第14話 花道、敷きます
機雷投射機の取り付け作業、1日目。
メーディアの艦底。狭い。暗い。天井が低くて中腰じゃないと動けない。あれだけ豪華な内装の艦なのに、艦底はこの有様だ。客が見ない場所には金をかけない。こいつらしい。
リーネが端末で設計図を投影し、取り付け手順を指示する。ガルドが力仕事。俺が雑用。ロボが2体、補助で入っている。
「ボルト、そっちの穴に合わせて。上から3番目」
「こっちか」
「違う、左。……そう、そこ」
「重い。おい脳筋、支えろ」
「支えてる。お前が遅いんだ」
ガルドが投射機の本体を片手で支えている。50キロ以上ある金属の塊を片手で。この男の筋力は何でできてるんだ。
整備ロボがボルトを締めに来た。アームの先端にレンチのアタッチメントをつけて、器用にボルトを回していく。
ブブッ。
エラー音。
ロボのアームが止まった。ボルトの規格が、こいつらのデータベースにないのだ。兵装のボルトなんて、式典艦の整備ロボが知ってるわけがない。
「おい、どうした」
ロボがしばらくアームを動かさずにいた。分析しているのだろう。3秒。5秒。
アームが動いた。レンチの角度を微調整して、再びボルトを回し始めた。トルクの感覚だけで正しい締め付け圧を探っている。
「……適応したのか。今の5秒で」
掃除馬鹿をなめていた。こいつら、知らない作業でも現場で覚える。
ただし、ボルトを締め終わった後、投射機の表面についた手垢を丁寧に拭いていた。
お前ら、どんな作業でも最後は掃除で終わるんだな。
* * *
2日目。
配線作業。投射機をメーディアの動力系と接続する。
リーネが配線図を引き、ロボが接続する。俺は配線を束ねる係。ガルドは暇なので食堂で寝ていた。力仕事がないと役に立たない男だ。
「ケイト、この配線をメインの動力バスに繋ぐんだけど、メーディアの電力配分が独特すぎて困ってる」
「何が独特なんだ」
「シャンデリアへの電力供給が優先回路になってるの。動力系の配分を見ると、シャンデリア、照明、空調、シールド、エンジンの順」
「……シャンデリアがシールドより上なのか」
「ええ。設計者の優先順位がよく分かるわね」
頭がおかしい。戦闘中にシールドが落ちてもシャンデリアは光り続けるということだ。何を守りたいんだこの艦は。
「機雷投射機の電力は、どこから取る」
「装飾照明の予備回路から分岐させる。廊下の間接照明が少し暗くなるけど、投射機を動かすには十分」
「間接照明が暗くなる……」
ロボが1体、こっちを見た気がした。センサーのレンズがじっとこちらを向いている。
「……間接照明の件は、あいつらには黙っておこう」
「ロボが照明の暗さに気づいたら騒ぐかしら」
「騒がない。こいつら喋らないから。ただ、黙って間接照明の電球を増量しそうで怖い」
* * *
3日目。最終調整。
投射機の制御ソフトウェアをメーディアの操縦システムに統合する。リーネの仕事だ。
俺は艦橋の操縦席で、投射機のコントロールパネルを確認する。操縦桿の左側に、新しいスイッチが1つ追加された。カバー付きの赤いスイッチ。
「これを押すと、機雷が出る」
「そうよ。安全装置のカバーを開けて、スイッチを押すと投射。1回の押下で機雷1基。最大装填数12基。連射も可能」
「シンプルだな」
「複雑にする理由がないわ。あなたが操縦しながら押すんだから、シンプルでなきゃ困る」
スイッチに指を添える。赤い。目立つ。こいつの艦橋は白と金が基調なのに、ここだけ赤。浮いている。
「不格好だな」
「元が宮殿だから、何を付けても不格好よ」
「否定しないのか」
「事実を否定する趣味はないの」
全システムチェック完了。
投射機の動力接続、正常。制御ソフトウェア、正常。安全装置、正常。射出機構、正常。
「プリンセス・メーディア、機雷投射機――搭載完了」
リーネが淡々と報告した。
こいつに初めて「武器」と呼べるものが載った。Eランクの豆鉄砲2門を除けば、初めての。
いや、機雷は厳密には武器じゃない。防御兵装だ。撒いて、追手を止める。受動的な使い方。
