第18話 殺しに来た男がお茶に誘ってきた
修理費11500クレドの傷は深かったが、止まっている暇はない。
こいつの維持費は待ってくれない。稼がなければ、次のシャンデリアの修理で破産する。優雅な生活どころか、優雅な破産が先に来る。
というわけで、定期便に戻った。
今回は嬉しいニュースがある。カリスト定期便の予約が、初めて満室になった。
4部屋全部。8名。
ヘルムート夫妻、シュタイナー夫妻、そして新規が2組。口コミの連鎖が止まらない。金持ちの友達は金持ち、という法則だ。
「こいつの内装がここまで金を生むとはな……」
嬉しいのか腹立つのか分からない。たぶん両方だ。こいつに感謝する日が来るとは思わなかったし、今も感謝はしてない。稼がせてもらってるだけだ。これは感謝じゃない。利用だ。
利用してるのはこいつなのか俺なのか、最近よく分からなくなってきたが。
* * *
メーディアの食堂が大賑わいだった。
8名の旅客と俺。テーブルを3つ繋げて、整備ロボがフルセッティングを敷いた。
白いクロス、銀の食器、一輪挿し。花が4つに増えていた。客の数に合わせて増やしたらしい。どこから調達してるんだ、その花。
料理を出す。俺が作った肉と野菜のシンプルな料理を、ロボが例によってミシュラン風に盛り直す。
だが、今回は盛り付けのレベルが上がっていた。
ソースで皿の上に模様が描かれている。曲線。渦。なんだこの芸術点。
「お前ら、毎回レベル上げてないか」
ロボは答えない。次の皿にソースで別の模様を描き始めた。客ごとに違うデザインにしている。パーソナライズ。いつ覚えたんだ、そんな概念。
新規客の1人が歓声を上げた。
「すごい! これ、一皿ずつ違うの?」
「当艦の調理スタッフのこだわりです」
調理スタッフ(無言のロボ)。こだわり(暴走)。
ヘルムート氏が微笑んで紅茶を飲んでいる。もうこの光景に慣れたのだろう。常連の余裕だ。
* * *
航行は順調だった。満室の定期便。護衛にガルドのヴァナルガンド、後方にリーネのヘルメティカ。いつもの3艦編隊。
ガルドの筋トレは6セット目に到達していた。定期便のたびに記録を更新している。もはや護衛ではなくトレーニングクルーズだ。
航行4時間目。リーネから通信が入った。
「ケイト、面白い通信をキャッチした」
「面白い、は前置きとしては不安だな。毎回ロクなことがない」
「今回はいい意味で面白いわよ。赤牙の内部通信を傍受したんだけど、ヴェルナーの名前が出てきた」
ヴェルナー。傭兵艦グラオザームの艦長。俺たちを2度追い詰め、ガルドと互角に殴り合った男。
「何て言ってる」
「赤牙の上層部が、ヴェルナーへの報酬支払いを遅延させてるみたい。『次の支払いは成果が出てから』と通告してるわ」
「成果って、俺たちを沈めること?」
「そうでしょうね。でも、あなたたちは沈んでない。つまり成果が出てない。だから払わない」
「……傭兵に金を出し渋るって、相当余裕がないな」
「カリスト航路の通行料が取れなくなってきてるのよ。うちの護衛があるから、民間船が赤牙を無視して通るようになった。収入が減ってる」
俺たちの活動が、赤牙の財布を直接殴っている。兵糧攻めが効いてきているのだ。
「ヴェルナーはどう出るかな」
「金が止まれば傭兵は動かない。これは常識よ。問題はヴェルナーがどう判断するか」
契約を続けるか、切るか。ヴェルナーは紳士だが、仕事人だ。金が出ない仕事はしない。
「まあ、今のところ俺たちには関係ないか」
「そうね。でも覚えておいて。状況は動いてる」
* * *
カリスト・コロニーに到着。旅客を送り届けた。
満室便の評価はS。報酬3000クレド。チップが合計6000クレド。
6000。報酬の2倍のチップ。金持ちの財布の紐がおかしい。いや、ありがたい。ありがたいが、おかしい。
これで修理費の穴が半分埋まった。こいつの内装が壊したものを、こいつの内装で取り返す。マッチポンプだ。
旅客が降りた後、ヘルムート氏がケイトを呼び止めた。
「ケイトくん。少し時間はあるかね」
「ええ。補給の間なら」
「会わせたい人がいるんだ。私の軍時代の部下でね。情報関係の仕事をしている。赤牙について詳しい話が聞けると思う」
赤牙の情報。ありがたいが、急な話だ。
「信用できる人ですか」
「私が保証する」
元提督の保証だ。断る理由はない。
カリストのダウンタウン。路地の奥に看板のない事務所があった。
出てきたのは、痩せた中年の男。
「クラウスだ」
短い自己紹介。事務所の中は端末とモニターだらけだった。航行記録、通信ログ、艦船のシグネチャ情報。リーネが横で目を輝かせていた。データの宝庫を前にしたデータの鬼だ。
「単刀直入に行く。赤牙の本拠地は、ゼクス星系の廃棄コロニーだ」
