第12話 メーディア、影分身の術
18500クレド。
あと6500で、機雷投射機に届く。
定期便と囮依頼の二刀流が軌道に乗り、貯蓄は順調に増えていた。あと2ヶ月もあれば届く計算だ。
だが、2ヶ月を待つ必要がなくなる依頼が、ギルドの掲示板に出た。
【特殊依頼 Bランク】
依頼主:ゾルダ商会
内容:囮輸送
詳細:高額貨物の輸送ルートを秘匿するため、囮艦による陽動を実施。
指定航路を視認性の高い艦で航行し、宙賊の注意を引きつけること。
報酬:10000クレド
10000クレド。
これ1回で目標を超える。
「美味すぎないか」
ガルドが掲示板を見ながら言った。美味すぎる。俺もそう思う。
リーネに調査を依頼した。
* * *
翌日。メーディアの食堂で報告を受ける。
「ゾルダ商会。登記上は存在する。中規模の貿易商。ただし、実態が掴みにくい。取引先の情報が少なくて、表向きの活動と規模が一致してない」
「つまり怪しい」
「怪しいわね。ただ、依頼内容自体は前回の囮依頼と同じ形式よ。ギルドを通してるから、最低限の保証はある」
「罠の可能性は」
「否定できない。でも、確定もできない」
ガルドが肉を噛みながら言った。
「金がいいなら受けろ。罠だったら殴って帰ればいい」
「殴って帰れるかどうかが問題だろ」
「殴れなかったことあるか?」
「ヴェルナーの時」
「あれは殴り合いの前に逃げただろ。殴ってない」
屁理屈だ。だが、ガルドの言いたいことは分かる。慎重になりすぎて機会を逃すのも問題だ。
「……受ける。ただし、警戒は最大で。リーネ、センサーの走査範囲を最大にして、通信傍受も常時。少しでもおかしかったら即撤退」
「了解」
「あと、通信ブイ射出装置。あれ、使える状態か?」
リーネが眼鏡を押し上げた。
「応急だけど、偽信号発信器への換装は終わってる。ブイは6基。1回の射出で6つの偽目標を生成できる」
「保険があるのは心強い。よし、行くぞ」
* * *
3艦編隊で出発。
指定されたルートは、レグルスから辺境方面に向かう中距離航路。赤牙の活動域の端をかすめるルートだ。前回の囮依頼と似た構成だが、距離がやや長い。
メーディアがプリンセス・オーラを全開にして先頭を航行する。キラキラ光る純白の宮殿が、宇宙の闇を往く。
いい加減このキラキラにも慣れた。慣れたというか、諦めた。こいつに乗る以上、地味に生きるという選択肢は最初からない。どこまでも目立つ。勝手に目立つ。こいつの数少ない取り柄だ。取り柄というか、呪いだが。
航行1時間。静か。
航行2時間。静か。
航行3時間。
「……おかしい」
リーネの声が通信に入った。
「食いつきが遅い。このルート、赤牙の哨戒範囲をかすめてるのに、接触がない。前回の囮任務では1時間半で反応があった」
「たまたま、じゃないのか」
「たまたま3時間も空くのは不自然よ。哨戒艦が1隻もセンサーに引っかからない。まるで……」
リーネが言葉を切った。
「まるで、この宙域から意図的に引いてるみたい」
背筋が冷たくなった。
「リーネ、全周走査。最大出力」
「もうやってる。……待って」
3秒の沈黙。
「センサー反応。複数。方位――全方位」
* * *
モニターが赤く染まった。
センサーの画面に、次々と光点が出現する。
前方。後方。左舷。右舷。上方。下方。
どこを見ても、敵がいる。
「IFF照合――赤牙。哨戒艦8隻、巡洋艦3隻。……包囲されてる」
リーネの声が平坦だった。平坦すぎた。本気で危険な時、この女は感情を消す。
「罠か」
「ええ。依頼そのものが罠だったのよ。囮航路に誘い出して、待ち伏せ。哨戒艦を引いてたのは、ここに集めてたから」
