第10話 ただのプリンセスじゃないようで…
ヴェルナーに追われた日から3日が経った。
3日間、依頼は受けなかった。
メーディアはレグルスのドッキングベイ17に停泊したまま。ガルドのヴァナルガンドとリーネのヘルメティカも並んで停泊している。
休んでいるわけじゃない。考えている。
3人で、これからどうするかを。
* * *
メーディアの食堂。いつものテーブル。
紅茶のカップが3つ並んでいる。整備ロボが淹れたやつだ。前より美味い茶葉。だが、今日はみんな黙って飲んでいる。
「現状を整理するわ」
リーネが口を開いた。眼鏡の奥の目が鋭い。
「赤牙は私たちを排除するために傭兵を雇った。ヴェルナーとの契約は継続中。つまり、次がある」
「いつ来るかは分からないが、来ることは確実だ」
「そう。で、選択肢は2つ。戦力を上げるか、戦わない仕組みを作るか」
ガルドが即座に答えた。
「戦力だろ」
「あなたはそう言うと思った」
「分かってるなら聞くな」
俺は紅茶を一口飲んで、テーブルに置いた。カチャリと鳴る。銀のソーサーの上に。場違いな高級感。いつも通り。
「……両方だ」
「両方?」
「戦力も上げる。戦わない仕組みも作る。どっちかじゃ足りない」
リーネとガルドが黙った。続きを待っている。
「具体的にやることは3つ。1つ、こいつの未知のスペックを徹底的に洗い出す。こいつにはまだ俺たちが知らない能力があるかもしれない」
「2つ、囮以外の安定収入を確保して金を貯める。戦力の強化には金がいる」
「3つ、情報網を広げてヴェルナーの動きを先に掴む。奇襲される側から、奇襲を察知する側に回る」
リーネが眼鏡を押し上げた。
「……悪くない方針ね。で、まず何から始める?」
「1つ目からだ。こいつを、隅々まで調べる」
* * *
プリンセス・メーディア、徹底調査。
リーネが主導し、整備ロボが全面協力する形で始まった。
まず、艦内マップを作り直した。リーネがメーディアのシステムから設計データを引き出し、全デッキの構造図を端末に展開した。
その図面を見て、俺は愕然とした。
「……部屋、多くないか」
「多いわね。全部で47室。あなたが把握してるのは?」
「艦橋、食堂、客室、冷蔵庫。……4つ」
「47分の4。1割以下ね」
恥ずかしかった。
ゲームでは艦橋しか表示されなかった。操縦席に座って出撃して帰還する。それだけだ。艦の中に何があるかなんて、気にしたことがなかった。
「今日から全部回るぞ。知らない自分の相棒の部屋なんてあっちゃいけない」
「船の部屋を知らないのに相棒って呼ぶ艦長も初めてだけどね」
リーネの毒舌が刺さった。反論できない。
* * *
調査1日目。
知らない部屋を片っ端から開けていく。
第2デッキの中央区画。扉を開ける。
「……会議室だ」
長テーブルと12脚の椅子。壁面にはホログラフィックモニター。たぶん、式典の打ち合わせ用だ。使う予定はないが、作戦会議には使えるかもしれない。食堂より雰囲気がある。
隣の部屋。
「衣装部屋?」
クローゼットが壁一面に並んでいる。中には式典用の制服やドレスが何着も掛かっていた。白を基調にした、金のラインが入ったデザイン。俺が着ているデフォルトコスチュームの色違いもある。
「こいつ、乗員全員分のおめかし衣装を積んでたのかよ」
「式典艦ですもの。当然でしょうね」
さらに奥。第4デッキ。ここは今まで一度も足を踏み入れたことがない区画だ。
扉を開ける。
暗い。照明が落ちている。リーネが端末で電力を回す。
明かりがついた。
「……何これ」
リーネが珍しく声を上げた。
部屋の中央に、大きな装置がある。円筒形の本体から、6本のアームが伸びている。アームの先端には、小型のカプセルがセットされている。
「データベース照合……。これ、通信ブイ射出装置よ」
「通信ブイ?」
「中継器を宇宙空間に射出する装置。式典の生中継を広域に配信するための設備ね。射出したブイが中継点になって、通信範囲を拡張する」
リーネの目が光った。データに関する発見をした時の、あの目だ。
「ケイト。これ、使えるわ」
「どう使う」
