第17話 維持費…
異音に気づいたのは、定期便の帰り道だった。
カタカタ。
小さい音。だが、こいつの艦橋に毎日座っている俺には分かる。いつもと違う音だ。
見上げる。シャンデリア。
クリスタルの1つが、微かに揺れていた。接続部が緩んでいる。
「……嫌な予感しかしない」
整備ロボが1体、すでにシャンデリアの下に来ていた。アームを伸ばして緩んだクリスタルを点検し、交換部品が必要だと判断したらしく、アームを引っ込めた。
「修理か……」
ゲームではメンテナンスなんて概念はなかった。壊れたらリスポーン。金もかからない。
この世界のこいつは、壊れたら金がかかる。
* * *
レグルスのドックに入れた。ギルド提携の整備工場だ。
ドックの整備士は、ゲラルドという恰幅のいい中年男だった。油まみれのツナギに、ゴツい手。メーディアの外装を叩いて音を聞くタイプの、昔気質の技術者だ。
「いい艦だな。ロボの日常整備が優秀だ」
「あいつらはシャンデリアの掃除だけは宇宙一だからな」
「だろうな。だが経年劣化は掃除じゃ直らん。見積もり出すから待ってくれ」
30分後。ゲラルドが戻ってきた。顔が微妙だった。
【定期点検 見積書】
対象:プリンセス・メーディア
①装飾パネル(ゼルニウム複合材)経年劣化補修:8000クレド
※左舷4枚、右舷2枚、艦首1枚の計7枚に微細ひび割れ
②シャンデリア用クリスタル交換:1500クレド
※劣化3個+予防交換2個、計5個。1個300クレド
③ステンドグラス枠の歪み修正:2000クレド
※艦橋左右2枚。熱膨張による変形
合計:11500クレド
11500クレド。
「……全部、装飾の修理じゃないか」
「エンジンもシールドも異常なし。劣化してるのは装飾だけだ。だが、この艦の装飾は普通じゃないからな」
ゲラルドがパネルの断面図を見せてきた。
「ゼルニウム複合材。軍用素材だ。補修には専用の設備と材料がいる。普通の装甲パネルなら1枚300で済むが、ゼルニウムだと1000以上」
「3倍以上……」
「装飾に軍用素材を使うほうがどうかしてるんだがな」
こいつの装飾パネルが実質的な対ビーム装甲だということは、リーネの調査で分かっていた。見た目のために選んだ素材がたまたま軍用グレード。修理費も軍用グレード。なんでこいつは、こういうところだけ一流なんだ。
* * *
ここで、ある考えが浮かんだ。
「ゲラルドさん。装飾パネル、全部外して普通の装甲に換えることはできるか?」
維持費が3倍もかかるなら、安い装甲に換えれば解決する。外したゼルニウムのパネルを売れば金にもなる。我ながら冴えた発想だ。
「やってみるか」
ゲラルドが工具を持ってパネルに近づいた。電動レンチをボルトに当てる。
ヴィーン。
回らない。
「ロックされてるな」
「ロック?」
「電子ロックだ。物理ボルトの下に電子式の固定機構が入ってる。認証なしでは外れない」
ゲラルドが端末でメーディアのシステムにアクセスした。数分後、首を傾げた。
「こりゃ面白いな。ちょっとこれ見てくれ」
【プリンセス・メーディア 装飾品管理システム】
装飾品の取り外し・持ち出し・売却・廃棄は、
現任艦長の生存中は許可されません。
本規定は艦の基本設計に組み込まれた仕様であり、
変更・解除はできません。
「…………」
「艦長が生きてる間は、装飾を外せない。そういう仕様だそうだ」
頭が真っ白になった。
外せない。
売れない。
捨てられない。
俺が生きてる限り。
「何だこの仕様! 誰が決めたんだ!」
「この艦を造ったやつだろうな。装飾込みで1セットの設計。バラ売り禁止。まあ、イベント配布品にはよくある制限だ」
イベント配布品。ゲームの配布アイテムに「売却不可」「廃棄不可」がついてるのと同じだ。それがリアルに適用されている。
「呪いだろこれ」
「まあまあ。おかげでこの艦の装飾は製造時のまま完品で残ってるわけだ。価値はある」
「価値があっても売れないんだよ!」
* * *
メーディアの食堂でリーネに報告した。
「装飾品管理システム。確認した。基本設計に組み込まれてるわ。ハッキングで解除しようとしても、動力系と連動してるから、下手にいじると航行不能になる」
「つまり、どうにもならない」
「どうにもならない。外せない。しかも外したら防御力も下がる。ゼルニウムのパネルが実質装甲だから」
「外せない。外したら弱くなる。どっちに転んでも……」
「地獄ね」
「俺が言おうとしたのに」
ガルドが通信越しに笑っていた。
「お前はその船と心中する運命なんだな」
「心中じゃない。強制結婚だ。離婚不可の」
「どっちも重えよ」
重い。物理的にも重い。積載の41.7パーセント分。
* * *
修理はやるしかない。
放置すればパネルのひび割れが広がり、シールドに影響する。シャンデリアのクリスタルは落下して絨毯を傷つける。装飾の劣化が艦の性能に直結するという、因果関係のおかしな構造。
