第26話 教訓
ギルドの掲示板に、高額の依頼が出ていた。
【緊急輸送依頼 Aランク】
依頼主:ノヴァ・セレーネ医療機構
内容:医療物資の緊急輸送(レグルス→ゼクス方面中継ステーション)
航路:レグルス=ゼクス間ルート7(危険宙域指定)
報酬:8000クレド
備考:航路上に宙賊残党の活動を確認。護衛推奨。
8000クレド。
定期便2回分だ。1回の輸送で。
「危険宙域か……」
ゼクス方面。赤牙の旧本拠地がある方向だ。赤牙のカリスト方面艦隊は壊滅したが、残党がゼクス周辺に散在している。正規軍が掃討しきれていない小規模な連中が、まだうろうろしている。
「リーネ、この航路の危険度は」
「ルート7は赤牙壊滅後も宙賊の目撃情報が多い。残党に加えて、赤牙がいなくなった隙に入り込んだ別の小規模宙賊もいる。3隻から5隻程度の集団が複数報告されてるわ」
「3隻なら花道でいける。5隻だとガルドがキツいな」
「しかも積荷が医療物資。振動に弱いものがある。機雷の展開は慎重にしたほうがいい」
花道が使いにくい。積荷の制約だ。
「もう1隻、護衛を雇ったほうがいいわね」
リーネの提案は妥当だ。危険宙域で5隻相手に3隻は心もとない。もう1隻いれば余裕ができる。
「傭兵を探すか」
* * *
ギルドの傭兵リストを見た。
Aランクの依頼に随伴できるレベルの傭兵。レグルスに常駐している中から、スケジュールが合う者を探す。
候補は3人いたが、2人は別の依頼で出払っていた。残った1人。
【傭兵登録情報】
名前:ハンス・グリューネヴァルト
艦船:中型戦闘艦『ドルンビルト』(全長85m)
ランク:B
実績:護衛任務62件完了。戦闘経験あり。
料金:2000クレド/1依頼
62件。数字だけ見れば十分なベテランだ。Bランクで2000クレド。相場としてはやや安い。
面接した。ドッキングベイで会ったハンスは、30代後半の男だった。顎髭を生やして、ニヤニヤしている。
「ハンスです。よろしくお願いしますよ、Aランクさん」
態度が軽い。
「危険宙域の護衛だ。宙賊との戦闘がある可能性が高い。大丈夫か」
「任せてくださいよ。62件こなしてるんですから」
「戦闘経験は」
「ありますあります。何度か撃ち合いしてますよ」
何度か。具体的な数を言わないのが引っかかった。だが、他に候補がいない。
リーネに小声で聞いた。
「どう思う」
「実績の数字は本物。ただ、62件の内訳が気になるわね。安全な航路の護衛ばかりだと、実戦経験が薄い可能性がある」
「他にいないんだよな」
「いないわね。タイミングが悪い」
「……仕方ない。雇う」
2000クレドを前払いした。8000の報酬から引いて、実質6000。それでも十分な稼ぎだ。
ガルドに通信で報告した。
「傭兵を1人雇った。ハンスってやつだ」
「知らねえな。強いのか」
「実績は62件。Bランク」
「数だけじゃ分からんぞ。まあ、いればいたで助かるが」
ガルドの感想は妥当だった。数だけじゃ分からない。
* * *
翌日。4艦編隊で出発した。
メーディア、ヴァナルガンド、ヘルメティカ、そしてハンスのドルンビルト。
宮殿、葬儀場、通信基地局、そして……なんだろう。ドルンビルトは特徴のない中型艦だった。強いて言えば「普通」。看板がない居酒屋みたいな艦だ。
メーディアのオーラが光っている。4艦の中でこいつだけが圧倒的に目立つ。いつものことだ。
「ハンス、編隊のポジションは後方右翼。ガルドの反対側だ。何かあったら、ガルドと挟み込む形で動いてくれ」
「了解っす」
了解っす。
