第五三話 黒炎と白氷
夜。
森が、わずかに赤く染まる。
氷冠騎士団の野営地。
見張りが空を見上げる。
「……熱い?」
違う。
熱ではない。
魔力圧。
空気が歪む。
空間が裂ける。
そこから、落ちてくる。
炎。
だが赤ではない。
黒。
深紅を呑み込んだ、影炎。
着地。
地面が爆ぜる。
氷陣が軋む。
現れたのは――
女の形をした存在。
長い炎髪。
だが揺らめきは黒。
肌は赤銅色。
瞳は金。
全身が影炎に包まれている。
元・炎の精霊。
名を、サラフィナ。
かつては南方火山帯を守護した上位精霊。
今は――影炎精霊。
「……氷の匂い」
低く、笑う。
声はひび割れた焔。
氷陣に触れた瞬間。
ジュッ――
蒸気が爆ぜる。
「侵食開始!」
副官が叫ぶ。
炎が広がる。
氷を燃やす。
凍結を、焼く。
レオンが立つ。
静かに。
「団長……」
「下がれ」
短い命令。
サラフィナが視線を向ける。
「……お前か」
レオンは一歩前へ出る。
冷気は、出さない。
「元精霊か」
「元、ではない」
サラフィナが腕を振るう。
黒炎が奔流となる。
森が焼ける。
氷陣が溶ける。
騎士が吹き飛ぶ。
レオンは、動かない。
炎が迫る。
直撃。
爆炎。
だが。
炎の中から、歩いて出る。
鎧は溶けていない。
肌も焼けていない。
サラフィナが目を細める。
「凍らせたか?」
「違う」
レオンの声は、穏やか。
「存在温度を、奪った」
黒炎が、揺らぐ。
炎の本質は、熱量。
その“結果”だけを凍らせる。
無拍。
音もなく。
サラフィナの右腕が、白く染まる。
凍結。
だが、炎は消えていない。
黒炎が氷を包む。
溶かす。
サラフィナが笑う。
「いい」
両腕を広げる。
影炎が暴走する。
森全体が燃える。
夜が赤黒く染まる。
騎士団が後退。
氷が追いつかない。
レオンの目が、細くなる。
(楽しい)
心の奥で、そう思う。
強敵。
対策される属性。
純粋な上位存在。
「ならば」
今度は、視線すら向けない。
無拍。
パキン。
サラフィナの足元。
地面が凍る。
だが凍結ではない。
“燃焼そのもの”を凍らせる。
炎が、止まる。
揺らぎが、止まる。
「……何をした」
レオンは微笑む。
ほんのわずかに。
「炎が揺れる前を凍らせた」
未来凍結。
発生前凍結。
サラフィナが吠える。
影炎が暴発。
レオンが踏み込む。
初めて、剣を振るう。
斬撃と同時に。
無拍。
サラフィナの胸が、白く染まる。
炎が止まる。
鼓動が止まる。
黒炎が、凍った。
森が、静まる。
氷像。
炎を宿したまま、止まった精霊。
騎士たちが息を呑む。
レオンは、その氷像を見つめる。
「……まだ浅い」
小さく呟く。
「凍らせる対象の選別が甘い」
「もっと細かく」
「もっと速く」
成長を、楽しんでいる。
遠く。
影の空間。
ユウが、頬杖をつく。
「……凍らせる前を凍らせた?」
目が、わずかに輝く。
「いいね」
影が、脈打つ。
「じゃあ次は、凍らせられないものだ」
氷は進化する。
影は、それを測る。
戦いは、もう試し合いではない。
研ぎ合いだ。




