第11話 宮殿ホテル?、本日開業
定期クルーズ便、初日。
整備ロボたちの動きが、明らかにおかしかった。
いつもの3倍は動いている。廊下を磨き、絨毯のシワを直し、シャンデリアのクリスタルを1つ1つ拭き上げ、ステンドグラスの枠の隙間まで掃除している。客室のベッドメイキングは角が定規で測ったように揃っていた。
こいつら、「旅客」という言葉に反応して何かのモードが切り替わったらしい。
「お前ら、いつもと何が違うんだ」
ロボは答えない。1体が俺の足元を通過して、食堂のテーブルクロスを交換しに行った。いつもの白いクロスじゃない。金の刺繍が入った、さらに上等なやつだ。どこに隠してたんだそれ。
「……フルサービスモード、ってやつか」
ゲームにはなかった概念だ。だが、こいつらの中には「旅客を迎える時はこう動く」というプログラムが最初から組まれていたのだろう。式典艦として造られた艦だ。客をもてなすのが、本来の仕事。戦闘じゃない。
つくづく、戦艦として使うほうが間違っている艦だ。俺はまともな艦に乗りたかった。
だが、今はこいつしかない。ならせめて、こいつにできることで稼ぐしかない。
* * *
初回の旅客は、老夫婦だった。
カリスト・コロニー在住のヘルムート氏とマルタ夫人。予約時の備考欄には「静かで優雅な船旅を希望」と書かれていた。
ドッキングベイで出迎える。
ヘルムート氏は白髪の背の高い老人で、姿勢が良かった。軍人特有のまっすぐな背筋。マルタ夫人は小柄で穏やかな顔をしている。2人とも身なりが整っていて、品がある。
メーディアのハッチを開けると、マルタ夫人が小さく息を呑んだ。
「まあ……」
赤絨毯。シャンデリア。ステンドグラス。
フルサービスモードの整備ロボたちが、廊下の左右に整列して待機していた。
待機。
整列。
こいつら、出迎えの隊列を組んでいる。誰も指示していないのに。
「あなた、見て。まるで宮殿ホテルだわ」
「ほう……」
ヘルムート氏が艦内を見回した。老人の目だが、鋭い。装飾の質、照明の配置、空間の広さ。全部を一瞬で査定しているような視線だった。
「素晴らしい船だな。この内装は、ただの飾りではない。設計に品がある」
妙な気分だった。
「趣味が悪い」と言われ続けたこいつの内装が、「品がある」と評された。俺が好きで乗ってるわけじゃないんだが、文句ばかり言われるのと褒められるのでは、やはり気分が違う。
「ありがとうございます。まあ、こいつにも取り柄はあるみたいで」
「謙遜するな。いい船だ」
「……どうも」
ヘルムート氏が微笑んだ。穏やかな笑みだった。
* * *
客室に老夫婦を案内する。
整備ロボが先導し、荷物を運び、ドアを開け、室内の照明を調整した。マルタ夫人のコートを受け取ってクローゼットに掛け、スリッパを出し、窓際のテーブルに紅茶のセットを用意した。
全部、無言で。
指示なしで。
「まあ、気が利くロボットね。ありがとう」
マルタ夫人がロボに礼を言った。ロボは当然ながら返事をしない。だが、ほんのわずかにアームの角度が変わった。お辞儀、に見えなくもない。
気のせいだ。たぶん。
「紅茶の茶葉なんですが、今はまだそこまで高級なものを用意できておりませんで……」
「構いませんよ。雰囲気で十分」
ルッツと同じことを言われた。金持ちは器のほうを見る。中身は二の次。
いや、違うか。「雰囲気込みで味わう」のが、彼らの嗜み方なのだ。シャンデリアの光の下で飲む紅茶は、安い茶葉でも特別になる。
悔しいが、こいつの無駄に豪華な内装が、こういう時だけは役に立つ。
* * *
出航。3艦編隊でカリスト・コロニーへ向かう。
ガルドのヴァナルガンドが前方、リーネのヘルメティカが後方。メーディアが中央でキラキラ光りながら航行する。
