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敵は、秀長  作者: 御厨つかさ


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2/8

氏政&家康二人旅  南光坊天海誕生 一


 一


「―――気絶させて菰にでも詰めて出せば何とかなろう!良いか?怪我はさせるな!」

怒りのあまり拳を握って睨みつけていうのは徳川家康。

 処は小田原を囲む陣の一角。

暮れ落ちた闇も深い唯中に、密かに陣構えより外れの村にある小屋まで足を運び、忍びの者に向けて苛立つように放つ家康の言葉に、隣に控えていた本多正信――家康腹心の家臣である――が、さらり、と皮肉を隠さずにくちにする。

「殿、…熱くなっておられますな。それほど、相模の方をおたすけなさりたいと」

「…―――正信」

苛立つのを隠さずに、それでも怒りを眉に呑んで家康が正信を向く。なおも苛立ちを隠せずに拳を強く握りながら、低く抑えた声で叫ぶようにくちにする。

「…あれは、…あのばかは!死ぬつもりなのだぞ?これが怒らずにいられるか!あのばかやろう、…っ!」

「落ち着かれませ」

飄々と云う正信を睨んでから、ぐっとくちを結んで強情な顔のまま家康が他所を向く。

 わなわなとまだ震える拳と口許を隠しもせずに、大きく肩で息をして。

「くそっ!こうなったら、いかにしても運び出す迄だ!やはり、気を失わせて運び出すしかない。云うことを聞いていては何ともならん!…――菰に巻いて死体か何かと共に出せば何とかなろう!…江雪斎と申したな!氏規は何といっておるのだ!」

「はっ、―――」

頭を垂れる僧形の者の名は板部岡江雪斎。北条氏政に仕える僧である。

 眼光鋭く家康が見る先で、僧衣の下に鎧を着け、拳を土に置き面をあげ、強く底に光を呑む眸で告げる。

「もしお救いくださるのであれば、何をでも致しましょうと」

己の想いでもあるのだろう、強い視線で告げる江雪斎に、うむ、とこれもまた力を入れて家康が頷く。

「わかった。なれば、…。江雪斎、首は二ついる、どうする」

「…は、いくらか、心当たりもありますれば」

家康の問いに応えて、江雪斎が一つ深く頷く。

「…――あれの顔は知られていない。…だが、」

「共にする首は、知れたものが必要でございましょうな。…それは氏規殿も、陸奥殿もご承知でございます」

 その意味――氏政を救うにも、ともにある首一つは本物でなくてはならぬと――を呑んだ答えに、家康が無言で腹に重石を呑むようにして江雪斎を見返す。

「手立ては出来ているか」

「は、…氏規殿は御承知の通り、首実験に駆り出されましょう。既に降っておる以上、首になることは適いませぬ。故に、陸奥守氏照殿が、御役を担うかと」

すい、と頭を下げる江雪斎の澄んだ気配に家康が僅かに眉を寄せ、いたましいというようにくちを結ぶ。

 そうして、ふと息を吐いて。

「あれにはばれておらぬな?事こうなった以上、騙して連れ出す以外方法は無い。だが、己の命を援けて、―――…陸奥守殿が」

陸奥守、つまり弟である氏照が首になり、己が命を庇い立てて死ぬなどと知れれば、―――と。氏政に知れて救出がうまくいかないことを案じて問う家康に江雪斎が応える。

「御安堵なさって。我等も、命を賭けて御本城様をお守りいたします。その御命を救えるなら、陸奥守殿も御本望でございます。家康殿には、いかに感謝してもしきれぬとのお伝えでございました。また、確かに知られぬように致します」

何処かさっぱりとした江雪斎の言葉に、うむ、と家康が頷く。

「頼んだぞ、…あれの命を救うには、もう他に方法がない。騙すしかない。…気絶すればいかに何でもおとなしくなろう。しかし、…傷はつけるな!怪我などさせるなよ?」

事此処に至っては、と歯噛みしながらも、氏政を気遣う家康に。

「は、…次は御連れ致します。その節は、よろしく」

頭をあげて、しっかりと家康をみて江雪斎が明るく微笑みを口端に刷き、すいと頭を下げて踵を返し、闇に姿を消すのを。

 暫し、言葉も無く闇に立ち尽くし家康が見送る。

「…殿、戻られた方が」

穏やかにしばし刻を於いて促す正信に頷き、漸く踵を返しながらも、闇に江雪斎が消えた方角を幾度も見る家康である。



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