「ブイの中身を通信中継器から偽信号発信器に換装する。広域にばら撒けば、こちらの位置を偽装したり、複数の偽目標を生成したりできる」
「つまり……」
「前の囮任務で私が赤牙に流した偽通信、覚えてる? あれをもっと大規模に、もっと広範囲でやれるということよ。射出装置ごとあるんだから、戦闘中にリアルタイムで偽信号をばら撒ける」
リーネの声が珍しく弾んでいる。データの鬼が新しいおもちゃを見つけた顔だ。
「お前、楽しそうだな」
「楽しいわよ。軍用の電子戦艦でもこんな装置は積んでない。式典用の中継設備が、そのまま電子戦兵器に化けるなんて」
「こいつの設計者は何を考えてたんだ……」
「式典のことしか考えてなかったでしょうね。結果的に、とんでもないものを作ったわけだけど」
* * *
調査2日目。
リーネが装甲パネルに興味を示した。
メーディアの外装。純白と金の装飾パネル。見た目のためだけの飾りだと、俺もリーネもガルドも思っていた。
だが、リーネがパネルの素材データを分析したところ、妙なことが分かった。
「このパネル、素材が変よ」
「変?」
「通常の装飾パネルに使う素材じゃない。ゼルニウム複合材。これ、軍用艦の対ビームコーティングに使われる素材と同系統のものよ」
「……は?」
「装飾のために、対ビームコーティングと同等の素材を使ってるの。理由はたぶん、見た目の光沢と耐久性を両立させるため。長期間宇宙に晒されても、パネルの輝きが劣化しないように」
見た目のために選んだ素材が、たまたま軍用素材と同等だった。
「つまり、メーディアの外装は……」
「スペックシート上の装甲値には反映されていないけど、実質的に装飾パネルが追加装甲として機能してる。対ビーム防御に関しては、カタログスペックより1ランクから2ランク上の性能がある可能性があるわ」
絶句した。
積載の41.7パーセントを食っている装飾。ずっと「無駄な重量」だと思っていた。ゲーム時代から、散々「装飾を外して武装を積め」と言われてきた。
その装飾が、装甲の代わりになっていた。
「……こいつ」
思わずメーディアの壁に手を触れた。冷たい金属の感触。白い装飾パネルの表面は、滑らかで、硬い。
「お前、ただの着飾りじゃなかったんだな…」
返事はない。メーディアは船だ。喋らない。
だが、壁の向こうで、整備ロボがキュルキュルと移動する音が聞こえた。
* * *
調査3日目。
艦底部。メーディアの最下層。ここは完全に未踏だった。
狭い通路を進むと、船体の腹の部分にスペースがあった。何も設置されていない、空っぽの区画。
「拡張スロットね」
リーネが端末で設計図を確認した。
「式典用の追加装飾を外付けするための拡張ポイント。外部にパレード用の旗を掲げるマストを取り付けたり、追加の照明パネルを装着したりする場所」
「今は何も付いてないな」
「ええ。でも、スロットの規格を見て」
リーネが端末の画面を見せてきた。スロットの接続規格とサイズ。
俺はその数字を見て、心臓が跳ねた。
「この規格……」
「気づいた?」
「汎用兵装マウントと互換性がある」
「そう。追加装飾用の規格が、たまたま汎用兵装の規格と同じなの。つまり――」
「ここに武装を積める」
頭の中で、ゲーム時代の記憶が弾けた。
機雷投射機。
ゲームで何100回と使った、メーディアの「もう1つの戦い方」。メーディアの視認性で敵を引きつけ、逃走ルートに機雷をばら撒き、追ってきた敵を機雷原に突っ込ませる。掲示板では「花道」と呼ばれた戦法。
あれが、この世界でもできる。
このスロットに機雷投射機を載せれば。
「……いくらだ」
「何が」
「機雷投射機。この宙域で調達するとしたら、いくらかかる」
リーネが端末を叩いた。
「中古で25000クレド。新品なら40000。それとは別に、機雷の補充費用が1回の出撃あたり3000から5000」
25000クレド。
今のチームの全資産を合わせても足りない。
「高い……」
「当然よ。兵器だもの」
「だが、これがあれば変わる。逃げるだけじゃなく、追手を止められるようになる。ヴェルナーが来ても、逃げながら機雷原を作れば……」
