第六話 影すら凍る
影の兵士たち——狼・蛇・兵士の形をしたものまで——
数十体は軽く超え倉庫の魔獣を取り込みきったころ。
「ユウ……もう十分だ……!」
「え? あ、はい。もう終わり?」
ユウが影を引っ込めると、影兵たちは一斉に彼の足元へ戻り、ユウの影に吸い込まれるように消えた。
リサは震える手で板に記録を書き込んだ。
「…今年の受験者で最も危険かつ規格外の冒険者候補……間違い無いな……」
ユウは苦笑い。
「あのぉ……できたら今日は帰りたいんですけど……」
リサは深いため息をつく。
「帰れると思うか?」
「え……ダメ?」
「これだけの能力を見せられて、“はい帰っていいです”なんて言えるわけがないだろう」
「うそだろ……」
ユウは頭を抱えた。
人生の面倒さは、魔獣よりも手に負えないらしい。
「明日からは、戦場跡地へ行ってもらう」
僕は泣いた。
★
――前線歩兵・ラグス視点
戦場というのは、死臭と鉄の味が混ざった場所だ。
俺は三年この国境に立っているが、慣れたことは一度もねぇ。
その日も、魔獣の残骸があちこちに転がっていた。
切断された脚、潰れた胴、黒く変色した血。
吐き気をこらえながら、俺たちは撤収作業をしていた。
副隊長が言った。
「今日から特別視察が来る。どんなバカ貴族かと思ったら……」
歩いてきたのは、ただの少年だった。
黒髪で、背は低く、鎧も着ていない。
街の子供と何も変わらない。
「……冗談だろ。なんでガキが前線に来てんだ」
俺は思わず口に出した。
横の仲間が肩をすくめた。
「新入り冒険者だが、とんでもない能力を持ってるって噂だ」
「ああ? 嘘つけよ」
確かに、その少年――ユウと呼ばれていた。
そいつは落ち着いた目をしていた。
怖がってる様子もない。
だが、それだけだ。
敵を斬れるようには見えなかった。
そのとき、副隊長が死体処理の区域を指さした。
「ここが魔獣と死んだ兵士の残骸置き場です。匂いがきついので下がって――」
だがユウは歩みを止めず、死体の前で膝をつき、
その影にそっと触れた。
まるで“落とした羊皮紙を拾うような自然な動きだった。
次の瞬間。
――ズルリッ
黒い影が死体から抜けた。
周りの空気が凍り付いた。
「お、おい……今……死体から影が……?」
抜けた影は、そのまま地面に落ちるかと思いきや、形を変え、立ち上がった。
黒い魔獣のシルエット。
牙も爪もあるのに、ユウの足元に座るようにして大人しくしている。
俺は喉が乾いた。
「おい……あれ、生きてるのか……?」
仲間が震える声で答えた。
「どう見ても生きてねぇ。影だ。あの子供が……死体から影を引っ張ったんだ……!」
影はゆらりと揺れ、ユウの影に吸い込まれるように沈んだ。
一体だけじゃなかった。
二体目。
三体目。
四体目。
ユウは無言のまま、それを淡々と繰り返す。
死体に手を伸ばすたび、影が抜け、ユウの足元へ戻っていく。
静かに、淡々と、“兵力”が増えていく音。
乾いた音も、叫び声も、重い足跡もなく。
ただ影が濃くなる。
俺たち兵士は、誰一人その場から動けなかった。
しばらくして副隊長が声を絞り出す。
「……ユウ様、その影たちは……使えるのでしょうか?」
ユウは振り返り、普通の少年のように首を傾げた。
「えっと……はい。
命令すれば、ぼくを守ってくれたり、戦ってくれます。
暴れたりは……絶対しません。あと僕は平民の出なので敬語は……」
普通の声だ。
優しい子供の声。
だが、その足元には“底なしの影”が渦巻いている。
俺は震えた。
(こいつ……一人で、国が滅ぶ……)
アレンという光使いの少年もどこかで視察していると聞いた。
あいつも化け物だとか。
だが、この影を蓄える少年は違う。派手でも、暴力的でもない。
ただ――
気付けば、いつの間にか戦力が“積み上がっている”。
静かに。音もなく。終わりなく。
帰り際、仲間がつぶやいた。
「……あれが味方で本当に良かったな」
俺は首を横に振った。
「いや……分からねぇよ」
「あのガキが敵に回ったらどうなる?」
仲間は冗談交じりに言ったつもりだろう。
だが俺は、真っ青な顔で答えるしかなかった。
「——国が滅ぶ」
その瞬間初めて、俺たちは気付いた。
影を“一つ”増やすたびに戦力が増える。
そのうえ、限界がない。
兵士にとって、それがどれほどの悪夢か。
ユウ本人は、ただ黙って死体の影を抜きながら、
帰り道で「あの、今日ってぼく怒られますか……?」
なんて心配していた。
本当にただの子供のような顔で。
そこが――何より、恐ろしかった。
投稿頻度が激遅で申し訳ないです