リーネが11話のあの日言っていた「嵐の前の静けさ」。これのことだった。赤牙は数週間かけて戦力を集め、俺たちをこの宙域に誘い込んだ。
そして、トドメ。
「追加のセンサー反応。方位180。単艦。IFF――」
リーネの声が、一瞬詰まった。
「傭兵艦グラオザーム」
通信パネルが点滅した。
開く。
「お久しぶりです、ケイトさん」
丁寧な声。低く、落ち着いていて、知性を感じさせる。
ヴェルナーだ。
「前回は見事な逃走でした。廃棄ステーションの防衛システムを利用するとは、参りました」
「……褒められても嬉しくないな」
「今回は退路を塞がせていただきました。ご了承ください」
通信が切れた。
モニターを見る。グラオザームは退路側に位置している。前方は赤牙の艦隊。後方はグラオザーム。左右も赤牙。
完全包囲だ。
* * *
「ケイト」
ガルドの声。低い。戦闘態勢だ。
「状況は見てる。で、どうする」
「……考えてる。30秒くれ」
「30秒も悠長に待ってくれねえだろ、あいつら」
「20秒で考える」
頭を回す。
正面突破。ガルドのバフ込み火力で1点を抜く。だが、巡洋艦3隻が前方にいる。抜けるか? 抜けても、後方のグラオザームが追ってくる。
逃走。どこに? 全方位が塞がれている。小惑星帯も廃棄ステーションも近くにない。
電子戦。リーネの偽通信で混乱させる。前回はそれで切り抜けた。だが今回の相手は、前回それで騙された連中だ。同じ手は警戒している。
――待て。同じ手じゃない。
今の俺たちには、前回にはなかったものがある。
「リーネ」
「何」
「通信ブイ射出装置。あれを使う」
「……今?」
「今だ。ブイ6基を全方位に射出。偽のメーディアを生成しろ。センサー上にこいつが10隻いるように見せる」
リーネが1秒だけ黙った。そして。
「面白いわね。やる」
* * *
メーディアの第4デッキ。通信ブイ射出装置が起動した。
円筒形の装置から6本のアームが伸び、先端のカプセルが射出態勢に入る。リーネが遠隔でパラメータを調整している。
「各ブイにメーディアのセンサーシグネチャを複製。プリンセス・オーラの電磁パターンも模倣する。射出後、ブイはそれぞれ異なる方向に展開して、メーディアと同一の反応を出し続ける」
「要するに、こいつの分身が6体できる」
「本体と合わせて7体。さらに、各ブイが反射波を生成するから、センサーの種類によっては10以上の反応に見える」
「メーディアが10隻。この宇宙で最も嫌な光景だな」
「あなたが言う?」
「俺が一番嫌だよ。こいつが10隻もあったら地獄だ」
「射出準備完了。いつでも」
「ガルド、聞こえてるか」
「聞こえてる」
「ブイ射出と同時に、方位350に全力射撃。包囲の薄い部分をぶち抜く。そこから脱出する」
「方位350。巡洋艦1隻と哨戒艦2隻か。バフ込みなら抜ける」
「リーネ、合わせろ」
「了解。カウント。3、2、1――射出」
メーディアの艦底から、6つのカプセルが放たれた。
カプセルは宇宙空間に散開し、数秒後、起動した。
プリンセス・オーラの電磁パターンを模倣した金色の光が、6つの点から同時に放たれる。センサー上に、メーディアと同一のシグネチャが7つ、そしてノイズを含めれば10以上の反応が一斉に出現した。
赤牙の艦隊のセンサーが、一瞬で混乱した。
さっきまで1隻だった標的が、突然10隻に増えた。どれが本物だ。全部キラキラしている。全部プリンセス・オーラを出している。全部メーディアに見える。
通信が飛び交っているのが、リーネの傍受画面に映った。
「『何だこれは! 敵が増えた!』『馬鹿な、増援か!?』『10隻だと!? メーディアが10隻!?』」
