第13話 何とかする
罠にハメられてから1週間。
ヴァナルガンドはレグルスのドックで修理中。ガルドは毎日ドックに通って修理の進捗を睨んでいる。暇なのか心配なのか、たぶん両方だ。
その間、メーディアとヘルメティカの2艦で定期便をこなしている。護衛がいない分、安全な航路だけを選んで運航する。収入は減るが、止めるわけにはいかない。
チームの空気は重かった。
誰も口には出さないが、全員が同じことを考えている。あの判断は正しかったのか。もっと慎重にすべきだったのではないか。
俺は考えていた。あの依頼を受けると決めたのは俺だ。リーネが「否定できない」と言ったリスクを、金額に目が眩んで飲み込んだ。結果、ガルドの艦が大破し、貯金は後退した。
反省は必要だ。だが、立ち止まっている余裕はない。
* * *
ギルドにゾルダ商会の件を正式に報告した。
窓口の職員が青い顔をしていた。ギルドを通した正規の依頼が罠だったのだ。信用問題に直結する。
「調査の結果、ゾルダ商会は赤牙のダミー会社であることが確定しました。登記情報は偽造。取引実態もなし。ギルドとして全運送屋に警告を発令します」
「遅いよ」
「……申し訳ありません」
職員を責めても仕方ない。こいつらも騙された側だ。
「今後の対策は」
「依頼主の身元確認プロセスを強化します。それと、赤牙関連の情報を共有するネットワークを構築中です」
帰ろうとしたところで、職員が俺を呼び止めた。
窓口ではなく、裏の廊下で。周囲を確認してから、小声で言った。
「ケイトさん。1つだけ、個人的に」
「何だ」
「赤牙の本拠地の位置を調べている組織があるらしいんです。軍の関係筋から漏れてきた話で、確度は分かりませんが」
「……軍が動いてるのか」
「正規軍かどうかは分かりません。ただ、赤牙がこの宙域で暴れすぎて、上のほうも放置できなくなってきてるみたいです。もし何か具体的な情報が入ったら、お伝えします」
「助かる。ありがとう」
赤牙の本拠地。それが分かれば何かが変わるのか。今の俺たちには、本拠地を叩く力なんてない。だが、情報は持っておいて損はない。
* * *
定期便は、ありがたいことに順調だった。
いや、順調どころか、客が増えていた。
ヘルムート夫妻が2往復目にやって来た。今度は友人のシュタイナー夫妻を連れて。
「ヘルムートさんに薦められてね。『あの船は一度乗るべきだ』と」
シュタイナー夫人がメーディアの艦内に入った瞬間、目を見開いた。
「まあ……本当に宮殿だわ」
宮殿。まあ、こいつの見た目はそう見えるらしい。俺にとっては「積載の41.7パーセントを無駄に食ってるド派手な箱」でしかないが。
整備ロボがフルサービスモードで出迎え。荷物を運び、客室に案内し、紅茶を淹れる。ナプキンは扇形。もはや標準仕様になったらしい。
シュタイナー夫妻は大いに満足し、帰り際にチップを3000クレド置いていった。
金持ちのチップ感覚、いまだに慣れない。ありがたいが、慣れない。
口コミの威力は凄まじかった。
カリスト・コロニーの富裕層コミュニティで「あのキラキラの船」が話題になっている。ギルドに問い合わせが来るようになった。
「ケイトさん、また予約が入ってます。来月分、もう3組」
「3組? こいつの客室、何部屋あったっけ」
「4部屋です。メーディアの設計図によれば」
4部屋。つまり4組まで同時に乗せられる。満室が見えてきた。
こいつ、戦艦としてはポンコツのくせに、客船としてはやたら優秀だ。腹立つ。
* * *
罠から2週間後。ヴァナルガンドの修理が完了した。
ガルドがドッキングベイに現れた時、不思議とチームの空気が変わった。重かった空気が、すっと軽くなった。
「待たせたな」
「遅え」
「修理に文句言うな。溶接のおっさんが丁寧にやってくれたんだ」
ヴァナルガンドの左舷装甲は新品に換装されている。前より少しだけ色が明るい。
「修理費は」
「5200クレド」
概算の範囲内だが、痛い。チーム口座から引いて、残高は5300クレド。
18500あった貯金が、5300まで減った。振り出しとまでは言わないが、大幅な後退だ。
だが、リーネが1つ、良い報告を持ってきた。
「赤牙の動きを分析したんだけど、あの包囲作戦にかなりの資金を投じてるわ。哨戒艦8隻と巡洋艦3隻を1つの宙域に集中させるのは、宙賊としてはかなりの大作戦。他の活動を犠牲にしてる」
「つまり」