だが、ゲーム時代を知っている俺には分かる。使い方次第で、これは最強の武器になる。
* * *
だが、肝心の機雷がない。
投射機は買えたが、弾がないのだ。残高1200クレドでは機雷を1基も買えない。1回分の装填、12基で3000クレド。
「空の銃を持ってるのと同じだな」
「銃じゃないけど、言いたいことは分かるわ」
次の定期便の報酬を待つしかない。
3日後。カリスト定期便。今回は2組4名。
往復して報酬3000クレド。チップが1500。合計4500。
機雷の調達費3000クレドを差し引いて、残りは2700クレド。カツカツだが、弾は手に入った。
メーディアの艦底で、機雷を装填する。
12基の機雷が投射機のマガジンに収まっていく。1基ずつ、ロボがアームで丁寧にセットする。
丁寧すぎるくらい丁寧に。まるで花瓶に花を生けるような手つきで。
「お前ら、それ爆発物だからな。花じゃないぞ」
ロボは聞いていない。最後の1基をセットし終えると、マガジンの表面を布で拭いた。
だからなぜ拭く。
装填完了。12基。
ゲーム時代の記憶が蘇る。
あの頃は、機雷をばら撒くのが18番だった。メーディアの視認性で敵を引きつけ、逃走ルートに機雷を設置し、追ってきた敵を機雷原に突っ込ませる。
掲示板では「花道」と呼ばれた。
姫が通った道に花が咲く。ただし、花は爆発する。
我ながら悪趣味な戦法だと思っていたが、効果は絶大だった。追ってくる敵が、追えば追うほど不利になる。
「この世界でも、やれるか……」
やるしかない。こいつの攻撃力がゴミである以上、正面から殴り合う選択肢はない。なら、殴り合わなくていい戦い方をするだけだ。
* * *
テスト射出。
レグルスから2時間ほどの無人宙域。何もない空間。テストにはうってつけだ。
「テスト射出、3基。間隔200メートル。行くぞ」
操縦桿の横の赤いスイッチ。カバーを開ける。指を置く。
押した。
メーディアの艦底から、機雷が射出された。
カシュン、という軽い音。派手さはない。豆鉄砲のビームのほうがまだ見栄えがする。
だが、射出された機雷は正確に展開した。宇宙空間に3つの光点が並ぶ。指定通りの間隔200メートル。
「展開正常。反応良好。起爆信管、待機状態」
リーネの報告。問題なし。
「起爆テスト。遠隔で1基だけ爆破する」
端末から起爆信号を送る。
光。
無音――当然だ、宇宙だから音はない。だが、モニター越しに見える爆発の閃光は、派手だった。機雷1基で半径30メートルの爆発域。小型艦なら直撃で致命傷。巡洋艦でもシールドを大きく削る。
「威力、十分ね。型落ちだけど、対艦用としては申し分ないわ」
「これが12基同時に展開されたら?」
「半径200メートル圏内が機雷原になる。高速で突入した艦は回避困難。減速して慎重に通過するしかないけど、その間に距離が開く」
つまり、追ってくる敵を確実に足止めできる。
ガルドが通信で言った。
「なあケイト。これ、お前が撒いて逃げて、俺が横から追い込む形にしたらどうなる」
「どういうことだ」
「お前が機雷原を作って、敵がそこを避けようとする。避けた先に俺がいる。挟撃だ」
――そうか。
ゲーム時代の「花道」は、逃げるための戦法だった。追手を止めて逃げ切る。それだけだ。
だが、ガルドがいる今、話が変わる。
機雷原で逃げ道を塞ぎ、ガルドの火力で叩く。受動的な防御兵装が、能動的な攻撃の一部になる。
「……面白いな。ゲームの時は思いつかなかった」
「ゲーム?」
「いや、何でもない。リーネ、その戦術、シミュレーションできるか」
「もうやってるわ。成功率は敵の練度次第だけど、赤牙の哨戒艦レベルなら80パーセント以上。巡洋艦相手でも50パーセントは見込める」
「ヴェルナー相手は」
「……20パーセント。あの男、機雷原くらいで引っかかるほど甘くないわ」
「まあ、そうだろうな」
それでも、ゼロじゃない。前回まではヴェルナーに対する反撃手段がゼロだった。20パーセントでも、持っているのと持っていないのでは天と地の差がある。