「メーディアが10隻。想像しただけで吐き気がするな」
「同感だわ」
リーネが珍しく笑った。
* * *
混乱は15秒と続かない。プロの軍人なら偽目標を見抜くだろう。だが、赤牙は宙賊だ。訓練された軍とは錬度が違う。15秒が30秒に伸び、30秒が1分に伸びる。
その1分で十分だった。
「ガルド、今だ!」
「おおおッ!」
ヴァナルガンドが方位350に突進した。プリンセス・オーラのバフが乗った全砲門斉射。
包囲の薄い部分。巡洋艦1隻と哨戒艦2隻。
主砲4門の斉射が巡洋艦の正面シールドを叩き割った。2射目で装甲を抉る。3射目が機関部を貫通し、巡洋艦が爆散した。
哨戒艦2隻がパニックを起こす。僚艦の巡洋艦が3発で沈んだのだ。偽目標の混乱もまだ続いている。2隻は散り散りに逃げた。
穴が開いた。
「行くぞ! メーディア全速!」
こいつのスラスターを全開にする。白い艦体が光を残して加速する。ヘルメティカがぴったりついてくる。
包囲を突破した。
だが、1隻だけ追ってくる艦があった。
当然だ。
グラオザーム。
偽目標に一切騙されていない。ヴェルナーは最初から光学カメラで本体を追っていたのだろう。センサーに頼らず、目で見ていた。プロの傭兵だ。
「……来やがった」
ガルドの通信。声が獰猛だ。
「ケイト。先に行け」
「ガルド?」
「あいつは俺が止める。お前とリーネは離脱しろ」
「馬鹿言うな。あいつと正面からやったら――」
「互角だろ? なら持ちこたえられる。お前らが安全圏に出るまで、時間を稼ぐ」
ヴァナルガンドが反転した。黒鉄の重装戦艦が、灰青色の傭兵艦に向かって真正面から突っ込んでいく。
「……ガルド!」
「さっさと行け。シャンデリア野郎」
こいつの悪口に俺が巻き込まれてる。だが、今は言い返してる場合じゃない。
「リーネ、離脱ルートを出せ」
「もう出してる。方位015、最寄りの安全宙域まで12分」
「行くぞ」
* * *
メーディアとヘルメティカが全速で離脱する。
背後のモニターに、ヴァナルガンドとグラオザームの戦闘が映っている。
砲火の応酬。ビームが交差する。爆発の閃光。
メーディアがガルドから離れていく。50キロのラインが近づく。
「ガルド、もうすぐバフ圏外に出るぞ」
「知ってる。さっさと行け。バフなしでもやれる」
50キロを超えた瞬間、モニター上のヴァナルガンドの出力表示がわずかに下がった。15パーセントの上乗せが消える。
だが、ガルドの戦い方は変わらなかった。
互角だった。
ガルドの火力はバフが切れた状態でも凄まじい。ヴェルナーの操艦技術もまた一級。2隻の艦が至近距離で撃ち合い、回避し、旋回し、また撃つ。
殴り合い。純粋な殴り合いだ。
「ガルド、無事か」
「黙れ。集中してる」
通信越しに、ガルドの荒い息が聞こえた。
モニターの中で、ヴァナルガンドのシールドが赤く点滅している。限界が近い。
だが、グラオザームも無傷ではない。ガルドの主砲が何発か食い込んでいる。
「ケイト、安全宙域まであと3分」
「ガルド、3分だ! 3分持ちこたえろ!」
「……知ってる!」
3分間。
永遠のような3分間だった。
モニターの中で、ガルドのシールドが落ちた。装甲に直接ビームが当たる。火花。破片。ヴァナルガンドの左舷装甲が抉れているのが見える。
「ガルド!」
「まだだ!」
ヴァナルガンドが最後の全砲門斉射を放った。至近距離からの全弾発射。グラオザームのシールドが震え、装甲に火花が散る。
ヴェルナーが退いた。
深追いしない。グラオザームが減速し、距離を取る。
通信が入った。
「……今日はここまでにしましょう。これ以上は、お互いに損害が大きい」
ヴェルナーの声は冷静だった。殴り合いの直後だとは思えないほど。