嫌な予感がした。軍隊経験がある人間は「了解」と言う。ガルドもリーネもそうだ。「了解っす」は、そうじゃない人間の言い方だ。
だが、出発してしまった。今さら引き返せない。
* * *
ゼクス方面ルート7。
星の密度が低い宙域だ。暗い。カリストの青白い星もノヴァ・セレーネの橙色の星もなく、ただ暗い空間が広がっている。ゲーム時代の記憶では「辺境の不毛地帯」として扱われていた場所だ。
航行3時間目。
「センサー反応。方位070。5隻。接近中」
リーネの声が鋭い。
「5隻か。想定の上限だな」
「小型哨戒艦4隻と、中型艦1隻。残党の寄せ集めね。統率は取れてなさそう」
統率が取れてない寄せ集め。それ自体は与しやすい相手だ。だが5隻は多い。
「作戦。俺が囮で引きつける。ガルドとハンスで叩け。リーネは偽通信で敵を散らしてくれ」
「了解」
「了解っす」
「了解」
よし。行ける。4隻ならいける。
* * *
メーディアが前に出た。オーラ全開。キラキラの宮殿が暗い宇宙に光を撒き散らす。
宙賊が食いついた。5隻がこちらに向かってくる。暗い宙域で光る宮殿は目立ちすぎる。ある意味、こいつの独壇場だ。
「全艦来た。引きつける」
急旋回。逃走開始。ビームが飛んでくる。5隻分。多い。回避しながら操縦桿を握る。
「ガルド、右翼から。ハンス、左翼から挟め」
「行く」
「りょ、了解っす!」
ガルドのヴァナルガンドが右翼から突入した。バフ圏内。全砲門斉射。哨戒艦の1隻が一瞬で消し飛んだ。
残り4隻。
左翼から、ハンスのドルンビルトが……。
来ない。
「ハンス! 左翼だ!」
「い、今行きます!」
ドルンビルトが遅れて左翼に回った。遅い。位置取りがずれている。ガルドの反対側に入るはずが、ガルドの斜め後ろにいる。挟み込みになっていない。
砲撃。ドルンビルトの主砲が火を噴いた。
外れた。
宙賊の哨戒艦に向けて撃ったが、着弾しない。射角がずれている。
「当てろ!」
「すみません! もう1発……!」
2発目。かすった。シールドの端をかすっただけ。ダメージはほぼゼロ。
ガルドが通信で吼えた。
「おい、そこ邪魔だ! 俺の射線に被ってる!」
「す、すみません!」
ハンスのドルンビルトがガルドの射線上にいる。ガルドが撃てない。友軍誤射の危険がある位置。護衛が護衛の邪魔をしている。
62件の実績。その中に、まともな戦闘が何回あったのか。今なら分かる。たぶんゼロに近い。安全な航路を「護衛」して、何事もなく「完了」した件数が62件なのだ。
実戦は、初めてに近いのだろう。
* * *
ガルドが強引にドルンビルトの後ろに回り込み、射線を確保した。2射目。哨戒艦がもう1隻沈んだ。
3射目。中型艦のシールドを削った。
ガルドが1人で3隻倒した。だが、残り2隻がメーディアに張り付いている。
ハンスの援護が来ない。
「ハンス! こっちだ! メーディアが削られてる!」
返事がない。
モニターを確認した。
ドルンビルトの位置が……おかしい。
離れていく。
編隊から離脱する方向に、加速している。
「…………逃げてるのか」
リーネが確認した。
「ドルンビルト、離脱。センサー反応が急速に離れていってるわ。……逃げたわね」
戦場放棄。
2000クレド払った傭兵が、戦闘の真っ最中に逃げた。
「マジかよ……」
信じられなかった。いや、嫌な予感はしていた。「了解っす」の時点で。だが、まさか逃げるとは。
怒りは後だ。今は目の前の2隻を何とかしなければ。
* * *
メーディアのシールドが40パーセントを切った。2隻の哨戒艦がしつこく張り付いている。
