第三十八話 英雄を斬る影
最初に感じたのは、
ざわめきだった。
王都西区画。
石造りの大通りに、人影が集まっている。
影王の進軍を止めるため、
王命ではなく、自ら名乗り出た者たち。
冒険者。
彼らは、強かった。
見ただけで分かる。
立ち姿が違う。
装備が違う。
何より――恐怖に飲まれていない。
「影王本人は無理だ。だが、影兵なら切れそうだ」
赤髪の大剣使いが、低く言った。
「五体までなら、私が抑えるわ」
長杖を持つ女魔導士。
その背後には、重装の盾役、双剣の斥候、聖印を刻んだ神官。
――王都最強クラスの冒険者パーティ。
かつて、竜を討ち、
魔王の眷属を滅ぼした者たち。
影王は、こちらを振り返らない。
ただ一言、落とす。
「……排除」
命令だった。
身体が、前に出る。
恐怖はない。迷いもない。
だが――力が、満ちている。
生きていた頃の俺とは、比べものにならない。
「来るぞ!!」
冒険者たちが動く。
魔導士の詠唱が始まる。
空気が震え、炎が渦を巻く。
「《高位火炎魔法・爆炎輪》!!」
巨大な火柱が、影兵の集団を飲み込む。
普通なら、消し炭だ。
だが――
影は、燃えない。
影兵たちは、炎の中からそのまま歩き出す。
「なっ……!?」
魔導士が息を呑む。
俺は、前に出る。
剣を振る。
重装の盾役が、正面から受け止めた。
「ぐっ……重い……!?」
影の剣が、盾に食い込む。
金属が軋み、次の瞬間、盾が半分に裂けた。
盾役の男は、目を見開いたまま後退する。
「影兵が……この威力……?」
赤髪の大剣使いが、踏み込む。
「なら――俺が斬る!!」
剣に闘気が宿る。
一撃必殺の構え。
剣が振り下ろされ――俺の身体が、切り裂かれた。
だが、止まらない。
切断されたはずの胴体が、
影となって繋がる。
「……な……」
大剣使いの顔に、初めて恐怖が浮かぶ。
俺は、その懐に入り――影の剣を、心臓に突き立てた。
抵抗は、なかった。
神官が叫ぶ。
「光よ!この影を祓え!!」
神聖魔法が放たれる。
確かに、影が削られる感覚がある。
――だが、消えない。
影王の影が、背後にある限り。
双剣の斥候が、背後を取る。
速い。
生きていた頃の俺なら、見えなかった。
だが今は――
影が、動きを先に教える。
身体が、自動で反応する。
振り向きざま、斬る。
双剣が宙を舞い、
斥候は血を吐いて倒れた。
最後に残った魔導士が、震えながら呟く。
「私たちも……英雄……だったのに……」
その言葉に、
胸の奥で、何かが揺れた。
――英雄。
かつて、俺も憧れた言葉。
だが、揺れはすぐに沈む。
影王が、歩いてくる。
魔導士は、杖を落とし、膝をついた。
「……殺して……」
影王は、鎌を振る。
影が、彼女を包む。
叫びは、なかった。
数秒後、
魔導士達は、俺たちと同じように立ち上がった。
影兵として。
影王は、再び前を向く。
冒険者たちの屍と、新たな影の兵を従えて。
俺は、理解した。
強い者ほど、影になったとき強い。
英雄であろうと、冒険者であろうと、王都を守った者であろうと。
影王の前では、すべてが等しく兵力だ。
そして、思う。
(次は……誰を斬る……?)
答えは、すぐに来る。
影王の進軍は、
まだ、止まっていない。




