第五五話 世界の温度
森が軋む。
影虚は膨張していた。
周囲の魔力を吸い尽くし、黒く歪む。
「魔力を使わず殺してみろ」
嘲笑。
氷冠騎士団は後退。
結界は消え、強化は剥がれ、空気は重い。
レオンは、剣を下ろす。
目を閉じる。
(魔法ではない)
(結果でもない)
冷気を出さない。
魔力も集めない。
ただ、感じる。
夜の森。
湿った空気。
わずかな風。
木々の葉の水分。
地面の霜。
呼吸の白さ。
「温度は、奪うものではない」
小さく呟く。
「元から、ある」
影虚が踏み込む。
黒い奔流。
圧縮魔力の塊。
レオンは、動かない。
足を踏みしめる。
地面。
土。
水分。
呼吸。
ゆっくり、吐く。
その瞬間。
森の空気が、静まる。
凍ったのではない。
冷えた。
急激な放熱。
空気中の水分が凝結。
霧が生まれ、霜が走る。
魔法ではない。
自然現象。
急激な温度差による氷結。
影虚の黒紋様が広がる。
吸収しようとする。
だが。
吸えない。
「な……」
魔力が、ない。
あるのは、物理的な熱移動。
地面が白く染まる。
木々が凍る。
空気が凍り付く。
レオンは、ただ立っている。
体内の熱を、外へ逃がしている。
無理やり。
自らの体温を、環境へ押し出している。
影虚が動く。
半実体で接近。
拳を振るう。
レオンが一閃。
純粋な剣技。
凍った地面で、影虚の足が滑る。
一瞬の乱れ。
レオンの剣が、胸を裂く。
その瞬間。
影虚の影が、凍った地面に縫い付けられる。
自然氷。
ただの氷。
魔法ではない。
影虚がもがく。
吸えない。
砕けない。
レオンが、低く言う。
「世界の温度は、お前のものではない」
踏み込み。
最後の一撃。
首が、落ちる。
黒い霧が、崩れる。
吸収された魔力が、空へ散る。
森が、静まる。
氷は、ただの氷に戻る。
白い霜が、月光に光る。
副官が駆け寄る。
「団長……!」
レオンは立っている。
だが、呼吸が荒い。
体が、震える。
体温を奪いすぎた。
内側が、冷えている。
視界が、白く霞む。
「……成功、だ」
小さく呟く。
次の瞬間。
膝が折れる。
倒れる。
副官が抱き止める。
「医療班!!」
レオンの体は、冷たい。
だが、生きている。
遠く。
影の空間。
ユウが、静かに見ている。
「自然氷……?」
目が細くなる。
「そこまでやるか」
わずかに、笑う。
「いい」
「やっぱり、お前は面白い」
氷の王は勝った。
だが代償は、重い。




