第15話 花道
依頼じゃない。
報酬はゼロ。ギルドからの指示でもない。誰に頼まれたわけでもない。
3艦編隊が全速でカリスト航路に向かっている。メーディア、ヴァナルガンド、ヘルメティカ。宮殿と葬儀場と通信基地局が、宇宙を駆けている。
自腹だ。機雷12基分の弾代3000クレドは、これで消える。
「ケイト、確認するけど」
リーネの通信。
「あなたが出撃を決めたのは、ヘルムート夫妻が飯の種だから、よね」
「そうだ。太客を失うわけにいかない。経済的な判断だ」
「経済的な判断で機雷3000クレド分を自腹で使うの?」
「…………経済的な判断だ」
「はいはい」
リーネの「はいはい」には「嘘つき」と同じ意味が含まれている。分かってるが、認めない。
* * *
カリスト航路に接近。リーネがセンサーデータを解析する。
「状況を報告する。赤牙の封鎖線は航路ポイント7から9の間。哨戒艦6隻、巡洋艦2隻で構成。封鎖線の内側に民間船5隻が停止中」
「民間船の状態は」
「攻撃は受けていない。赤牙は通行料を要求してる。払った艦は通してるみたいだけど、払えない艦が足止めされてる」
通行料。宙賊のくせに、最近は小賢しいことを覚えたらしい。力ずくで略奪するより、通行料を取ったほうが継続的に稼げる。赤牙が組織化してきている証拠だ。
「ヘルムート夫妻の客船は」
「足止め組。通行料を払うことを拒否してる」
あの元提督が宙賊に金を払うわけがない。気骨はいいが、その気骨のせいで足止めされているのだ。
「ヴェルナーの反応は」
「グラオザームのシグネチャはなし。この宙域に傭兵艦はいない。赤牙の単独作戦よ」
ヴェルナーがいない。それだけで状況が大きく違う。赤牙だけなら、やれる。
「ガルド」
「聞こえてる。赤牙が8隻。ヴェルナーなし。楽勝だな」
「楽勝とは言わない。だが、花道を試すには悪くない相手だ」
「おう。やろうぜ」
脳筋が嬉しそうだ。2週間ぶりの戦闘だから仕方ない。
* * *
作戦を確認する。
問題は1つ。民間船が近くにいること。機雷原を展開する場所を間違えれば、民間船を巻き込む。
「リーネ、民間船の位置と赤牙の配置を重ねたマップを出してくれ」
「もう出してるわ」
端末に投影されたマップ。航路上に赤い点(赤牙)と青い点(民間船)が並んでいる。
赤牙の封鎖線は航路を横断する形で張られている。民間船はその手前で止まっている。赤牙と民間船の間に、約30キロの空間がある。
「まず、俺が封鎖線に突っ込む。オーラ全開で正面から。赤牙のヘイトを俺に集める」
「正面から?」
「正面からだ。こいつのキラキラが一番効くのは、正面から堂々と現れた時だ。宙賊にとって、光る宮殿が突っ込んでくるのは想定外だろう」
「確かに、普通は逃げるものね」
「普通じゃないからやる。で、赤牙が食いついたら、民間船がいない方向に逃げる。奴らを引き離す」
「引き離した先で機雷を撒く」
「そうだ。民間船から十分に離れた宙域で花道を展開。追手を機雷原に突っ込ませて、ガルドが仕上げる」
「了解。偽信号ブイも使う?」
「使え。ブイは前回補充してあるな?」
「6基。万全よ」
「ガルド、お前は最初は隠れてろ。俺が赤牙を引きつけた後、機雷原の反対側に回り込め。合図で叩く」
「了解。……なあケイト」
「何だ」
「楽しくなってきた」
「お前だけだよ」
* * *
封鎖線まであと10キロ。
メーディアのプリンセス・オーラを最大出力にする。金色の粒子が宇宙空間に広がり、純白の艦体が星明かりを反射して輝く。
キラキラだ。いつも通り、消せない光。いつもは邪魔でしかないこの光が、今日だけは武器になる。
――いや、武器って言うのは持ち上げすぎだ。「おとり」だ。金ぴかの「おとり」。