護衛つきの豪華クルーズ便。見た目だけは一丁前だ。
航行2時間。何も起きない。
航行3時間。何も起きない。
航行4時間。
「暇だな」
ガルドからの通信。
「暇なのはいいことだろ」
「護衛ってのは何も起きない時が一番きついんだよ。集中力が持たねえ」
「筋トレでもしてろ」
「やってる。もう3セット終わった」
護衛中に筋トレしてる護衛がいるか。
リーネが割り込んだ。
「何も起きないのが理想よ。旅客の安全が最優先。戦闘なんて起きないほうがいい」
「分かってるよ。分かってるが、暇だ」
「次の囮依頼まで我慢しなさい」
「……ちっ」
脳筋は戦闘がないとストレスが溜まるらしい。困った男だ。
* * *
食事の時間。
老夫婦を食堂に招いた。
フルサービスモードの整備ロボたちが、今まで見たことのない動きを見せた。
まず、テーブルセッティング。金の刺繍入りクロスの上に、銀の食器を完璧に配置。一輪挿しの花。グラス。ナプキンは扇形に折られている。
扇形。いつ覚えた。
次に、料理の配膳。俺が作った簡単な料理を、ロボが皿に盛り直していた。盛り付けを変えている。俺が適当に盛った肉と野菜が、いつの間にかフレンチのコース料理みたいな見た目に再構成されていた。
「おい。それ俺が盛ったやつだぞ」
ロボは無視して盛り付けを続けた。ソースの垂らし方にまでこだわっている。
「……お前ら、料理のセンスあったのか」
料理そのものは俺の雑な味付けだが、見た目はミシュラン3つ星みたいになっている。味と見た目のギャップがすごい。
マルタ夫人が料理を見て手を合わせた。
「まあ、綺麗……!」
「美しい盛り付けだな。シェフを雇っているのか」
「いえ、ロボが勝手に……」
言いかけて止めた。「ロボが勝手に盛り直しました」は宮殿ホテルの艦長として品がない。
「……当艦の調理スタッフが担当しております」
嘘は言ってない。ロボは確かに調理スタッフだ。無言の、自律型の。
食事は好評だった。味は「家庭的で温かい」と評された。ミシュランの見た目と家庭の味。ギャップが逆に高評価につながったらしい。
世の中、分からないものだ。
* * *
航行は終始平穏だった。
宙賊の影も、ヴェルナーの気配もない。静かな宇宙を、3隻の艦が並んで渡っていく。
カリスト・コロニーに到着。老夫婦を送り届けた。
下艦の際、ヘルムート氏が立ち止まった。
「ケイトくん」
「はい」
「少し、昔話をしてもいいかね」
急な申し出だったが、断る理由はない。
「私はね、昔は軍にいたんだ。提督をやっていた」
「……提督」
「もう引退して20年以上になるが。現役の頃は大型の旗艦に乗っていた。何100人もの部下がいて、艦隊を率いて戦場を駆け回っていた」
やはりそうか。あの姿勢の良さ、空間を査定するような視線。軍人だったのだ。
「だがね、ずっと思っていたんだ。こういう船に乗りたかった、と」
「こういう船?」
「戦うための船ではなく、人をもてなすための船だ。シャンデリアがあって、絨毯があって、窓から星が見える。銃声ではなく、紅茶のカップが鳴る音が聞こえる船」
ヘルムート氏がメーディアの廊下を見回した。
「今日、初めてそういう船に乗れた。ありがとう」
「……こちらこそ」
妙な気分だった。
こいつは俺が好きで乗ってるわけじゃない。転生したらこいつしかなかったから、しょうがなく乗ってるだけだ。攻撃力はゴミだし、積載は装飾に食われてるし、消せないオーラのせいで毎回宙賊に見つかる。
だが、元提督に「こういう船に乗りたかった」と言われると、なんというか――複雑だ。
マルタ夫人がにこにこしながらカードを差し出した。
「これ、お気持ちです」
「え?」
チップだった。
金額を確認した。
5000クレド。
「え、ちょ、これは多すぎ……」
