第2話 転生初日、俺の船にはシャンデリア!
最初に感じたのは、背中の硬さだった。
床だ。俺は床に寝ていた。
それも、ただの床じゃない。手を這わせると、滑らかで冷たい感触。大理石か何か。その上に敷かれた布の手触りがある。目を開けなくても分かる。
絨毯だ。しかも上等なやつ。
「……なんだこれ」
目を開ける。
天井にシャンデリアがあった。
巨大な。
クリスタルのパーツが何100と連なって、やわらかい光を放っている。天井自体もアーチ状に湾曲していて、白と金の装飾が施されている。教会か、あるいはどこかの王宮の大広間のような――
いや、違う。
知っている。この天井を、俺は知っている。
上体を起こす。周囲を見回す。
赤い絨毯が一直線に伸びている。その先に、1段高くなったプラットフォーム。そこに鎮座するのは黄金の玉座。背もたれにはティアラの意匠が彫り込まれ、肘掛けには薔薇のモチーフ。
左右の壁面には大きなモニターが並んでいる――が、今は全て消灯している。ただ、モニターの周囲を飾るのはステンドグラス風のパネルで、内蔵照明がぼんやりと色とりどりの光を落としている。
プリンセス・メーディアの、艦橋だ。
「嘘だろ」
声が出た。自分の声だ。喉が震えている。モニター越しじゃない。ヘッドセット越しでもない。自分の口から出た生の声が、この広い艦橋に反響した。
立ち上がる。足の裏に絨毯の起毛を感じる。靴を履いていない。なぜか軍服のようなものを着ていた。白を基調にした、金のラインが入った軍服。見覚えがある。ゲームでメーディアの艦長をやると自動で設定されるデフォルトコスチュームだ。
ゲーム内では「ダサい」と評判で、みんな真っ先にスキン変更する例のアレ。
俺はそれをリアルに着ている。
* * *
パニックは、意外と長く続かなかった。
正確に言えば、パニックになる暇がなかった。
艦橋をうろうろしている最中に、何かが足元を横切ったのだ。
「うおっ!?」
飛び退く。見下ろすと、そこにいたのは――ロボットだった。
高さ50センチほどの、丸っこいボディ。上部に1つだけセンサーのレンズがついていて、下部からは多関節のアームが4本伸びている。ボディは白い塗装に金のライン。メーディアのカラーリングと完全にお揃いだ。
整備用AIロボット。ゲームでは背景の一部でしかなかったやつだ。
そいつは俺のことを一瞥――したのかどうかは分からない。センサーのレンズがこちらを向いた気がしたが、1秒もしないうちに興味を失ったように、キュルキュルと移動を再開した。
向かった先は、艦橋の端にあるステンドグラスのパネル。アームの先端からクロスのようなものを出して、パネルのガラスを拭き始めた。
掃除だ。
こいつ、この状況で掃除してる。
「おい」
声をかけた。反応なし。
「おい、お前」
反応なし。黙々とガラスを拭いている。
「聞こえてるか? 俺は誰だ? ここはどこだ? 何が起きてる?」
矢継ぎ早に質問する。ロボは振り向きもしない。ガラスを拭く。拭く。拭く。
ピッ。
1つだけ短い電子音を鳴らした。それが返事なのか、掃除完了の合図なのかは分からない。そいつは次のパネルに移動し、また拭き始めた。
「……会話は無理か」
ゲーム内の設定を思い出す。メーディアの整備ロボットは自律型AIで、船の維持管理を自動で行う。ただし、コミュニケーション機能は最低限。命令には従うが、会話はできない。
ゲームでは「NPC以下の背景オブジェクト」扱いだった。
それが今、目の前で現実に動いている。
* * *
艦橋を一通り歩き回って分かったことを整理する。
独り言で。
なにしろ、他に話す相手がいない。
「まず、ここはプリンセス・メーディアの艦橋で間違いない。レイアウトがゲームと完全に一致してる。シャンデリア、玉座、ステンドグラス、赤絨毯。全部ある」
