第三十六話 王の御前
数年後――王都
王都は、平和だった。
石畳は磨かれ、街路樹は整えられ、
市場には笑い声が満ちている。
影王の存在は、
「遠い地の災厄」
「いつか来るかもしれない脅威」
として、噂の中に押し込められていた。
誰もが、今日来るとは思っていなかった。
正午の鐘が鳴り終わった直後――
空が、暗くなった。
雲ではない。
日食でもない。
影だった。
王都全体を覆うほど巨大な影が、
ゆっくりと地上へ降りてくる。
「……な、なんだ……?」
人々が空を見上げる。
次の瞬間、
王都中央広場に――
影が落ちた。
音はなかった。
爆発もない。
ただ、存在そのものが重なった。
影がほどける。
そこに立っていたのは、
人の形をした“王”。
黒衣は夜空のように揺れ、
鎌は静かに地面へ垂らされている。
顔立ちは、確かにユウだった。
だが、瞳に光はない。
感情も、迷いも、ない。
ただ――
判断する存在。
影王ユウは、王都を一瞥する。
そして、淡々と告げた。
「……抵抗は、不要だ」
声は低く、静かで、よく通った。
それだけで、
広場にいた数百人が動けなくなる。
影が、足元を縛った。
遅れて、警鐘が鳴る。
騎士団が駆けつけ、魔導兵が陣形を組む。
「影王だ!!
迎撃準備!!」
光属性の魔法が放たれる。
聖印が輝き、結界が展開される。
だが――
影王ユウは、鎌を一度、振っただけだった。
影が扇状に広がり、
結界を“削り取る”。
光は壊されない。
存在を無視される。
魔導兵が悲鳴を上げる間もなく、
影兵が地面から立ち上がる。
かつてユウが倒した魔獣、
戦場で斬った敵、
すべてが“影の兵”として再現されていた。
「……化け物……」
騎士団は、五分と保たなかった。
影王ユウは、城門へ向かう。
歩みは遅い。
だが、止められる者はいない。
城門が閉じられる前に、
影が内側から伸び、門を開く。
兵が逃げ惑う中、
影王は玉座の間へ入った。
玉座の前で、影王は立ち止まる。
王も、重臣も、声を失っていた。
「な……何を……望む……?」
老王の震える声。
影王ユウは、首を傾げる。
「望みは、ない」
その言葉に、場が凍る。
「これは、確認だ」
影が、玉座の間全体を覆う。
「この国は――
俺を敵と定めるか」
選択を、突きつけていた。
玉座の間で、影王ユウは告げる。
「敵とするなら、
今日で――王都は終わる」
静かで、事務的で、
しかし絶対的な言葉。
王都の運命は、
今、数分で決まろうとしていた。




