第四十九話 遅れて届く寒さ
出立の日。
空は、曇天。
北方の城門が開く。
白銀の鎧を纏った騎士団。
百名。
その中央に、
レオン・フロストハート。
背には、氷晶の紋章。
「進軍」
短い号令。
地面に霜が広がる。
氷冠騎士団は、静かに南へ向かう。
すでに先行させていた。
斥候軍団・三十名。
さらにその前に、
隠密偵察部隊・十二名。
影王の痕跡を追うため。
合流地点は、
旧王都から北東二十里。
廃村地帯。
三日後。
到着。
「……静かすぎる」
副官が呟く。
風がない。
鳥もいない。
虫の音もない。
「散開」
レオンの声は、いつも通り。
冷たい。
廃村に入る。
家屋は崩れていない。
戦闘痕も、ほとんどない。
だが――
地面が、黒い。
「……血ではない」
副官が膝をつく。
触れる。
粉のように崩れる。
影。
「隊長……!」
別の騎士が叫ぶ。
井戸の傍。
そこに――
鎧が、落ちている。
北方軍の紋章。
だが中身が、ない。
「……影化の痕跡」
レオンが、低く言う。
遺体はない。
断末魔の跡もない。
抵抗の痕跡も、薄い。
まるで。
触れた瞬間に、終わったかのように。
副官が、震える声で言う。
「斥候三十名……
全滅……」
「偵察部隊は」
森へ向かう。
木々の間。
そこにあるのは――
氷。
一瞬、
騎士たちが息を呑む。
森の中心に、
十二体の氷像。
斥候ではない。
偵察部隊。
完璧に凍結されている。
表情は、恐怖。
武器は、抜かれていない。
「……これは」
副官が言葉を失う。
レオンが、近づく。
氷像に触れる。
指先から冷気が広がる。
解析。
「……私の氷ではない」
騎士たちが凍りつく。
「温度は低いが、性質が違う」
「これは――」
一瞬の沈黙。
「影の氷だ」
ざわり、と空気が揺れる。
「影が、氷を模倣した……?」
副官の声が震える。
レオンの目が、鋭く細まる。
「違うな」
「これは魔法だ」
その言葉が、重く落ちる。
「先行部隊の情報は、届いている」
「影王は、我らの編成を知っている」
冷気が、強まる。
森の地面が凍る。
「……舐められている」
レオンの声に、初めて感情が滲む。
怒りではない。
警戒。
そのとき。
森の奥から、微かな気配。
影。一体。
斥候の鎧を着た影兵。
騎士たちが剣を抜く。
「待て」
レオンが制する。
影兵は、動かない。
ただ、立っている。
そして。
その影の足元が、静かに崩れる。
影が、地面に溶ける。
地面に残されたのは、氷の紋章。
氷冠騎士団の紋章が、黒く塗りつぶされている。
沈黙。
副官が、かすれた声で言う。
「……挑発、ですか」
レオンは、ゆっくりと息を吐く。
白い吐息。
「違う」
「宣言だ」
氷剣を抜く。
空気が凍る。
「我らは、見られている」
空を見上げる。
雲の隙間。
そこに、影が揺れた気がした。
「隊形を再編」
「索敵範囲、2倍」
「単独行動禁止」
声は冷静。
だが騎士たちは理解する。
これは、討伐ではない。
試されている。
遠く離れた影の空間。
ユウは、目を開ける。
「……氷か」
わずかに、笑う。
「いいな」
影が、静かに脈打つ。
「冷たい相手は、嫌いじゃないよ」
氷冠騎士団。
影王。
まだ刃は交わらない。
だが、戦いは、もう始まっている。




