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光と影が交わる一点  作者: 柳瀬 鯨
第一章 王の誕生
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第十話 黒い影の行軍

 国境付近の前線基地・ゾルガ砦。

 まだ夜明け前だというのに、兵士たちは不穏なざわめきの中にいた。

「……聞いたか? 我が国の、前線部隊が壊滅したって話」

「ば、馬鹿言うな。あの部隊は精鋭ぞ? 一晩で全滅なんて――」

「遺体から“影が抜き取られた”らしい。人の形の黒い跡が地面から……」

「不吉なこと言うなっての……!」

 誰もが声を潜め、恐怖を押し殺していた。

 まだ敵の姿は見えない。だが“何かがおかしい”。

 そんな空気だけが、夜気より重く砦を覆っている。

 若い歩兵、レントは震える手で槍を握った。

 胸の鼓動が耳の奥に響く。

(くそ……なんだってんだよ。影を抜き取られるって……どういう能力だよ……)

 そんな時だった。

「見張り台より報告! 南から黒い靄……! いや……影か!? 大量に接近!」

「影だと? 夜明け前だからじゃないのか?」

「いえ……影は単独で……『立っています』!」

 砦全体がざわりと揺れた。

 兵士たちが一斉に城壁へ駆け上がる。

 レントも恐る恐る覗き込んだ。

 ――黒い。

 朝焼けの前、薄青い空の下に、“黒い点”がゆらゆらと揺れている。

兵士の中には、腰を抜かすものまで現れた。

  存在そのものが異様すぎた。

「なんだ……あれ……人か?」

 黒点は次第に形を持ち始めた。兵士のような輪郭。

 その中心に、ひとりの少年がいた。

 長く、禍々しい大鎌を肩にかけている。

 刃は揺れ、まるで液体のように滴り落ちる黒煙を撒き散らしていた。

 兵士たちの背筋が一斉に硬直した。

「……な、なんだ……子供、か?」

 影兵たちが少年の背後に整列する。

 まるで軍神の行軍のように静かで、整然としている。

 だが兵士の誰もが気づいた。生者の“歩み”ではない。

 レントは思わず呟いた。

「……死神だ」

 その瞬間。

 少年がゆっくりと大鎌を持ち上げた。

 黒い波紋が地面を走る。

 砦の真下まで一瞬で到達した。

「ひっ……!」

 影が砦に触れた瞬間――

 足元の明かりが消えた。松明が、灯りが、光そのものが影に吸われる。

「照明を増やせ! 光を! 光を灯せ!!」

「灯りが……点かない!? 火が……影に……!」

 影に触れた炎が、黒く変色しながら掻き消える。

 敵兵たちの恐怖がとうとう限界を越える。

「ま、魔法部隊! 攻撃魔法を! あの化け物を止めろ!!」

 砦上から火球が放たれた。

 だが――

 火球は少年に届く前に、ふっと消えた。

 影兵が通り抜けたわけではない。

 “影が火を飲み込んだ”のだ。

「な……なんだよ、それ……!」

 少年がゆっくりと顔を上げた。

 無表情。

 ただ戦場へ向かうだけの、機械のような瞳。

 そして――

 鎌を振る。

 その一閃で、砦の外壁が抉れた。

「っ――!? 防壁が……!」

 石壁が黒い裂痕となって崩れ落ちる。

 あまりの光景に兵士たちが尻もちをつく。

 崩れた破片の上で、影が蠢いた。

 砦の影が、地面の影が、兵士たちの影が――“立ち上がる”。

 影兵の形をとり、ユウの背後へ歩いていく。

「……ま……まさか……死んだ同胞の影まで……!」

「やめろ……近づくなぁぁッ!!」

 レントは絶叫した。

 だが死者の影が勝手に動き、砦の外へ歩いていく。

 まるで生きた腕に引っ張られているように。砦全体が見た。

 影が影を喰い、影が兵士を増やし、少年が王のように歩む姿を。

 誰かが震える声を上げた。

「……黒い死神が……来た……!」

 レントは理解した。

(勝てるわけがない……。あれは“人間”じゃない……)

 ――その日。

 ゾルガ砦は史上最短の時間で陥落した。

 守備兵は誰一人、まともな戦闘を行えなかった。

 後に生き残った者たちは口を揃えて語る。

「あれは戦争じゃない。災厄だった」と。 


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