第四十六話 王は振り返らない
「今さらかよッ!!」
怒号の余韻が、まだ空を震わせている。
影は荒れ狂い、
大地は裂け、
空は暗く沈んだまま。
だが――
ユウは、動かない。
荒い呼吸が、次第に整っていく。
握りしめていた拳が、ゆっくりと開かれる。
暴れていた影が、
まるで主の呼吸に合わせるように――
静まっていく。
アレンは光を展開したまま、
一歩も動かない。
リアナも、言葉を失っている。
ユウは、二人を見た。
怒りは、まだ消えていない。
だがその奥にあるのは――
決意だった。
「……これ以上は」
低く、澄んだ声。
「言葉で決まることじゃない」
影が、足元から立ち上る。
黒い粒子が、空間を歪ませる。
空気が、沈む。
重力が、わずかに狂う。
アレンが、息を呑む。
「……空間魔法か……」
ユウは、答えない。
代わりに、
影が彼の背後で渦を巻き始める。
黒い円環。
闇の扉。
光を吸い込む、静かな深淵。
それは暴力的ではない。
絶叫も、爆発もない。
ただ――
圧倒的な支配。
数万の影兵が、
一斉に膝をつく。
音もなく。
王の退場を、見送るために。
ユウは、最後に言う。
「アレン」
名を呼ぶ声は、
もう怒鳴っていない。
「次に会うときは」
わずかな間。
「答えを持って来い」
リアナへ視線が移る。
「……お前の言葉は、覚えておく」
それだけ。
そして。
ユウは、背を向ける。
一切、振り返らない。
影が、彼の身体を包み込む。
黒が、輪郭を溶かしていく。
衣が、粒子になり、
髪が、闇に溶け、
瞳の光が、最後に残る。
その瞳が――
一瞬だけ、
揺れた。
怒りでも、憎しみでもない。
未練に似た、何か。
だが次の瞬間。
闇が閉じる。
空間が、音もなく断絶する。
パキン、と。
ガラスが割れるような、
静かな音。
そして――
何もいなくなった。
影の軍団も、同時に消える。
まるで最初から存在しなかったかのように。
王都跡地には、
風だけが残る。
アレンは、しばらく立ち尽くしていた。
光は、まだ手の中にある。
だが、掴むものはない。
「……かっこつけやがって」
かすれた声で、そう呟く。
怒りでも、嘲りでもない。
ただの――
友への言葉。
リアナが、静かに言う。
「王様ですね……本当に」
空は、ゆっくりと明るさを取り戻し始める。
だが、影は消えていない。
どこかへ行っただけだ。
ユウは去った。
逃げたのではない。
撤退でもない。
次の一手を打つために、姿を消した。