「11500クレド、払います」
「毎度あり。3日で仕上げるよ」
ゲラルドがニヤリと笑った。儲かる客だと思われている。
修理中の3日間、メーディアは動かせない。
ガルドは「暇ならジム行こうぜ」と誘ってきたが断った。脳筋の暇つぶしに付き合ったら3日後に操縦桿が握れなくなる。
代わりに、レグルスのステーションを歩き回ることにした。
* * *
この世界に来てから、ずっと走り続けてきた。ステーションの中をゆっくり歩くのは久しぶりだ。
商店街。日用品の店、食堂、工具屋、衣料品店。ゲームではカーソルを合わせればテキストが出るだけだった場所が、リアルに並んでいる。
値札が目に入った。
シャツ80クレド。パンツ120クレド。転生してからずっとデフォルトコスチュームの白い軍服を着回していたので、衣服の相場を知らなかった。ロボが毎日洗濯してくれてたから困ってなかったのだ。
定食が15クレド。肉串が2クレド。ここは変わらない。俺の生活圏の物価だ。
ステーション居住費が月500クレド。艦に住んでいるから払っていないが、普通の住民はこれを毎月払っている。
燃料費。メーディアの補給が1回800クレド。月4回で3200。
食材費。3人分で月約2000。
ロボのメンテナンス。年1回で3000。月割り250。
装飾の補修。年11500として月割り960。
月の固定費、合計約6400。
稼ぎが月15000前後。固定費を引いて8600。機雷の補充費や突発出費を引くと、手元に残るのは3000から4000。
肉串2000本分。
「……ゲームでは全部タダだったんだよな」
燃料は自動補充。メンテナンスは一瞬で完了。金は敵を倒せば落ちてくる。生活コストという概念がなかった。
この世界では、全部がリアルに金がかかる。
「優雅な生活、遠いな……」
肉串を1本買った。2クレド。かじりながら歩く。
シャンデリアの光の下で紅茶を飲むのもいいが、屋台の肉串をかじりながら歩くのも悪くない。こっちのほうが気楽だ。
* * *
3日後。修理完了。
ドックに行くと、こいつがピカピカになっていた。
補修されたゼルニウムのパネルが新品同様の輝きを放ち、シャンデリアのクリスタルが以前より明るい光を落としている。ステンドグラスの枠もまっすぐになって、色ガラスの光がくっきりと艦橋を彩っている。
きれいだ。
11500クレドの輝きだ。肉串5750本分の輝きだ。
「……ゲラルドさん、いい仕事するな」
「当然だ。あんたの艦は素材がいいから、仕上がりも映える。また来てくれ」
「来たくなくても来るだろうな」
「ハハハ。違いねえ」
笑い事じゃないんだが。
艦橋に入ると、整備ロボたちが新しいクリスタルを磨いていた。交換したばかりの新品を、さらに磨いている。
「お前ら、それ新品だぞ。磨かなくても光るぞ」
ロボは答えない。磨く。アームの動きが、なんとなくいつもより軽やかだ。
嬉しいんだろうな。新品のクリスタルが。
お前らが嬉しいと、なんか俺も悔しくなるんだよ。11500クレドも払ったのに、こいつらが嬉しそうだと「まあいいか」って思いそうになる。思わないけど。思わないぞ。
* * *
メーディアの食堂。いつものテーブル。
ガルドが肉を噛みながら、ピカピカのシャンデリアを見上げた。
「で、いくら払ったんだ」
「11500」
「肉串で言うと」
「5750本。お前が聞いたんだからな」
「やめとけその計算」
「お前が振ったんだろ」
リーネが紅茶を飲みながら端末を叩いていた。
「ねえケイト。この艦の年間維持費を概算したんだけど」
「……聞きたくない」
「約80000クレド。月割りで6700。通常の同サイズ運送艦の年間維持費が30000、月2500。2.5倍以上。装飾の分がまるごと上乗せ」
「聞きたくないって言ったのに」
「しかも外せない。売れない。捨てられない。あなたが生きてる限り」
「そのオチ好きだよなお前」
「事実は繰り返し確認するべきよ」
ガルドが鼻を鳴らした。
「金食い虫だな、お前の船」
「今さらだよ。こいつの維持費がおかしいのは、生まれつきだ」
「だがまあ、このシャンデリアのおかげで客が来るんだろ」
「そうなんだよ。こいつの装飾が稼ぎの柱なんだよ。維持費は高い、でも稼ぎ頭もこいつ。かけた金はこいつで取り返すしかない。外せないから」
「それって何て言うか知ってる?」
リーネがカップを口元に寄せたまま言った。
「共依存」
「やめてくれ」
11500クレドの光が、食堂を照らしている。
外せない装飾。逃げられない維持費。離れられない宮殿。
これが俺の日常だ。
文句はある。山ほどある。だが飯は美味いし、紅茶も悪くない。仲間がいる。
「稼ぐか」
「お、やる気出たな」
「やる気じゃない。やるしかないだけだ。こいつの次の修理費を考えたら止まってる暇はない」
「後ろ向きなのか前向きなのか分かんねえな」
「両方だよ」