花道を使いたい。だが積荷が医療物資だ。機雷の爆発の振動が積荷に影響する可能性がある。精密機器が含まれている。使えない。
通信ブイで偽信号を撒く。1隻が反応して離れた。だがすぐに偽だと気づいて戻ってきた。残党の寄せ集めでも、学習はする。
ガルドが残った中型艦を追っている。50キロ圏外だ。バフが届かない。
「ガルド! 戻れ!」
「中型艦がしつこい! こいつを先に片づける!」
ガルドの判断は間違ってない。中型艦を残すと厄介だ。だが、その間にメーディアが削られる。
シールド30パーセント。
25パーセント。
回避。横転。豆鉄砲を撃ち返す。チカッ。効かない。分かってる。分かってるけど撃つ。
20パーセント。
このまま行くと、あと1分でシールドが落ちる。装甲に直撃が始まる。ゼルニウムのパネルが何発か耐えてくれるだろうが、その先は――
その時。
横から、ビームが飛んできた。
メーディアに張り付いていた哨戒艦の1隻に、正確な1発が突き刺さった。
シールドが消し飛び、エンジンが爆発した。行動不能。
メーディアのセンサーに、新しい反応が映った。
灰青色。オレンジのライン。鋭角的なシルエット。砲塔6基。
グラオザーム。
* * *
通信が入った。
「お困りのようですね」
穏やかな声。丁寧な口調。戦場のど真ん中で、まるでカフェで話しかけるみたいに。
「ヴェルナー……!」
「たまたま近くを航行しておりまして。派手な光が見えたものですから」
たまたま。この男の「たまたま」がどこまで本当か分からないが、今はどうでもいい。
「助かる! 残り1隻、頼めるか」
「もちろんです」
グラオザームが加速した。残った哨戒艦に向かっていく。
速い。そして正確。ハンスとは次元が違う。射線を一切無駄にしない動き。ガルドの位置、メーディアの位置、敵の位置を全部把握した上で、最適な角度から撃っている。
メーディアのバフ圏内。50キロ以内。プリンセス・オーラの攻撃力プラス15パーセントが、グラオザームに乗った。
1射。直撃。哨戒艦のシールドを一撃で抜いた。
2射。エンジンを撃ち抜いた。行動不能。
2発で終わった。
ガルドが中型艦を仕留めて戻ってきた。
「……グラオザームか。ヴェルナーが来たのか」
「たまたまだそうだ」
「たまたまね」
ガルドも信じてない。だが、助かったのは事実だ。
戦闘終了。宙賊5隻。撃破4隻、行動不能1隻。味方の被害、メーディアのシールド消耗のみ。
ヴェルナーがいなければ、シールドが落ちていた。装甲に直撃を受けていた。最悪の場合、積荷が破損していた。
2000クレドの傭兵が逃げて、タダの元敵が助けてくれた。
* * *
戦闘後。メーディアの通信でヴェルナーと話した。
「助かった。本当に。……いくらだ」
「いくら、とは」
「報酬だよ。護衛の報酬。傭兵だろ、お前」
ヴェルナーが微かに笑った。通信越しでも分かる笑み。
「今日はサービスです」
「サービス?」
「前回、カリストでお茶をごちそうになりました。あの時、紅茶を1杯。あのお返しということで」
紅茶1杯のお返しが、戦場での救援。
換算がおかしい。
「割に合わないだろ。紅茶1杯と護衛じゃ」
「割に合う合わないではなく、縁の問題です。ケイトさん、あなたとは良い関係を築いておきたい。今日はその投資だと思ってください」
投資。この男は、助けることを「投資」と呼ぶ。友情でも義理でもなく、ビジネスの言葉で。だがそのほうが分かりやすい。傭兵の言語だ。
「……分かった。借りにしておく」
「はい。いつかお返しいただければ」
「高くつきそうだな」
「紅茶1杯分ですよ」
