第21話 光って、逃げて、助けてもらう
ノヴァ・セレーネ定期便、初回。
客はヘルムート氏の紹介で3組6名。満室ではないが、初便としては上出来だ。
新航路は10時間の長丁場。カリストの7時間よりだいぶ長い。客が退屈しないか心配だったが、整備ロボが張り切っていた。食事を2回出す計画らしい。1回目がランチ、2回目がディナー。ナプキンの折り方まで変えるつもりらしい。
「お前ら、航路が伸びた分だけサービスも増やす気か」
ロボは答えない。キッチンでソースの仕込みを始めていた。2食分の盛り付けパターンを変えるため、リハーサルをしているように見える。
リハーサル。料理の。ロボが。
……まあ、客が喜ぶなら何でもいい。
* * *
出航。3艦編隊でノヴァ・セレーネへ。
新航路は橙色の星が多い宙域を通る。カリスト航路の青白い景色とは違って、暖かい色の宇宙だ。ステンドグラス越しに見ると、艦橋の床に琥珀色の光模様が落ちる。
余計な装飾のはずなのに、こういう時だけ妙にいい雰囲気を出す。腹立つ。
客がステンドグラスの光に気づいて歓声を上げていた。
「まあ、きれい……! これは設計なの?」
「偶然です」
偶然だ。こいつの設計者が「航路ごとに星の光がステンドグラスで色を変える」なんて計算していたはずがない。たまたまだ。たまたまが重なって、こいつはたまに美しくなる。
航行は順調だった。
1回目の食事。ロボの盛り付けが前回よりさらに進化していた。皿の上にソースで星座を描いている。ノヴァ・セレーネ航路で見える星座を模したものらしい。いつ調べたんだ。
「これ、オリオン座?」
「この宙域の呼び方では『狩人の矢』です」
適当に答えた。ゲーム知識だ。合ってるかどうか分からないが、客は感動していた。
ガルドは護衛位置で筋トレ中。通信で「何セット目?」と聞いたら「4セット目」と返ってきた。10時間コースだと8セットいくかもしれない。
* * *
航行6時間目。
問題が起きた。
「センサー反応。3隻。方位120。接近速度から見て、宙賊」
リーネの声が鋭くなった。
モニターを確認する。3つの光点が、こちらに向かってきている。小型の哨戒艦。赤牙ではない。ノヴァ・セレーネ方面に散在する小規模な宙賊だろう。
3隻。ガルドがいれば片づけられる数だ。
だが、問題はそこじゃない。
客がいる。
メーディアの客室に、6人の旅客が乗っている。
「最悪のタイミングだ」
花道は使えない。機雷を撒いたら、客を乗せたこいつの周囲が爆発物だらけになる。万が一にも巻き込めない。
通信ブイは残り4基。使えなくはないが、ノヴァ・セレーネで補充できるか分からない。温存したい。
つまり、今の手札は。
豆鉄砲2門。効かない。
プリンセス・オーラ。消せない。
機動性B。逃げるだけなら何とかなる。
ガルドの火力。頼れる。ただし50キロ以内にいないとバフが届かない。
リーネの電子戦。頼れる。
俺にできること。
光って、逃げて、助けてもらう。
「……それしかないか」
* * *
「ガルド、聞こえてるか」
「聞こえてる。3隻だな。見えてる」
「客がいる。花道は使えない。俺が囮で引きつけるから、来い」
「了解。だが、メーディアから離れると——」
「バフが届く範囲でやれ。無理に突っ込むな」
「分かってる」
「リーネ、客を安心させろ。艦内放送で『安全です』って」
「安全じゃないのに?」
「安全にするから。今から」
プリンセス・オーラを——いや、いつも最大だった。何もしなくていい。こいつは常に全力でキラキラしている。
メーディアが編隊の前方に出る。ガルドのヴァナルガンドと客室のある本艦との間に、俺が割り込む形。
宙賊3隻から見ると、暗い宇宙にキラキラ光る宮殿が1隻。その後方に黒い重装戦艦と地味な電子戦艦。
宙賊がどれを狙うか。考えるまでもない。
光っているやつだ。
派手なやつだ。
金を持っていそうなやつだ。
俺だ。
「なんで俺がいつもこの役なんだよ……」
分かってる。こいつに乗ってる以上、この役は避けられない。攻撃力がない。防御力はそこそこ。目立つ。逃げ足はある。味方を強くするバフがある。
