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光と影が交わる一点  作者: 柳瀬 鯨
王の歩み
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第四十三話 王の首

王都は、すでに都市ではなかった。

壁は崩れ、通りは裂け、建物は影に侵食され、

音という音が失われていた。

火は燃え尽き、叫びは止み、

残ったのは――影の静寂。

中央広場。

かつて祝祭が行われた場所に、

今は簡素な処刑台が組まれている。

装飾はない。儀式もない。

必要なのは、約束を果たすことだけ。

王は、歩いてきた。

護衛はいない。

王衣も脱ぎ、ただの老いた男として。

背は、かつてより小さく見えた。

(……ここまで、か)

石畳の冷たさが、足裏に伝わる。

影の兵たちが、道を開く。

数万の影が、一切、動かない。

処刑台の前で、

王は立ち止まった。顔を上げる。

影の軍団の奥、玉座代わりの影の高台に――

影王ユウがいる。

目が合う。

怒りも、嘲りも、ない。

ただ、確認する視線。

王は、一度だけ、深く頭を下げた。

それは、王としてではない。

一人の人間としての謝罪だった。

「……余は」

王は、静かに口を開く。

声は、意外なほど澄んでいた。

「余は……正義を選んだつもりだった」

影は、沈黙する。

「だが……選んだのは……都合のいい正義だった」

王は、自分の手を見る。

この手で、裁定文書に署名した。

この手で、追放を承認した。

「……ユウ」

名を呼ぶ。

「余は……王として……失敗した」

影王は、答えない。

だが、視線は逸らさない。

王は、処刑台に上がる。

膝をつく。冷たい木の感触。

処刑役は、影兵だった。

かつて王都を守った、名もなき兵士。

その影の手に、斧が形作られる。

王は、最後に一度、空を見た。

太陽は、影の向こうで、淡く光っている。

(……国は、滅びた)

(だが……終わらせるのは……余の役目だ)

「……頼む」

王は、

そう言った。

「……これ以上……国民を……影にするな」

一瞬。

影王ユウが、わずかに、目を伏せる。

そして――短く、言った。

「……約束だ」

王は、目を閉じた。

斧が、振り上げられる。

風を切る音。衝撃。

音は、一度だけだった。

首は、台の上に転がる。

血は、影に吸われ、石畳を汚さない。

影の軍団が、一斉に、膝をつく。

音もなく。

それは、勝利でも、祝福でもない。

影王ユウは、ゆっくりと立ち上がる。

処刑台を見る。

そして――首を、拾わせない。

「……十分だ」

その一言で、影が動き出す。

王都は、完全に沈黙した。

遠く、城壁の影で、

アレンが立っていた。

見てしまった。最後まで。

拳を、強く、強く握る。

(……これが……俺たちの選んだ……結末か……)

影王ユウは、王都を一瞥し、背を向ける。

王の首は、誰にも掲げられなかった。

さらしものにも、象徴にも、ならなかった。

それはただ――責任として、処理された。

そして、影の軍団は、次の目的地へ向かって動き出す。

王都は、歴史から、消えた。

音は、一度だけだった。

乾いた衝撃音。それで、終わった。

アレンは、城壁の影に立ったまま、

動けずにいた。

距離は、遠い。

細部は見えない。

だが――終わったことだけは、はっきり分かった。

(……ああ……)

胸の奥が、ゆっくりと、沈んでいく。

怒りでもない。悲しみでもない。

理解してしまったことへの、重さだった。

(これは……間違いじゃない……)

王は、自ら差し出した。

約束だった。交渉だった。

誰も、騙していない。

それでも――

(……それでも……)

喉が、詰まる。

あの日。

叙爵された日。

王は、アレンの肩に剣を置き、「国を頼む」と言った。

その王の首が、今、落ちた。

(……俺は……

 何を守ったんだ……)

英雄として、光の象徴として。

アレンは、正しい選択を重ねてきた。

戦場で。議会で。教会で。

だが、その積み重ねの先に、この光景がある。

影の軍団が、一斉に膝をついたのが見えた。

勝利の姿勢ではない。完了の姿勢。

(……処理……か……)

その言葉が、頭に浮かび、アレンは、歯を食いしばる。

(ユウ……)

名前を、心の中で呼ぶ。

かつて、同じ机を囲み、同じ剣を磨いた。

同じ敵を見て、同じ未来を語った。

(……お前は……これを……選んだのか……)

問いは、責めではなかった。

ただ、理解しようとする問いだった。

拳を握る。

光が、無意識に、指の隙間から漏れる。

それが、今日は、重い。

(俺は……光を持っている)

(だから……選ばれた)

(だから……救えなかった)

もし、自分が影を持っていたら?

もし、ユウと同じ立場だったら?

考えた瞬間、

アレンは、首を振った。

(……違う)

(立場の問題じゃない)

(俺は……止めなかった)

王を。教会を。裁定を。

そして――ユウを。

影王が、背を向けたのが見える。

その姿が、ひどく遠く感じた。

(……待っているんだな)

(三日……)

(いや……もう……待ってはいないかもしれない)

胸が、きしむ。

涙は、出なかった。

代わりに、決断の重さが、身体にのしかかる。

(……俺は……選ばなきゃならない)

(もう……中途半端は……許されない)

光の英雄として、国に立つか。

それとも――影王と向き合うか。

アレンは、ゆっくりと、踵を返した。

王都から、背を向ける。

背中で、何かが、終わった音がした。

(……ユウ)

(次は……言葉じゃなく……俺自身を……持っていく)

光は、まだ消えていない。

だがそれは、誇りではなく――

覚悟の光だった。

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