第7話:仮想と現実のはざまで
親友の意識が戻らないまま、日常と異界の境界が曖昧になっていく。
答えのない現実から逃れるように、九重紗雪は再び『Echoes of Logos』にログインする――そこに待っていたのは、かつての導き手だった。
夕暮れの部屋。九重紗雪はヘッドユニットを装着した。
現実の学園では救出した親友の天神縷々の意識は戻っていなかった。
だが“あれ”の気配は消えることはなかった。
次々と謎が深まり、誰かと話したくても話せる相手がいない。だから彼女はログインする。
あの仮想世界へ——『Echoes of Logos』。
(せめて、少しだけ……いつものフィールドで、落ち着こう)
ログインした瞬間、馴染みのフィールド「忘我の伽藍」に降り立つ。
かつて真観と共に鍛錬した場所だ。装備は軽め。
今日は戦いではない。
そこへ現れたのは、黒素絹に香色の如法衣姿の“密教僧”——浦見真観だった。
ゲームの装備アイテムなのに再現力が半端ではない。
「おお、嬢ちゃん。ひとりで鍛錬とは殊勝な心がけじゃの」
「……うん、なんかさ、いろいろあるから、気を紛らわせたくて」
真観は手にした三鈷杵をクルリと回し、紗雪の隣に腰を下ろした。
「リアルで何か、あったのか?」
「ん……まあ、ちょっとしたこと。でも、答えが見つからなくて。
ねえ、真観さん。たとえば、誰かが“見えないもの”に導かれていなくなったとしたら、どう思う?」
「ふむ、“見えないもの”とな。幻か、妖か、人の心の闇か。どれも引力を持つ。だがの、嬢ちゃん」
真観は目を細めた。
「それは“名のあるもの”か、“名無し”かで全く話が変わる」
(……“名無し”!?)
反射的に肩が跳ねる。だが真観は、まるで何も知らぬような表情で、静かに続けた。
「名がなければ、存在は長く保てん。だからこそ、奴らは誰かに“名付けられたい”と願い、手段を選ばん。
時に哀れでもあるが……関われば、魂まで持っていかれるぞ」
(やっぱり、真観さん、何か知ってる……? でも、聞けない。聞いたら、現実に引き戻されそうで)
「……ありがと。なんか少し、楽になった」
「そうかい。それなら良かった」
「じゃあ、また今度、戦い方教えて。……今度こそ、守れるように」
紗雪はログアウトの呪文を唱えた。その直前、真観の声が耳を打つ。
「名を知らぬ敵に立ち向かうには、己の名をまず知ることじゃ。忘れるなよ、嬢ちゃん」
画面が暗転し、静かな現実の部屋に戻る。手には、まだ縷々がくれたお守り。
(縷々……あたし、ちゃんと前に進むから)
紗雪は立ち上がる。もう逃げないと決めたのだ。
名を持たない存在は、この世界に“形”を持たない。
では――自分の名前とは、いったい何を示すのか?
紗雪の“前進”は、仮想の世界から再び始まる。次回、物語が大きく動きます。