「いいんですよ。主人も私も、本当に楽しかったんです。次もお願いしますね」
老夫婦はにこやかに手を振って去っていった。
俺はハッチの前でしばらく動けなかった。5000クレド。定期便の報酬3000クレドに上乗せで5000。合計8000クレド。1回目の旅行で。
「……すげえな、金持ちって」
* * *
レグルスに戻ると、2往復目の予約がすでに入っていた。
しかも2組。
ギルドの職員が苦笑しながら教えてくれた。
「ヘルムート氏の口コミですね。カリスト・コロニーの富裕層の間で話題になってるみたいですよ。『あのキラキラの船、乗り心地が最高だった』って」
「キラキラの船って言うな」
「事実ですので……」
事実だった。
口コミの力は偉大だ。特に富裕層のコミュニティは狭い。1人が褒めれば、その周辺に一気に広がる。
メーディアの評価が、確実に上がっている。「キラキラの囮屋」から「キラキラの高級クルーズ船」へ。
どっちにしてもキラキラだが、印象は大違いだ。
* * *
メーディアの食堂。いつものテーブル。
今日の紅茶は、カリストの市場で仕入れた新しい茶葉だ。チップの5000クレドの一部を使った。
リーネが一口飲んだ。
「……これ、今までで一番美味しいわね」
「3回目の美味しい、いただきました」
「数えないで」
和やかな空気。だが、リーネが端末を開いたところで、空気が少し変わった。
「1つ、気になることがある」
「何だ」
「赤牙の活動が、この1週間で急激に減ってるの。哨戒パターンも変わってる。普段の航路から引いてる」
「引いてる? 俺たちを警戒して?」
「違うわね。警戒してるなら逆に活動が増える。引いてるということは、別のことに戦力を集中させてる」
ガルドが肉を噛みながら言った。
「何に集中させてるんだ」
「分からない。だからこそ不気味なの。嵐の前の静けさ、という感じがする」
テーブルの上のシャンデリアの光が、いつもと同じように3人を照らしている。
穏やかだ。平和だ。
だが、リーネの目は笑っていなかった。
* * *
夜。
ガルドとリーネが帰った後、1人でメーディアの艦橋にいた。
操縦席に座り、端末を開く。
貯金の確認。
【チーム口座残高】
現在の貯蓄:9800クレド
目標(機雷投射機・中古):25000クレド
不足分:15200クレド
今日の稼ぎを足す。定期便報酬3000クレド+チップ5000クレド。チームの取り分を差し引いて、口座に追加。
【チーム口座残高(更新)】
現在の貯蓄:14200クレド
目標:25000クレド
不足分:10800クレド
一気に近づいた。チップの力が大きい。
だが、あと10800クレド。定期便だけなら3〜4ヶ月。もっと早くしたい。
翌朝、ガルドが食堂に来て開口一番に言った。
「囮依頼も並行して受けろ。定期便だけじゃ遅え」
「リスクが上がるぞ。赤牙が何か企んでるなら、囮で刺激するのは危ない」
「分かってる。だが、あのヴェルナーがまた来た時に機雷がなかったら、次は逃げ切れねえかもしれない。リスクを取らないリスクのほうがでかい」
リーネが紅茶のカップを置いた。
「……賛成。ただし、依頼を選ぶわ。赤牙の活動が減っている宙域を避けて、別の方面の囮依頼を探す。直接刺激しない形で稼ぐ」
「それなら行ける」
方針が決まった。定期便と囮依頼の二刀流。収入ペースを加速させる。
25000クレドまで、あと10800。
肉串で数えると5400本。
肉串カウントは永遠に卒業できない気がしてきた。
窓の外を見る。
レグルスのドッキングベイから見える宇宙空間。星が静かに瞬いている。
穏やかだ。
だが、どこかで何かが動いている。赤牙が戦力を集めている。ヴェルナーの契約は継続中。
嵐は、いつか来る。
その前に、備えなければならない。




