第三十九話 異端
最初は、信じていた。
国を。人を。
正義という言葉を。
影魔法を使えたことを、「異端」と呼ばれるまでは。
教会に縛られ、唾を吐かれ、石を投げられた。
「魔族の力だ」
「人の皮を被った化け物だ」
――否定したかった。
説明したかった。
でも、誰も聞かなかった。
それでもユウは、まだ人を信じていた。
ダンジョンに追い込まれたときも、影を従えたときも、
最初は「生きるため」だった。
影兵は、盾だった。
仲間だった。
彼らが人や獣だったことを、ユウは覚えていた。
……覚えていたからこそ、苦しかった。
転機は、救出に失敗した日。
リアナが泣き、アレンが叫び、
それでも――自分は連れ戻されなかった。
違う。
戻らなかった。
あのとき、ユウは選んだ。
(俺が戻れば、また誰かが俺を裁く)
(なら――裁く側に立つ)
影が増えるたび、胸は痛んだ。
兵士を影にした夜も、冒険者を斬った時も、
王都を影で覆った時も。
全部、分かってやっていた。
「仕方なかった」
「暴走だった」
そんな言葉で、逃げることもできた。
でも、ユウは逃げなかった。
(これは、俺の意思だ)
(俺が、決めた)
感情は、少しずつ削れていった。
怒りは、冷えた。
悲しみは、沈んだ。
憎しみは、研ぎ澄まされた。
残ったのは――判断だけ。
王都を襲った日、ユウは街を見渡した。
泣く子供。逃げる母親。剣を握る兵士。
かつて、守りたかった光景。
でも、同時に思った。
(この国は、俺を切り捨てた)
(なら――俺も、切り捨てる)
影にした兵士たちは、苦しまなかった。
それだけは、ユウの最後の譲歩だった。
死よりも、影になるほうが、
まだ、ましだと思った。
それが、傲慢だと分かっていても。
(俺は、救っているつもりだ)
(でも――それは、俺の都合だ)
分かっている。
だからこそ、止まらない。
アレンの光を思い出す。リアナの祈りを思い出す。
胸が、わずかに軋む。だが、足は止まらない。
影王ユウは、
静かに思う。
(誰かが、俺を止めるなら)
(それでいい)
(でも――止められないなら)
鎌を握り直す。影が、王都を覆う。
これは復讐じゃない。
正義でもない。暴走でもない。
ユウ自身が選んだ、結論だ。