指折り数える。
「次に、俺の体。見た感じ現実の俺と同じだ。年齢も体格も変わってない。ゲームのアバターに転生したわけじゃなく、生身の俺がそのまま来てる」
自分の手を握ったり開いたりする。ゲームパッドを握っていた手だ。今は何も持っていない。
「ログアウトボタンはない。メニュー画面も出ない。念じても駄目。声で呼んでも駄目。つまり、ゲームのシステムには一切アクセスできない」
これが一番まずい。帰る方法が分からない。
「そして、整備ロボは本物。動いてるし、仕事してる。ただし喋らない。AIとしては動いてるが、コミュニケーションは取れない」
ふと視線をやると、別のロボが廊下の奥から何かを運んできていた。アームで器用に持っているのは――照明用のクリスタルパーツ。シャンデリアの交換部品だ。
「お前ら、シャンデリアの整備は完璧にやるくせに……」
言葉が途切れる。
ロボは黙ってシャンデリアの下に移動し、リフト用のアームを伸ばして、古いパーツを外し、新しいものに交換し始めた。手際がいい。職人の所作だ。
ピッ。
交換完了。新しいクリスタルが光を受けて、一層きらめく。
「……1つ聞いていい? お前ら、戦闘できるの?」
ロボは答えない。交換した古いパーツを抱えて、キュルキュルと去っていった。
「答えないってことは、できないんだろうな……」
* * *
艦橋の操作コンソールに向かう。
ゲームではボタン1つでアクセスできたメーディアのスペックシート。今はモニターのタッチパネルを操作して、手動で引っ張り出す必要がある。操作体系はゲームに似ているが、よりリアルで複雑だ。
しばらく格闘して、ようやく艦のステータスを表示させた。
【戦艦プリンセス・メーディア 基本仕様】
艦種:特殊支援型
全長:98m
総積載量:12,000t
装飾占有率:41.7%(5,004t)
武装積載可能量:2,100t(通常戦艦の約1/3)
主砲:小型レーザー砲×2(威力:Eランク)
副砲:なし
固有スキル:プリンセス・オーラ
効果①:半径50km以内の味方艦に攻撃力+15%のバフ
効果②:視認性300%上昇(解除不可)
シールド:Cランク(装飾保護用の強化シールド含む)
機動性:Bランク
数字を見つめる。
知ってた。全部知ってた。だが、改めてリアルの数値として突きつけられると、重みが違う。
「装飾占有率41.7パーセント……ゲームの時は40パーセントって書いてあったけど、端数あったのかよ。余計に酷いな」
武装はEランクの小型レーザー砲が2門だけ。ゲームでは「ないよりマシ」程度の火力で、Tier1の戦艦相手だと蚊に刺されたほうがまだダメージが通る。
一方で、シールドはCランク。これは見た目より悪くない。理由は単純で、装飾を守るために設計者がシールドだけは頑張ったのだ。「シャンデリアが壊れたら困るから」という理由でシールドが強い戦艦。頭おかしい。
そして機動性がBランク。ここがメーディアの唯一のまともな長所だ。流線型のフォルムは見た目だけではなく、実際に空力――宙力?――に優れている。ゲームでは、この機動力だけを頼りに俺は624位まで登った。
「シールドCで、機動性B。攻撃力はゴミ。バフは味方がいないと意味なし。視認性は消せない……」
独り言をまとめる。
「つまり、一人じゃ何もできない船だ。ゲームの時と同じだな」
ゲームなら、それでも良かった。やられたらリスポーンすればいい。ランク戦で負けてもポイントが下がるだけだ。
だが、ここは違う。
ここでは、やられたら死ぬ。
* * *
艦橋の玉座に腰を下ろした。
座り心地は最悪だ。見た目は豪華だが、人間工学を完全に無視している。背もたれが直角で、座面が高すぎて足がブラブラする。これは座るための椅子じゃない。「座っている姿を美しく見せる」ための椅子だ。
