第七四話 複製
地下。
石造りの礼拝堂。
燭台の火が揺れる。
ユウは一人で来た。
止められたが、止まらなかった。
奥に、男。
静影教の創設者。
名はまだ名乗らない。
「来てくださったか」
「話を終わらせに来た」
信徒は下がらせた。
残るのは二人。
そして、啓示の青年カイが壁際にいる。
「まず確認する」
ユウが言う。
「俺を神にするな」
男は静かに頷く。
「あなたは神ではない」
「だが、象徴だ」
「それを否定するのは自由だが、消せはしない」
ユウの影が揺れる。
「力を集めているな」
「ええ」
「なぜだ」
男は少し沈黙する。
そして。
「お見せしましょう」
燭台の火を見つめる。
数秒。
手をかざす。
――もう一つ、同じ燭台が現れる。
寸分違わぬ形。
炎の揺れ方まで、同じ。
ユウの目が細まる。
「幻術か」
男は首を振る。
片方の燭台を倒す。
炎が消える。
もう一方は、燃え続ける。
「複製です」
「一度“正確に認識”したものは、再現できる」
「物質も、現象も」
ユウの声が低くなる。
「なんでも、か」
「理論上は」
男はさらに手をかざす。
石の床。
そこに、もう一枚の石床。
完璧に重なり、厚みが増す。
「制限はあります」
「量は、私の魔力量次第」
「生物は……難しい」
一瞬、言葉を濁す。
ユウは見逃さない。
「難しい、か」
男は微笑む。
「倫理の問題もあります」
「だから試していません」
本当かどうかは、分からない。
「なぜ見せた」
「抑止力です」
男は真っ直ぐ見る。
「我々は戦いたくない」
「だが、襲われれば守る力はある」
「あなたも含めて」
空気が張り詰める。
「俺を複製するつもりか」
男は即答しない。
「あなたは唯一であるべきだ」
「だが」
「思想は、複製できる」
カイが小さく呟く。
「影が揺れてる」
ユウは一歩前に出る。
「それで、何を作る」
男は静かに答える。
「公平」
「食料が足りなければ、複製する」
「武器が独占されれば、均衡させる」
「記録が改竄されれば、原本を再現する」
ユウの眉がわずかに動く。
「便利だな」
「ええ」
「だからこそ危険です」
男は初めて、ほんの少しだけ本音を混ぜる。
「力は偏ると腐る」
「私は、腐らせないために使う」
「あなたが壊した世界を、均すために」
沈黙。
「俺を利用している」
「否定しません」
「あなたの存在が、人を集める」
「私は、その熱を制御するだけ」
ユウの影が、わずかに広がる。
「制御できなかったら?」
男は答える。
「その時は、あなたに止めてもらう」
一瞬、笑う。
「神殺しを、神に頼む形ですが」
静かな睨み合い。
ユウが言う。
「一つ約束しろ」
「なんでしょう」
「生物は複製するな」
男は少し考える。
そして頷く。
「現時点では、そのつもりはありません」
“現時点”。
ユウはそれを覚える。
「俺は神にならない」
「ならば、人として来てください」
「時々でいい」
「思想を否定し続けてください」
男は深く一礼する。
「あなたが否定する限り、我々は暴走しない」
ユウは背を向ける。
「暴走したら」
振り返らないまま言う。
「全部壊す」
男は静かに微笑む。
「その時は、私は複製できないでしょう」
「何を?」
「あなたを」
扉が閉まる。
地下に残る男。
燭台を見つめる。
「影は、本物だ」
そして小さく呟く。
「だが、均衡もまた、必要だ」
カイが目を閉じる。
「二つの未来」
「どっちにする?」
男は答えない。