「足止めどころか、場合によっては撃退できるわね。あの規模の傭兵艦なら、機雷原に突っ込むリスクは取らない」
ガルドが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「要するに、金がいるってことだろ」
「そうだ」
「じゃあ稼ぐしかねえな」
単純明快。ガルドらしい。
* * *
調査を終えて、結果をまとめた。
メーディアの食堂。今回は会議室でやろうかと思ったが、結局いつものテーブルに戻ってきた。ロボのセッティングが完璧すぎて、他の場所で会議する気にならなかった。
リーネがまとめた報告書を読み上げる。
「プリンセス・メーディア、再評価結果。
第1に、通信ブイ射出装置。偽信号発信器への換装が可能。広域電子戦能力を大幅に強化できる。
第2に、装飾パネルの素材がゼルニウム複合材。実質的な対ビーム防御がカタログスペックより1から2ランク上。
第3に、艦底拡張スロットが汎用兵装マウントと互換。機雷投射機の搭載が可能。
第4に、高性能センサーアレイ。以前確認済みだけど、重装巡洋艦クラスの走査能力。
第5に、式典用ケータリング冷蔵庫。これも確認済み。旅客・食材輸送に有用」
リーネがカップに口をつけた。
「結論。この艦は『弱い戦艦』じゃない。『戦闘以外に全振りした特化型』よ。センサー、電子戦、防御、居住性。全部がハイスペック。ただし攻撃力だけがゴミで糞。」
「最後の一言いらなくないか」
「事実よ」
事実だった。
だが、それでいい。
「攻撃はガルドがやる。電子戦はリーネがやる。俺は逃げる。避ける。目立つ。そして――いずれ、機雷で道を塞ぐ」
こいつは弱くない。使い方を知らなかっただけだ。
ゲームでは、画面越しにメーディアのスペックシートを眺めて、「攻撃力ゴミ」「積載が装飾に食われてる」「使えない」と評価していた。
この世界に来て、初めてこいつの中を歩き回って、触って、匂いを嗅いで。ようやく分かった。
プリンセス・メーディアは、弱いんじゃない。戦い方が違うだけだ。
* * *
そのタイミングで、依頼が入った。
カリスト・コロニーの食品調達局、あのリピーター客からだ。
【運送ギルド レグルス支部 特別依頼】
依頼主:カリスト・コロニー食品調達局
内容:富裕層向け定期クルーズ便の運航
詳細:カリスト・コロニー⇔レグルス間の月2往復定期便。
富裕層の旅客輸送と高級食材の同時運搬。
条件:船内環境の品質維持。最低6ヶ月の継続運航。
報酬:1往復あたり3000クレド(月6000クレド保証)
月6000クレド保証。
安定収入だ。囮依頼のような派手さはないが、毎月確実に入る金。半年で36000クレド。機雷投射機の中古が25000クレドだから、他の経費を差し引いても射程圏内に入る。
「受けるぞ」
「当然でしょうね」
「異議なし」
全員一致。
ガルドが席を立った。伸びをして、肩を鳴らす。
「よし。方針は決まった。稼いで、備えて、ヴェルナーが来たら叩き返す。シンプルだ」
「シンプルだな」
「あと、飯のランクも上げろ。カリストの定期便やるなら、向こうで食材仕入れられるだろ」
「お前はすぐ飯の話をする」
「大事だろ。腹が減ったら戦えねえ」
リーネが紅茶を飲み干した。
「私からも1つ。茶葉をもう1ランク上げて」
「お前もか」
「安定収入が入るんでしょう? 経費で落としなさい」
「経費って概念がこのチームにあったのか」
メーディアの食堂で、3人が笑っている。
シャンデリアの光の下で、方針が決まった。守りを固め、稼ぎ、備える。
優雅な生活は、戦う力の上に成り立つ。
そのことを、俺はこの世界に来て初めて理解した。
席を片付けに来た整備ロボの背中を眺める。
白い塗装に金のライン。メーディアとお揃いのカラーリング。
こいつらも、こいつの一部だ。
「……25000クレド、貯めてやるからな」
呟いた。ロボには聞こえていないだろう。聞こえていても、反応はしないだろう。
だが、目標ができた。
守るための力。逃げるだけじゃない、立ち向かうための切り札。
機雷投射機。25000クレド。
肉串で数えると12500本。
まだ数えてた。




