第1話 俺の相棒(戦艦)がプリンセスな件について
爆発。閃光。そしてまた爆発。
宇宙空間に咲く花火が綺麗だなんて思ったのは、たぶん俺くらいだろう。
なにしろ、その花火の原因は俺の船――正確には、俺の船に向かって殺到する7隻の宙賊艦が放つビーム砲弾の嵐だった。
「いやいやいやいや! なんで全員こっち来んの!?」
操縦桿を左に倒す。船体がぐるんと横転し、3発のビームが至近距離をかすめていく。右に戻す。上昇。急降下。もう1回横転。背面飛行からの捻り込み。
フィギュアスケートかよ。
だが、しょうがない。俺の船の火力じゃ、撃ち返したところで蚊に刺されたほうがまだ痛い。
プリンセス・メーディア。
それがこの船の名前である。
全長98メートル。戦艦としては小型の部類だが、優美な流線型のフォルムに純白と金の塗装。艦首にはティアラを模した装飾。左右の翼のように広がるフィンには、よく見ると薔薇のレリーフが刻まれている。
積載量の40パーセントが装飾に使われている。
40パーセントだ。
大事なことだから2回言った。
本来なら武装に回すべき積載が、シャンデリア、赤絨毯、大理石調の壁面パネル、ステンドグラス風の展望窓、そしてなぜか艦橋に設置された黄金の玉座に消えている。
戦艦じゃない。動く宮殿だ。
普段はこの豪華な見た目を活かして旅客輸送や物資運搬で稼いでいる。宇宙のクルーズ船みたいなものだ。客を乗せて星系間を渡り、荷物を運び、たまに囮の依頼も受ける。戦闘は基本的にしない。したくない。撃っても効かないから。
だが今日は運が悪かった。旅客輸送の帰り道、空荷で航行中に宙賊に目をつけられた。
この船、固有スキルが『プリンセス・オーラ』。効果は「周囲の味方艦に攻撃力15パーセント上昇のバフを付与」。自分じゃない。味方だ。自分は何も強くならない。
おまけに副次効果として「視認性が300パーセント上昇」。
つまり、めちゃくちゃ目立つ。
宙賊から見たら、キラキラ光る純白の宮殿がスーッと航路に現れるのだ。襲いたくなる気持ちは分かる。俺だって襲う。金持ちの船にしか見えない。
「だからって7隻は多くないですかね!?」
誰に言うでもなく叫ぶ。返事はない。この船に人間の乗組員はいない。いるのは整備用のAIロボットだけで、そいつらは黙々と自分の仕事をしている。戦闘中だろうが関係ない。廊下の絨毯にシワが寄れば直しに行く。シャンデリアの電球が切れれば交換する。
お前らの優先順位どうなってんだ。
* * *
「ケイト、左舷に2隻回り込んでるぞ。気をつけろ」
通信が入った。ガルドだ。火力特化型の重装戦艦『ヴァナルガンド』の艦長で、とにかく殴ることしか考えていない脳筋野郎。近くの宙域で別の仕事をしていたらしく、俺の救難信号を拾って駆けつけてくれた。ありがたい。
「気をつけろじゃねえよ! もっと早く来いよ!」
「無理言うな。今こっちも3隻相手してる。つーかお前のバフのおかげで火力えぐいことになってんぞ。感謝しろ」
「俺が死にそうなのにバフの話する!?」
もう1つ通信が重なる。
「ケイト、敵の配置を分析したわ。7隻のうち5隻があなたに集中してる。残り2隻がガルドに。こちらはフリーよ」
リーネだ。情報分析特化の電子戦艦『ヘルメティカ』を操る戦術オタク。冷静なのはいいが、冷静すぎて他人の危機にいまいち共感しないタイプ。
「フリーだったら援護してくれない!?」
「今いい位置にいるの。ここから動くと戦術的に損よ。あと30秒耐えて。ガルドが正面の2隻を落としたら、残りを挟撃できるから」
「30秒!? 30秒を30年くらいに感じるんだが!?」
ビームが1発、シールドをかすめた。メーディアの船体が揺れ、艦橋の玉座がガタガタ鳴る。誰も座ってない玉座が揺れるの、シュールすぎるだろ。
左に急旋回。敵のビームの軸線から外れる。右の敵が追従射撃してくるのを読んで、あえて減速。敵のビームが目の前を通過し、勢い余って反対側の味方――いや敵同士で誤射している。
「よし。やっぱ数が多いとこういうの起きるんだよな」
ゲームで何100時間と磨いた回避技術。群がる敵を利用して同士討ちを誘発するのは、メーディアで生き延びるために編み出した18番だ。
――ゲーム、ね。
一瞬、意識がよそに飛ぶ。
そう。これは元々ゲームだった。俺にとっては。
* * *
『ASTRAL FLEET ONLINE』。通称AFO。
宇宙艦隊戦をメインコンテンツとするオンラインゲームで、プレイヤーは1隻の戦艦の艦長として宇宙を駆け回る。PvPランク戦、PvE討伐戦、交易、探索――まあ、よくあるタイプのゲームだ。
