドが内側を詰める。示し合わせていない。だが、互いの動きを読んで、自動的に補完している。
殴り合った相手だから、動きが分かる。あの激闘で、互いの操艦パターンを体に叩き込んだ。それが今、連携として機能している。
リーネが通信で言った。
「あの2人、相性いいわね」
「戦った相手が一番のパートナーになるってやつか」
「少年漫画みたいね」
「言うな」
* * *
航行6時間目。ノヴァ・セレーネ方面の宙域。
「センサー反応。方位310。3隻。小型艦。宙賊」
リーネの報告。想定していた遭遇だ。ノヴァ・セレーネ方面にはまだ小規模な宙賊がいる。
「3隻か。作戦は」
「シンプルに。ケイトが引きつけて、ガルドとヴェルナーで叩く」
「ヴェルナー、聞こえてるか」
「聞こえています。プリンセスが囮に出るなら、右翼から回り込みます。ガルドさんは左翼を」
「プリンセス?」
「プリンセス・メーディア。お美しい艦ですから、そう呼ばせていただいています」
こいつを「お美しい」と言う男がいるとは。俺は「こいつ」呼びなのに。
「……好きに呼んでくれ。ガルド、左翼頼む」
「分かった」
ガルドが「ガルドさん」と呼ばれて微妙な顔をしたのが、声で分かった。呼び方が丁寧すぎて居心地が悪いのだろう。船には敬称をつけるのに。
メーディアが前に出た。オーラ全開。
宙賊3隻が食いついた。いつもの光景だ。キラキラの宮殿が現れたら、宙賊は寄ってくる。蛾みたいに。
回避しながら引きつける。豆鉄砲を撃ち返す。チカッ。効かない。いつものことだ。
「十分引きつけた。ガルド、ヴェルナー。行け」
左翼からヴァナルガンド。右翼からグラオザーム。
2隻が同時に射程に入った。50キロ圏内。プリンセス・オーラの攻撃力プラス15パーセントが、2隻に乗った。
全砲門斉射。
左から。右から。同時に。
宙賊の1隻目が、ガルドの主砲で消し飛んだ。
2隻目が、ヴェルナーの精密射撃でエンジンを撃ち抜かれた。
3隻目が反転して逃げようとした。ガルドが追い、ヴェルナーが射線を切った。逃げ道がない。3隻目が減速して投降の信号を出した。
開始から終了まで、40秒。
40秒。
ガルド1人なら2分はかかっただろう。ヴェルナーが加わるだけで、時間が3分の1になった。
「……こいつのバフが2人に乗ると、こうなるのか」
声に出た。
プリンセス・オーラ。味方にプラス15パーセント。味方が1人の時は「ガルドが強くなる」だけだった。味方が2人になると、効果が倍になるんじゃない。2人の連携にバフが乗ることで、効果が掛け算になる。
挟撃にバフ。これは強い。強すぎる。こいつの50キロ以内に、ガルドとヴェルナーの2人が入ったら、中規模の宙賊なら瞬殺だ。
こいつのバフが、初めて「壊れ性能」に見えた。
* * *
VIPのミュラー夫妻が客室の窓から外を見ていた。
「何か光りましたが……」
「小さなトラブルがありましたが、すでに解決しました。ご安心ください」
「護衛が3隻もいるのね。心強いわ」
「今回は特別に増員しています」
40秒で終わったことは言わなかった。言ったら逆に不安にさせる。「一瞬で敵が消えた」は、安心じゃなくて恐怖だ。
紅茶を出し直した。ロボが焼き菓子を添えた。ミュラー夫人が微笑んで紅茶を受け取った。
何事もなかったかのように、航行は続く。
* * *
ノヴァ・セレーネ到着。VIPを無事に送り届けた。
ミュラー氏が降り際に握手を求めてきた。
「素晴らしい船旅だった。次もぜひお願いしたい」
「ありがとうございます。いつでもお声がけください」
チップが5000クレド。報酬の半額。VIPのチップ感覚はやはりおかしい。ありがたいが。
