第9話:生徒会室の噂
白亜の本館に鎮座する、生徒会室。格式と権威に守られたその場に、九重紗雪は招かれる。副会長・草野みよりが語るのは、「名無し」と呼ばれる存在にまつわる学園の古い記録。そして、生徒会が動けない“理由”とは……? 名を奪うものが囁く時、電気は揺れ、空に黒雲が垂れ込める――。
花桜学園の生徒会室は、白亜の本館最上階にある。
格式と威厳を象徴するその一室に、九重紗雪は招かれていた。
「ふふん。ようやく気づいたのね、九重さん。あの“旧校舎の件”、本当にあなた一人で動いていたの?」
生徒会副会長・草野みよりが、やや芝居がかった口調で微笑んだ。
切り揃えられた前髪、形の良い唇、そして鋭くも澄んだ瞳——彼女の言葉は、何気ないようで鋭く胸を抉ってくる。
「みよりさん、知っていたの?」
「“西棟の幽霊”って、毎年どこかで噂になるのよ。
でも今年のそれは、ちょっと違っていた。名前の無い影……見た人は全員、記憶が曖昧で。生徒会にも、報告は上がってるわ」
「……でも、生徒会は動いてない」
「動けない、が正しいの。奇妙なことに、正式な調査依頼を出すと……書類が消える。証拠も、映像も、提出した瞬間に破損するのよ。どう思う?」
「——まさか、“そいつ”が、情報すら喰ってるってこと……?」
みよりは小さく肩をすくめて、ティーカップを傾けた。
「それでも、生徒会長は私に言ったの。“動くな。これはもう、人間の領域じゃない”って。
……それでも私、納得できなかった。だから、あなただけを呼んだのよ」
みよりは机の引き出しから一枚の古びた紙を取り出した。茶色に変色した羊皮紙、そこには墨でこう記されていた。
《名無ノ影、校舎に巣クウ。マタ一人、欠ケタ》
「数十年前、この学園で“名無し”に関する記録が残っていた。誰かが“存在を与えようとした”形跡がある。
でも……最後には、皆消えていた」
「“存在を与える”……“名前を与える”……。縷々が言ってた。『名前が無いの』って」
紗雪は、お守りをぎゅっと握った。縷々が残した“証”。
その重みは、日に日に増していた。
「ねえ、紗雪さん。あなた、本当にやるつもりなの?」
「……あたしがやらなきゃ、誰がやるのよ」
言い放ったその瞬間、生徒会室の電気が一瞬、ふっと揺れた。
窓の外、青空に垂れ込める黒雲。カラスが一羽、鉄柵にとまってこちらを見ていた。
「それじゃあ」とみよりは立ち上がり、背を向けた。
みよりは振り返らないまま、そっと微笑んだ気配を残して、生徒会室の奥の扉を開けた。
そこは“会長専用”の私室——
……だが、誰もいないはずのその部屋から、一瞬、低いうめき声のようなものが聞こえた。
(気のせい……?)
紗雪が目を凝らすと、そこには“額縁だけが空になった肖像画”があった。
その額縁の裏に、小さな言葉が刻まれていた。
《名を得ずして、存在する者。》
胸騒ぎが、止まらなかった。
生徒会副会長・みよりが語る、学園に潜む“名もなき影”の真実。
実は彼女もまた、“表に出せぬ何か”と静かに対峙してきた人物です。生徒会という権威の中で、それでも「誰かを信じ、動く覚悟」を持つ彼女の強さは、今後の物語の鍵になります。
次回、第10話はついに紗雪が“現実世界の迷宮”へ足を踏み入れます。お楽しみに!