ゼクス星系。ゲーム知識では辺境の枯渇星系。ゲームの中盤イベント宙域だった場所だ。
「赤牙はそこを占拠して、3航路の支配を狙っている。最近の活動はその一環だ」
「軍は動かないんですか」
「辺境に割く戦力がない。だが、民間で対処できるなら情報面で支援する用意がある。赤牙の艦隊配置のリアルタイムデータを提供できる」
リーネが反応した。「それは大きい」と目が言っている。
「考えさせてください」
「もちろんだ。連絡先を渡しておく」
クラウスの事務所を出た後、リーネが言った。
「あの情報、本物よ。軍の偵察衛星のデータフォーマットと一致してた」
「使えるか」
「使える。赤牙の動きが事前に分かるなら、対策の精度が格段に上がるわ」
ヘルムート氏には頭が上がらない。チップだけじゃなく、こんな人脈まで運んできてくれる。
* * *
ドッキングベイに戻って補給作業をしていた。
燃料を入れ、食材を仕入れ、消耗品を補充する。いつものルーティンだ。
ガルドがヴァナルガンドの弾薬を補充しに行き、リーネはヘルメティカで通信データの整理をしている。俺はメーディアの艦橋で在庫管理。
そんな平和な午後に。
ドッキングベイの入口に、見覚えのある艦影が滑り込んできた。
灰青色の装甲。オレンジのライン。鋭角的なシルエット。砲塔6基。
グラオザーム。
「…………マジか」
反射的に操縦席に座り直した。左手が機雷投射機のスイッチに伸びる。
だが、グラオザームは砲塔をこちらに向けていない。静かにドッキングベイに入り、メーディアの3つ隣のスペースに停泊した。
敵意がない。少なくとも、今は。
ハッチが開き、1人の男が降りてきた。
長身。端正な顔立ち。グレーのコートを着て、武装はなし。
ヴェルナーだ。
こちらを見ている。穏やかな目。殺意はゼロ。これが俺の艦を2度沈めようとした男かと思うと、どういう顔をすればいいのか分からない。
ヴェルナーが軽く会釈した。
「ケイトさん。お久しぶりです」
「……久しぶり、って言える間柄じゃないと思うが」
「それもそうですね。では、初めまして、と言い直しましょうか。戦場の外では初めてお会いしますので」
丁寧だ。丁寧すぎる。この男はいつもこうだ。殺しに来る時も丁寧、お茶に誘う時も丁寧。トーンが変わらないから余計に怖い。
「お話がしたいのですが。お茶でも、いかがですか」
「……お茶」
殺しに来た男がお茶に誘ってきた。
人生何が起きるか分からない。
—―毒でも入れてやろうか、ホント
* * *
カリスト・コロニーのカフェ。ステーション内の、まともな店だ。
メーディアの食堂に招くことも考えたが、やめた。あの男にこいつの内装を見せたくない。何を査定されるか分からない。
4人がけのテーブル。俺とヴェルナーが向かい合って座っている。ガルドは「俺も行く」と言ったが、「刺激するな」と止めた。リーネはヘルメティカから通信を傍受している。ヴェルナーが何か仕掛けてきた場合の保険だ。
ヴェルナーがコーヒーを頼んだ。俺は紅茶。
「単刀直入に言います」
「どうぞ」
「赤牙との契約を切ろうと思っています」
予想はしていた。リーネの傍受情報と一致する。だが、本人の口から聞くのは別だ。
「理由は」
「報酬が遅延しています。2ヶ月分。傭兵にとって、報酬の遅延は契約の不履行です。契約が守られないなら、こちらも義理はない」
「赤牙が金欠ってことか」
「ええ。あなた方の護衛活動が効いているのでしょう。カリスト航路の通行料収入が激減していると聞いています」
俺たちの活動が、間接的にヴェルナーの報酬を止めた。風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな話だ。風が吹けば傭兵が失業する。
「で、契約を切った後はどうする」
「フリーの傭兵に戻ります。そこで――」
ヴェルナーがコーヒーカップを置いた。
「あなた方と取引ができないかと考えています」
「取引」
「護衛の仕事です。あなた方のチームは護衛依頼を受けていると聞いています。戦力が増えれば、カバーできる航路も増える。私の腕は、ご存じでしょう」
知ってる。嫌というほど知ってる。ガルドと互角に殴り合える腕だ。あれが味方にいたら、確かに心強い。
だが。
「お前、俺の艦を2回沈めようとしたよな」
「仕事でした」
「仕事なら許されると?」
「許す許さないではなく、契約の話です。赤牙との契約下では、あなたは標的でした。契約が切れれば、あなたは標的ではなくなります。そして新たな契約を結べば、私はあなたの味方になります」
論理的だ。感情が一切ない。ヴェルナーにとって、戦場での敵味方は契約書の上の話であって、個人的な感情ではない。
プロの傭兵とはそういうものなのだろう。理屈は分かる。だが、感情が追いつかない。
「少し考えさせてくれ」
