第16話 Aランクバブル
Aランクになった途端、世界が変わった。
比喩じゃない。文字通り、ギルドの窓口に行くたびに景色が違う。
掲示板に並ぶ依頼の質が跳ね上がった。報酬の桁が変わった。そして何より、向こうから声がかかるようになった。
「ケイトさん、護衛の依頼なんですが」
「ケイトさん、カリスト航路の随伴をお願いしたく」
「ケイトさん、来週の便に護衛をつけたいのですが」
1日で3件。翌日に2件。その翌日に1件。
1週間で護衛依頼が6件来た。
「こんなに来るのか」
「封鎖突破の効果よ。『あのチームに護衛してもらえば安全だ』って口コミが広がってる」
リーネが端末でスケジュールを組んでいる。定期便と護衛依頼を並行でこなすと、ほぼ毎日何かしらの仕事が入る。
ガルドが食堂の椅子にもたれて言った。
「休みはねえのか」
「稼げる時に稼ぐ。こいつの維持費は待ってくれないからな」
「お前はいつもそれだな」
「いつもこれだよ。今は稼ぎ時だ。乗るぞ」
* * *
護衛依頼その1。
商船3隻のカリスト航路護衛。依頼主はレグルスの中堅商社。報酬3000クレド。
3艦編隊で商船の護衛につく。メーディアが先頭でオーラを光らせ、ガルドが後方、リーネが全体を監視する。いつもの配置だ。
航行開始1時間。リーネがセンサー反応を拾った。
「赤牙の哨戒艦。1隻。距離180キロ。こちらを観察してる」
「出てくるか?」
「……動かないわね。様子を見てる」
メーディアのオーラが光っている。純白と金の艦体がキラキラ輝いて、護衛つきであることを宇宙中にアピールしている。
5分後。
「赤牙、離脱した。センサーから消えた」
「逃げたのか」
「逃げたわね。こっちの戦力を見て、割に合わないと判断したんでしょう」
撃たずに終わった。ビーム1発も飛ばなかった。
こいつのキラキラが仕事をした。目立つことが、そのまま抑止力になっている。今までは「目立って宙賊に見つかる」だったのが、「目立ってるから宙賊が近づかない」に反転した。
同じキラキラなのに、Aランクの肩書きがつくだけで効果が正反対になる。世の中、肩書きだ。こいつの光は何も変わってないのに。
商船の船長から通信が入った。
「ありがとうございます! 赤牙が引いたの、見えました! やっぱりメーディアさんがいると安心です!」
「メーディアさん呼びはやめてくれ……」
こいつが敬称つきで呼ばれる日が来るとは思わなかった。
* * *
護衛依頼その2。
高級資材の緊急輸送護衛。依頼主はカリスト・コロニーの建設会社。報酬5000クレド。
破格だ。1件で5000。定期便の報酬を軽く超える。
だが、高額の依頼には警戒が必要だ。第12話の罠を忘れていない。ゾルダ商会の偽依頼で痛い目を見た。
リーネに依頼主の身元を徹底調査させた。
「カリスト・コロニー建設公社の子会社。登記、取引実績、財務状況、全部確認した。問題なし。実在する正規の企業よ」
「間違いないか」
「間違いない。というか、カリストの行政が絡んでる案件だから、偽装するほうが難しいわ」
受ける。
資材を積んだ大型貨物船を護衛して、カリストまで。高額なだけあって中身も高い。建設用の特殊合金らしい。
航行は平穏だった。赤牙の影すらなかった。最近、この航路で赤牙を見る頻度が明らかに減っている。俺たちの活動が効いてきているのだろう。
5000クレドが口座に入った。1回の護衛で5000。Aランクの世界は違う。
* * *
護衛依頼その3。
これが一番変な依頼だった。
【護衛依頼 Aランク】
依頼主:ステラ・メディア社
内容:広告撮影のための随伴航行
詳細:弊社の新型商船の広告映像を制作中。
背景として、貴艦『プリンセス・メーディア』に横を並走していただきたい。
キラキラした映像が必要です。
報酬:2000クレド
「……何だこれ」
「広告撮影の依頼ね。あなたの艦に横を飛んでほしいと」
「分かってる。分かってるが、『キラキラした映像が必要です』って何だよ」
「あなたの艦以上にキラキラした映像を撮れる艦は、この宙域にはないわよ」
「褒めてるのか貶してるのか分からん」
こいつ、モデルデビューかよ。
だが2000クレドだ。横を飛ぶだけで2000。戦闘なし。危険なし。こいつが光ってるだけで金がもらえる。
「受ける」
「即答だな」
「光るだけで2000クレドだぞ。こいつの人生で一番楽な稼ぎだ」
撮影当日。
ステラ・メディア社の新型商船の横を、メーディアがオーラ全開で並走した。
撮影班が小型のカメラ艇を飛ばして、あらゆる角度からメーディアを撮影している。
