第二十六話 影の鎌と光の剣
王都近くの大森林。その奥深くで、異様な気配が大地を震わせていた。
木々の上空で風が渦巻き、黒雲が裂ける。そこから降臨したのは――
《神話級魔獣・天角獣ベヒモル》。
巨体は岩山のように盛り上がり、額には天へ伸びる白金の角。その一歩ごとに地面が沈む。
しかし、その前にたった一人、黒衣の少年が立った。
ユウ。
その背後には影から生まれた二体の巨躯――
紅蓮をまとった 《影火竜》。
「……こいつらはさすがに、でかいな」
ユウは静かに息を吐くと、影から黒い霧を引き出し、手に馴染んだ漆黒の鎌を呼び出す。
理不尽なほど重厚な影の鎌。
刃を引くたび、空間が軋む。
ベヒモルが咆哮した。
大気が震え、森の地面が波打つ衝撃。普通の兵など立っていられないだろう。
だがユウは微動だにせず、影火竜に命じる。
「行け――焼き尽くせ」
影火竜二体が同時に翼を広げ、紅黒いブレスを放つ。
炎と影が混ざり合ったそれは森の空気を裂き、ベヒモルの肩を抉り取った。
だが、容易くは倒れない。
ベヒモルは足を踏み鳴らす。
地面が反転するほどの地震衝撃が森全体を飲み込む。
影火竜の巨体ですら浮き上がる。
ユウの身体も無防備に投げ飛ばされそうになった――が。
「――影縛り」
地面に落ちたユウの影から無数の腕が伸び、彼の身体を固定する。
揺らがない。
むしろ揺れていたのは世界のほうだった。
ユウは鎌を構え、地面を蹴る。
瞬間、
影の残像だけを残してユウの身体はベヒモルの頭上へ消える。
「その角……もらう」
影を纏った鎌が天へ突き上がり、ベヒモルの角を一閃。
音もなく、大鎌が軽々振られる。
ベヒモルが暴れ狂い、角が黒い稲妻のような衝撃波を放つ。
森の半分が吹き飛ぶほどの威力。
ユウが地面に吹き飛ばされそうになるその瞬間――
「《聖矢光陣──サンクト・レイン》!!」
澄んだ光が森を満たし、衝撃波を正面から相殺した。
木々が照らされる。
ユウの目に入ったのは、純白の軍馬に乗った青年。
アレン率いる王国騎士団。
アレンはユウを見て目を見開く。
「ユウ……お前、こんな怪物を一人で……!」
その顔には、以前の柔らかさはない。
どこか闇を宿した、妖しい微笑。
アレンは胸がざわついた。
何か大事なものが離れていきそうな、そんな不安。
だが今は戦う時だった。
アレンが天へ跳躍すると、周囲に輝く魔法陣が十重に展開する。
本来英雄譚で語られるような光魔法。
その全てを、彼は素で放てる。
「《天墜光剣》!!」
光の大剣がアレンの身体ごと落下し、ベヒモルの背中を一直線に切断する。
巨大な肉塊が裂け、血の雨が降る。
ベヒモルが吠え、怒りをアレンに向ける。
ユウはその隙を逃さない。
「影火竜!」
命じると同時に影火竜たちはユウを背に乗せ、竜騎士のように突撃。
アレンの光と、ユウの影。
二つの相反する力が、巨獣を挟み込むように舞った。
アレンが剣を構える。
アレンが大量の魔力を練り上げる。
ユウは鎌を振りかぶり、影火竜と共に一直線。
言うまでも無く二人は息を合わせた。
「今だ!!」
アレンの光剣、ユウの影鎌
二つが一点で交わった瞬間――
雲は裂け、森が白と黒に染まり、世界が割れたような爆音が響いた。
ベヒモルの巨体は光に焼かれ、影に喰われ、跡形もなく崩れ落ちた。
戦いの後
アレンは肩で息をしつつユウへ向く。
「……お前、火竜まで仲間にしたのか」
ユウは平然とした顔で答える。
「たまたま倒した」
「たまたま……?」
騎士団全員が絶句した。
ユウは地面に残ったベヒモルの影を指先で撫でる。
「出てこい」
黒い霧が蠢き、ゆっくりと形を変え始める。
新たな影兵が生まれようとしていた。
アレンはその背中を見つめながら、胸の奥がざわつくのを止められなかった。
「ユウ……お前、本当にどこへ行くんだ…早く一緒に…」
ユウは振り返らずに、ただ短く答える。
「――まだ深淵の先を見たい」
森に風が吹き、影が揺れた。
ユウの影は、もう少年のものではなかった。