紳士だ。紳士すぎて逆に怖い。だが、今日のところは感謝しかない。
「ところで、逃げた傭兵がいるようですが」
「ああ。2000クレド払ったのに逃げやがった」
「ハンス・グリューネヴァルトですか。知っています。安全な航路の護衛ばかり受けて実績を稼ぐタイプです。実戦になると逃げる。業界では有名ですよ」
「……先に言ってくれよ」
「お聞きにならなかったので」
正論だ。ヴェルナーに相談していれば、ハンスを雇わなかった。だが、あの時はヴェルナーとそこまでの関係じゃなかった。今は違う。
「次からは聞くよ。傭兵の評判」
「いつでもどうぞ。傭兵業界の情報なら、お役に立てます」
また「お役に立てます」だ。この男は常にサービスを提供する形で関係を作る。
* * *
輸送は無事に完了した。ゼクス方面の中継ステーションに医療物資を届けた。
報酬8000クレド。ハンスへの前払い2000を引いて、実質6000。
いや。
ハンスに払った2000クレドは返ってこない。逃げた傭兵に前払いの返金を求めるのは、ギルドを通じて交渉できるが、時間がかかる。そして戻ってくる保証もない。
「2000クレド。肉串1000本分」
ガルドが通信で言った。
「やめろその計算」
「お前が始めたんだろ、肉串換算」
「始めた。始めたが、今は聞きたくない」
レグルスに帰還した。
メーディアの食堂。いつものテーブル。3人。
紅茶を飲みながら、今日の反省会。
「ハンスの件は俺の判断ミスだ。もっと慎重に選ぶべきだった」
「選択肢がなかったでしょう。タイミングの問題よ」
「それでも、実績の中身を確認すべきだった。62件の内訳を聞いていれば、戦闘経験がないことに気づけた」
「次から気をつければいいわ。高い授業料だけど」
「2000クレド分の授業料か……」
ガルドが肉を噛みながら言った。
「ヴェルナーは強かったな」
「ああ。ハンスとは比べ物にならなかった」
「あいつがうちの護衛なら、どんな航路でも安心だ」
否定できない。ヴェルナーの操艦技術は、ガルドと互角かそれ以上だ。射撃の正確さ、位置取りの的確さ。あの2発で全てが分かった。
「だが、傭兵を雇うには金がかかるぞ。ヴェルナークラスは安くない」
「今日はタダだったけどな」
「タダだったからこそ、次は払わなきゃいけない。借りを作ったんだ」
リーネが紅茶のカップを置いた。
「面白い話よね。金で雇った傭兵が逃げて、金を取らなかった傭兵が助けてくれた」
「皮肉だな」
「皮肉じゃなくて、教訓よ。金で繋がる関係は金が切れたら終わる。でも、信用で繋がる関係は金がなくても動く」
「お前、前にヴェルナーのことを『金次第で動く。計算しやすい』って言ってなかったか」
「言ったわ。だから面白いの。あの男、金以外の判断基準を持ち始めてるみたい」
金以外の判断基準。
それが俺たちとの「縁」なのか。紅茶1杯から始まった縁。
こいつの光が繋いだ縁、とも言える。メーディアがカリストで光っていなければ、ヴェルナーはあの日カフェに来なかった。
* * *
夜。メーディアの艦橋。
シャンデリアの光を見上げる。
今日、ハンスが逃げた時、正直言ってかなり焦った。シールドが20パーセントまで落ちた。あと少しで積荷がダメになるところだった。
そこに、ヴェルナーが来た。たまたま。たまたま、ね。
2000クレド払ったハンスは逃げ、タダのヴェルナーが助けてくれた。
金で買える信頼と、金じゃ買えない信頼がある。
今日はそれを学んだ。2000クレドの授業料で。
「……ヴェルナーに紅茶でも送るか」
呟いて、自分で笑った。
紅茶1杯で護衛が来るなら、安い投資だ。