全部のスペックが「お前は囮をやれ」と言っている。こいつの設計思想が、最初から「自分では戦わず、味方に守られる」前提だ。
宮殿なんだから当然か。宮殿は自分で敵を殴らない。騎士に守ってもらう。
……騎士って。ガルドのことを騎士って言いたくないが。
* * *
宙賊が食いついた。
3隻がメーディアに向かって加速してくる。通信が入った。
「停止しろ! 積荷を渡せば命は——」
「断る!」
操縦桿を倒す。メーディアが急旋回。客がいない方向——編隊の斜め前方に向かって逃走を開始する。
宙賊がついてくる。ビームが飛んできた。3隻分。
回避。横転。急降下。こいつの機動性Bが唸る。98メートルの艦体がひらひらとビームの間を抜けていく。
豆鉄砲を撃ち返す。チカッ。光る。以上。威嚇にもなってない気がするが、リーネが言ってた。撃ってくるという事実が敵の判断を鈍らせる。
鈍ってくれ。頼むから鈍ってくれ。
艦橋でシャンデリアが盛大に揺れた。
回避機動のたびに、クリスタルがガシャンガシャン鳴る。11500クレドかけて修理したばかりのシャンデリアだ。壊れるな。頼むから壊れるな。
整備ロボが3体、シャンデリアの下に集まった。アームを上に伸ばして、揺れるシャンデリアを下から支えている。
「お前ら!! 客だ!! 客室の客を守れ!!」
ロボは動かない。シャンデリアを守っている。3体がかりで。
残りのロボが客室に向かっているのがモニターで見えた。客の安全を確認しに行っている。一応、仕事はしてる。一応。だが優先順位がおかしい。シャンデリアが先なのか。シャンデリアが先なのか。2回聞いた。
* * *
「ガルド! いつでもいいぞ!」
「今向かってる!」
「早くしろ! シールド削られてる!」
シールドの残量が70パーセントを切った。3隻分のビームは回避しきれない。かすり傷が積み重なる。
モニターでヴァナルガンドの位置を確認する。距離60キロ。バフ圏外。
「まだ遠い! 50キロまで来い!」
「全速で行ってる! あと30秒!」
30秒。長い。今の30秒は永遠に等しい。
ビームが左舷をかすめた。シールドが火花を散らす。残量55パーセント。
もう1発。45パーセント。
急旋回。宙賊の射角から外れる。だがすぐに追いつかれる。こいつは速いが、3隻に囲まれると角度が足りない。
「20秒!」
シールド40パーセント。
「10秒!」
35パーセント。
モニターの距離表示。52キロ。51キロ。50.5キロ。
50キロ。
バフが届いた。
ヴァナルガンドの全砲門が火を噴いた。
攻撃力プラス15パーセント。50キロギリギリの距離から、宙賊の1隻に主砲4門が直撃した。
哨戒艦のシールドが一瞬で消し飛び、艦体が爆散した。1発。
赤牙の精鋭じゃない。小規模宙賊の哨戒艦だ。ガルドのバフ込み火力には耐えられない。
残り2隻がパニックを起こした。仲間が一瞬で消えたのだ。
だが、逃げない。メーディアに執着している。金ぴかの宮殿を逃がしたくないのだろう。こいつの見た目が「高額な獲物」に見えるせいだ。ある意味、光り続けるオーラのデメリットがここに出る。引きつけすぎる。
「リーネ!」
「やってる」
リーネが宙賊の通信に割り込んだ。偽の通信。『本部より緊急。即時帰還せよ。拠点が襲撃を受けている』。
1隻が動揺した。減速し、旋回を始めた。偽通信を信じたか、あるいは信じたふりをして逃げ口実にしたか。どちらでもいい。1隻減った。
残り1隻。
「ガルド、最後の1隻。来い」
「行く」
ヴァナルガンドが加速。残った宙賊に向かっていく。
「50キロ出るなよ!」
「出てねえ!」
バフ圏内のまま、主砲2射。哨戒艦のシールドを叩き割り、エンジンを吹き飛ばした。沈めてはいない。行動不能にしただけだ。客がいるのに沈没シーンを見せたくない。
戦闘終了。
* * *
操縦席の背もたれに沈み込んだ。
全身の力が抜ける。手が震えている。操縦桿を握りすぎて、指が白い。
シールド残量32パーセント。あと数発もらっていたら、装甲に直撃していた。11500クレドのゼルニウムパネルに穴が開くところだった。
「……終わった」