赤牙の封鎖線が見えた。
哨戒艦6隻が横一列に並び、その後方に巡洋艦2隻が控えている。統率が取れた配置だ。前より組織的になっている。
こちらを検知したのだろう。通信が入った。
「不明艦に告ぐ。この航路は赤牙の管理下にある。通行料300クレドを支払え。さもなくば――」
「よう」
通信を被せた。
「キラキラの囮屋だ。通行料は払わねえ。文句があるなら追いかけて来い」
3秒の沈黙。
そして、赤牙の通信回線が爆発した。
リーネが傍受している内容が流れてくる。
「『メーディアだ! あのキラキラ!』『本部が潰せって言ってたやつだろ!』『全艦追撃! あいつを沈めろ!』」
「食いついた。予想以上だな」
「赤牙の本部から直接排除命令が出てるのよ。あなたたちの囮依頼で赤牙の稼ぎがどれだけ減ったと思ってるの。連中にとってあなたは宿敵よ」
「こんなポンコツが宿敵って、赤牙も大変だな」
哨戒艦6隻のうち4隻が封鎖線を離れ、メーディアに向かってきた。巡洋艦も1隻が動いた。合計5隻。
封鎖線に残ったのは哨戒艦2隻と巡洋艦1隻。半数以上がこっちに食いついた。
「十分だ。行くぞ」
操縦桿を倒す。メーディアが急旋回し、民間船とは反対方向――宇宙の何もない空間に向かって全速で駆け出した。
背後を5隻の赤牙が追ってくる。ビームが飛んでくる。
回避。横転。急上昇。ゲーム仕込みの機動で、弾幕の隙間を縫う。
こいつの機動性Bが唸りを上げている。98メートルの小型艦が、大型艦の射撃をひらひらとかわしていく。ポンコツのくせに、こういう時だけは妙に頼りになる。
――頼りになる、は言い過ぎだ。「マシ」だ。いつもよりマシ。
「リーネ、偽信号ブイ射出。追手の注意を散らせ」
「射出」
メーディアの艦底からブイが3基放たれた。偽のメーディアが3体出現する。キラキラが4つに増えた。追手が一瞬散らばった。
その隙に距離を稼ぐ。
* * *
民間船から40キロ。十分な距離だ。
ここなら、機雷が爆発しても民間船に影響はない。
「花道、展開する」
左手の横。赤いスイッチ。カバーを開ける。
押した。
カシュン。カシュン。カシュン。
メーディアの艦底から、機雷が次々と射出される。逃走ルートの後方に、等間隔で。
1基、2基、3基、4基、5基。
5基を撒いたところで止めた。残り7基は温存する。
5基の機雷が宇宙空間に展開し、起爆待機状態に入った。
肉眼では見えない。センサーにも映りにくい。だが、触れれば爆発する。
花道。
俺が通った後に咲く花。追ってきた奴だけが踏む花。
赤牙の追手が突っ込んできた。
先頭の哨戒艦が、機雷原に入った。
1基目が反応。
爆発。
閃光が宇宙空間を焼いた。哨戒艦の正面シールドが吹き飛び、艦首が歪む。行動不能。
2隻目の哨戒艦が回避しようとしたが、速度が出すぎていた。2基目の機雷が艦底で起爆。下からの衝撃で艦がひっくり返る。
3隻目が急制動。ギリギリで機雷原の手前で止まった。
4隻目も停止。
巡洋艦が後方で速度を落とした。機雷原を前にして、慎重に距離を取っている。
「2隻行動不能、3隻停止。花道、成功」
リーネの報告。声にわずかな昂揚が混じっている。
「ケイト、効いたぞこれ。連中、完全に足が止まってる」
ガルドの通信。
「ガルド、位置は」
「機雷原の反対側、方位120。いつでも行ける」
「行け」
* * *
ヴァナルガンドが闇の中から現れた。
機雷原で足を止められた赤牙の背後。最も無防備な方向から。
バフ。プリンセス・オーラの効果範囲にガルドが入っている。攻撃力プラス15パーセント。
全砲門斉射。
巡洋艦の後部に4発の直撃。シールドが弾け、装甲が砕け、機関部から炎が噴き出した。