ヴェルナーに報酬を支払った。
ノヴァ・セレーネのドッキングベイ。グラオザームの前で。
「3000クレド。確認してくれ」
「確かに。ありがとうございます」
「こっちこそ。いい仕事だった」
「光栄です。ガルドさんとの連携は、予想以上にスムーズでした」
「殴り合った相手だからな」
「ええ。あの方の操艦パターンは体に覚えています。逆もそうでしょう」
逆もそうだろう。ガルドもヴェルナーの動きを体で覚えている。だから、通信なしで連携できる。
「また依頼するかもしれない」
「いつでもどうぞ。良いお客様です」
良いお客様。金を払う側が「お客様」と呼ばれるのは当然だが、ヴェルナーに言われると妙に格式が出る。
「前回のサービス分、これで返済したことにしてくれ」
「サービスは投資だと申し上げました。投資は回収できたようです」
「何が回収できたんだ」
「信頼です。次の依頼をいただけたこと自体が、リターンです」
この男は全部をビジネスの言語で語る。だが、その言葉の裏に、悪意がないことは分かるようになった。
「じゃあ、次もよろしく」
「ええ。またお声がけください。……プリンセスのお供は、いつでも喜んで」
「お供って……まあいいか」
軽い会釈。グラオザームのハッチに消えていった。
お供、と来た。こいつを「プリンセス」と呼び、自分を「お供」と呼ぶ。騎士気取りか。いや、傭兵だから騎士じゃないか。護衛か。
……なんかこう、こいつの周りに「騎士」が増えていく感じがするのは気のせいか。
* * *
帰路。ノヴァ・セレーネからレグルスへ。3艦編隊に戻った。
メーディアの食堂。いつものテーブル。3人。
ロボが3人分のセッティング。紅茶が3杯。花が3つ。
ガルドが肉にかぶりついた。
「ヴェルナー、やっぱり強いな」
「認めるのか」
「認めるも何も、事実だろ。あの射撃の正確さは俺にはない。俺は火力で押すタイプだが、あいつは精密に抜くタイプだ。方向性が違うから、組み合わさると厄介なことになる」
「厄介って、味方なんだけど」
「敵にとって厄介ってことだ。……悔しいが、やりやすかった」
ガルドが「悔しいが」と言った。殴り合った相手を認めるのは、この男にとって簡単なことじゃない。だが、認めた。
リーネが紅茶を飲みながら言った。
「40秒。3隻を40秒。バフが2人に乗ると、こうなるのね」
「こいつのバフ、味方が増えると掛け算になるんだな」
「50キロ圏内に火力艦が2隻。攻撃力プラス15パーセントが同時に乗って、挟撃。……計算上、通常の4倍以上の制圧力になるわ」
「4倍……」
「あの男を味方にできるなら、安い投資よ。3000クレドで4倍の戦力が手に入る」
「リーネの口から投資って言葉が出ると、ヴェルナーに似てきたなって思う」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
紅茶を飲んだ。今日の茶葉は上等だ。VIPに出すために仕入れた残りだが、十分に美味い。
こいつのバフが2人に乗った時の威力を、今日初めて体感した。
50キロ。相変わらず狭い。狭いが、その50キロの中にガルドとヴェルナーがいたら、たいていの敵は40秒で消える。
姫が光って、騎士が2人で殴る。
――姫って言うな。誰にも聞こえてないけど。
シャンデリアの光を見上げた。
こいつのバフは、味方を強くする力だ。自分は何も強くならない。
だが、味方が増えれば増えるほど、こいつの価値も上がる。
1人にバフを乗せるより、2人に乗せたほうが強い。3人なら、もっと。
こいつは、仲間が多いほど輝く艦なのかもしれない。
……まあ、仲間がいなくても光ってるけど。物理的に。消せないから。