「次は、もう少し手際よくやります。それでは」
グラオザームが反転し、離脱していった。
* * *
合流地点。
ヴァナルガンドの状態を見て、俺は言葉を失った。
左舷装甲がごっそり抉れている。砲塔の1基が破損。シールド発生装置もダメージを受けている。機関系は無事だが、このまま戦闘に出れば沈む。
大破寸前だ。
「……ガルド」
「生きてるぞ。船も動く。帰れる」
「帰れるけど、この損傷は……」
「修理すりゃ直る。金はかかるがな」
金。そう、金だ。
今回の依頼は罠だった。報酬はない。ゼロ。
それどころか、ヴァナルガンドの修理費がかかる。
リーネが端末を叩いた。
「ヴァナルガンドの修理費、概算で4000から6000クレド」
18500クレドの貯蓄から、5000前後が消える。
「……ふざけんなよ」
誰に向かって言ったのか分からない。赤牙に対してか。ヴェルナーに対してか。それとも、こんな罠に引っかかった自分に対してか。
たぶん全部だ。
* * *
レグルスに帰還。ヴァナルガンドをドックに入れた。
メーディアの食堂。3人でテーブルを囲む。
整備ロボがいつも通りセッティングした。白いクロス。銀の食器。一輪挿し。
その完璧な日常が、今日はどこか空々しかった。
「整理するわ」
リーネが紅茶に手をつけずに言った。
「依頼自体が罠だった。ゾルダ商会は赤牙のフロントか、赤牙に買収された商会。ギルドを通した正規の依頼に見せかけて、私たちを指定宙域に誘い込んだ」
「ギルドは?」
「騙されてた側。ゾルダ商会の実態を見抜けなかった。ギルドには報告する。再発防止を求める」
「報酬は」
「当然ゼロ。依頼自体が虚偽だから」
ガルドが低い声で言った。
「修理費で貯金が減る。機雷投射機がまた遠のいた」
「ああ。だが、全員生きてる。それは大きい」
紅茶を飲む。味は、うまい茶葉を使ってるはずだが、今は何も感じない。
「1つだけ、収穫はある」
リーネが言った。
「通信ブイ射出装置。あれは効いた。赤牙の艦隊を1分以上混乱させた。実戦で有効性が証明された」
「ブイの残りは?」
「ゼロ。6基全部使い切った。補充が必要。1基あたり500クレド、6基で3000」
また金がかかる。
「でも、あれがなかったら今日は帰って来られなかった。投資する価値はある」
その通りだ。通信ブイがなければ、あの包囲を破れなかった。こいつの無駄に豪華な式典中継設備が、今日俺たちの命を救った。
ポンコツはポンコツだが、たまに予想外のことをする。腹立つくらいに。
ガルドが立ち上がった。
「俺はドックに行く。ヴァナルガンドの修理の立ち会いだ」
「ガルド」
「あ?」
「……悪かった。あの依頼、受けるべきじゃなかった」
ガルドが振り返った。いつもの荒っぽい顔。だが、怒りはなかった。
「てめえが謝ることじゃねえ。判断は全員でした。それに――」
ガルドが肩を鳴らした。
「あいつと殴り合えたのは、悪くなかった。次は負けねえ」
去っていった。
リーネが紅茶を一口飲んだ。ようやく飲んだ。
「彼、強いわね。あの損傷でヴェルナーを足止めしたのは、普通じゃないわ」
「ああ」
「……赤牙が本気で来てる。次はもっと大きな仕掛けで来るかもしれない」
「分かってる」
テーブルの上の紅茶を見つめる。
18500から修理費を引いて、ブイの補充費を引いて。貯蓄がいくら残るか、計算したくなかった。
だが、計算した。
【チーム口座残高(更新)】
修理費概算:5000クレド
ブイ補充費:3000クレド
残高:10500クレド
目標:25000クレド
不足分:14500クレド
肉串で数えたら7250本。
笑えなかった。