巡洋艦が沈む。
哨戒艦3隻がパニックを起こした。前は機雷原。後ろはガルド。横に逃げようにも、偽信号ブイが行く先々にメーディアの反応を出している。
挟撃。完璧な挟撃。
「テスト通りだな」
哨戒艦が1隻、機雷原の隙間を無理やり抜けようとした。3基目の機雷が起爆。至近距離で爆発を受け、航行不能。
残り2隻がようやく横方向に離脱を試みた。だが、ガルドが逃がさない。追いすがって主砲を叩き込む。1隻が被弾して減速。もう1隻がかろうじて離脱した。
そしてガルドが最後の1隻を追って加速し始めた。
「ガルド」
「もう1隻――」
「50キロ」
「…………」
ヴァナルガンドが減速して戻ってきた。もう何も言わなくても分かるようになった。成長だ。たぶん。
メーディアの豆鉄砲も撃った。
機雷原で止まっている行動不能の哨戒艦に向けて、律儀に。
当たった。
光った。
以上。
気持ちの問題だ。作戦書に書いた通り。
* * *
封鎖線に残っていた赤牙の残存部隊。哨戒艦2隻と巡洋艦1隻。
仲間が壊滅したことを察知したのだろう。慌てて撤退を始めた。
追わない。追う必要がない。目的は封鎖の解除だ。
赤牙の最後の1隻がセンサーから消えた瞬間、航路が開いた。
民間船に通信を送る。
「こちらメーディア。航路上の封鎖は解除されました。安全に航行を再開できます」
民間船から次々と応答が返ってきた。
「助かった! ありがとう!」
「封鎖が解けた! 通信基地局のお嬢さんもありがとう!」
通信基地局はリーネのヘルメティカのことだろう。確かに見た目はそう見える。リーネは無言だったが、眼鏡の奥でわずかに眉が動いた。
そして、もう1つ通信が入った。
「ケイトくん」
ヘルムート氏の声だ。穏やかだが、わずかに震えている。安堵か。
「ヘルムートさん。ご無事ですか」
「ああ。おかげさまで。……助けに来てくれたのだな」
「いえ。たまたまこの航路を通りかかっただけです」
「……そうか。たまたまか」
ヘルムート氏の声に笑みが混じった。信じていないのが分かる。元提督を舐めてはいけない。
「たまたま通りかかった船が、宙賊を8隻蹴散らしたのだな」
「……まあ、そういうこともあります」
「ハハハ。ケイトくん、君は面白い男だ」
通信の向こうで、マルタ夫人の声も聞こえた。「ありがとうね」と。
リーネが通信をミュートにしてから言った。
「たまたま通りかかった、ね」
「うるさい」
「機雷3000クレド分を自腹で使って、たまたま通りかかったの」
「うるさいって言ってるだろ」
「素直じゃないわね」
「2回目だぞそれ」
ガルドが笑いを堪えているのが通信越しに聞こえた。堪えきれずに吹き出した。
「ケイト、お前ほんと不器用だな」
「ガルドまで参戦するな」
* * *
全艦安全を確認し、帰路についた。
機雷の残弾は7基。12基中5基を使った。次の補充までは7基でやりくりする。
ヴァナルガンドの被弾はゼロ。メーディアもゼロ。ヘルメティカもゼロ。
完封。
花道が、完璧に機能した。
メーディアの食堂。帰り道の夕食。
いつものテーブル。白いクロス。銀の食器。一輪挿し。
ガルドが肉を噛みながら言った。
「花道、やべえな」
「何が」
「気持ちいいくらいハマった。機雷で足を止めて、背後から殴る。これ、俺たちの定番になるぞ」
「調子に乗るな。今日は相手が赤牙だったから通じた。ヴェルナー相手じゃこうはいかない」
「分かってる。だが、手札が増えたのはでかい。前は逃げるしかなかった。今は逃げながら殴れる」
否定できない。こいつのポンコツ火力じゃ殴るとは言えないが、機雷は確かに効いた。追手の足を止め、ガルドの火力を通す道を作った。