俺はそのゲームの、わりとガチ勢だった。
ただし、方向性がおかしかった。
普通のガチ勢は強い船に乗る。Tier1の攻撃型戦艦とか、環境最強のスピード型とか。ランキングを登るなら当然そうする。
俺は違った。
ある日、期間限定イベントで配布されたネタ戦艦。公式が完全に悪ノリで実装した見た目だけ豪華な産廃。それがプリンセス・メーディアだった。
攻撃力は最低クラス。防御もそこそこ。速度は中の下。唯一の長所が味方バフと、囮としてヘイトを集められること。
ネット上では「シャンデリア積んでる暇があったら砲台積め」「見た目だけSSR」「お姫様ごっこ専用機」と散々な評価だった。
俺は一目惚れした。
いや、正確に言えば、闘志が湧いた。
「こいつで世界ランクTop500に入ってやる」
フレンドには笑われた。ギルドメンバーには正気を疑われた。掲示板には「メーディアでランカーとか言ってるやつがいるんだがwww」とスレが立った。
知ったことか。
そこから俺の人生は、メーディアの操縦を極めることに全振りされた。仕事から帰ったらメーディアに乗る。休日もメーディアに乗る。飯を食いながらメーディアの回避パターンを脳内シミュレーションする。
結果。
世界ランク624位。
Top500には届かなかった。だが、ネタ戦艦で624位は異常だった。配信者に取り上げられ、「姫プレイの変態」として一部で有名になった。
まだ足りない。もっと上に行く。そう思っていた矢先のことだ。
* * *
気づいたら、ここにいた。
ゲームの中に、ではない。ゲームだった世界に、だ。
あの日、いつものようにログインして、メーディアの艦橋で出撃準備をしていたら――視界がブラックアウトした。
次に目を開けたとき、俺はメーディアの艦橋にいた。ただし、モニター越しじゃない。自分の足で、甲板に立っていた。
赤絨毯の感触が足の裏にある。シャンデリアの光が目に眩しい。かすかに聞こえるのは、船体の駆動音と、整備ロボが廊下をキュルキュル移動する音。
ログアウトボタンはない。ステータス画面も出ない。
ただ、体が覚えていた。操縦桿の握り方、スラスターの反応速度、シールドの展開タイミング。ゲームで叩き込んだ全てが、この体に染み込んでいる。
そして何より、プリンセス・メーディアが――本物として、ここにある。
シャンデリアも。玉座も。積載の40パーセントを食い潰す装飾の数々も。
全部、リアルだった。
「……マジかよ」
それが、この世界での俺の第一声だった。
* * *
「ケイト! ガルドが2隻落とした! 今よ!」
リーネの声で意識が戻る。
回想に浸ってる場合じゃなかった。目の前には、まだ5隻の敵がいる。
「おっしゃ! メーディア、全力で目立て!」
プリンセス・オーラの出力を最大にする。メーディアの船体が一際強く輝き、金色の粒子が宇宙空間に拡散する。
まるで宇宙に咲く巨大な花だ。
敵5隻の砲塔が全てこちらを向く。
「全弾回避ィィィッ!」
横転。急上昇。スピンからの急制動。ビームの雨の中を縫うように駆け抜ける。1発も当たらない。当てさせない。624位の意地がある。
その間に、リーネが電子戦で敵の通信を妨害。ガルドが背後から全砲門斉射。
30秒もかからなかった。
5隻の敵が次々と爆散し、宇宙に静寂が戻る。
しばらくして、通信パネルに無機質な文面が表示された。運送ギルドからの依頼完了通知だ。先ほどの旅客輸送の報酬確定と、宙賊撃退のボーナスが加算されている。
【運送ギルド ヴェルド管区 依頼完了通知】
対象:ケイト/プリンセス・メーディア
依頼内容:旅客輸送(ヴェルド第3ステーション→第7ステーション)
輸送評価:A(顧客満足度高)
宙賊遭遇時対応:生存・被害なし(ボーナス加算)
与ダメージ:12(※宙賊艦の装甲誤差以下)
備考:護衛なし単艦輸送にて宙賊7隻と遭遇。損害ゼロで突破
「与ダメージ12って何? くしゃみのほうがまだ効くだろ」
ガルドが呆れた声で通信を寄越してくる。
「おい、プリンセスだが?」
俺は玉座に――今日も誰も座っていない玉座の横に立って、腕を組んだ。
「プリンセスは自分で剣を振らない。騎士に守られて、微笑むだけだ」
「胸を張るな、胸を」
ドヤる俺にリーネの冷たいツッコミが、宇宙に響いた。
――これが、俺の姫プレイだ。
戦わない。逃げる。目立つ。稼ぐ。
ネタ戦艦で宇宙を渡る変態艦長、ケイト。
目指すは貴婦人のような優雅な生活だ。
……まあ、今のところ優雅とは程遠いんだけど。