「赤牙も余裕がない。しばらくは大規模作戦は仕掛けてこられない。ヴェルナーへの報酬もバカにならないはず。今は、お互いに立て直しの期間よ」
敵も傷ついている。それは好材料だ。
「今が稼ぎ時だ」
俺は立ち上がった。
「定期便を増便する。カリストの客が増えてる。月2往復を月3往復に。さらに、小規模の囮依頼も受ける。ただし、依頼主の身元はリーネが徹底的に洗ってから」
「当然」
「ガルド、船の調子は」
「万全だ。むしろ修理前より調子いいかもしれん」
「なら行ける。取り返すぞ」
* * *
そこからの数週間は、怒涛だった。
定期便。月3往復。
メーディアのフルサービスモードが回を重ねるごとに洗練されていった。ロボたちが客の好みを学習し始めた。ヘルムート氏は紅茶を濃いめに好む。マルタ夫人は花を左側に飾ると喜ぶ。シュタイナー氏は食後にブランデーを嗜む。
指示していないのに、こいつらは勝手に対応を変えていた。学習するAIだ。掃除と装飾にしか興味がないと思っていたが、接客も覚えるらしい。
……便利だが、こいつらが優秀だと、メーディアが優秀みたいに聞こえるから癪だ。
囮依頼。小規模なものを3件。
リーネが依頼主の身元を徹底的に洗い、安全を確認した上で受ける。赤牙が仕掛けてこない間に、別の宙賊勢力への囮任務をこなした。こいつの視認性が相変わらず仕事をする。キラキラ光る宮殿が航路を進むだけで、宙賊がホイホイ寄ってくる。寄ってきたところをガルドが殴る。
パターン化してきた。だが、パターンが通用するうちは安定だ。
物資運搬。隙間時間に2件。
カリストの食品調達局からの追加依頼。高級食材の定期輸送。こいつのケータリング冷蔵庫が、相変わらず無駄に優秀で困る。
3人の連携が、目に見えて噛み合ってきた。
ガルドが航行中に暇すぎて始めた筋トレが、いつの間にか「3セット終わったら折り返し地点」という謎の指標になっていた。
リーネがメーディアのセンサーを常時モニターし、航路上のリスクをリアルタイムで排除するようになった。おかげで、定期便のトラブル率がゼロだ。
俺はこいつの操縦と料理担当。腕が上がったと言いたいが、ロボが盛り付けを勝手に直すので、俺の腕なのかロボの腕なのか分からない。たぶんロボだ。
* * *
罠から6週間後。
端末を開いて、口座残高を確認した。
【チーム口座残高】
現在の貯蓄:24000クレド
目標:25000クレド
不足分:1000クレド
「……あと1000」
声が震えた。5300まで落ちた貯金が、6週間で24000まで戻った。定期便の増便とチップの威力だ。カリストの金持ちたちが、こいつの無駄に豪華な内装に金を払ってくれた。
あと1000クレド。次の依頼1回で届く。
「リーネ、次の定期便はいつだ」
「明後日。ヘルムート夫妻+新規2組。メーディアの客室4部屋のうち3部屋が埋まってるわ」
「満室じゃないのか」
「残り1部屋は来月の予約が入ってる。今月は3組」
3組で報酬3000クレド。チップが入ればさらに上乗せ。確実に25000を超える。
「行ける。次で届く」
* * *
定期便当日。
ヘルムート夫妻は3度目の乗艦だ。もう常連と呼んでいい。
「ケイトくん、また来たよ」
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
「今日は新しいお客さんを2組連れてきた。どちらも私の古い友人でね」
新規客の1組目はカリストの貿易商。2組目は引退した元外交官夫妻。どちらもヘルムート氏の口コミで来た。
メーディアの艦内に入った瞬間のリアクションは、もうお馴染みだ。
「おお……!」
「まあ、素敵……!」
シャンデリア、赤絨毯、ステンドグラス。こいつのド派手な内装が、金持ちの心を掴む。
俺にとっては「なんでこんなもんに積載を食われてんだ」としか思えないのだが、世の中の評価は違うらしい。こいつの趣味の悪さが金を生む。皮肉な話だ。
食堂が、初めて満席になった。
3組6名の旅客と、俺。テーブルを2つ繋げて、整備ロボがフルセッティングを敷く。白いクロス、銀の食器、一輪挿し。ナプキンは扇形。今回は花が3つに増えていた。ロボ、増やしたな。どこから持ってきた。
料理を出す。俺が焼いた肉と野菜を、ロボが例によって勝手にミシュラン風に盛り直す。
「これはフレンチですか? それとも創作料理?」
「あー……当艦のオリジナルです」