リーネが紅茶を飲んでいる。
「偽信号ブイとの連携も良かった。次は、もっと精度の高い誘導ができるわ。機雷原の位置に敵を確実に追い込むパターンを組める」
「頼む」
「あと、機雷の補充費がかさむから、経費管理を見直す必要があるわね」
「お前は本当にそういう話が好きだな」
「大事でしょう」
* * *
レグルスに帰還した。
ドッキングベイに入ると、空気がいつもと違った。
ギルドの職員が何人か来ていた。普段は窓口にいる顔だ。そして、見知らぬ顔もいくつか。
「ケイトさん」
ギルドの職員が走ってきた。あのベテラン職員だ。赤牙の情報をこっそり教えてくれた人。
「カリスト航路の件、もう広まってます。封鎖を単独チームで突破して、民間船5隻を救出した。すごい話ですよ」
「単独じゃない。3隻だ」
「3隻で8隻の宙賊を蹴散らしたんでしょう。それがすごいんです」
周囲の目がこちらに集まっている。ドッキングベイにいた他の運送屋、整備士、管制官。みんなこっちを見ている。
視線の質がいつもと違った。
前は「なんだあのキラキラした船」という好奇の目だった。
今は違う。
「……何見てんだ」
「見てますよ。みんな。あなたの船を」
メーディアがドッキングベイに停泊している。純白と金の艦体が照明を反射してキラキラ光っている。いつもと同じだ。何も変わっていない。
だが、そのキラキラを見る周囲の目が変わった。
報酬はない。依頼じゃなかったから、ギルドからの報酬はゼロだ。機雷代3000クレドは消えた。
だが。
「ケイトさん、カリスト航路の運送屋組合から、感謝状が出ます。それと、定期便の優先航路使用権も。ギルドからは特別功績としてAランクへの即時昇格を推薦します」
「Aランク……?」
「はい。Bランクを飛ばしてAです。民間船の救出と宙賊封鎖の単独突破は、十分な実績です」
Aランク。ランクDからスタートして、いつの間にかAだ。
「あと、足止めされていた民間船の船長たちから、護衛依頼が来てます。6件」
「6件?」
「あなたたちのチームに護衛してほしい、と。みんな、あの封鎖突破を見てたんです」
信用。
金では買えないものが、手に入った。
* * *
夜。メーディアの艦橋に1人でいた。
操縦席に座って、窓の外を見ている。レグルスの灯りが薄暗く宇宙を照らしている。
左手の横に赤いスイッチ。機雷投射機のトリガー。今日、初めて実戦で使った。
効いた。確かに効いた。こいつの欠点を逆手に取った戦い方が、この世界でも通用した。
こいつは相変わらずポンコツだ。攻撃力はゴミ。積載は装飾に食われてる。消せないオーラのせいでどこに行っても目立つ。
だが、今日、こいつの「欠点」で人を助けた。
目立つから囮になれた。機動性が高いから逃げながら機雷を撒けた。豆鉄砲しかないから、最初から正面戦闘なんて考えずに花道を磨いた。
全部、こいつがポンコツだったから辿り着いた戦い方だ。
まともな艦に乗ってたら、こうはならなかった。
「……認めたわけじゃないからな」
誰もいない艦橋で呟いた。
「お前がポンコツなのは変わらない。俺は今でもまともな艦に乗りたい。お前のシャンデリアは重いし、玉座は尻が痛いし、オーラは消せないし」
窓の外。宇宙の星が静かに瞬いている。
「だが、まあ。今日のお前は、ちょっとだけマシだった」
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ。
整備ロボが1体、キュルキュルと近づいてきた。
アームの先にカップを持っている。紅茶だ。
受け取った。一口飲む。いい茶葉を使ってるはずだが、ロボが淹れるとやっぱり味気ない。




