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『Echoes of Logos ― 夢幻令嬢、迷宮に堕つ。―』  作者: ちょいシン


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第38話:迷い家の迎え手、古の契約

数週間後、「灰灯の社」に集う紗雪たちの前に現れたのは――霧の中に佇む、時代錯誤の旧家。真観の導きで足を踏み入れた先には、日本妖怪の“頂”たる存在と、遥か神代より続く秘密の契約が待ち受けていた。

花咲く庭に響く読経の声が、桜の花びらとともに春の風に乗って漂う。

数週間後——皆の祈りにより、「名無し」の影は穏やかに鎮まり、“灰灯”の社は境内で安らぎに包まれていた。

真観が低く唱える読経の声に、紗雪、縷々、みより、隼人の四人は静かに耳を傾けていた。

それはひとつの区切りであり、次なる門出でもある——。


だがそのとき、境内を包む霞のような霧が突然濃くなり、読経の声が遠のく。

紗雪が目を見開き、縷々も思わず手を握り合う。

「な、何か――」

隼人は燕尾服の裾を払われるようにして身を屈めた。

霧の中、忽然として江戸時代の旧家が浮かび上がる。迷い家、その佇まいは幽玄で、時間の隔たりすら感じさせる。


旧家の玄関へ、真観が一歩足を踏み込む。廊下を照らす行灯の明かりに、小さな少女が現れた—おかっぱ頭に紺地の着物を纏っている。

少女は穏やかに微笑んで、「こちらへどうぞ」と手招きをする。その声はせせらぎのように澄んでいた。


真観は静かに礼をすると、他の四人も同行する。みよりは、不安げに縷々の手を握り返す。

「……この少女は……?」

真観は呟くように、「迎えの者です」とのみ答える。


廊下の奥、扉が開き、皆は静かに座敷へ通された。人数分の座布団が整然と並び、夕闇が差し込む障子の向こうには座敷灯が揺れている。


やがて、紺地の着物に白髭の老人が現れた。

「真観殿、お久しゅうございます」

老人は静かに挨拶をすると、真観も深々と頭を下げる。


老人はにこやかに語り始めた。

「私は“だいだらぼっち”でございます」

その名を聞いて、四人は口を揃えて息を呑んだ。


沙雪が震える声で言う。

「だいだらぼっち…様?」

みよりも驚きの色を隠せず、縷々は目を丸くしている。そして隼人も短刀を手元へ下ろすタイミングを見計らった。


真観は静かに続ける。

「日本の伝承において、妖怪の長は諸説ありますが、私の家系では“だいだらぼっち”をその頂点と見ます。空海の直弟子から伝わる系譜の末端に、私も位置しておりますゆえ——」


だいだらぼっちは奥深く頷き、語る。

「先の“名無し”の顕現——あなた方の尽力により、多くの人々が救われました。我ら妖怪もまた、敬意を持って感謝いたします」

その言葉は重く、しかし畏怖の念ではなく、感謝と敬意の念が深く込められていた。


真観は静かに礼を返した。

「我々の役目は、名を奪いし者へゆくりなく、その影響下から人々を護ること——それが空海上人以来、家系に課せられた“誓い”でございます」


だいだらぼっちはさらに言葉を続ける。

「実は、我々妖怪たちは——時の帝、神武陛下より密命を帯びております。“名無し”の動向を監視し、必要な場では介入せよと」

その言葉に、みより、縷々、そして紗雪は驚きを隠せない。


縷々が小さな声で呟いた。

「神武陛下って…神武天皇?」


真観は重く頷く。

「そうでございます。我が家は、空海上人から“名無し”に関する秘儀を託され、以来……古来より続く使命を見失わず、受け継いできました。

“名無し”の背負う記憶と名を――人と妖怪の狭間を監視し、必要ならば祈りと共に関与せよと。その命を、今も負い続けています」


隼人は紗雪と縷々を見渡し、静かに言った。

「神武天皇からの密命か……これは、ただの人間の物語ではなく、神々と妖怪にも関わる深い契約ですね」


だいだらぼっちは畳に置かれた座布団に座り、静かに続けた。

「あなた方は、人間としてその使命を果たし、また妖怪支配の均衡を保つ者としても尊い存在です。これより“灰灯”の社は、開かれた拠点となるでしょう。我を含め、我ら妖怪らにもこの地は“縁”ある場所となります」

「名無し」の一件を経て、物語はより古き層へ。真観の家系、妖怪たちの使命、神武天皇との密命――迷宮を超えた“見えざる契約”が、ここに語られ始めます。次回、さらに深まる縁の輪郭をお楽しみに。


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