「終わったな」
ガルドの声。いつも通り。こいつはいつも通りだ。
「俺は何もしてない。こいつで光って逃げてただけだ」
「それがなきゃ始まらねえだろ。お前が引きつけなかったら、あいつらは散らばって商船を狙ってた。お前が全部引き受けたから、俺は1点に集中できた」
「……そうか」
「そうだ。お前が光って、俺が殴る。リーネが頭を使う。それだけの話だろ」
それだけの話。
光って。逃げて。助けてもらう。
それが俺の仕事だ。こいつに乗っている限り、それ以外の戦い方はない。
不本意だ。まともな艦に乗ってたら自分で殴れる。自分で守れる。誰かに助けを求めなくていい。
だが、こいつにはそれができない。こいつには味方を強くする力しかない。自分は何も強くならない。
だから、味方に守ってもらう。
それが、この艦の戦い方だ。
* * *
客室の様子を確認しに行った。恐る恐る。
怒られるかと思った。「危険な船旅だった」「二度と乗らない」と言われる覚悟をしていた。
ドアを開けた。
「すごかったわね!」
目をキラキラさせた客がいた。
「窓から見えたの。光がバーッと飛び交って、黒い船がドーンって! 護衛付きの船旅って、こういう感じなの!?」
「いえ、普段はこんなことには……」
「揺れた時、ロボットが来て毛布をかけてくれたの。安心してくださいって感じで。喋らないのに、なぜか伝わったわ」
ロボが客室に行ったのは確認していた。毛布まで配ったのか。シャンデリアを守りながら、残りのロボが客のケアをしていた。こいつら、マルチタスクもできるのか。
「それに、シャンデリアを体張って守ってたロボもすごかったわ。あれ、感動した」
シャンデリアを守ったことに感動されるとは思わなかった。客から見ると「美しいシャンデリアを必死に守る健気なロボ」に見えるらしい。実態は「掃除対象を死守する掃除馬鹿」なのだが。
「大丈夫でしたか。怪我はありませんか」
「全然! むしろ興奮しちゃった。次もこの船がいいわ」
次もこの船がいい。
命がけだったのに。シールドが32パーセントまで削られたのに。
金持ちの感覚は本当に分からない。
ノヴァ・セレーネに到着。全客を無事に送り届けた。
チップが弾んだ。3組で合計5000クレド。報酬の3500と合わせて8500。
カリストより単価がいい。商人は「体験」に金を出す。宙賊との遭遇が「体験」にカウントされるのは想定外だったが。
* * *
レグルスへの帰路。
メーディアの食堂。いつものテーブル。
ぐったりしている。体力的にではなく、精神的に。今日は疲れた。
ガルドが肉にかぶりついている。いつも通りだ。戦闘があった日もなかった日も、この男は肉を食う。
リーネが紅茶を飲んでいる。いつも通りだ。端末でセンサーデータを整理しながら。
「ケイト」
ガルドが肉を噛みながら言った。
「お前の仕事は光ることと逃げることだ。それだけでいい」
「分かってる。分かってるけど、もうちょっと楽にならないのかな。こう、バフの範囲がもっと広ければ……」
「50キロだろ」
「50キロ。宇宙のスケールで50キロ。近い。近すぎる。お前が来るまでの30秒が永遠だったんだぞ」
「しょうがねえだろ。船のスペックだ」
「しょうがないのは分かってる」
紅茶を一口飲んだ。新しい茶葉は美味い。
「効果範囲マジで狭いわ。もっと楽させてくれよ……」
こいつのバフは味方を強くする。15パーセントの火力上昇。効果は大きい。ガルドの砲撃が一撃で哨戒艦を消し飛ばすほどに。
だが、50キロ。たった50キロ。宇宙戦闘で50キロは、ほぼ密着だ。
ガルドが近くにいなければバフは届かない。ガルドが近くに来るまで、俺は1人で光って逃げるしかない。
1人で光って。
1人で逃げて。
仲間が来てくれるのを待つ。
それが、こいつの50キロだ。
シャンデリアの光が食堂を照らしている。修理したばかりのクリスタルが、新品の輝きを落としている。
今日も壊れなかった。ロボが守ったからだ。
俺も壊れなかった。ガルドとリーネが守ったからだ。
こいつも、俺も、1人じゃ何もできない。
だが、仲間がいると、なぜか何とかなる。