* * *
3人でメーディアの食堂に戻り、新戦術を詰めた。
名前はそのまま「花道」でいいだろう。ゲーム時代からの継承だ。
【戦術「花道」概要】
①メーディアが囮として敵を引きつける(プリンセス・オーラ全開)
②逃走しながら航路上に機雷を投射。追手の進路を機雷原で塞ぐ
③リーネが偽信号ブイで敵の動きを誘導。機雷原への進路を作る
④ガルドが機雷原の反対側に回り込み、逃げ場を失った敵を火力で叩く
⑤状況に応じて、メーディアの豆鉄砲も撃つ(気持ちの問題)
「⑤はいらなくないか」
「気持ちの問題って自分で書いただろ」
「書いた。書いたが、リーネに突っ込まれると思わなかった」
「突っ込むわよ。作戦書に『気持ちの問題』は普通書かないの」
ガルドが肩を揺すって笑っていた。
いい戦術だ。こいつの弱さを前提にした、こいつにしかできない戦い方。
攻撃力がゴミだから、囮で引きつける。機動性が高いから、撒きながら逃げられる。視認性が300パーセントだから、敵が勝手に追ってくる。
全部、こいつの「欠点」と言われてきたスペックだ。
それが全部、花道では「長所」に変わる。
腹立つ。こいつは腹立つくらい、戦い方を選ぶ艦だ。正攻法じゃ使えない。邪道でしか輝かない。
まるで俺みたいだな。
――いや、似てるとか言いたくない。こんなポンコツと。
* * *
テストも終わり、新戦術の骨子も固まった。あとは実戦で試す機会を待つだけ。
できれば来てほしくない。平和に定期便で稼いで、たまに囮をやって、シャンデリアの下で飯を食う。それが理想だ。
だが。
その夜。ギルドから緊急通信が入った。
【緊急警報 レグルス運送ギルド】
発信:レグルス管制局経由
内容:赤牙艦隊がカリスト・コロニー方面の主要航路に大規模展開。
航路上の全艦に退避勧告発令中。
複数の民間船が航路上で足止めされている模様。
護衛なしの通過は極めて危険。
カリスト方面の航路。
俺たちの定期便の航路だ。
「リーネ」
「もう調べてるわ。足止めされている民間船のリストが管制局から出てる」
端末の画面にリストが表示される。レグルスからカリストに向かう途中で動けなくなっている艦の一覧。
その中に、見覚えのある名前があった。
客船『シュテルン・ライゼ』。レグルス発カリスト行き。乗客名簿に――ヘルムート・フォン・アイゼンシュタイン。マルタ・フォン・アイゼンシュタイン。
「……ヘルムート夫妻が乗ってる」
別の客船でカリストに向かっていたのだ。俺の定期便じゃない便で。
その便が、赤牙の封鎖で足止めされている。
「助けに行くか」
ガルドが聞いた。真顔だ。
「……別に、助けに行く義理はない。あの人たちはうちの客だが、今乗ってるのは別の船だ。俺たちの依頼じゃない」
「だが?」
だが。
ヘルムート氏は、こいつに乗って「こういう船に乗りたかった」と言った人だ。
あの人のチップで茶葉のランクを上げた。あの人の口コミで客が増えた。あの人がいなければ、機雷投射機の購入資金は貯まらなかった。
義理がないとは、言えない。
いや、義理とかじゃない。
「あの人たちは俺の飯の種だ。太客を失うわけにはいかない」
そう言い聞かせた。そういうことにしておく。
リーネが眼鏡を直した。
「素直じゃないわね」
「うるさい」
「で、行くの?」
「行く」
ガルドが拳を鳴らした。
「よし。やっと暴れられる」
「暴れるんじゃない。救出だ」
「同じだろ」
同じじゃない。だが、言い争ってる場合じゃない。
操縦席に座る。
左手の横に、赤いスイッチがある。機雷投射機のトリガー。取り付けてからまだ数日。テスト射出を1回やっただけ。
実戦投入が、想定よりずっと早く来た。
「メーディア、出航」
こいつのスラスターが唸り、レグルスのドッキングベイを離れる。
プリンセス・オーラが輝く。宇宙に金色の粒子が散る。
相変わらず派手だ。相変わらず目立つ。相変わらず、こいつは消せない光を撒き散らしている。
だが今日は、その光の下に、12基の機雷がある。
花道の花が、初めて実戦で咲く。