「もう少し右にお願いします!」
「了解」
「オーラの光量、最大にできますか!」
「いつも最大だ。消せないんだよ」
「最高です!」
消せないことを褒められたのは初めてだ。
ガルドは画角に入らないように後方で待機していた。暇すぎて筋トレしていた。
リーネは「私の艦は映さないでね」と釘を刺してから、ヘルメティカの中でデータ整理をしていた。
撮影は3時間で終わった。3時間光ってるだけ。2000クレド。
時給に換算すると、今までで最高効率の仕事だった。こいつの存在意義が「光ること」に集約された瞬間だ。複雑だが、金は金だ。
* * *
1週間が終わった。
メーディアの食堂で、リーネが週間収支を報告した。
【週間収支報告】
護衛依頼①(商船護衛):3000クレド
護衛依頼②(資材輸送):5000クレド
護衛依頼③(広告撮影):2000クレド
護衛依頼④〜⑥(省略):4500クレド
定期便報酬:3000クレド
チップ合計:500クレド
週間合計:18000クレド
18000クレド。
1週間で。
「……これがAランクの力か」
声が震えた。今まで月15000前後だった稼ぎが、1週間で超えた。
「浮かれすぎじゃない?」
「リーネ、たまには浮かれさせてくれ。機雷投射機のために25000クレド貯めてた日々を思い出せ。あの頃は肉串何本って数えてたんだぞ」
「今も数えてるでしょ」
「……9000本」
「やっぱり数えてた」
ガルドが肉を噛みながら言った。
「で、金が入ったなら肉のランクを上げろ」
「お前はすぐそれだな」
「大事だろ」
大事だ。否定はしない。
* * *
調子に乗った。自覚はある。
紅茶の茶葉をさらにランクアップした。カリストの市場で、今まで横目で見ていた高級茶葉を買った。100グラム500クレド。前の茶葉の5倍だ。
ガルドの肉もランクアップ。レグルスの肉屋で一番いいやつを仕入れた。
メーディアの食堂で淹れた紅茶を、3人で飲んだ。
リーネが一口飲んで、目を見開いた。
「……これは」
「どうだ」
「美味しい」
「4回目いただきました」
「数えないでって言ってるでしょう」
ガルドが肉を一口食って、唸った。
「美味い。今までと全然違う」
「金をかけた分だけ味が変わる。こいつの装飾と同じだな。金をかけた分だけ光る」
「船と飯を一緒にするな」
「似たようなもんだろ。維持費が高いところも」
言いながら思った。こうやって飯と紅茶のランクを上げていくのが、俺の「優雅な生活」だ。シャンデリアの下で、いい茶葉の紅茶を飲んで、いい肉を食う。
壮大じゃない。英雄的でもない。だが、これがいい。
* * *
週末。カリスト定期便。
満室が続いている。ヘルムート夫妻を筆頭に、口コミで客が途切れない。
今回の新規客が、メーディアの食堂で言った。
「ヘルムートさんから聞いてたけど、想像以上ね。この船、もうこの宙域の名物よ」
名物。
名物って言われるの、微妙に嫌だな。名所とか名物って、観光地みたいだ。こいつは観光地じゃない。運送屋の稼ぎ頭だ。
だが客が喜んでるなら、それでいい。こいつの内装が金を生む。生んだ金でこいつを維持する。維持すると客が来る。客が来ると金が生まれる。
このサイクルがうまく回っている限り、俺の生活は安泰だ。
そう思っていた。
カリストからの帰り道。
航行は順調だった。赤牙の反応もなし。護衛の出番もなし。ガルドの筋トレが7セット目に到達していた。平和すぎる。
俺は操縦席に座って、今週の稼ぎをぼんやり計算していた。18000クレドの使い道。機雷の補充、通信ブイの補充、燃料費、食材費。残りは貯蓄に回して――
カタカタ。
音がした。
小さい音。だが、こいつの艦橋に毎日座っている俺には分かる。いつもと違う音だ。
見上げる。
シャンデリア。
クリスタルの1つが、微かに揺れていた。通常の振動で揺れる範囲を超えている。接続部が緩んでいる。
整備ロボが1体、すでにシャンデリアの下に来ていた。アームを伸ばして点検し、交換部品が必要だと判断して、アームを引っ込めた。
「……修理か」
嫌な予感がした。
こいつの修理は、いつだって俺の財布を直撃する。
18000クレドの使い道を計算していた頭が、急速に冷えていく。
「なあ」
誰にともなく呟いた。
「頼むから安く済んでくれよ……」
整備ロボは答えない。キュルキュルと去っていった。
シャンデリアが、カタカタ鳴っている。
高額請求書が、このすぐ先で待っていることを、俺はまだ知らない。