設計者は絶対にこの椅子に座ったことがない。
「……ゲームの時は、こんなこと考えなかったな」
画面の向こう側だったから。キャラクターが座っているのを見て「おっ、いい感じ」とか思ってた。自分で座ると尻が痛い。
ふと、左手のコンソールに別の情報が表示されているのに気づいた。ナビゲーションマップだ。
現在位置は、どこかの星系の外縁。名前は表示されているが、聞いたことがない。ゲームのマップとは地名が微妙に違う。
ただ、全体的な宇宙の構造はゲームと似ている気がする。中央に巨大な連邦国家があり、周辺に中小の勢力が点在し、辺境には未開拓の宙域が広がっている。ゲームの世界観そのものだ。
「似ている、じゃないな。たぶん、同じだ」
だとすれば、この宇宙には常にどこかで戦争が起きている。国家間の紛争、宙賊、傭兵、資源争い。ゲームではコンテンツだったそれが、ここではリアルな殺し合いだ。
そしてこの船は、その殺し合いの中で、見た目だけ豪華なハリボテとして存在している。
「よし」
立ち上がる。尻が痛い。玉座にはもう座らない。
「状況の整理は終わった。帰る方法は分からない。戦力は最底辺。話し相手は無言のロボだけ」
振り返る。シャンデリアの下で、2体のロボが黙々と床を磨いていた。
「だが、船はある。動く。俺の腕は残ってる」
操作コンソールに手を置く。起動シークエンスを走らせる。メーディアの駆動音が、低く響き始めた。
「プリンセス・メーディア、起動。行き先は――」
ナビゲーションマップを見る。一番近い中立のステーションに目星をつける。まずは情報収集だ。この世界がどうなっているのか。帰る手段はあるのか。敵はいるのか。味方は作れるのか。
「――とりあえず、どこかで飯が食えるところ」
腹が減っていた。
転生しても腹は減るらしい。
* * *
メーディアを発進させる。
操縦桿を握った瞬間、理解した。体が覚えている。何100時間も握り続けた感覚が、手のひらにぴたりと嵌る。スラスターの反応。姿勢制御の癖。旋回半径のリミット。全部、ゲームの時と同じだ。
いや、同じじゃない。
もっと繊細に感じる。操縦桿から伝わる微振動。加速時に体にかかるG。減速した瞬間のふわっとした浮遊感。ゲームでは数値でしかなかったものが、五感に直接届いてくる。
「……すげえ」
思わず呟いた。
窓の外に広がるのは、見渡す限りの星空。ゲームの高画質モードよりも遥かに綺麗で、遥かに冷たい。
プリンセス・メーディアの純白の船体が星明かりを反射して、淡く輝いている。翼のフィンに刻まれた薔薇のレリーフが、光を受けて影を落とす。
ゲームでは「無駄な装飾」としか思わなかった。
今、目の当たりにすると――
「…………」
綺麗だった。
ちょっとだけ、この船のデザイナーの気持ちが分かった気がした。
ほんのちょっとだけ。
積載の41.7パーセントを装飾に使うのはやっぱり頭おかしいけど。
その時だ。
コンソールの一角が、赤く点滅した。
センサーが反応している。接近する物体あり。方位、右舷120度。距離、急速に縮小中。
IFF――敵味方識別。
表示:不明。
「……おいおい」
転生して、たぶんまだ1時間も経っていない。
メーディアの視認性300パーセントが、早速仕事をしたらしい。
宇宙空間をキラキラ光りながら航行する純白の宮殿。そりゃ見つかる。俺だって「あれ何?」ってなる。
「飯の前に一仕事かよ……」
操縦桿を握り直す。
ゲームで何100回も繰り返した動作。ただし今回は、リスポーンがない。
心臓が早鳴っている。手のひらに汗。口の中が乾く。
これが、リアル。
「上等だ」
プリンセス・メーディア、全速前進。
シャンデリアがかすかに揺れた。