嘘は言ってない。ロボの盛り付けと俺の雑な味付けの合作は、確かにどこにも存在しないオリジナルだ。
食後、ヘルムート氏が窓際の席で紅茶を飲みながら言った。
「ケイトくん。この船は、来るたびに良くなっているな」
「そうですか?」
「ロボットたちの動きが変わった。前より、客をよく見ている。好みに合わせて動いている」
さすが元提督だ。観察が鋭い。
「あいつらが勝手に学習してるんです。俺が教えたわけじゃないんですが」
「いい船だ。いい乗組員だ」
こいつはポンコツだし、あいつらは掃除馬鹿だ。と、心の中で思ったが、口にはしなかった。客の前だ。
* * *
航行は平穏だった。ガルドの筋トレが4セットに増えていた。暇すぎて記録更新したらしい。
カリスト・コロニーに到着。旅客を送り届け、依頼完了。
【運送ギルド レグルス支部 依頼完了通知】
対象:ケイト/プリンセス・メーディア
依頼内容:定期クルーズ便(レグルス→カリスト・コロニー)
輸送評価:S
旅客数:6名(3組)
報酬:3000クレド
チップ:合計4000クレド
3000プラス4000。7000クレド。
チップが報酬を超えている。金持ちの世界は理解できない。だが、ありがたい。
レグルスに戻り、メーディアの食堂で端末を開いた。
口座残高を更新する。
【チーム口座残高(更新)】
現在の貯蓄:26200クレド
目標:25000クレド
超えた。
25000クレドを、超えた。
画面を見つめる。数字が滲んだ。目が疲れてるのだと思った。たぶんそうだ。
「届いた?」
リーネの声。いつから後ろにいたのか。
「……届いた」
「そう」
それだけ言って、リーネは紅茶を淹れに行った。自分で淹れるようになっていた。ロボより少しだけ美味いと、本人は認めないが。
ガルドが食堂に入ってきた。
「で、どうすんだ」
「何が」
「25000超えたんだろ。買うのか、買わないのか」
「……買う」
「よし。じゃあ買いに行くぞ」
「今からかよ」
「善は急げだ」
* * *
レグルスの兵装ディーラーに向かった。
ステーションの下層、治安があまりよろしくないエリアにその店はあった。『ヴォーグ兵装店』。看板が錆びている。
店主は髭面の中年男で、ガルドと同じ匂いがした。元軍人だろう。
「機雷投射機。中古で。メーディア級の拡張スロットに載る規格」
「メーディア級? 聞いたことねえな。規格は?」
リーネが端末からスロットの仕様を見せた。店主が眉を上げた。
「……汎用兵装マウントの規格Cか。あるにはある。型落ちの軍放出品だが、動く」
「いくらだ」
「25000。値引きはしねえ」
「分かった」
即決。値引き交渉なし。ガルドが横で「値切れよ」と小声で言ったが、無視した。6週間、このためだけに稼いできたんだ。ここで1000クレド値切るために30分使いたくない。
25000クレドを支払った。
残高1200クレド。
肉串600本分。
ほぼすっからかんだ。だが、手元には中古の機雷投射機がある。
「取り付けはどうする」
リーネが聞いた。
「こいつの拡張スロットに自分たちで取り付ける。ロボにも手伝わせる」
「あのロボたち、兵装の取り付けなんてやったことないでしょうね」
「シャンデリアの整備ができるやつらだ。機雷投射機くらい何とかなるだろ」
「論理が破綻してるわ」
破綻してるが、他に手がない。
メーディアに戻った。艦底の拡張スロットの前に立つ。
空っぽだった場所に、これから機雷投射機が載る。
こいつに初めて、まともな――いや、まともかどうかは微妙だが――武装が積まれる。
「やっとだ。やっとこいつに、逃げる以外の選択肢ができる」
嬉しいかと聞かれたら。
嬉しいわけがない。こんなポンコツに25000クレドも注ぎ込まなきゃいけない状況そのものが、不本意だ。まともな艦に乗れてたら、こんな苦労はしなかった。
だが。
今はこいつしかない。こいつで戦うしかない。こいつで生き延びるしかない。
なら、こいつにできる限りのことをしてやる。不本意だろうが何だろうが。
「……取り付け、始めるぞ」
整備ロボが2体、キュルキュルと寄ってきた。機雷投射機を見て、一瞬アームの動きが止まった。
こいつらの中に「兵装」のデータはないのだろう。戸惑っている。
だが、3秒後にはアームを伸ばして投射機のボルトを回し始めた。
適応が早い。掃除馬鹿なりに、器用なやつらだ。