「もちろんです」
* * *
メーディアの食堂。緊急3人会議。
ヴェルナーの提案を報告した。
ガルドが真っ先に反応した。
「信用できるか? あいつは俺の艦を半壊させた男だぞ」
「分かってる」
「……だが、腕は本物だ。あいつと組めるなら、戦力としては文句ない」
ガルドが複雑な顔をしている。殴り合った相手を認めているからこそ、複雑なのだ。
リーネが端末を閉じて言った。
「傭兵は金で動く。金が止まれば契約は切れる。ヴェルナーが赤牙を切る理由は、論理的に筋が通ってるわ」
「つまり信用できると?」
「信用じゃないわ。予測可能性よ。ヴェルナーの行動原理は金と契約。感情で動かない分、計算しやすい。金を出せば働く。出さなければ働かない。シンプルで扱いやすい」
「人を家電みたいに言うなよ」
「家電より分かりやすいわ。家電は壊れるけど、ヴェルナーは金が出る限り壊れない」
リーネの人間評価が辛辣すぎる。だが、的確だ。
俺は考えた。
ヴェルナーを雇うメリット。戦力の大幅強化。ガルドと互角の腕が加わる。赤牙の情報を持っている可能性もある。
デメリット。信用問題。昨日の敵が今日の味方になるのを、チーム全員が受け入れられるか。そして報酬。ヴェルナークラスの傭兵を雇うのは安くない。
「……今は断る」
「理由は?」
「金だよ。こいつの修理費で口座が痛んでるのに、傭兵の報酬まで払えない。それに、急いで決める話じゃない。赤牙との契約を切るなら、それだけで俺たちは助かる。ヴェルナーが敵じゃなくなるだけで十分な成果だ」
リーネが頷いた。
「悪くない判断ね。今は距離を置いて、状況を見る。ヴェルナーが本当に赤牙を切るか、確認してから次を考える」
「ガルドは?」
「……まあ、妥当だろ。ただ、あいつとまた殴り合うことになったら、今度は負けねえからな」
「味方になるかもしれないのに殴り合う前提かよ」
「念のためだ」
念のために殴り合いを想定する男。ガルドらしい。
* * *
翌日。カフェで再びヴェルナーと会った。
「考えた結果、今は見送らせてほしい」
「理由を聞いても?」
「正直に言えば、金がない。修理費がかさんでて、傭兵の報酬を払う余裕がない」
ヴェルナーが微かに笑った。嘲笑ではない。純粋に面白がっている笑いだ。
「修理費。あの艦の、ですか」
「ああ。装飾パネルの補修だけで8000かかる。しかも外せない。俺が生きてる限り」
「……それは難儀ですね」
「分かってくれるか」
「ええ。仕事で沈めようとした艦が、維持費で艦長を沈めようとしているとは」
「うまいこと言うな」
敵に維持費の愚痴を聞いてもらうのは、なかなかシュールな体験だ。
「では、こうしましょう。今は取引なし。ただし、敵対もしない。赤牙との契約は近日中に切ります。その後はフリーとして活動しますので、お互いの邪魔はしない」
「それでいい。ありがたい」
「ありがたい、と言ってもらえるとは」
「殺しに来なくなるだけでありがたいよ。お前が来るたびに機雷3000クレド分が飛ぶんだ」
「それは申し訳ない。経費を圧迫していたとは」
「お前に言われると妙に腹立つな」
ヴェルナーが立ち上がった。コーヒー代を自分の分だけ払い、軽く会釈した。
「では、また。次にお会いする時は、もう少し穏やかな状況で」
「そう願いたいね」
ヴェルナーが去っていった。長身の背中がカフェの出口に消える。
紅茶を飲み干した。カフェの紅茶は、ロボが淹れるやつよりちょっとだけ美味かった。
* * *
ドッキングベイに戻ると、グラオザームがすでに出港していた。
灰青色の艦影がカリストの灯りの中に消えていく。砲塔はこちらを向いていない。静かに、ただ去っていく。
ガルドが通信で言った。
「あいつ、次に会う時は味方か敵か」
「分からん。でも、少なくとも今日の時点では敵じゃなくなった」
「金次第ってことだろ」
リーネが割り込んだ。
「金次第でしょうね。傭兵は常にそう。でも、それが一番分かりやすいのよ。友情で繋がるより、金で繋がるほうが計算しやすい」
「お前のその合理性、たまに怖いぞ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
メーディアの艦橋に座った。
シャンデリアの光が、11500クレド分の輝きを落としている。
こいつを沈めようとした男が、お茶に誘ってきて、維持費に同情して、敵対しないと約束して帰っていった。
何だその展開。
人生は、ゲームよりよっぽど変な脚本を書く。
「面倒な男が増えた」
呟いて、出航準備に取りかかった。レグルスに帰る。
次の定期便の予約がもう入っている。稼がなければ。こいつの維持費のために。こいつの修理費のために。こいつの、外せないシャンデリアのために。
まったく、世話の焼けるプリンセスだこと。




